北大陸。サンダイルに存在する三大陸の内、最北端に位置する島。人やモンスター、動物や虫でさえ、どのように生息しているのか解明されていない、人跡未踏の地。
その地に足を踏み入れ、歩み続ける一人の男がいた。癖のある長い金髪、白い外套に隠された、鉄の鎧。腰に提げているのは、自ら鍛えたと思われる鋼の短剣。男が身に着ける物の大半は、術力の源「アニマ」を阻害する、この社会において忌み嫌われている金属だった。術主義社会の中、男の格好は極めて異端であった。故にどの街や村でも、男は奇異の目を向けられた。
しかし人々は、すぐに異端なこの男を好いた。容姿端麗にして、貫禄ある立ち居振る舞い。格好に似合わぬ豪放磊落な性格と、人を惹きつける『何か』を、男は具えていた。だが、人々がこの『何か』を知る術は無かった。男が去った後も、誰も知ることは出来なかった。男に関する情報が皆無だったからだ。どの街でも数多の問いをはぐらかし、どうにかしようと飲ませても多量の酒に酔い潰れることは無い。どの酒場でも、決まって飲ませた方が泥酔して倒れた。
四苦八苦してどうにか手に入れた情報は一貫して『外見によらず遊び人且つ酒豪である』という、無意味な嗜好のみ。…男は自分を語らず、人々は正体を知ることもなかったが、それは無理もないことだろう。
謎に包まれたこの壮年の男こそ、1269年5月、東大陸南方の砦で死亡したと言われている、一世を風靡した覇王『ギュスターヴ13世』その人なのだから。