「セリフは全部覚えたね、リウ君」
「……それしか、……することありませんでしたから」
アナルプラグを入れられてついに五日目、僕は絶え間ない腹痛に苦しんでいた。
このプラグはモーターが仕込まれていて、常に微弱な振動を続けている。性的な経験のない僕の理性を、ヤスリで削るように少しずつ壊していく。
しかも、ペニスには射精を封じるバンドがつけられている。
僕は今日、この高級マンションで行われるパーティーの主賓になる。数人の狂ったお大尽さまが、僕の痴態を見るためにここに集まる。
こんな薄汚い『ネコ耳』がウンチをするところを見て、そんなに面白いとは思えないけど……。
僕は天井を見上げる。そこには大きい天窓があって、雨で濡れている。その向こうには曇天の空が見える。
「母さんが心配かい?」
「……当たり前でしょう」
もう、五日間この部屋から出ていない。病気の母さんを一人置いて、僕はこのマンションに来た。
「君の母さんはもう前金で入院してるよ。信じて欲しいな」
「……信じてます。手術費用も出して貰わないと、……いけませんから」
もう、声を出すのも辛い……。体中が汗でベトベトして、気持ち悪い……。
僕たち『ネコ耳』は半分動物だから人権も半分だ。貧困で保険料もまともに払えない僕たち親子は、まともな病院に行くことなんてできやしなかった。
一週間前に母さんが倒れた。コミュニティの闇医者は「ここではなにもできない」という最悪の診察を下した。
泣いている僕に声をかけてきたのが、目の前にいるこの男、『マイスター』だ。
どうやら調教師という意味らしい。本名は名乗らなかった。聞く気もない。
ただ、母さんを助けたければ仕事をやると言われて、ついていった。
着いたのは高級マンションの最上階の一室だった。そこで僕はお尻に栓をされ、ペニスにベルトを巻かれた。
そして、一冊の薄い本が手渡された。
「君は五日後に人の前でウンチをする。それだけでいい。多少のお触りもあるけど、アナルへの挿入は無い。安心だろ?」
安心かどうかは分からないが、僕には選択の余地なんて無い。母さんを助けられるなら、その指示には全部従うつもりだ。
「……この本は?」
「お客さんが喜びそうなセリフがたくさん書いてある。まぁ、プレイの流れもそれで覚えて欲しい。文字は読めるね?」
「少しだけですけど……」
ペラペラとページをめくると、そこはいわゆる卑語、淫語の類でたっぷりと埋め尽くされていた。
「……最低ですね、これ」
「しかしそれが、君の母さんの命を救う聖書になる。分からない所は聞いてくれ」
マイスターが微笑む。とても優しい笑顔だが、はっきりいって僕は怖い。
「……分かりました、頑張ります。だから、母さんを助けてください」
「いい子だ」
マイスターは僕の耳の裏を撫でた。羽毛のような柔らかい手触りだった。
マンションのリビング。その中央には奇妙な椅子が置かれていた。
「……これが、分娩台ですか」
「そう、人間が子供を産むときに座る。そして、今日は君が座る。ほら、尻尾はここから通せるようになっているんだ」
見れば台座のクッションと、背もたれのクッションの間が開いている。しかし、僕が気になるのは椅子の前に立つ二本のシャフトだ。
「ここは……、足を乗せるんですか?」
「そう。君はここで強制的に大股を開くことになる」
つくづく、最低だと思う。この五日間で覚悟は決めていたのだが、やはり泣きたくなる。
「さあ、ドレスアップを始めよう。リウ君用の特注だ」
衣装は全て皮製だった。色は赤。コルセット、長い手袋、ストッキング、首輪……。パンツやシャツなどは無い。必要なところが無く、不必要な所のみで構成されているイヤらしいコスチュームだった。
全部身につけると、それは肌に吸い付くような感触だった。……やだ。気持ち悪い。
「いいね。やっぱ君は最高だ。整った顔、はねた耳、柔らかい髪、つやのある尻尾……。今日は最高のパーティーになるよ」
「……それは、どうも」
「そっけないなぁ。もうちょっとのってくれないと困るよ」
マイスターは僕の股間に手を伸ばした。ペニスバンドに指が触れる。
その瞬間、背筋に電気が流れるような衝撃が走った。
「いやあぁっ!!」
僕は反射的にマイスターの手をはたき、あとざすった。無意識に爪が出ていた。尻尾が怒りで膨らむ。
革製の手袋は、僕の爪で破れることはなかったが、マイスターの手の甲にはひっかき傷が薄くついた。
「いい感度だ」
マイスターは自分の傷痕を舐めながら、僕を見た。その目はまだ、とても優しい。
僕は肉体的にも、精神的にも追いつめられていた。だからか、マイスターのその目がとても怖かった。
「……なんなんですか! なんなんですか、あなたは! なんで、なんでそんな……!」
「壊れるのはまだ早いよ、リウ君」
マイスターは静かに答えた。
目隠しもやはり革製だった。マイスターはそれをそっと僕の目の上にのせ、後頭部でベルトを止めた。
僕は分娩台に座らされていた。足は大股を開かれ、金具で固定された。腕も手すりに縛り付けられた。
……最悪の気分だった。アナルプラグのスイッチはまだ切られていない。ねちっこく、僕をなぶり続ける。
バンドを締められているペニスもギリギリと痛んだ。さっき少し触られた部分がまだうずいていた。
「お客様がまもなくいらっしゃる。なに、もうチンコも勃たないようなヨボヨボの爺さん達だ。君はただ、覚えたセリフを言いながら脱糞すればいい」
「…………はい」
僕は台本を思い出す。何度も何度もつぶやいて、もう頭に染みついてしまっているイヤらしいセリフの数々。
……でも、挿入は無い。僕はただ体を触られて、ウンチを出して、それで終わり。
やがて、背後で玄関のドアが開いた。
マイスターの挨拶が聞こえる。幾人かの老人との会話が交わされている。
「それではこちらへ。準備は整っております」
幾人かの足音がこっちへ近づいてくる。そして、人の気配が僕の周りを囲んでいく。
その人達は、臭かった。ほったらかしにしておいた、すえた肉の臭いがした。
マイスターが言うには、政治家や財界の大物、大学教授といったとても偉い人達らしい。でも、僕にはとてもそうは思えなかった。ただの人生に飽きた、狂人の群に思えた。
「リウ君、ご挨拶を」
僕は頭の中の台本を開く。始めに書かれていた挨拶の言葉を思い出す。
「……今日はお集まり頂いて、誠にありがとうございます。……これから、僕は薄汚いウンチを、皆様の前でひりだします」
少しずつ、冷静に、僕はセリフを紡いでいく。
「……もう、僕は五日間もウンチを出すことができませんでした。……おなかもこんなに張ってしまいました。……中にはガリガリに固まってしまったウンチが大量に詰まっています。……だから、皆さんでお浣腸して、……僕を、……気持ちよくしてください」
言えた。一言一句、間違いなく言えた。
「すでにこの子は、五日間アナルバイブを装着しています。微弱な振動で徹底的に攻め抜き、エクスタシーはペニスバンドで封じています。……いかがですか?」
「……ふむ、なかなかいいね」
マイスターの問いに、しわがれた老人の声が答えた。
「愛嬌にいまいち欠けるが、小刻みに震える耳や、尻尾がなかなか趣深い」
「そうさねぇ、いかにも頑張っているという感じが見て取れる。……いいのう。どのような事情でここにいるのかも、儂は興味があるよ」
別の老人の声が聞こえる。この人達は丹念に僕を観察して盛り上がっているようだ。なんでこんな事が楽しいのか、僕には見当もつかない。
「この子の個人情報についてはご勘弁を。さあリウ君、続きを」
続きはおねだりだ。僕は卑猥な言葉で、この人達を誘わなければならない。
「……僕はもうお尻をずっとなぶられ続けて、……限界です。……お願いしますぅ。……僕にいやらしい事を教えてください。……ピンピンになっちゃったおっぱいや、……カウパーたらたらなおちんちんを、いっぱい触ってくださいぃ。……僕を、徹底的にイヤらしく躾てくださいぃ」
……声が震えはじめていた。なんか、今にも泣き出しそうになっている。
僕は自分に言い聞かせる。僕は望んでここにいる。すこし我慢すれば、母さんが助かる。……頑張れ。
マイスターが愛想のいい声で宣言する。
「さあ、ペッティングの時間です。どこに触れても構いません。まだ、ペニスバンドははずしませんので好きなだけお楽しみください」
「うむ、ではさっそく……」
さっきとはまた違う声だった。ここにはいったい何人の人がいるんだろう。
不意に、乾いた指が僕の肋骨をなぞった。骨と骨の間をゆっくり往復している。
「……うぅ」
変な呻き声が出る。まだ、セリフを言う場面じゃない……。別ににサービスする必要なんて無い……。
別の指が、今度は僕の手の甲を撫でる。そして、少しづつ腕を登ってくる。
さらに別の指が太ももを這う。それは徐々に内に入ってくる。
「ひぃ……、うあぁ……」
勝手に声がでてしまう。気持ち悪いのに、気持ち悪いはずなのに、僕は女の子みたいな声を上げている。
次々に体をまさぐる指が増えていく。脇をさすられる。ノドを撫で上げられる。膝裏をくすぐられる。
「……ああぁ、あぁ、はあっ……、はあっ……、うあぁ……、ひぐうっ! あああぁっ……」
声を止めることができない。とても嫌なのに、イヤらしい喘ぎ声がどんどん出てくる。
「ほほう、いい声で啼きますなぁ」
「尻尾も突っ張りながら震えています。感じていますね」
「なるほど、いやらしい子だ……。マイスターの目はたいしたものですなぁ」
「いえいえ、褒めるならどうかこの子を。性経験皆無でここまで感じる子なんて、なかなかいない」
マイスターの声は、僕のセリフの合図だ。僕は声を絞り出す。
「……そうですぅ、僕は、とても、エロい子ですぅ。……皆様の指でぇ、僕ぅ、……とっても気持ちよくなっちゃってますぅ。……もっとぉ、もっとぉ、僕にイヤらしいことを仕込んでくださいぃ!」
声が裏返っていた。本当にイヤらしい声……。これが自分の口から出ていることが、僕には信じられなかった。
指はさらに増え、攻めるポイントも陰湿なものになってきた。乳輪のまわりを指でなぞり、乳首をを押しつぶした。ペニスの裏を指の腹で撫で、別の指で鈴口を刺激した。
「いぃっ! いぎぃ……、かはあぁ!」
何本もの指が僕の感じるところを探し当て、そこを撫でていた。僕の体はガタガタと震えはじめた。
足の指に、つりそうなくらい力が入る。手すりに爪が立てられる。それでも、全身の震えは止まらない。
「はは、リウ君、尻尾がプルプルしてるよ。嬉しそうだね」
マイスターの声はセリフの合図……。刷り込まれた言葉が自動的に引き出される。
「はいぃ……、嬉しいですぅ! 僕ぅ、気持ちよすぎて死んじゃいそうぅ! あぁ、もっとぉ、もっとすごいことしてくださいぃ!」
嫌だ、僕は気持ちよくなんてなりたくない。こんなの嫌だ……、嫌だっ!
「ほう、もっと気持ちよくなりたいと。さて、どうしようかね」
「まあ、この子は『ネコ耳』じゃ。いろいろあるさね。例えば……」
老人の指が僕の右耳に触れた。薄い肉を親指と人差し指で丁寧に揉みしだいていく。
「ほぉ、なるほど。では私も……」
今度は左耳だった。細い指が僕の耳の穴にゆっくり差し込まれていく。
「はあっ、ぐぅ……、うぐうぅっ! かぁっ! あっ、あああぁっ!」
耳の中の産毛が全部逆立った。『ネコ耳』の耳は人間よりずっと大きい。簡単に鼓膜の手前まで指が届いてしまう。
そして、そこは体の中でも、もっとも鋭敏な部分だった。
ゾリッ……、ゾリリィッ……! ゾリッゾリッゾリッゾリッゾリリイィッ!
ゾワゾワと悪寒が頭の上から全身に広がっていく。生命の危機を僕の動物としての本能が告げる。
左耳に入った指がピストン運動を始めた。出たり……、入ったり……。そのたびに僕の体が反射的に跳ねる。
「いぎいぃ! やがあぁっ……、にゃあっ……! にゃだああぁっ! にゃあっ……、ふにゃああぁっ
!」
いよいよ人としての理性が壊れ、動物の僕が出てきた。言葉は勝手に獣のわめき声になっていた。
やがて、右の耳でもピストン運動が始まった。僕は両耳を犯され、恐慌状態になった。
「にゃがああぁっ! にゃあっ! にゃにゃあぁっ! ふにゃあぁっ! にゃがあっ! にゃああぁっ!」
『嫌だ』と言いたかった。それは台本には無いセリフだったが、言わずにいられなかった。しかし、その言葉はついに出ず、ただのネコの鳴き声がリビングに響いた。
まるで脳を直接犯されているようだった。お触りなんて生やさしいものではない……。これは、強姦だ!
「あー、ご老体。あまり無理をすると壊れてしまいます。どうかそのへんで」
マイスターの声に二人は従ったようだ。僕の耳からゆっくりと指が引き抜かれていく。
僕は息を荒げながら泣いていた。怖かった。ただひたすらに怖かった。暗闇の中で誰かに触られることがこんなに恐ろしいとは思わなかった。
なのに、一方でそれは強烈な快感にもなっていた。ペニスバンドがなければ、僕は確実に射精していた。
……僕は自分が壊れ始めていることに気づいた。でも、もうどうしようもない。
「それではそろそろ浣腸にいきましょう。当然、高圧浣腸になりますが『エネマシリンジ』と『イルリガードル』のどちらになさいますか?」
「もちろん、『エネマシリンジ』だよ。皆さんもそれでいいかね」
「うむ、かまわんよ。儂も自分の手でポンプを押したいさね」
「そうじゃのう」
『エネマシリンジ 』については説明を受けていた。管の途中にペコペコした球形のポンプがついていて、浣腸液を腸内に押し流す道具だ。まずこちらが使われるだろうと、マイスターは言っていた。
セリフを言う。言わなきゃ……。頑張らなくちゃ……。
「……うあぁ、いよいよお浣腸なのですねぇ、……ありがとう……ございますぅ。どうかぁ、このあさましいケツ穴にぃ、浣腸液を、ぶち流してくださいぃ……、ああぁ……、ふにゃあぁっ……!」
完全に泣き声だった。歓喜のセリフのはずなのに、それは恐怖に怯えた子猫の鳴き声だった。
その時不意に頭頂部を触られた。僕は身をすくめたが、その手触りは老人のものではなかった。とても優しい指使い……。マイスターが僕の頭を撫でたのだ。
「よく言えたね、リウ君。さぁ、それではいよいよ本番です。さっそく浣腸液を……」
「その前にいいかな、マイスター」
「はい、なんでしょう」
「これは差し入れなのだがね、是非使って欲しいのだよ。いいかね?」
木箱のカタカタなる音が聞こえる。マイスターはその蓋を開けたらしい。
「おお、これは10年物ですね。たしか当たり年だったと思いますが……」
「うむ、なかなかいいワインだろう。どうかね?」
「はい。ですがそのままでは急性アルコール中毒を起こす危険がありますので、生理食塩水で割ります。構いませんか? せっかくの高級品を……」
「ああ、構わんよ。存分に使ってくれ」
とても怖い会話だった。僕はこれからお尻の穴でお酒を飲まされるらしい……。そしてそれは、とても危険の行為らしい……。
叫びたかった。約束が違うと訴えたかった。でも、それはできない。この催しが失敗して困るのは僕だ。僕はこれから何が起ころうと、全てを耐えなければならない。
老人達の談笑の向こうに浣腸の器具をセットしている音が聞こえる。ワインのコルクを抜く音、それを容器に注ぐ音が続けて聞こえる。
そしてついに、僕のアナルプラグに手がかけられた。
「あぁ、ゆっくりお願いします……。ひねりながら、なぶりながら抜いてくださいぃ……」
まだ、僕の声はガクガクに震えている。感情とセリフが全然合っていない。脅されて無理矢理言わされている感じだ。
しかし、マイスターは僕の言葉を忠実に実行した。本当にゆっくりとひねり、出し入れをくり返しながらアナルプラグを抜いていった。
「かっ……、かはあっ! あぐうぅっ! うあっ……あっ……あぁ……、あにゃあぁっ!」
間抜けな声がリビングに響く。五日間、僕を苦しめた凶器をはずされる歓喜と快感、そしてこれから起こることの恐怖が僕の脳を焼いていく。
ついに、アナルプラグは完全にはずされた。冷ややかな空気が僕の中に流れ込んでくる。
「ほう、ポッカリと開いていますなぁ。汁まで垂らして、イヤらしい……」
「非常にそそるのう……。あの暗い穴の奥にに、たんと詰まっていると思うと、いやはや」
僕の肛門をネタに、老人達の最悪の品評会が始まる。その言葉の一つ一つが、僕の残り少ない理性に突き刺さる。
「ではそろそろ溶液を注入したいと思います。始めますよ」
「……はいぃ、僕、嬉しいぃ……。ようやく……、ようやく出せるのですねぇ……。どうかぁ、このさかった野良猫に、浣腸液をガンガンぶち込んでくださいぃ……。はやくぅ、はやく入れてぇ……」
なんども練習した言葉は、しっかり身に付いていた。こんな精神状態でも、言うべきところでセリフが言える。……僕は誇りを失った、最低のネコ耳だ。
栓が僕の中に入ってきた。それは開いた穴にちょうどおさまり、僕を肛門を再び塞いだ
「それでは、どうぞ」
「うむ、じゃあ……」
キュコキュコと、ゴムをつぶす音が聞こえ始めた。
心臓の鼓動が速まる。筋肉が収縮し、全身に鳥肌が立つ。
……それはついに来た。大量のワインが僕の直腸に流れ込んできた。
ギュルッ……、ギュリュウゥッ! ゴボゴボゴボゴボゴボ……、ゴボボボボオオォッ!
「ひいいぃっ! ひぎぃっ……いぎっ……、あがああぁっ!!」
激痛だった。腹の中をくまなく針で刺されるかのような鋭い痛みが走った。
錯覚かもしれないが、水分を失った排泄物にワインが注ぎ込まれ、一気にふくれたように感じた。
腸内の柔毛にアルコールが染み、その痛みを倍加させた。
手足が暴れ、分娩台がギシギシと鳴る。しかし、体勢は全然変えることができない。僕はとにかく身をよじり、何度も後頭部をクッションに叩きつけた。
ポンプを押す音はまだ止まらない。容赦なく、僕の内臓に劇薬を送り続ける。
「にゃがあああぁっ! ふぎゃあぁっ……にゃあぁっ! ひぎゃああぁっ!」
僕は叫ぶことしかできない。ここでいくつかのセリフを言わなければならないはずだが、それらは全部ぶっ飛んだ。痛い。……痛い、痛い、痛い!!
「落ち着くんだ、リウ君。さぁ、息を大きく吸って……」
マイスターの声が耳元で聞こえる。気づけば、僕はいつの間にか頬をそっと撫でられている。
僕は荒れた呼吸を無理矢理整え、息の量を大きくする。引きつる腹を筋肉で押さえつけ、肺に酸素を送り込み。
「そうだ、そしてゆっくり吐くんだ」
僕はノドが詰まりそうになりながらも、とにかく息を吐き出す。少しずつ僕は落ち着きを取り戻していく。
痛い……。とても痛い……。でも、耐えなきゃいけない……。
そうだ、セリフ……、セリフを言わなきゃ……。
「にゃあぁ……、いいにゃあぁ……、にゃあ……? ふにゃあぁっ?! ……にゃにゃあぁっ!」
「うん、いい顔になってきましたな。やはり粘膜はアルコールをよく吸収するらしい」
「だらしのない、イヤらしい顔ですなぁ。ほら、尻尾もヒクヒク痙攣させて……」
「ろれつも回っていない。全身も赤いし、完全に酔っていますな」
酔っている……。もうアルコールが回り始めている……。
ああ、これが酔っぱらってるっていう感じなのか……。なんて、なんて、気持ち悪い……。
世界が傾く。揺れる。回る。暗闇の中を僕の体は浮いている……。
「リウ君……」
マイスターが僕をせかす。セリフ……、セリフを……。
「にゃあっ……、いにゃにゃしぃ……おにゃにゃ……、ぼきゅうぅ……、いぃにゃあぁ……、ひもちいぃ……、ありにゃにゃあぁ……にゃあぁっ……」
駄目だ。言葉にならない。もう、自分が本当に自分なのかも分からない……。
周りから嘲笑が聞こえる。せせら笑い、苦笑い、含み笑い……。皆がこの間抜けな子猫を蔑んでいる……。
ようやく、ワインの注入が終わった。僕の中にどれだけ入ってしまったのか見当もつかない。
「では、しばらく待ちましょう。せっかくの高級ワインだ。リウ君にももっと味わって貰います」
マイスターの言葉はあまりに無情だった。僕はもう限界なんてとっくに超えていた。はやく、この中のものを出させて欲しかった。このままでは、本当に死ぬかもしれない……。
時間が少し経つと、お腹の中がからボコボコと音がなり始めた。そして激痛の上に激痛が重ねられた。
「がああぁっ!! うがあっ! がっ……ぎいいぃっ! ぎぎいぃっ! うぅっ、うにゃああぁっ!!」
僕の体が内側から暴れだす。狂った雄叫びがリビングに響き渡る。
「発酵……、しているのかね?」
「はい、炭酸ガスが発生しています。一歩間違えると内臓が破裂しますが、私が排泄のタイミングを見計らいますのでご安心ください」
安心? なにを安心すればいいんだ、僕は! こんな、こんなこと……!
手すりに立てた爪が、手袋の中でミシミシといっている。全身が脂汗でジットリと濡れる。大きい悲鳴と小さい喘ぎが交互に繰り返される。
……死ぬ。僕は殺される。
老人達は、おもしろ半分に僕の膨れた腹をもてあそぶ。指で押し、さすり、タプタプ音を立てる腸の感触を楽しむ。暴れる内蔵が、さらに圧迫される。
「ふぎゃああぁっ! ふがぁっ……、ふわあぁ……、ぎいっ! いぎいぃっ……、やにゃあぁ……、にゃがあぁっ! にゃああぁっ……、ふびゃああぁっ!」
「リウ君……、大丈夫だよ。いま少し、楽にしてあげるから」
マイスターの声が聞こえる……。なに、なにするの……?
パチン、という音が、僕のお腹の向こうから聞こえた。
……その刹那、僕の脳に快感の麻薬が大量に流れ込んできた。
マイスターは、僕のペニスバンドをはずしたのだ。
「にゃぎゃあああぁっ!!」
拘束のはずされたペニスに、一気に血液が巡った。それだけで、僕は今までに体験したことのない快感を感じた。
さらにマイスターは、まるで羽箒で撫でるように、僕のペニスに触れた。ものすごい繊細で、丁寧な動きだった。
絶頂の寸前を保つ、ギリギリの手業だった。それは全身の痛みを緩和させながらも、射精には至らせない魔技だった。
「ひいぃ……、うぐうぅっ! いにゃあぁっ……、いにゃだあぁ……、だみぇえ……、うあぁっ! にゃああぁっ!」
苦痛と悦楽の綱引きで、頭がギリギリする。全ての筋肉が一斉に収縮する。全身が瘧がついたように震える。
……なんだろう、明るい。目の前が妙に明るい。
光? 僕は目隠しされているのに……。
僕には透明な空が見える。今日は雨なのに、なんでこんなものが……。
違う、これは幻だ。
やだ、吸い込まれる…………。なに……、なんだよこれ……!? やだ、いやだぁっ!
「さぁ、リウ君。最後のセリフだよ。これで終わりだ。さぁ、言うんだ」
言う……? なにを……? セリフ……? こんな……、こんな状況で……?
やだ、でてこない。ぼくの、つぎの、せりふ……、なに……?
すいこまれる……、やだ……、こわいよ……、かあさん……。
かあさんっ……!!
「……かあひゃぁん」
言葉がこぼれた。
「……かあひゃん、……いみゃ……たひゅけるからぁ、……ぼきゅぅ……うんちぃ……だひゅからぁ、……だひゃらぁ、……みてぇ、……みてえぇ」
なにを言ってるんだろう、僕は……。でも、言葉は止まらない……。
「……ぼきゅうぅ、……うんちぃ……だひゅのおぉっ! たひゅけるのおぉっ! かあひゃんっ! かあひゃあぁんっ!」
ボンッ!!
栓が引き抜かれた。そして、肛門が爆発した。
ブボボボオォッ! ブリュリュリュリュッ! ブボオォッ! ブジュウウゥッ! ブジャアアアァッ!
ブギュギュギュリュウゥッ! ボバアァッ! ズバババババアァッ! ブギュリュリュリュウウウゥッ!
「にゃぎゃあああああぁぁっっ!!」
解放された門から、不浄の軟便が滑り落ちた。それは一気に引き抜かれたような勢いだった。
僕は、透明な空に吸い込まれる。溢れる光が僕を包む。
心が、真っ白になった。
「にゃああぁっ! ふぎゃっ! ふぎゃあああぁっ!」
ブビュウウウゥッ! ブリュリュウウウゥッ! ブビュッ! ブビュリュウウウゥッ! ブジュウゥッ!
熱い精液が駆け上り、僕の精通管を焼きながら、噴き上がった。
排泄と射精、圧倒的な二つの快感だった。それが、止まらない。ウンチも、精液も止まらない。
ダバダバと、ワインとウンチの混合物がぶちまけられていく。精液が僕の腹や胸、顔にまで降りかかる。
長い、とても長い絶頂……。それは天国と地獄を同時に味わうかのような、悦楽の拷問だった。
ブビュルゥッ! ビュキュウッ! ビュクン! ブボオオォッ! ボババアァッ! ブビャアアァッ!
かあさん……、だめだよ……。ぼく……、もう……だめだ……。
気持ちいい……、気持ちいいっ! 気持ちいいよおおぉっ!!
「にゃああぁっ! かあひゃぁん……ふみゃああぁっ……! みゃああぁっ!!」
まだ、ウンチは止まらない。ペニスもビクビクいいながら、精液を吐き出し続けている。
僕は絶頂から降りられないまま、意識を失った。
「リウ君……」
はい……、なんですか……?
「終わったよ」
え……?
「今、目隠しをはずすよ」
ベルトがはずす音がする。ゆっくりと目隠しが持ち上がっていく。
光が差し込む。幻ではない、本物の光……。
そして、優しく微笑むマイスターが見える。
「あ……、あぁ……」
「よく、頑張ったね」
その顔は、もう怖くなかった。両手の拘束も外れている。僕は震える腕で、マイスターの首に抱きつく。
「うああぁ……、あぁ……、うわあああぁぁっ!!」
僕は大声で泣いていた。涙がボロボロこぼれた。
マイスターが、僕をそっと抱き上げた。そして、髪の毛を撫でる。
僕は頬をすり寄せる。マイスターはとても暖かい。
怖くない……。もう、僕は震える必要なんてないんだ……。
「あぁ……」
自然に、唇が重なった。僕たちはキスしていた。
マイスターが僕の唇を吸った。そして、優しく噛んだ。
舌が歯をなぞり、口の奥に入ってきた。それは僕の舌と絡まり、唾液が流れ込んだ。
口中を愛撫された。同時に指が背中を這った。首の裏を揉まれた。
その手が、僕の耳にかかった。そして、そっと伏せられた。
一切の音が聞こえなくなった。目も閉じていた。全ての感覚が舌に集中した。
吸われた……。噛まれた……。とても、とても優しく……。
「ふうぅ……、ふうっ……、ううぅ……うううぅっ!!」
ブシュウウゥッ! ジョロオォッ! ジョロロロロロオオォッ…………。
僕は失禁した。……止められない。……僕のペニスは本当に壊れた。
マイスターのスーツが黄色い液体で濡れていく。雫がこぼれ落ち、床に大きな水たまりを作っていく。
マイスターは完全に脱力した僕の体を、分娩台のクッションに置く。
「ふあぁ……、あはあぁ……、ははぁ……」
僕はだらしなく笑っている。涎を垂れ流しながら、尿を吹き出しながら笑っている。
その時、背後で拍手が起きた。
パンッ! パンッ……パンッ……パンッ……! パチパチパチパチパチパチィッ!
何人もの、万雷の拍手。僕には何が起きたのか分からなかった。
「うん、みごとだ」
「素晴らしい……。まさに芸術だな」
「はは、いや最高。楽しませてもらったよ」
老人達だ。彼らはまだ帰っていなかった……!
ショーは続いていた。僕の絶望、至福、そして、その果ての失禁……。そこまでがパーティーのプログラムだったのだ。
「どうもありがとうございます。それでは、これでお開きです。またの機会を……」
マイスターの挨拶が終わると、足音が遠くなっていった。やがて玄関が閉まり、彼らはいなくなった。
……僕の体は動かない。ただ、全身がとても甘く痺れていた。
マイスターが僕を見つめる。とても、優しい笑顔で……。
「さあ、ようやく本当に終わりだ。君も、もう寝なさい」
マイスターは僕の目に手をかけ、まぶたを下ろさせた。……そのまま、僕は眠った。
締め付けられるような悔しさと切なさを、胸に抱いたまま……。
「タネを明かしてしまえば、彼らも台本は読んでいたんだ。その上で、君の反応を楽しんだ。ちゃんと言えるかどうか、あるいは何を言ってしまうのかをね」
「……悪趣味の極みですね」
僕はまだベッドから立つことができなかった。マイスターは粥を作ってきたが、僕はそれを食べるのを拒否した。もう、この人からは一切の借りを作りたくなかった。
「覚えてるかい? 君が『かあさん』と言ってしまったこと。あのセリフで彼らの中には泣いてしまった人もいたんだよ」
「………………」
僕はなにも答えない。……答えられるはずがない。
「まあ、とても好評だったってことさ。報酬も増えてしまってね、君の取り分も増やしてあげないと……」
「いらないっ!!」
「お、おいおい……」
「母さんが無事なら、それ以上は何もいらない! 受け取るもんか、そんな金! 嫌だ、絶対嫌だっ!」
マイスターが溜め息をつく。そして、椅子から立ち上がる。
「じゃあせめて、その金は病院の方に回しておくよ。それならいいだろう?」
マイスターは部屋をでていく。
「……でもこれだけは覚えておいてくれ。君は、本当に最高だよ。ぜひ、また一緒にやりたいね」
ドアが閉まった。僕は、ようやく一人になれた。
よかった、これで、落ち着いて泣ける。
「…………うっ、ううっ……、うぅ…………、うぐううぅっ…………」
天窓の向こうは夜の空だった。もう、雨はやんでいた。
…………あれからずいぶんたった。
母さんもすっかり持ち直し、僕達はいつも通りの生活に戻った。
貧乏で、汚らしい、とても幸せな毎日だ。
それでも、僕には時々フラッシュバックが起こった。
……透明な空。そして、そこに吸い込まれる幻。
食事中でも、仕事中でもそれは起こった。そのたびに僕はうめき、涙を流した。
時々あのマンションを見に、向かいのビルの屋上に行く。部屋の窓からは明かりがもれている。
再びあそこに行けば、僕は二度と外には出られないだろう。そのくらい、僕の心はマイスターに絡め取られてしまっている。
体が、疼く。あの人の事を考えるだけで、心臓が痛む。
だから、絶対にあそこには行けない。ただ眺めるだけだ。
また、新しい生け贄があそこにはつれてこられているのだろうか……。透明な空が見えているのだろうか……。
ポツポツと雨が降り出してきた。それでも僕は、ここから動けない。
(了)
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