屋根と屋根の間は、8メートルも開いている。たかだかパン三つ程度のことで、こんな命の張り方をしなきゃいけないってのもイヤになる。
俺はこのくらい楽勝だけど、弟のユンはギリギリだ。でも、躊躇したら落ちるぜ……?
耳で風を読み、尻尾でバランスをとる。さあ、跳べ!!
タンッ!!
……俺たち兄弟は、宙を舞った。
しかしその時、背後に銃声が響いた。
「あぐっ……!」
「ユン?!」
振り向くと、ユンの体は空中で弓なりに反っていた。俺は慌てて手を伸ばす。
脱力したユンの右足をキャッチ。自分の足を必死に伸ばして、雨どいに爪を引っかける。
「うおぉっ……!!」
そのままユンは自由落下で20メートル下に落ちようとする。やばい!!
肘が伸びきる。背骨に衝撃が走る。足の爪が音を立ててひび割れる。ビルの壁面に全身が叩きつけられる。
……そして、俺たち兄弟は、空中で逆立ちした形のまま、ビルの端にぶら下がった。
「手間かけさせるな! この『ネコ耳』ども!」
ユンを撃った制服が怒鳴る。
「ふざっけんな! 死んだらどうすんだよ! 殺すぞ!」
「ふん、その体勢でか……?」
俺は何も言えなくなった。
警察署の開いている会議室に、俺たちは連れて行かれた。
「パン屋は、とくに訴えるつもりはないそうです」
「……そうか」
「当たり前だろ、ゴミ箱に捨ててあったやつだぜ? とったって怒る奴なんていねぇよ!」
「ゴミだろうが何だろうが、盗めば窃盗罪なんだよ!」
俺と制服は睨み合う。俺は怒りで、つい尻尾が膨らんでしまう。
俺たち『ネコ耳』は半分動物だから人権も半分だ。いつも、こいつら制服の点数稼ぎのネタにされる。
「ラウ兄ちゃん……」
麻酔銃で撃たれたユンは、まだ体が痺れているらしい。俺の腕を掴みながら震えている。
「とにかく、それなら俺たちは無罪だよな! 帰らせてもらうぜ、このハゲ!!」
「ラ……、ラウ兄ちゃん……!」
俺はユンの手を取ってその場を去ろうとした。だが、振り向いた首根っこを大きな手で押さえられた。
「待てよ……」
制服の声が座っていた。
「……なんだよ?」
「注意はまだ終わってねえぞ!」
ブンッ!! 俺は凄い力で反対の壁に投げられた。あわてて手足を伸ばして受け身をとる。壁に激突と同時に、四肢をクッションにして着地した。
「なにすんだよっ!!」
「なあ、新入り……」
ハゲの制服は、ドア近くに立っているもう一人の制服に声をかけた。
「は、はいっ」
「こういう聞き分けのない『ネコ耳』はどうしたらいいと思う?」
「い、いえ……」
「躾るんだよっ!!」
制服はそういうと俺の腹を狙って蹴りを入れてきた。
『ネコ耳』の反射神経は『人間』より上だ。俺は蹴りを横にかわす。
しかし、制服もプロだ。その蹴りは俺を部屋の隅に追いつめるフェイントだった。俺の着地を狙って制服は回し蹴りを繰り出してくる。
ジャンプでよけようと思ったが間に合わなかった。全体重をのせた一撃を胸に喰らってしまった。
「がはっ……!」
動きの止まった俺を、制服は頭を掴んで押し倒す。顔面が床に叩きつけられる。
「『ネコ耳』……、お前みたいな跳ねっ返りを躾るのが俺たちの仕事だ。そのことを、これからたっぷり教えてやるよ」
「ふざっ……けんな……よ……」
「まあ、お前のかわりに弟の方を躾てやってもいいんだがな……。そうするか?」
俺はユンを見た。ユンは立ちつくしたまま、小さい体を震わせていた。
逆らえる様な状況じゃないことを、俺は悟った。
俺は両足首を掴まれて、股間を踏まれた。いわゆる『電気あんま』の形だ。
「なんだよ、これが躾? バカじゃねぇの?」
「まぁ、そんな口をきいてられるのも、今のうちだ」
制服は時計をポケットからだし、新入りと言われた男に渡した。ピカピカ光った趣味の悪い時計だ。
「三十分だ。計っておけ」
「はい……」
ハゲの制服が俺を大上段から見下ろしている。その奥に新入り。ユンは、部屋の隅で尻尾を丸めて、震えながらこっちを見ている。
耳もねちゃってるし……。お前さぁ、ちっとは男らしくなろうぜ?
ピッ、とストップウォッチの電子音がした。その瞬間、制服の足が激しく振動し始めた。
ガガッ! ガガガッ! ズガガガガガガガガッッ!!
「うああぁっ!?」
あまりに強い衝撃に俺は驚いた。これは遊びの電気あんまなんかじゃないと分かった。
内蔵が揺さぶられるような、激しい振動だった。俺はたちまち、激しい苦痛を感じ始めた。
笑いたいような、吐きたいような、泣きたいような、いや、それらを全部合わせてジューサーにぶち込んだような、ひどい感覚だった。そんな感覚が一定のリズムでただ、延々と続いた。
「どうだ、苦しいか?」
「苦しい……? こんなお遊びでかよ……」
強がりだった。自分の額が脂汗で濡れてきているのが分かった。
「ふん、今にそんなことも言ってられなくなる。こいつは『ネコ耳』どもにはよく効くんだ」
制服はさらに足に力を入れ、振動を小刻みにした。
「あっ……、があぁっ!」
俺の腰が跳ねた。超能力でもかけられているように、体が自然とねじれてしまう。
俺は床に爪を立てた。ガリガリと床に五本の傷が引かれていく。
歯を食いしばる。牙がカタカタいっている。顔に力が入る。耳が震える。涙がにじむ。
ガガガッ! ガガガガガガガガガガガッッ!!
振動は続く。制服の方は大して疲れもないらしい。一方、俺はもう息が荒い。
「何分たった?」
「二分四十秒です」
…………俺は絶望的な気分になった。まだ三分……、こんなことがあと二十七分……。
「おい『ネコ耳』、自分はパンを盗みましたって、一筆入れる気はないか……? そうすればこいつをやめてやるぞ?」
「…………て……っめえぇ、いいか……げん……に……しろおぉ!!」
「なんだまだ、元気じゃねぇか。じゃあ、俺も気合い入れていくか」
そういうと、制服は足の位置を徐々に上にずらしてきた。
「あっ……?! やあぁっ……!!」
足の真下に睾丸が当たった。硬い革靴の底が、二つの柔球をシェイクする。
「あっ、あぐううぅっ……!! ぐうぅ…………っ!! …………っっ!!」
俺は口から漏れそうになった悲鳴を、あわてて両手で塞いだ。こんな奴に泣き声を聞かれるのは絶対にイヤだった。
痛いと気持ちいいが同時に腰を走り、俺のチンポを硬くさせた。屈辱だった。これ以上ない屈辱だった。
そんな俺の反応を楽しんだ後、制服はさらに足を上に移動させた。
「…………っっ!!」
ついに革靴は俺のチンポを捕らえた。張りつめた陰茎をガシガシとこすり上げる。
俺は自分の手の甲を噛んだ。おもいっきり噛んだ。牙は皮膚を破り、血がにじんだ。自分を傷つけないと正気が保てないと思った。
「へへっ、新入り分かるか? こいつが感じ始めているのが」
「は……?」
「尻尾だよ。突っ張りながら、プルプルしてるだろ。感じ始めてんだよ、このネコは」
そんな?! 俺は耳を疑った。だが、俺の尻尾は確かに快感に震えはじめていた。
ちくしょう! なんなんだよこの尻尾は! なんで俺はネコなんだよ?! 俺は自分の獣の血を呪った。『こんな』ことで、『こんな』になってしまっている自分を呪った。
制服の足は止まらなかった。ただ俺のチンポをこすれるだけこすった。
「ふうぅっ……、ふぐううぅっ……、うぐうううぅぅっ……」
俺は自分の息が次第に鼻にかかったものに変わってきていることに気づいた。牙が手の甲から離れ始めていた。
俺は体をとにかく左右にひねる。打ち上げられた魚のように暴れる。駄目だ! これ以上されたら駄目だ!
「はは、体も尻尾もくねってきやがった。おいおい、しっかりしろよぉ」
「んううぅぅっ……、うううぅぅっ……、うにゃあああぁぁぁっ……!!」
俺は口から手を離した。もう、声はいい。とにかくこいつを止めたい。俺は股の間の足に掴みかかった
「おぉ?」
制服が俺の反撃に驚く。
俺は革靴に爪を立てた。しかし、厚い牛革に阻まれ、爪先は中の足まで届かなかった。震動は止まらない。
俺は力で押し返そうとした。両手で靴先をつかみ、思いっきり押した。
それでも、足が股間から離れることはなかった。逆に俺の体が床から離れ、体が大きく反り始めた。
ズガガガガガガガガガガッ! ガガガガガガガッッ!
体勢が変化しても、震動は無慈悲に続いた。
「にゃ……、にゃあ……、にゃ……、にゃあああぁぁぁっ……」
「おい、本当にもうネコになっちまったのか? ちゃんと喋れよ」
「にゃああっ! いにゃあああぁぁぁっ! にゃがああああぁぁぁっっ!!」
悔しかった。悲しかった。でももう、言おうとしていることが、言葉になってくれなかった。理性が剥がれ落ちて、獣の本性が俺を支配しはじめていた。
体が硬直しはじめた。耳がピクピクとひくつき、尻尾が8の字に踊った。
そしてついに、頭の中が白くなった。快感が爆発した。
「にゃああぁぁ……、にゃっ……、にゃあぁ……! にゃああああぁぁぁぁぁ!!」
ドッビュウウウゥゥゥッッ! ビュルウウゥッ! ビュクッ! ビュン! ビュルン! ビュウウゥッ!
俺はズボンの中に大量の精液を吐き出した。
「にゃ……、にゃはあぁぁ……、にゃあああぁぁぁ…………」
俺は脱力し、崩れ落ちた。したたかに腰を床に打ちつけた。痺れた腰は痛みを感じなかった。
「へっ、情けねぇ……。新入り、今何分だ?」
「まだ……、七分……」
「だ、そうだ。おい『ネコ耳』、聞こえてるか?」
「うぅ……、うみゃあぁ……」
聞こえてる……。でも、のどから出るのは変なうめき声だけだった。手も、足も、尻尾も小刻みに震えるだけで、動かすことができなかった。
「あと二十三分だ。さて、ここからが本番だな」
「にゃ……? にゃっ……、にゃああああぁぁぁぁ!!」
ズギュグググググウウゥゥッッ! ガシュッ! ガジュウウゥ! ズガガガガガガガアアァァッッ!
制服の足が再び動き始めた。俺のイったばかりのチンポを激しい振動でねぶりはじめた。
さっき出した精液がパンツに染み、俺のチンポに絡む。そしてグチャグチャになる。
脳に刺さるような圧倒的快感、そして、刺し傷をさらに刻み、痛みつけるような苦痛に俺は襲われた。
「かっ……か、か……、かっ…………!!」
息が詰まった。目を見開いて、口を金魚みたいにパクパクさせた。胸を爪で掻きむしり、シャツが破けた。幾筋のかの赤い線が体を走り、血が吹き出た。
ドゴオオォンッ!!
俺は肛門を踵で思いっきり蹴られた。
「ぎゃああぁああっっ!! うがっ……! がはっ! が……、ぐはっ!」
衝撃で、胸のつかえが取れた。息ができるようになると、今度は腰から極甘な快感のしびれが、堰を切ったように全身に駆けめぐった。
「にゃがああぁぁぁっ……!! にゃ……、にゃはあああぁぁ……」
痺れに全身の毛が逆立った。俺は頭を抱え、こめかみを肘で強く圧迫した。そうしないと、体がバラバラになってしまいそうだった。
「にゃ……、にゃああぁぁ……、にゃああああぁぁぁぁ……」
俺は獣のよがり声で、泣いて、鳴いて、啼いていた。
足の振動は小刻みなものになっていった。睾丸、陰茎を刺激し、内ももを這った。
それはまた、俺を地獄の絶頂へと突き上げ、堕とすものだった。次第に俺の体が固まっていく……。
そして俺は、達してしまった。今度は声も出なかった。ただ、泣き続けたまま、ダクダクと射精した。
振動は止まらなかった。俺の尻尾がどう動こうが、もう制服には関係ないようだった。
俺の意識は混濁し、視線は定まらなかった。部屋に霞がかかっているように見えた。
制服のサディスティックな含み笑いが遠くから聞こえる……。
「くくくっ……、おい、しっかりしろぉっ!」
グギュウウウウウゥゥゥッッ!!
俺の尻尾の先端に、激痛が走った。制服が俺の尻尾を踏み、ひねり潰したのだ。
「うぎゃああああぁぁぁぁぁ!!」
脳に直接、焼きごてをあてられたような痛みだった。尻尾が燃えるようだった。
「がぁ……、うああぁぁ……、ひいっ…………」
意識は戻されたが、もう涙も、涎も、鼻水もだだ漏れになっていた。体のどの部分も、俺の言うことなんてきいてくれやしなかった。
「さて、ようやく十二分、三分の一かぁ。あと何回イっちまうかな?」
「やぁ……、いやああぁぁぁ…………!!」
俺の体は恐怖で震えていた。それはもう、生命の危険を察知した、動物的本能だった。
「なら一筆書けばいいんだ。もう考えも変わったろ? ほら、紙とボールペンくらい用意してやるよ」
「………………うぅっ!」
もう駄目だと思った。心にヒビがはいりはじめていた。なけなしのプライドが崩れかけていた。
でもその時……、視界の隅にユンが入った。
……ユンは、泣いていた。ただ静かに、棒立ちになり、俺のことを見ながら、泣いていた。
もう駄目なんだね、と、言っている気がした。俺は勝手にそう思った。
「つ……づけ……ろよ……」
「あん!?」
「あと……、じゅう……はっ……ぷん……、つづけ……ろ……よ……」
「き、君……?」
新入りには俺の言葉が信じられなかったようだ。そりゃそうだろう、俺も信じられない。
「ほう……」
ハゲの方は、なんだか知らないが感心したようだ。
「いい度胸だ。なら、お望み道理してやるよ」
そしてまた、制服の足が動き始めた。
「にゃ……、にゃがあぁぁ……! あぁ……、あぁぁ………、ぎいっ! いぎっ……、はっ……、はあぁっ……、あにゃあああぁぁっっ!」
体は勝手に暴れていた。少しでも振動から逃れられる最善の体勢になるよう、本能が必死に努力していた。それでも、苦痛が減ることはなかった。
もう、何回射精しているかは分からなかった。絶頂が続き、精液と尿が同時にボタボタと垂れ流された。パンツどころか、ズボンも、尻尾もグチョグチョになっていた。
意識は何度も遠くなった。だが、そのたびに尻尾を踏まれた。先端から少しずつ踏まれる場所を変えられ、もうその半分以上がボロボロになった。
指は床を掻き、自分を掻いた。爪にはヒビが入り、肌からは血が幾筋もにじんだ。俺は泣いていた。泣き叫んでいた。首を振るたびに涙と汗が飛び散った。
それでも、制服は拷問をやめようとはしなかった。
「あと、十分……、です……」
「ふうん……、じゃあそろそろとどめといこうか」
制服は靴先を俺の肛門に突き立てた。
「にゃ……?!」
太い革靴の爪先が俺の尻に食い込んでいった。そして、それが限界まで刺さると、グニグニと回しはじめた。
「があああぁぁぁぁっっ…………!!」
俺の体も、それに合わせて回った。右に回せば右に、左に回せば左に全身がツイストした。
「はは、いつみても面白いなこりゃ」
制服は足を回しながらさらに押し込んでいった。
俺はとにかく腕を振り回し、床、壁、頭を傷つけた。何本かの爪がバキバキと音を立てて折れた。
「かっ………、うああぁ…………」
尻尾が狂ったように痙攣していた。全身が熱を帯び、汗が異常なまでに噴き出た。なぜか、目の前がバチバチと光っていた。
はっきり言って、死ぬと思った。
その時、部屋の隅から悲鳴にも似た叫び声があがった。
「もうやめてえええぇぇぇっっ!!」
ユンの声だった。俺はユンの大声を初めて聞いた。気の弱いユンはどんなことがあっても、今まで声を荒げるようなことはなかったからだ。
制服の足が止まった。ユンは制服の前に歩み出ていた。
「お願いですっ! もうやめてくださいっ! もう、なんでもしますからっ! 僕を殺してもいいですからっ! だから、お兄ちゃんをこれ以上虐めないでええぇぇっっ!!」
……やめろ、そんなこと言うな! そいつは本当にお前を殺すぞ!!
俺はそう思った。だが、その後の制服の行動は意外なものだった。
制服はユンの頭を撫で始めたのだ。
「そうか、これ以上兄貴が虐められるのはイヤか……」
「やめて……、やめてください……」
「でもな、これはお前のお兄ちゃんが望んだことだ。あと十分、この躾は絶対に続ける」
「うぅ……、でも……、これ以上やったら……、お兄ちゃんが……」
「お前が助けてやればいいのさ」
「え……?」
「今こいつは苦しいんだ。それは分かるな? だからお前はその反対の気持ちいいを、お兄ちゃんにしてやればいいのさ」
「気持ちいい……」
「キスとか、マッサージだよ。それくらいお前も分かるだろう?」
「僕がラウ兄ちゃんを……、気持ちよくする……」
「ああ、そのくらいは許してやる。大事なお兄ちゃんを助けてあげな」
……悪魔だ。この男は悪魔だと思った。この状態でそんなことされたら、俺は、本当に死ぬ。
しかし、ユンは分かっていなかった。俺を助ける決意を固め、こっちに向かってきた。
ユンは俺にまたがり、腹に腰をおろした。そして、少しずつ顔を近づけてきた。
「お兄ちゃん……、今、助けるから……、僕……、一生懸命やるから……」
ユンは俺にキスしてきた。
いままでもじゃれ合って、尻尾や髪を口で毛繕ったことはあった。しかし、唇どうしを重ねたことはなかった。それでもユンは野生の本能か、積極的に俺の口を舌で割ってきた。
ユンは俺の唇を優しく噛んだ。歯茎を舌でなぞった。甘い唾液を流し込んできた。
あまりの悦楽に、俺の脳はガンガン痛んだ。気持ちいい。しかし今、気持ちいいことは死ぬほど辛かった。
制服が足を揺らしはじめた。ユンの重みで俺は体をよじらせることも不可能になっていた。振動のエネルギーは全部、俺の体に伝導した。
ユンはただ必死に俺の唇を貪った。頬や耳をなで回し、全身を揺すりはじめた。
俺はもう何も分からなくなった。ただ、自分は地獄にいるんだと思った。
ユンの顔が赤く染まっている。耳の中まで赤くなっている。自分の股間を、俺のヘソにこすりはじめている。
「はあっ……、はあっ……、おにいちゃん……、いい……? きもちいい……?」
ユンは自分の気持ちよさを、俺の気持ちよさと錯覚しはじめていた。こいつも何がなんだか分からなくなっているらしい。
ユンは俺の脇腹をさすりはじめた。そして肋骨をなぞり、乳首をいじりはじめた。
「おにい……、ちゃん……、あぁ……、きもちいい……?」
気持ちいい。死ぬほど気持ちいい。……そして、本当に死にたい。
あぁ……、お前って……、本当にバカだ……。
俺は力を振り絞ってユンを抱きしめた。両手で強く抱きしめた。
「あぁ……、おにいちゃん……、おにいちゃああぁぁんっ!」
キスした。ただ、ユンにキスした。力の入らない俺が一方的にユンになぶられる形だったが、とにかくキスした。
制服が嘲笑が微かに聞こえた。でも、もうかまわなかった。いいよ、もう壊せよ。俺はこのまま死ぬ。
腰はただの反射で射精を続けた。耳がビクビクと痙攣し続けた。尻尾も踏まれているようだったが、そこはもう何も感じなかった。
「おにいちゃん……、あぁ……、きもちいい……、うぅ……、きもち……、いいぃ……」
ユンが何か譫言を言っている。俺の感じている振動を、ユンも同時に感じている。
「ああぁっ……、おにいちゃん……、きもちいいっ! きもちいいぃっ! あぁっ……! にゃあああぁぁぁっっ!!」
ドビュウウゥゥ! ビュルウゥッ! ビュン! ビュクンッ! ブビュウウゥゥッ!
ユンがイった。震えながらパンツに射精した。
ユンはそれでもまだ、俺の唇を吸い続けた。イきながら、泣きながら、俺にキスし続けた。
二人で震えて、二人でグチャグチャになった。一秒を永遠に感じながら、俺の意識は薄れていった。
「時間です……」
「ああ、そうかい」
制服は俺の足を離した。踵が床に落ちた。
制服は下卑た笑いを上げながら会議室から出て行った。新入りは動けない俺に駆けつけてきた。
「君、だ、大丈夫かい……!?」
これのどこがダイジョブに見えるんだ、この男は……。
体中が涎、汗、涙、尿、精液、血液、ありとあらゆる体液でグチョグチョに濡れていた。服は自分で破いてしまった。もう全身、傷だらけの血まみれだ。
爪も全部割れてしまった。尻尾も全部痛めつけられた。体で無事な部分は掴まれていた足だけだった。
腰は自分ではピクリとも動かせない。まだガクガクと勝手に揺れ続けている。まるで内臓に巨大なローターが入れられてるみたいだった。
手や足が、ときどきスイッチが入ったかのように痙攣した。そのたびに俺はのどが締め付けられているような声を出した。
そして、俺の胸の上で、弟が泣いていた。よく分からない言葉で、謝りながら泣いていた。
新入りは俺抱きかかえた。同情しているのか?
甘いよ、あんた。
「ごめんなさいぃ……、ごめんなさいぃぃ……」
ユンはボロボロの俺を背負って警察を出た。力の入らない俺は重いだろうが、それでもヨタヨタとどうにか前に歩いていた。
ユンはずっと泣いていた。謝罪の言葉はようやくまともなものになってきたが、俺はもう、いい加減聞き飽きた。
「ユン……、いい……んだ……」
喋るのも辛い。でも、ユンはまだしつこく謝り続けた。
「でも……、でもぉ……、ごめんなさいぃ……! ごめん……、なさいぃぃ……!」
しょうがないので、俺はポケットからあるものを取り出して、ユンの目の前にぶら下げて見せた。
「わか……る……か……」
「こ、これ、時計……? あの制服の……?」
「ああ……」
新入りが俺を抱きかかえているときに、ポケットに入ってたところを抜き取ったのだ。残った体力を振り絞って。
「コウ爺の……店に……行け……。換金……する……から……」
「お……、おにいちゃん!」
ユンの歩くスピードが少し速くなった。そうだ、俺たちは逃げ帰る訳じゃないんだ。さあ、急げ!
しかしまあ、三十分のハードプレイ料金としたらいい方ね、とでも娼館のマリーなら言うだろうか。いや、とても割に合わないな、こんなんじゃ。
……でも、いい。
これ以上ないってくらい痛めつけられたけど、身も心も本当にズタズタにされたけど、それでも、いい。
ユンがいてくれたから。
こいつは本当に何の役にもたたなかった。それでも、そこにいてくれるだけで、本当にいいと思えた。
そうわかっただけでも、今日のことは、いいんだ。心からそう思う。
夕日が俺たちの影をのばしている。道はまだ続いている。そして、俺たちは歩き続ける。
……一緒にな。
(了)
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