月光のような青白いスポットライトが差し込み、佐奈ちゃんの姿が小さな舞台に浮かび上がる。
柔らかなソファーには純白のシーツが掛けられている。佐奈ちゃんはその上に行儀良く腰掛け、小さなお尻がスプリングに沈んでいる。
厚底の黒いブーツ。漆黒のロングスカート。腰には革製の細いベルトが三本程巻かれている。細い襟足にはシルバーのアクセサリーが幾重にもかけられ、その奥に従奴の証である首輪が見える。
僕は舞台袖から佐奈ちゃんの表情をうかがう。その横顔は凛として美しく、後ろまで透けそうな白い肌に、薄紅の唇が映える。
(あれが、佐奈ちゃん……)
ずっと綺麗だとは思っていた。放課後の教室、窓際の席で一人寡黙に英語のペーパーバックを開いている佐奈ちゃんを、僕は暇さえあれば眺めていた。佐奈ちゃんに気づかれないよう注意しながら、ずっとその姿を見つめていた。
でも、その時彼が着ていたのは(当たり前だが)学校指定の茶色いブレザーだった。今の佐奈ちゃんは、とても趣味的なゴシックロリータの衣装に身を包み、妖艶とも言うべき雰囲気まで醸し出していた。
……あの隣に、僕が並ぶ。
そんなこと、僕には想像もできなかった。絶対に釣り合うわけがなかった。
僕の衣装も佐奈ちゃんとデザインはだけは同じだった。色は対照的な白色になっているが、フリルの位置からアクセサリーの細部にいたるまで、まるっきり同一だった。
でも、違う。僕は佐奈ちゃんみたいに綺麗じゃない。背は低いけど、本当にただそれだけの、どこにでもいる中学生だ。
肩が小刻みに震え、握った掌からは汗が吹き出す。膝がカクカク笑い出す。
床にでも倒れ込みそうなそんな時、後ろにいた奈々さんが僕の肩をポンと叩いた。
「どうしたの慧くん。ガッチガチだよ?」
「……あ、いや。…………すごい緊張してます、僕」
「にゃはは、かわいいねやっぱ。その調子、その調子」
奈々さんは面白がって僕の肩をパンパンはたく。
「その調子って……」
「そんくらいの方がお客さんも喜ぶんだって。素人さんはそれだけで得よ。ま、この世界の常識ね」
「い、いや……。でも僕、この状態で、せ、せ、セックス……なんて……」
「できない?」
「……たぶん、……できない…………です」
ただでさえ小さい僕の声はどんどん細くなっていき、最後の方はただのつぶやきになってしまった。
「できるよ」
奈々さんはこんな僕に向かって、なぜか笑顔で言い切った。そして、その唇をニタリと持ち上げ、目を意地悪く細めた。
「言ったでしょ? 全部、佐奈にまかせておけば大丈夫だって。……さ、いってらっしゃい」
「い、いってって……、僕の出番はまだ……」
ドンッ!!
奈々さんが僕の肩をおもいっきり突き押した。僕はバランスを崩しながら前方につんのめる。たたらを踏んでバランスを取ると、そこはすでに舞台の上。僕にも目の眩むような直線の照明が当てられてしまう。
「…………あ」
目の前には客席が広がっていた。何十人ものお客線が闇の中から僕を見ていた。
あわてて舞台袖を振り返る。奈々さんは胸元まで手を持ち上げ、僕に手を振っている。口元では「バイバーイ」と絶望的なセリフを紡いでいる。
僕は佐奈ちゃんを見る。佐奈ちゃんも僕の突然の出現に少し驚きの表情を浮かべたが、すぐにその顔は天使のような微笑みになる。
佐奈ちゃんが僕に向かって手招きする。僕はすくむ足をむりやり前に出して佐奈ちゃんに近づいていく。
舞台上では、別になにが起こっても構わないとは言われていた。……まさか言った本人がハプニングを起こすとは思わなかったけど。でも、これだけは忘れないでと言われたこともあった。
『佐奈を信じて……。そうすれば、何の間違いないから』
僕は意を決し、佐奈ちゃんの手を取った。白と黒の女装少年二人が、舞台の上で見つめ合った。
はっきり言えば、お金が必要だった。
僕の家は今時珍しい七人姉弟の子だくさんで、僕は中学に上がるまでお小遣いと言うモノさえもらったことがなかった。
今だって月千円しかもらっていない。いや、そのことに不満は無い。……本当に。
問題は所属する陸上部のユニフォームのデザインがいきなり変わってしまうことだった。ジャージから鉢巻きまで何もかも。これは本当に困ってしまった。
もちろん母さんに言えばお金くらいだしてくれるとは思う。でも、そのツケは弟や妹の教育費に回ってくるかも知れない。それはとてもイヤなことだった。
「お金がいるの、慧くん?」
クラスメイトの火浦佐奈が僕に声をかけてきたのはそんな時だった。
それまで、佐奈ちゃんとはあまり喋ったことがなかった。というか、クラスの中でも親しい人はそんなにいないのではないだろうか。僕は佐奈ちゃんが誰かと楽しそうに話している所をこれまで見たことがなかった。
別に苛められているワケではない。むしろ誰もが仲良くなりたいと思っていた。佐奈ちゃんは男子には見えないほど可愛いし、成績だって悪くない。なんというか、アイドル的な存在だった。
でも、佐奈ちゃんはずっと静かに学校生活を送っていた。部活にも所属せず、日が暮れるまで教室で本を読んでいた。
僕はそんな佐奈ちゃんを見ているのが好きだった。部活中も校舎の方を見て、教室にいる佐奈ちゃんらしい人影を確認しては喜んでいた。
だから、佐奈ちゃんから話しかけら時、驚いたと同時に、とても嬉しかった。それがちょっと触れられたくない話題でも、僕の心はときめいた。
「ごめん、後ろで陸上部の人と話してるの、聞こえちゃったんだ。……お金、いるんだよね」
「うん、欲しいな。バイトとかできればいいんだけどさ……。中坊なんて雇ってくれないし……」
「拘束時間、約半日で十万円」
佐奈ちゃんは真面目な顔を崩さないで、僕に語りかけた。
「いろいろ条件がつくんだけど、そういうお仕事がある。ボクが知っている」
「じゅう、まんえん?」
見たことのない金額がいきなり提示された。
魅力的というよりは非現実的、いや天文学的ともいえる金額だった。そんなおいしい話、あるがわけないと思った。
「怪しい仕事?」
警戒心丸出しの僕に、佐奈ちゃんはうっすらと笑みを浮かべながら答えた。
「怪しいよ。限りなく非合法……。売春みたいなもんだし」
僕は背筋が凍り付く。衝撃的なセリフに、目の前にいる少年が別人にも見えてくる。
そして、さらに極めつけの言葉が僕に向かって放たれる。
「相手は、ボクだよ」
佐奈ちゃんにキスされている。
黒衣と白衣の女装少年が、鏡あわせのように向き合い、舞台の中央で唇を重ねている。
「ん……、んあぁ……んっ……! んんっ……」
初めてのキスは、とても熱かった。他人の口の中がこんなに熱く、柔らかいモノだったなんて知らなかった。
上の歯茎を舐められると、自然と口が開いた。佐奈ちゃんの舌が進入し、僕の舌に絡まった。僕も舌をつきだし、お互いに口内を愛撫していく。唾液が入れ替わっていく。
「ふうっ……、ん……、んう……」
佐奈ちゃんもくぐもった喘ぎを喉奥から上げる。お互い首を斜めに傾け、口の端は隙間無くくっついている。その中では粘膜を擦り合う激しい口内愛撫が続く。
グジュグジュという粘着音が、僕の鼓膜に大きく響いてくる。とても、とてもイヤらしい音……。
佐奈ちゃんは僕のうなじに手を伸ばし、後れ毛を撫でる。ジワリと後頭部から広がる快感に、僕は眉間にシワを寄せながら耐える。
佐奈ちゃんの胸に抱きついた僕の腕も、徐々に力が入っていく。僕は何かを探るように、佐奈ちゃんの背中をなで回す。
(僕……、初チューなのに……)
僕は性体験なんてもちろん皆無だった。だからこれは初キッス、これからすることはロストバージン。それなのに……。
――なんでこんなに気持ちいいんだろう。
自分がこんなにイヤらしいなんて知らなかった。大勢の人達に見られながら、よがるような変態だなんて思わなかった。
淡いピンクの照明が当たっている舞台、客席にいるたくさんのお客さんが僕達の痴態をじっと見ている。それなのに、僕の身体はフワフワになるほど快感に浮かされていて、ランジェリーの中には、はみ出してしまうくらい硬く勃起したおちんちんがある。
佐奈ちゃんの指が僕の耳裏を伝い、頬を撫で上げる。ゾクゾクと、全身の産毛が逆立つような感覚が走っていく。
「うう……、うぐ……うっ、ふううぅ……」
キスは続く。もう僕の頭はいっぱいいっぱいで、すでに佐奈ちゃんが一方的に僕を責め立てる形になっている。
「ん……、んうッ! うううぅッ!!」
膝から力が抜け、重心がガクンと下に引っぱられる。それでも絡まった腕は離れず、キスは続行される。僕は佐奈ちゃんにぶら下がったような格好で、口内を犯され続ける。
腰が抜けている……。ただキスされてるだけなのに、僕は身体には力が入らない。重心はさらに下へ。僕は床にひざまずき、無様な姿で佐奈ちゃんにしがみつく。
そして、唇が離れた。お互いに舌をつきだしたまま顔は離れていき、間に透明な唾液の糸が一本伝った。雫がライトの光を反射し、複雑な残像を残した。
僕はベタリとだらしなく床に座り込む。四肢に力は入らず、顔だけが惚けたように上を向いている。その先には佐奈ちゃんの優しい笑顔が見える。
「よかったよ……、慧くん」
おそらく僕にしか聞こえていないだろう小さな声で、佐奈ちゃんは囁いた。そして、その手を下に伸ばし、僕のスカートの端を掴む。
レース地の飾り付けを、僕の口に近づけてくる。
「くわえて……」
言われたままくわえる。
佐奈ちゃんは僕の背中にまわり、腰を下ろす。そのまま僕の脇の下から両手を出し、僕の太ももを撫でる。
(……えっ?)
僕は思考が停止していた。自分が何をされているのか理解が及んでいなかった。しかし、この状況は……。
僕はスカートをくわえて、床に座りながら股間を晒しだしている。中には当然おちんちんがあって、それは客席の方向に向けられている。
佐奈ちゃんはそんな僕の後ろに回り、両手を股間に這わせている。
「う、ううぅっ?! ううっ!」
僕は抗議の声を上げようとする。が、口にはスカートがくわえさせられている。これを落とすことはできない。
でも、このままでは僕は……、何をされてしまうんだろう。
佐奈ちゃんの両手がランジェリーの端にかかる。結わえた紐の端が細い指で解かれていく。
ついに薄い布地は板張りの床に落ちる。……僕の勃起したおちんちんがこの劇場にいる全員に晒される。
「う……、うぅ……」
(み、見られてる……!!)
客席は、まっすぐに僕を照らすライトのせいでよく見えない。でもあそこからは大勢の人間の気配、その温度や湿度までもが確かに伝わってくる。
僕は見られている……。大勢の知らない人達に……、おちんちんを……。痛いくらいに勃起した、とても恥ずかしいおちんちんを……。
「ううぅっ!! ううっ、うぐうぅっ……!」
僕は全身を引きつらせながら、顔をそらす。幾重ものレースで飾り付けられたスカートが激しく揺れる。佐奈ちゃんはそんな僕の身体を優しく抱き寄せる。
「落ち着いて、慧くん……。僕を信じて……」
佐奈ちゃんの身体が背中に張り付いてくる。暖かい体温が布越しに伝わってくる。
「うう……、ん……、んうぅ…………」
僕は呼吸を整えていく。恥ずかしいことに変わりはないけど、僕には佐奈ちゃんがついている。そう思うだけで気持ちは楽になっていく。
佐奈ちゃんは優しく僕の身体を愛撫していく。右手で足の付け根、左手でおっぱい……。その指使いはとても丁寧で、僕はまた、未知の快楽を引きずり出されていく。
男の子でも、おっぱいは気持ちいい……。足って、撫でられるだけで気持ちいい……。僕はうっとりしながら佐奈ちゃんに身を委ねていく。
「ふうぅ……、ふ……、うぅ……、ふっ……」
呼吸が少しずつ荒くなっていく。スカートをくわえた口の隙間から、熱く湿った息が漏れる。
「慧くん……」
「……うぅ?」
「もっと気持ちよくなりたいなら、自分でいじって……」
自分でって……、僕にはまだ意味が通じない。
「空いている手で、自分のをしごくの……。僕も手伝うから、ほら……」
それってつまり……、オナニー……?
僕はおそるおそる自分のおちんちんに手を伸ばしていく。
指先が熱い肉棒に触れる。その瞬間、形ばかり剥けている小さな逸物に電撃のような衝撃が走る。
「んううぅっ!!」
僕はおちんちんを握りしめる。気持ちいい……! 今まで感じたことがないくらい……、泣き出しそうなくらい気持ちいい!
「ううっ! うっ! ……ううぅっ! んううっ!」
僕は自分のモノをしごきたてる。快感の波が全細胞に伝達し、身体がブルブルと震える。
佐奈ちゃんの左手が、僕の首筋をなでる。右手は胸を服の上から揉みしだいている。勃起した僕の乳首を指でキュムキュムと摘まれる。
そして、汗で濡れた首の後ろに、佐奈ちゃんの舌が這う。
「うぐううぅぅッ!!」
僕は発作的に全身をのけぞらせる。バサッとスカートが跳ね、股間が涼しい風に晒される。
僕の手の動きはどんどん速くなっていく。理性がガリガリと削れていき、僕は急速においこまれていく。
勝手に腰がくねりだす。佐奈ちゃんとの密着を強めようと、足が舞台の床を蹴り、重心が後ろに傾いていく。股間はお尻の穴まで客席に晒されることになる。
佐奈ちゃんは僕を受け止めながら、おっぱいに当てた指を細かく震わす。乳首の感じる一点にかけられたバイブレーションに、僕は呻く。
「うぅうううぅッ!! うぐッ! ……んうううぅッ!」
「慧くん……、もうイっちゃう?」
佐奈ちゃんが耳元で囁く。言葉と一緒に熱い吐息が僕の耳に流れ込む。
「んうぅッ! ……ううぅッ! ううぅッ!」
僕は頷く。もう限界……。我慢なんてあと一秒もできない。僕は……、僕は射精する……!
「イくときは、イくって教えてね……。くわえたままでも言えるよね……。イくって、言って……」
「ううっ、うんッ! ……い、イぐッ! ……イぐ、イぐ、イっひゃううぅッ!!」
モノをくわえたままのくぐもった悲鳴が劇場に響く。そしてついに、快感が爆発する。
「……んぐううぅッ!!」
ドビュウウウゥゥッ! ビュルウウゥッ! ビュウウゥッ! ビュルッ! ビュッ! ドビュルウウゥッ!
ビクビクとおちんちんの先端がしゃくりを上げ、大量の精液が宙を舞った。
白い糸が弧を描きながらたなびき、ベチャベチャと舞台に落下していった。幾滴かの雫は、はるか客席まで降り注いだ。
僕は全身をビクビクと痙攣させながら、法悦ともいうべき快感に酔いしれた。いままでしてきた自慰行為なんて比べモノにならない、このまま死んだってかまわないくらいの快感だった。
佐奈ちゃんは硬直する僕の体を、ギュッと抱きしめた。僕から快感のパルスでも伝わってくるのか、その腕もまたフルフルと震えていた。
「うわー、なんか小犬みたいな子だねー。ねえ佐奈、この子撫でていい? 撫でていい?」
「いや……、できれば本人の許可を得てからにして欲しいけど……」
「ねえ君、名前なんていうの? ……頭撫でていい?」
「名前は上原慧です……。別に頭なんて、いくら撫でてくれてもかまいませんけど……」
「にゃーん、可愛いーっ!」
奈々さんは僕の頭を抱きかかえて、少しパーマのかかった僕の髪を整えるように撫で上げていった。おっぱいが顔に当たり、ちょっと恥ずかしい。佐奈ちゃんは少し呆れながら、目線をそらす。
僕の連れていかれた所は東京都文京区飯田橋、ビルの地下にあるお店だった。『ルナティック』と看板には書いてあったが、そこが何の店か外からではさっぱり分からなかった。
中には小さいステージと観客席。高い天井には、色とりどりの照明器具がビッシリと並んでいた。
「まあ、簡単に言えばストリップかな。……本番もあるけど」
「本番って……、Hのことですよね」
「そうね……。でも売春じゃないよ。あくまでショーなの」
「Hを、誰かに見せるってことですか……?」
「うん、主にお金持ちのお偉いさんだね。すごいよー、政治家さんとか財界人さんとかもいるしさ。あの人たち、普通のセックスなんて飽きちゃってるからね」
なんかとんでもない話になってきてしまった。
僕は奈々さんからこの仕事の説明を受けている。奈々さんは佐奈ちゃんのお姉さんで、この店のマネージメントをしている人らしい。
「やるやらないは、自由に決めていいよ。無理にとは言わないから。でも、佐奈が連れてくるくらいだからなぁ……」
「……どういう、意味ですか?」
「慧くんは、やることになると思う」
どうして佐奈ちゃんが連れてくると僕が舞台に立つことになるのかはよく分からなかった。でも、佐奈ちゃんがお姉さんにとても信頼されているということはなんとなく伝わってきた。
「やるんなら、相手は佐奈になるよ。佐奈とは仲いいの?」
「えっ……とぉ……」
僕は返事に詰まってしまった。否定も、肯定もできなかった。関係的にはただのクラスメイトだし、友達を名乗るのも難しい。僕としては、一方的に佐奈ちゃんのことを気にしているんだけど……。
ダメだ、なんて答えていいか分からない。僕は力無くうなだれてしまう。
「やっぱかわいいねー、慧くん」
「えっ?」
「顔真っ赤だよ」
「えっ、えっ……、えーっ?」
僕は慌てて頬を押さえる。自分の顔がどうなっているかはよく分からないけど、確かに熱い。それを実感すると、僕の顔はますます熱を持っていく。うわぁ、恥ずかしい……。
「へっへー。まあいいや、もしやりたいんなら連絡入れてよ。最高のセッティングにするからさ。……いやー、お姉ちゃん楽しみだ!」
奈々さんはそう言うと、笑いながら名刺を差し出した。僕は黙って受け取った。
三日後、僕はそこに書かれた番号に電話をかけた。
床に這いつくばった僕を、佐奈ちゃんは見下ろしていた。ライトの熱い光りが僕たちに降り注ぎ、ゴシックな衣装の下は汗で蒸らされていった。
僕は佐奈ちゃんを仰ぎ見る。逆光の佐奈ちゃんは神々しく、僕にはとても遠くに見える。
「佐奈ちゃん……」
僕はまだ、射精による虚脱感がとれていなかった。ヨロヨロと腕を立て、重い頭を上に向ける。
佐奈ちゃんは腰のベルトに指をかけている。パチンと音を立てて、戒めが外れる。
……フワリと空気を大きく孕みながら、スカートが下に舞い降りる。
黒い布製の三角錐が、重力に負けて床で潰れる。そして、佐奈ちゃんの股間があらわになる。
ガーターベルトにストッキングが見えた。そして中央に、細い紐と薄い布で作られたランジェリーがあった。色は全て黒だった。
佐奈ちゃんが腰に手を当て、何かをひっぱった。
それは下着の紐だった。佐奈ちゃんのランジェリーはハラリと外れ、スカートの上に落ちていった。
……佐奈ちゃんの勃起したおちんちんが見えた。
黒い衣装に、白い肌。その中に、薄紅のペニスは何かの幻のように浮かび上がっていた。
僕は魅入られていた。本来なら嫌悪すべき同性の性器を、ただじっと眺めていた。
綺麗な佐奈ちゃんの、綺麗なおちんちん……。それは、とても尊く、愛おしいモノに思えた。僕は光りに吸い寄せられる蛾のように、佐奈ちゃんとの距離を詰めていく。
佐奈ちゃんの足下にひざまずく。体勢を直し、首をのばす。僕は佐奈ちゃんの熱い肉茎に唇を寄せていく。
その時、佐奈ちゃんの手が僕の頭を押さえた。佐奈ちゃんのペニスまであと五センチ、僕は必死に舌を伸ばす。
でも、届かない。佐奈ちゃんのおちんちんに僕は届かない。僕は犬のような荒い呼吸を繰り返しながら、バカみたいに舌を前に突き出す。
「佐奈ちゃん……、な、舐めたいよ……。僕、舐めたいのに……」
「ご奉仕、したい……?」
佐奈ちゃんの声が、遙か彼方から聞こえる。僕は佐奈ちゃんに懇願する。
「はい……、ご奉仕……したいです。佐奈ちゃんを……気持ちよくしてあげたい……。舐めさせて……、舐めさせてください……ッ!」
僕の頭は佐奈ちゃんのモノでいっぱいになってしまっている。舐めたい、口に入れたい、グジュグジュにしたい……!
「僕の、汚いモノ……、そんなにおしゃぶりしたいの……?」
「汚くなんかないよぉ! 佐奈ちゃんは全部綺麗なの! だから舐めたいの! お願い、お願いだから……、僕にやらせてえぇっ!」
僕は狂ったように頼み込んだ。とにかく、あれをしゃぶれば気持ちよくなれると思いこんでいた。いつのまにか、目からは涙までこぼれ落ちていた。
「…………うん、いいよ」
僕の願いが通じたのか、佐奈ちゃんは手の力をゆっくり抜き、僕の顔を自らの股間に導いた。
頬に、熱い茎根が当たった。僕は無意識のうちに、その異物にほおずりをしていた。僕はどんどんイヤらしくなっていく……。
視線を上に向けると、そこには佐奈ちゃんの顔があった。頬は確かに赤く染まり、口からは吐息も漏れていた。
(佐奈ちゃんも、感じてるのかな……)
そう思うと、僕はとっても嬉しくなった。早く佐奈ちゃんを気持ちよくさせてあげたかった。僕は唇を佐奈ちゃんの亀頭の上に寄せ、鈴口にキスをした。
粘性の高い液体を舌先に感じた。それは間違いなく佐奈ちゃんから出た分泌液だった。僕は口を開き肉先を口に含んだ。
「んうぅ……」
佐奈ちゃんの切なげなうめきが聞こえた。僕は夢見心地で唾液を包皮に絡ませた。あまり気味の皮を吸い上げ、粘膜を口内で愛撫した。
他人の性器を貪る感触に、僕のおちんちんまで刺激された。大量の射精で萎えかけていた股間はスカートの下でいきり立ち、激しい鼓動に合わせてビクビクと震えた。
「ふわぁ……、慧くんっ……。慧くんのお口、気持ちいいね……。うん、いいよぉ……」
佐奈ちゃんは喜悦に震えながら、その身をよじらせた。そして、首に掛かるアクセサリーを外し始めた。
パサ、パサ、とスカートの上に銀色の首飾りが落ちていく。ついには、上着のボタンを外す音まで、僕の耳に聞こえてくる。
佐奈ちゃんが、裸になっていく。
おちんちんをだだっ子のような少年にしゃぶられたまま、絶え間ない快感に耐えつつ、佐奈ちゃんは一枚ずつ着衣を外していく。虚飾は全て投げ捨てられ、佐奈ちゃんの真の姿が現れていく。
ついには薄いペチコートまで下に落ちる。そこで、佐奈ちゃんの手はとまる。
黒いブラジャーが薄い胸に張り付いている。細い腰にガーターがつけられ、ストッキングを持ち上げている。それ以外、身体には糸くず一つついていない、少年の未成熟なラインが舞台の上に浮かび上がる。
一方、僕のフェラチオも続く。佐奈ちゃんが少しでも気持ちよくなれるように、丹念にペニスに舌を這わせていく。佐奈ちゃんの作業を考えれば拷問にも等しい行為なのに、没頭する僕は気づいていない。ただ、佐奈ちゃんの快楽を引きずり出そうと奮闘する。
佐奈ちゃんのお尻に手をかける。柔らかい肉丘が僕の指に張り付いてくる。僕はたまらず揉みしだく。佐奈ちゃんの腰をガッチリと支える形になる。
「け、慧くん……。慧……く……ん。イくよぉ……。ボク、イくよぉ……」
せっぱ詰まった言葉が、上から聞こえてくる。ボクは頭を大きく動かしながら、歯と唇で肉棒をしごいていく。
トクトクと先端から、佐奈ちゃんの液が溢れてくる。甘酸っぱい感覚が口内に広がる。
佐奈ちゃん、出して。僕の中に、たくさん白いの出して……!
「あぁ……! 慧くんっ! イくよっ! い、イくうっ! イくううぅっ!!」
佐奈ちゃんの腰がガクンを落ち、おちんちんがビクビクを痙攣する。次の瞬間、小さい先端の穴から、大量の精液が打ち出される。
ドビュウウゥッ! ビュルウゥッ! ビュルウゥッ! ビュッ! ビュウゥッ! ドビュルウウゥッ! ビュウゥッ!
僕の口に青臭い味が広がり、喉の奥までが熱い液で穿たれた。僕はむせかけながら、それをどうにか受け止めた。
佐奈ちゃんのエクスタシーをゼロ距離で体感し、僕もまた震えた。佐奈ちゃんは僕の頭に手を置いて、中腰のまま射精を続けた。
僕は放心しながら、佐奈ちゃんの精を飲み込んだ。イヤな感触はなかった。快感が全身に染みこんでくるようだった。
「やあ、慧きゅん。言われた通りにオナ禁してるー?」
奈々さんは今日もニコニコの笑顔だった。でもそのセリフにはちょっと品がない。なんだか僕の方が少し恥ずかしくなってしまう。
「してますよ……。電話した時に言われてから、一回もしていません」
「はは、大変だ。若いからねー、ベッドの中で勃起させながらも悶々としちゃってたりして……。あーん、気持ちよくなりたいよーとか言いながら腰をクネクネさせて……。うわ、たまんねぇ」
奈々さんは自分で言ったセリフに自分で興奮し、鼻を押さえている。なんだかなぁ……。
「ってバカなこと言ってる暇は無いね。……日程決まったから。明後日の夜十一時ね。いろいろ支度するから三時間前にはここに来て欲しいけど、大丈夫?」
「大丈夫、だと思います。……よろしくお願いします」
僕はペコリと頭を下げた。そう、僕にはお金が必要なのだ。その為にはなんだってしなけらばいけない。それが、性行為だったとしても……。
「うん、そう言ってくれると、お姉ちゃんも嬉しいよ。で、今日呼び出したのはこれを渡したいから」
そう言うと奈々さんは棚からなにやら怪しげなアイテムを取り出し、僕に手渡した。
「これ、もしかして……」
直径一センチくらいの球が幾つも連なり、棒状に形成されている。その根本には取手の部分があり、スイッチのようなモノも見える。
「うん、アナルバイブっていうやつね」
奈々さんはこともなげに言う。商売道具だし、見慣れたモノなのだろう。
「本番前にそれでちょっとだけ練習しておいて欲しいの。ローションたっぷり塗れば、割とあっさり入っちゃうハズだから。あ、射精はしちゃダメだよ」
ゴクンと唾を飲みこむ。初めて見る大人の玩具に、僕は動揺を隠せない。
そしてこれで練習をするということは、僕は犯されるということなのだろうか……。
「あ、チョー不安って感じの顔してる。……大丈夫、慧くんは犯すわけでも、犯されるわけでもないから」
奈々さんは再び棚から、なにやら持ってきた。
それは不思議なバイブレーターだった。一端は男性器を模したいわゆるバイブのようだが、そのもう一端には、いま僕の手元にあるようなアナル用のモノがついていた。
僕程度の性知識では使い方さえ分からないシロモノだった。これをどう使うのだろう。
「これはまあ、いわゆる双頭バイブね。レズ用じゃなくて、一人で前後に挿入するってタイプなんだけど。ちなみに真ん中には穴が空いてて、ローターが入れられるようになってるの。……万能型ねー」
「はあ……」
「それでね、こっちの太い方を佐奈に入れてもらうわ。で、慧くんは細い方を担当ね。……そして、二人で一緒にアナルオナニーして欲しいんだ」
「一緒に……、お、オナニー……?」
「そー。体位はまあ、松葉崩しみたいになるかな……? 美少年が二人、お互いにおちんちんをこすりながら、お尻ではバイブがヴィンヴィンいってるの……、うわぁ、さいこぉ……」
奈々さんはそう言うと、再び鼻を押さえ始めた。一方、僕にはそれがどんな状態だか想像も出来ない。
「あ、でも奈々さん。そうすると、こっちの太い方……、佐奈ちゃんの、その……お尻に……」
「ん? あー、それくらいは平気でしょ。佐奈はこういうの慣れてるから。余裕、余裕」
慣れている……。その言葉は僕の心の深いところを撃った。なんだか、とても悲しい気分になった。
佐奈ちゃんはいったいここで何人の人に抱かれたんだろう。どんな想いをして、今まで生きてきたんだろう。……そして、どうして僕なんかに声をかけてきたんだろう。いろいろな疑問が頭の中を渦巻いた。
「ありゃ、まだ不安? 大丈夫だってば。なんたって佐奈が一緒なんだから」
奈々さんは笑いながら、僕の肩を叩いた。
「佐奈を信じて。そうすれば、何の間違いもないから」
(信じている……。僕は佐奈ちゃんを信じている……)
僕達は床に座りながら、キスを交わしている。佐奈ちゃんは僕のボタンに指をかけ、上着を脱がせ始めている。
もう、スカートは床の上。アクセサリーも外され、僕の裸身が晒されようとしている。
僕は佐奈ちゃんの肩に手を乗せながら、恥ずかしさに耐えている。闇の中から視線が刺さる。僕はこの羞恥心から逃れようもない。
ただ、僕より先に同じ格好をしている佐奈ちゃんがいるから、信じられる。これから起こる、二人でのアナルオナニーだってちゃんと出来る。
ついに最後の一枚が舞い落ちる。僕達はとても恥ずかしい下着姿になる。
男の子なのに、女の子の下着。必要のないブラジャーに、ガーター、ストッキング。そして、遮るモノはなにもない股間。とても、とても恥ずかしい姿……。
僕達はまだキスを続ける。精液の残滓が唾液と混ざり、生臭い液体がお互いの口内を行き交う。とてもイヤらしい香りに、僕達の脳はとろけていく。
佐奈ちゃんの手も僕の肩に乗せられる。僕達は同じポーズでお互いの唇を求め合う。
「んう……、うっ…………、ふうぅ……、んっ……、んあぁっ……」
口の周りがコテコテに汚れていく。熱い息が顔にかかる。とてもエロくて、幸せな気分……。
……なんか、泣いちゃいそうだ。
僕は佐奈ちゃんから離れる。佐奈ちゃんも、僕に合わせて顔を離す。
佐奈ちゃんは立ち上がり、舞台袖に隠してあった双頭バイブを持ってくる。両腕で大事そうに異形の張り型を抱え、僕に振り向く。手にはローションの入ったカップも握られている。
僕は黙ってうなずき、覚悟を伝える。僕は佐奈ちゃんを信じる。
両手を差し出す。佐奈ちゃんは僕の手にローションを垂らしていく。僕の掌に冷たい液体が溜まっていく。
少し桃の香りがするローション。僕はそれを自分のお尻に運ぶ。
濡れた両手でお尻を割り、指ですぼまりをまさぐる。お風呂で練習してきたことを思い出しながら、指先を入れていく。
「んう……、う……、んっ…………」
奥の方までローションを押し込む。回りにもたっぷり塗りたくる。僕のお尻の割れ目がベチョベチョになっていく。
佐奈ちゃんも自分のお尻をいじっている。少しうつむきながら、下半身に神経を集中させている。
そして準備も終わったのか、今度はバイブの上にローションを垂らしていく。カップの残りを全て降り注ぐ。伝う雫は大玉で、床にまで糸を引きながら落ちていく。
そして、佐奈ちゃんはソファーに片足を乗せ、屈み込む。
大きく割れた股に、バイブを当てる。
「ん……、あぁ……うっ、きゅん……」
絞るようなうめき声を上げながら、佐奈ちゃんは自分のお尻に太いバイブを埋め込んでいく。少し入れては手を持ち替え、ゆっくりと挿入していく。
やがて何かの魔法のように、長いバイブの半分が佐奈ちゃんの中に消えていった。残り半分のアナルボールが、まるで尻尾のように佐奈ちゃんのお尻から生えている。
あれが、僕の分だ……。僕は一歩、佐奈ちゃんに近づく。
佐奈ちゃんは片足をかけていたソファーにお尻をのせ、仰向けに横たわる。片手で上半身を起こし、もう一方の手を僕に伸ばす。
僕も佐奈ちゃんの隣に腰掛ける。そして佐奈ちゃんの手をとり、足を絡ませる。
佐奈ちゃんのお尻に僕のお尻を寄せる。アナルボールがお尻に当たり、冷たい一点を僕は感じる。
お尻に手を伸ばし、バイブの先端を自分の穴に導く。初めの一個が入ってしまえば、後は腰を動かして入ってしまうだろう。
そうなったら、僕はどうなってしまうんだろう……。
僕は佐奈ちゃんを見る。佐奈ちゃんはやはり天使のような笑顔で、目を細めながら僕を見守っている。
(……え?)
――ふと、僕は今、自分がどこにいるのか分からなくなってしまった。
僕達は今、舞台の上にいる。いよいよショーはクライマックスで、セックスともオナニーとも言える奇妙なプレイをする寸前だ。僕達は同じソファーに横たわりながら、じっと見つめ合っている。
でも、回りは真っ暗で、ただ一点の照明のみがまぶしい。佐奈ちゃん以外、僕には見えない。佐奈ちゃんの声しか、僕には聞こえない。佐奈ちゃん以外、僕にはなにも感じられない。
ここはどこだろう。……なんだか、なんというか、…………月の裏で、秘密の逢い引きでもしているみたいだ。
……僕は錯覚した。無限の宇宙に、たった二人きりになってしまったのかと思ってしまった。そして、僕は本気でそうなることを望んでしまった。
「慧くん、いいよ……」
佐奈ちゃんが僕を呼んでいる。
「ボクと、つながって……。一緒に、気持ちよくなって……」
佐奈ちゃんが僕を誘う。
「ボクを、信じて……」
佐奈ちゃん……。
「うん、……信じてる。……信じてるよ」
僕は微笑みながら、首肯した。そしてアナルボールを自分の中に導き入れ、一気に腰を前につきだした。
プツプツプツと段差が一気に肛門を滑る。先端は僕の直腸最奥にを突き刺す。
「うああぁッ!! ふぅ……あ、あぁ……!」
「ううぅッ!! んッ……、んうぅ……」
ズンとくる重たい衝撃に、僕は悲鳴を上げた。佐奈ちゃんも僕の勢いが全てバイブの一点にかけられたため、苦悶の呻きを上げた。
でも、これで僕達はつながった。柔らかいお尻の肉をつぶし合いながら、足を絡ませ、二人しておちんちんを勃起させていた。
左右対称に同じ快感を得ている半裸の女装少年二人……。なんだか夢みたいな光景だった。
どちらからということもなく、腰が勝手に揺れだした。二人でもどかしげにお尻を動かして、直腸の中にある快感のツボを探り合った。
屹立したペニスも揺れ、あわせて四つの柔球がぶつかり合った。足の指先に力が入り、ソファーにかけていた手が、シーツを握りつぶした。
しかし、佐奈ちゃんの手はいつのまにか僕の股間に伸びていた。勃起した僕の肉塊に佐奈ちゃんの指が触れる。
「あっ……?!」
佐奈ちゃんが僕のペニスをこすった。その手つきはフワフワと柔らかく、まるで羽毛の心地だった。
(こ……、これが人の指の感触なの……?)
僕にはとても信じられなかった。自分でするのとはまったく違う、おちんちんの先端がゾワゾワするようなとても不思議な感覚だった。
これがテクニックというものなのだろうか……。そう思うと、僕は少しだけ悲しくなった。こんなこと誰に教わったんだろう、佐奈ちゃんは……。
僕も佐奈ちゃんのモノに手を伸ばした。せめて佐奈ちゃんの気持ちよくなって貰えるよう、優しくこすった。自分にもしないような力加減で、仮性包茎のペニスをしごき上げた。
「あ、あはぁ……、うぅん……、あっ……あうんっ……」
佐奈ちゃんが気持ちよさそうな喘ぎ声を上げる。佐奈ちゃんは快感をこらえていない。僕からの愛撫を全て受け入れ、悦楽を享受する。
僕もそうしたい……。でも佐奈ちゃんの指使いは絶妙で、気を許したら、僕は一気に射精してしまう。奥歯を食いしばりながら、僕は放出をこらえる。
……気持ちいい。お尻の穴に力が入るたびに、中のバイブは複雑に動き回る。佐奈ちゃんの柔らかい手が、僕のモノを揉むように上下に動く。
僕も自分の快感を少しでも佐奈ちゃんに返すように、佐奈ちゃんの動きに合わせて自分の手を動かす。次第に僕達のリズムが重なっていく。ドロドロに溶け合うように愛し合う。
「あうんっ……、うぅ……、あぁ……、はあぁ……はあうぅっ!」
僕の口からもせっぱ詰まった声が出る。……こらえきれない。……射精しちゃう!
僕は意を決し、佐奈ちゃんのモノから手を離す。そして、先走りで濡れた指を佐奈ちゃんに向ける。
すると、佐奈ちゃんの指からも力が抜け、僕のペニスから手が離れる。加速度のついた快感曲線の上昇が一時的に弱まる。
僕達は本当につながっていたみたいだ。本当に心の底から……。僕の願いはちゃんと佐奈ちゃんに届いていた。
僕は佐奈ちゃんの手を握る。指と指を絡ませて、しっかりと結び合う。汗で濡れた掌に、新しい熱が生まれる。
身体を引き寄せ合う。お尻はつながったまま、上半身を起こし、顔を寄せる。
足を佐奈ちゃんの腰にかける。佐奈ちゃんもそうする。僕達の距離は縮まる。唇が近づく。目を閉じる。
……キスをする。
唇が触れ合うだけの優しいキス。柔らかい唇がひしゃげ、プルンと跳ねる。その動きを追うように首を動かし、お互いの舌の先を吸い合う。
「あぁ……、は、はあぁ……」
快感は緩まない。たぎった性衝動は、弱火で煮込まれているみたいだ。悪い感染症のような熱と眩暈が僕を襲っている。
出したいっ、射精したいっ、登り詰めたいっ……! でも、僕はその気持ちを強引に否定する。
だって、佐奈ちゃんを一緒じゃなきゃダメだから。そうしないと意味がないから。佐奈ちゃんと同時に射精したいから。
腰を揺らす。僕は佐奈ちゃんのお尻を刺激する。自分自身のの深いところにまでバイブは潜り込んでくるけど、それは我慢する。とにかく佐奈ちゃんの快感を優先する。
胸を寄せる。佐奈ちゃんのブラジャーを押し上げ、乳首をこすりあう。僕の下着もどんどん乱れていく。
キスは続く。舌を突き出しながら、相手の舌を舐める。口端からヨダレが垂れ、アゴに伝っていく。
頭がボーッとしてくる。おちんちんには触っていないのに、ヌルヌルの液がどんどん漏れだしてくる。止まらない射精のような奇妙な感覚。もう、体中が気持ちいい……。
「慧くん……、大丈夫?」
「……分かんない。……もう、僕分かんない。……気持ちよすぎて、……僕、…………ぼくぅ」ッ!
僕は息も絶え絶えに、言葉を絞り出す。引き延ばされた射精感に僕の意識は遠のいていく。
「じゃあ、スイッチ入れるね……、そして、一緒にイこうね……」
「スイッチ……?」
何のことか分からなかった。いまの僕にモノを考えることは出来ない。説明されていたことなのに、思い出せない。
でも、答えはすぐに分かった。
ヴゥン……、ヴィン、ヴィンヴィンヴィンヴィンヴィン…………。
「ひいッ?! う……、うああ……、うあああぁぁっ!!」
バイブレーターの真ん中には穴が空いている。そこにはローターが入れられて、振動も自在にできる。そう教えられていた。
そのスイッチを佐奈ちゃんが持っていた。ゆっくりと振動はその強さを増していく。リモコンのボリュームがひねられていく。
お互いの身体に入ったバイブには振動の逃げ場がない。エネルギーは全て棒状のシリコンを伝わり、僕の秘芯に送られてくる。
身体の奥をかき回される。頭の中までシェイクされているような感覚。快感が電撃になって背筋を走る。
「ふううぅっ! うぅっ! うああぁっ! あっ! ああんっ! ……うあああぁぁっ!」
僕は泣き出す。頬を伝う涙が熱い。嗚咽は止まらず、全身がビクッビクッっと痙攣する。
おちんちんが揺れる。雫が巻き散らされる。佐奈ちゃんの手を握る指に思わず力が入り、手の甲に爪が立てられる。
でも、同じ力が僕の甲にかかったことで、僕の意識は揺り戻される。佐奈ちゃんの爪が僕の手に食い込んでくる。
「佐奈……ちゃん……?」
佐奈ちゃんの顔にも、複雑な表情が浮かんでいた。眉根はひそめられ、口はだらしなく開いている。頬が紅潮し、涙があふれ出している。
……佐奈ちゃんも僕と同じになっている。
「けい……く……ん……」
佐奈ちゃんが涙のフィルター越しに僕を見つめる。僕も佐奈ちゃんを見ている。僕達は鏡合わせになっている。
もう脳が焼き切れそうだ。……だってこんなに嬉しいことはないから。
好きな人とつながって、快感を共有する以上の幸せなんて、ありえないから。
「佐奈ちゃん……、さ、佐奈ちゃん…………、佐奈ちゃんっ!」
僕は佐奈ちゃんの名前を叫ぶ。一言ごとに背筋のゾワゾワが強くなり、絶頂への期待が強くなる。
「慧くん……、慧くん…………、けいくんっ…………!」
佐奈ちゃんの悲鳴が、僕の名前になっている。やばい、幸せすぎて死んじゃいそうだ。
ダメ……、お尻でイっちゃう。おちんちんにも触らないで、お尻だけで射精しちゃう……!!
「い、イっちゃう……、僕、お尻でイっちゃう……。イくっ! イくっ! イくうぅぅっ!!」
「うんっ、ボクも射精しちゃう……! お尻で出しちゃう! お尻だけで……うぅ、うああああぁっ!!」
カチンと軽い音がした。それはバイブの振動がマックスまで絞られた音だった。
ヴィイイイイイイイイイイ!!
「ひああああぁぁっ!! ああぁっ! あっ! ああああぁぁっ!!」
「ひぐううううぅっ!!」
おちんちんの先っぽがザワザワとわなないた。とてつもなく熱い精液が、一気に登り詰めてきた。
ドビュウウウウウゥゥッ!!
ビュルルウゥッ! ビュルウウゥッ! ビュウゥッ! ビュルゥッ! ビュッ! ビュウウゥッ! ビュッ!
ビュウゥッ! ドビュルウウゥゥッ!ビュルッ! ビュウウゥッ! ドビュッ! ビュウゥッ! ビュルウゥッ!
大量の白濁液が客席の方向に噴き出された。おちんちんがビシビシとお腹にまで当たりながら震え、舞台に精液をまき散らした。限界まで引き延ばされた射精は、信じられないくらい長い間、収まらなかった。
それは佐奈ちゃんもまったく同じだった。ボクより太いバイブを入れられたお尻が激しく伸縮し、アゴをのけぞらせながら射精していた。ガクガクと震える身体を止めることも出来ず、延々と続くエクスタシーに酔いしれた。
「はあぁ……、うぅ…………、は……はあぁ……、あぁ……ああぁ…………」
「ふあぁ…………、あぁ……あ……、あはぁ…………」
お尻の振動が止まった。それでも呼吸は乱れっぱなしで、僕はしゃくり声を上げながら泣き続けた。
佐奈ちゃんも、何かを逃さないように自分の胸を抱きしめながら、ソファーに身体を投げ出していた。肩を小刻みに震わせながら、涙をポタポタとシーツの上に落としていた。
遠くから拍手が聞こえてきた。そして世界が暗くなり、僕も自分を失っていった。
「本当に送らなくて大丈夫?」
「奈々さんの家、反対側だっていうじゃないですか。駅前まで行けばタクシーも拾えますし、それで帰れますよ」
「ふーん、じゃあ佐奈もそれでいいの?」
佐奈ちゃんは黙ったまま、コクリとうなずいた。
「……へー♪」
奈々さんは、なにやら意味ありげに笑った。
舞台はいつのまにか終わっていた。僕の意識は飛んでいて、いつ緞帳が落ちたのかも分からなかった。気づいたら、控え室のソファーにガウン一枚で寝かされていた。
佐奈ちゃんは、ずっと僕の側で座っていた。僕はなんと言葉をかけていいか分からず、ずっと天井を見ていた。佐奈ちゃんもうつむいたまま、無言で押し黙っていた。
その後は片づけやらなにやらがあったようで、僕達が解放されたのは深夜2時だった。
奈々さんが渡した茶封筒には確かに一万円札が十枚入っていた。これが人生初のお給金、今日の僕の値段だった。僕はありがたく受け取った。
「で、慧くんはまたやってくれる気とかある?」
「またですか……?」
「うん、今日のすっごい好評だったしね。私も感じちゃったよ、……君たち見てて。もっとギャランティ上げるから、できれば……」
「姉さん……ッ!」
佐奈ちゃんが奈々さんの言葉を遮った。その声はとても大きく、張りつめた声が雑居ビルの壁に反響した。
「……お、遅くなるから。……もう、帰らないと」
「そっか、悪かったね。……じゃあ、今日はお疲れ様」
奈々さんはブルンとキーを回し、黄色いミニバンのエンジンをかけた。
「それじゃ、気をつけて帰りなさいね。……佐奈、後は頼むよ」
奈々さんは手を振ると、アクセルを踏み込んだ。急発進気味に車は狭い路地へ飛び出し、テールライトが赤い残像を残す。そして、車は彼方へ消えていった。暗い街にたった二人の少年が取り残された。
「…………行こうか、佐奈ちゃん」
「う、うん……」
僕達も歩き始めた。少し歩けば通りも広くなる。タクシーもそこで見つかるだろう。
足音が明かりもない裏路地に響く。当然、僕達以外に人の気配はない。空には星もなく、月だけが明るく光っている。
佐奈ちゃんはずっとうつむいたまま歩いている。僕も言葉を交わせない。なんだか重たい空気のまま、僕達は歩き続ける。
「……慧、くん」
「なに……?」
「……ごめんなさい」
「え?」
「恥ずかしい思い、させちゃったね……。ごめん……」
佐奈ちゃんの謝罪の意味が、僕にはよく分からなかった。
僕は恥ずかしかったのだろうか。いや、もちろん恥ずかしかったのだが、でも、佐奈ちゃんと一緒だったから大丈夫だった。途中からお客さんの存在なんて頭から抜け落ちていたし、今日の僕はただ、快感に流されるだけ流されていただけだった。
僕は上手く返事を返すことができなかった。でも、佐奈ちゃんは謝ることを止めなかった。
「ボクのせいで……、ボクのせいでさ……。ごめんね……、ごめんねぇ……」
「あ、いや……。謝らないでよ。僕は感謝してるんだから。お金だって貰えたし、佐奈ちゃんだって助けてくれたし、もう本当に……」
「違うの……!!」
佐奈ちゃんは鋭く叫んで、歩みを止めた。
「違うのっ! ボクが悪かったのっ! だって、ボクは……、ボクは…………」
「佐奈ちゃん……?」
「ボクは……セックスしたかったから誘ったの。慧くんと一緒にいたかったから、声をかけたの!」
そう言うと、佐奈ちゃんは顔を耳まで赤くさせながら泣き始めた。それは、舞台の上でも見せなかった表情だった。
「ごめんね……。一言、好きだって言えばいいだけだったのに……こんなことしちゃった…………。ごめん…………ごめんね……」
言葉の真意を掴むのに時間がかかってしまった。佐奈ちゃん、つまり…………。
心臓がトクンっていった。
「今更、遅いかもしれないけど……言うね。ずっと見てたの……。校庭で走ってるところ、ずっと……。本を読んでるフリして、慧くんを目で追いかけていたの」
トクン、トクン……。
「でも、ボクはこんな仕事してお金もらってるし……。それに、変態だしさ……。気持ちいいこと、好きなの。かわいい服を着るのも大好きなの……。あぁ、ボクって本当にダメだ…………」
トクン、トクン……、トクン。
僕は佐奈ちゃんの手を握った。これ以上、佐奈ちゃんを辱めるわけにはいかなかった。
だから、僕も正直に言った。
「僕も、ずっと見てたよ……」
佐奈ちゃんが顔を上げた。僕を見つめる目は驚きに満ちていた。
「……恥ずかしい思い、させちゃったね。僕も、もっと早く言えばよかったんだ、……好きだって」
涙が勝手に流れていった。……でも構わない。僕もちゃんと言わなきゃいけないから。
「好きだよ、佐奈ちゃんのこと……。とっても、とっても好き。……大好きだよ」
そう、僕達はなにもかも同じだった。お互いを思う気持ちも、その態度も。想いに気づかない鈍感さまで同じだった。本当に僕達は鏡の向こうの自分だった。
でも、不思議な月の光は鏡の向こうにも透けていった。僕達は鏡の先に手を伸ばせた。
もう、この手を離さない。
暗い裏道を、僕達は手をつなぎながら歩いていく。
ただ、夜空に浮かぶ満月だけが、僕達を追いかけてくる。
(了)
|