Restriction




『この気持ちが最後のものであるという目に見える保証があったならよかったのに』 周囲が抱く見掛けからの印象とは実はほとんど正反対の几帳面な整った字が並ぶ手紙の最後の1行。 ふと見上げた時に綺麗な微笑みとともに紡ぎ出される言葉。 「愛してるよ」 事ある毎に、あなたはそう言ってくれる。 言って貰えるようになって随分になるけれどいまだに慣れない感じがする、言葉をねだったのは自分の方だと言うのに。 けれどその言葉を奥底で受け止められた事はこれまで1度もない、言葉としてただ、何処まで行っても滑って通り過ぎてしまうだけ。 これでも近くにいる事を許して貰えたその時から少しはましになったと思うのだけれど、勿体無い事だと思う。 それでも出来るだけ言って欲しいとねだったのは、 ―――その言葉が指す感情が目に見えない不確かなものだから。 目に見えるものならば1日に何度でも、暇を見つけては確かめに行くだろう。 けれどこればかりは秤にもかけられない。具体的な数量を表す言葉をつけて表現する事も出来ない。 だからしつこいくらいに言って貰わないとわからない。そうして言って貰える間はまだ大丈夫なのだと歪んだ安心をする。 「僕も、だいすきだよ」 そう返事を返しながら、いつだって逃げ道を探してる。 さっき言った事はやっぱり嘘でしたとか、次の瞬間に言葉が覆される事なんてざらにあったから。 いつそうなったっていいように、まるで運動会のリレーのピストル音を待ってる子供みたいに準備してる。 最初からそうしておけばなくした時に傷つかなくてもいいでしょう? そう思うのにね。 「………でもきっと、僕の言葉も、シードには届かないのかもしれない、ね」 全力でぶつけてはいないから。標準は目的に完璧にあわせてあるのに威力が足りていない。 今の自分が愛を語るのならその目標人物ただ1人だと言い切れるのに。 全力でぶつけて跳ね返ってくるのが怖いから。 力が強ければ強いだけ、壁にぶつけて跳ね返ってきたボールは当たると痛いでしょう? 「うん?何?」 「ううん、何でもないよ?」 だからいつも、投げるボールは壁に届かないうちに途中で地面に落ちて転がる。 勢いよく戻って来る事も受け止められる事も拾い上げられる事もなく、ただ申し訳程度に少しだけ転がるそぶりを見せて。 本気で投げて受け止めて貰えなかったと傷つく事もない。……今でも幾分か、胸が痛いけれど。 淋しくなったら、悲しくなったら会いに行くような。 何も他にする事がなくて暇を持て余している時にそういえばと思い出して貰えるような。 でも鬱陶しくなったら視界の範囲内に僕の姿を映さなくていい、感知出来る範囲内から追い出して貰えればいい。 そんな距離がきっと1番理想の形というものなのだろう。難しい事だけれど。 本当はずっとずっと遠いのにそう感じる事があるだけだけれど、あなたは理想とされる距離よりももっと僕に近い人で。 それは多分、真っ直ぐ言葉を向けてくれるから。向けて貰えてるから。 でもいつもそうだと疲れちゃったりしないのかな?飽きられたりしないかな? ああ、ずるいね、僕は。 全力でぶつけて欲しいくせにそうやって心配するそぶりだけは忘れないなんて。 本当は。 愚痴を聞かせてやりたいとか。 仕方がないからお前でいいからここにいろとか。 今すぐ俺に会いに来いとか。 そう言われたらきっと全部を捨てて全力で駆け付ける考えの自分がいる。 きっとそう言うのを本気って言うんだろう。全力って言うんだろう。 愛してる証拠を見せろと言われたなら、「全力」で示そうとするだろう。息切れしてても呆れられないのなら。 でもね、愛してる事を抑える努力をするっていうのは結構難しいもの。 そんな努力は必要ないと言われるかもしれないけれど、でもそれは僕にとっての最後の防壁。 僕が僕でいられるための。僕が今の僕でいられるための。 それがなくなってしまえば僕はきっと1人では生きていられない、水遣りを忘れられた花のように。 今の、抱えているこの痛みが僕に与えられた時間内で最後のものになるという保証があるのなら。 そうしたら僕は怖がる事無くぶつける事が出来るだろうのに。真っ直ぐ前を向いて受け止める事も出来るだろうのに。 最後だってわかっているのなら粉々に壊れてしまったって構わない。くっつける必要なんてないんだから。 『いらない』 あなたに、その一言を向けられる日が来るのが怖くてたまらない。 けれどどれだけ怖がっていても今の僕のままならば、泣き言の1つも言わずに背中を見送る事でしょう。 すぐにでも泣き出しそうになるのを必死になって堪えて我慢しますから、 全てかなぐり捨てて縋り付いて泣き叫んで、そんな風にあなたを煩わせて困らせるような事はないでしょう。 始まりというものがあるのだから終わりがこないはずがない。 形あるものはいつか壊れてしまうもので。形の見えない人の気持ちも移ろい揺れるもので。 ずっとこのままの状態でいられる保証なんてないけど、いられるなんて思ってはいけないけれど、 それでもこのままでいたいと思うのは本心、それでも…… 僕はどうしようもない臆病者なんだろう。 いつ訪れるかわからない、いつ告げられるかわからない別れの言葉を常に意識して。 こんなにもこんなにも、それこそ泣きたくなるくらいに大事に思っているのに、 あなたに直接それを告げる事は出来ないなんて。 それと同じくらい僕は幸せ者なんだろう………信じるという事が出来さえすれば。 こんな自分は僕は大嫌いだ。あなたはどう思うだろう?こんな中途半端な僕を。 ああ、それすらも口にする事が出来ないまま。 この世界のどんな人よりも愛しているあなたにその気持ちの欠片しか見せる事なく、 終わりを怖がって疑って信用しないくせにどこまでも我が侭にあなたからの愛情を欲しがりながら。 そうしている事であなたを傷つけている事を知って浅ましく傷ついて泣くくせに、あなたには何も出来ずに。 この手のひらいっぱいに生えている刺をしっかりと握り込んで誤魔化して、『愛してるよ』と小さく呟くのです。 自分が抱えている気持ちを伝えられたらという願望と表に出してはならないという自らに課した制限との狭間で。

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