Presentation
「僕を満たしてくれたあなたに何が返せるのかわからないのです」
解放戦争が終わった後、当てもなく旅に出た。
ともかく人と一緒にいてはいけないと思ったから。誰よりも淋しがりのくせに、1人で。
何処に行きたいとか何がしたいとか、そんな夢とか希望とか綺麗なものはとうの昔になくなってしまっていて、
昔に戻れるわけでもなく、あらゆる意味で空っぽになってしまった自分を自覚しながら、それでも何も出来ずに。
そんな中で、色のない世界で唯一鮮やかな色を持っている人に出会った。
今目の前にいる、赤色がよく似合う人。
全てを拒絶する事しか出来なくなってしまったから、そんな自分が突き放してきた人は数知れず。
他者を思いやる事が以前より出来なくなってしまった自分が、相手の傷に触れてしまう言葉をぶつける事も多いだろうに、
それでもずっとそこにいてくれる人。いや、自分が追い回しているという方が正しい。
持ち前の明るさと他人の痛みを自分のもののように受け止める優しさを持つ、多くの人から愛される彼は、自由な人だ。
その彼と正反対の自分が、同じ空間にいてもいいのかと考える。
そもそも自分は誰かと一緒にいてはいけないはずで、自分でもそう決めたのに。
それでも、離れようとする前に彼が「許可」をくれたから。それに甘えてずるずると、こうして今もここにいる。
本当は仕事熱心なのに、やる気が起こらないからとさぼる彼の後ろについて行って、
丘の木陰で寝転がるのを見ながら、少し離れた所に座る。
疲れてるんだろうな、とぼんやり思う。でも癒せるだけの力は、自分にはない。
幾ら労いの言葉を掛けたところで、幾ら彼の望む事をしたところで、彼の疲れを肩代わり出来るわけではない。
呼ばれたら振り向ける距離にいる事だけ。ただ、それだけ。
彼の澄んでいる瞳は雲を見つめているようでいて。本当はもっとずっと遠くを見ている事を知っている。
そしてそんな時に、仮にどれだけ呼んだとしても声が届かない事も。
そうして色々考える。それは自分の事ではなくて、近くにいるのに遠くにいる彼の事を。
どれだけ思ってもどれだけ想ってもそれが届く事はないけれど。
聞こえないと知りながら、呼んでみる。聞こえてはいけないのだから、いいのだけれど。
「 」
結局声にはならない。音になってるのかさえわからない。
けれど返事もないし何かしらの反応もないから、変な安心をする。
その間だけは彼の事を見ていても許されるだろうかと、少しだけ考える。
自分にも愛の言葉をくれる彼を想っていいのだと自分を甘やかす。
遠く感じる事を淋しがりながら。本当に遠ざけている原因が何かを知りながら。
「よし、帰ろうか、くーちゃん」
いつの間にか立ち上がった彼の声に振り返って、来た時とは違い笑ってくれた事が嬉しくて頷く。
先を歩き出す彼の隣を歩く事はけしてないけれど。
立ち止まって振り返って貰ってもそれに追いつく事も「出来ない」けれど。
そうやって笑って見せて貰えただけで浮上するような自分が、
そんな彼に何が出来るかと考える。何なら出来るのだろう。何しか出来ないのだろう。
どうしたら彼に嬉しいと感じて貰えるだろう。どうしたら彼に幸せになって貰えるのだろう。
ぐるぐる考えていると、小さく名前を呼ばれた気がして顔を上げる。
悩み事か、と心配そうに尋ねてくるから。何でもない、と彼がいつかすきだと言ってくれた笑顔を返してみる。
幸せを感じて貰えるかなんてわからない。
自分が勝手に与えられたと思っているものと同じ物を返せるかどうかなんてわからない。
短時間じゃなくて、長い期間を掛けなければ出来ない事なのかもしれない。
そんな事の答えなんて何処にもないのかもしれない。
もしかしたらずっとずっと不可能な事なのかもしれない。
それでも。
見上げた先の彼の表情が明るい物に変わったから。
今はこれだけで精一杯だと、泣きたくなりながらそれでも嬉しく思う。
曇った表情を例え僅かな時間でも誰もが見惚れる笑顔に変える事だけは、こんな自分にも出来るのだと。
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絶対に気付かれる事のない中途半端な実話。
これ以上ルーズリーフに書いてないので書き足しません(内職か)
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