LOVE
PHANTOM
「ねえ、ずっと一緒にいられたらいいのにね」
「……ああ」
「ねえ、約束だよ?」
「ああ」
抱き締めてくれる逞しい腕。
誰もが恐れおののく、しかしどこか優しい漆黒の瞳。
彼は自分だけを見てくれた。
『自分』を求めてくれた。
「ねえ、ぎゅってして?」
甘えればそれに応えてくれる。
更に腕の中にきつく閉じ込められて少年は幸せそうに微笑んだ。
「ねえ、ずっとこうしててくれる?」
「ああ」
―――そう、約束した。
「……エンジュ?大丈夫?ぼーっとして」
ナナミが覗き込んできて、我に返った。
「うん、大丈夫だよ」
「本とに?一週間も寝たまんまだったんだから……心配したんだよ」
狂皇子ルカ・ブライトを討って一週間。
一騎打ちの果てに本拠地に戻ってきたエンジュは、崩れるように倒れた。
ナナミやホウアンたちの看病のおかげでどうにか起きられるようになった。
あの時おった怪我も、綺麗に治りつつあった。
そう、身体の怪我は。
「大丈夫だよ、ちゃんと薬も飲んでるから」
慌てて笑顔を見せると、ナナミは安心したように微笑んだ。
「ならいいけど……アイリちゃんたちと買い物行ってくるから、大人しくしてるのよ?」
「うん」
手を振って見送る。
病人食ばかりだったので久々に食堂に向かおうとした。
「にしてもよかったよな。ルカが死んで」
背後で聞こえた声。
その声に、身体を竦ませた。
確かに同盟軍にとってはルカは敵だった。
最初自分もルカを心から憎む一人だったのだから。
でも、彼と接して、彼に触れていくうちに彼に惹かれていく自分がいた。
「すきだよ」
そう言った自分を拒絶せず受け入れてくれた。
自分にとって彼は愛すべき人で、かけがえのない大切な人だった。
だから―――本当は一騎打ちなんてしたくなかったのに―――それでも自分はそうせざるを得なくて……
あの時ルカではなく自分が死んでいるべきだったのに。
ずっと一緒にいようって約束したのに。
「……ルカ……」
堪えきれなかった涙が零れ落ちた。
次の日、エンジュはいなくなった。
どこかに外出する時は必ず誰かに一声かけてから出かけていくような子だったのに。
兵の不安を煽らないようにと普段パーティーで行動を共にしているメンバーがあちこちの街を探し始めたがどこにもいない。
一番最後に残しておいた、あの一騎打ちの場所。
もしかしたら、の期待は確信に変わった。
遠くではためく黄色いスカーフ。
気付いたナナミが駆け出した。
「エンジュ!!!」
少年は振り返る。
冷たい瞳を、こちらに向けて。
「……エンジュ?」
驚いてナナミが足を止める。
「……なあに?……何か用事だった…?」
いつものエンジュと口調が違う。
抑揚がない。
そして、凍り付くかのような冷たさを持つ響き。
「エンジュ殿……こちらに、いらしたのですか」
エンジュの様子を探るようにシュウが声を掛ける。
その声に、口元で僅かに笑った。
「うん……ちょっとね……」
「どうかなさったんですか?」
そう尋ねてもこちらを刺すような視線は変わらない。ただ、口の端で笑っているだけ。
「……教えてあげようか?」
挑戦的な。それでもシュウが頷くと、エンジュは僅かに視線を緩めた。
「……僕ね…約束してたんだ…ずっと一緒にいようねって……すきだよって…そしたらね……ああって言ってくれたんだ………」
突然の話についていけない。
エンジュは誰の話をしている?
「……大事だったのにね」
再びこちらを鋭く見る。理不尽な事とわかってはいるのかもしれない。
でも……殺したくなんかなかった。
側にいたかった。
「だから、ここに来たんだよ」
―――側にいるために。
冷たい微笑を浮かべて、エンジュは後ろに下がる。
後には崖しか残されていないのに。
「エンジュ殿」
シュウが冷静に止めようとする。
離れて様子を見ていたフリック達も止めようと側に寄って来て。
「……僕は確証のない未来なんていらない……ただルカの側にいたいだけ」
皆が慌てて手を伸ばしたが一瞬遅く―――何かが潰されたような音が、鈍く響いた。
―――僕はルカを愛してただけ。側にいたかっただけ。ねえこれで一緒にいられるね。ねえ……お願いだから側にいて――
○ あとがき
『いらない何も捨ててしまおう君を探し彷徨うMy Soul〜♪』という感じ……