独裁-monopolize-
『いつもの所で待っててね!』
カゲが持ってきた何かの端に書かれたそれを見て、ルカは起き上がって着替えると供もつけずに馬を走らせた。
サジャの村に近い森の入り口で馬を繋ぐと奥へ進む。
背後で日が段々昇り始め、足元を僅かに照らし出す。
こんな時間に呼び出すのは知っている限りでたった一人。
「ルカ!」
『いつもの所』である森の奥の菩提樹の下に座っていた待ち合わせ相手は、ルカの気配を感じて真っすぐに抱き着いてきた。
「早かったね。お昼位にしか会えないと思ってお弁当取りに行こうとしてたのに……」
「こんな所でいつまでも待たせておくわけにはいかないだろう」
ルカは腰を降ろす。
抱き着いていた少年は身体を支えられてそのままルカの膝の上に座った。
彼はルカと対立している同盟軍のリーダーである。
「……昨日村を一つ落とした……」
「そう」
これが皆がいる戦闘時ならばルカは嘲り笑い、少年は怒り狂うだろう。
「怒らないのか?」
「ルカがそうしたいなら、そうすればいいよ。違う?」
「相変わらずだな」
ルカがする事を周りの人々は恐れおののいた瞳で見、口々に非難する。
しかしエンジュは違う。
『壊れたなら直せばいい』
そう言って一言も責めずに微笑む。
見上げてきたエンジュを抱き締めて。
「ルカ、すきだよ」
躊躇いなく発せられる言葉。
もっと近くで聞いていたくて腰を引き寄せた。
「エンジュ」
「なあに?」
「お前、ちゃんと食べてるのか?」
ただでさえ細かった腰が前会った時よりも更に細くなっている。
手足も細くなり、先程までは薄暗くて余り良くわからなかったが顔色が悪い。
「大丈夫だよ……ちょっと疲れただけだから……」
「エンジュ」
「なあに?」
「……疲れている時に無理をするな…お前は……」
「同盟軍のリーダーなんだから……か。そうだね……」
寂しげに俯くエンジュに、ルカはしまったという顔になる。
周りからのプレッシャーに押し潰されてしまいそうな彼に言ってはならない事。
二人で会っている時だけはお互いの立場を忘れようという約束。
「悪い」
「ううん……ルカが心配してくれるだけで嬉しいよ」
まるで儚く消えてしまいそうな微笑み。
不意に、抱きしめている腕に力をこめた。
「ねえルカ……」
「何だ?」
「僕の事すき?」
「ああ」
「ねえすきって言って?」
消え入りそうな弱い声。
ルカはエンジュの首筋に顔を埋めて囁いた。
「……すきだ」
「もっかい言って?」
「すきだ」
「もっかい……」
「……すきだ」
言葉で縛り付けないと不安なのか?
その身体を支配しなければいけないのか?
余りにも細く折れそうなその身体を抱き締めるのに慣れたのはつい最近の事。
あらゆる物を壊してきた自分の手でエンジュさえも壊してしまいそうで怖かったから。
「もっかい言って」
みんなが信じてリーダーだと敬い期待しているエンジュはこんなにも弱い。
エンジュを思うのなら和平協定を結べばいい事だ。
が、優しいエンジュは納得しないだろう。
『ルカがしたいように出来なくなる』と言って……
「すきだ」
どうしたらいいかわからない。
人に愛された時間をとうの昔に捨ててしまったから、どうやって愛せばいいのかわからない。
「エンジュ」
名前を囁くとエンジュの瞳から大粒の涙が零れ落ちる。
涙を拭ってやろうとすると、ルカの身体にしがみついた。
「……僕…ルカと一緒にいたい…戦いとかそんなん全部捨てて一緒にいたいよ……」
悲痛な声。
無理だとわかっていながらのわがまま。
今自分からルカがいなくなったら何が残る?
「……ああ」
週に一度とかそんな僅かな時間だけじゃなくてずっと側にいて欲しい。
そうしたら、夜中に一人で泣く事もないだろうから。
「……ああ、そうだな」
ルカは目を閉じた。
今の自分にしてやれる事はこれしかないと何度も確かめて。
「エンジュ」
「……なあに?」
エンジュは涙を拭いて顔を上げた。
「……和平協定を結ぶ…」
「え?」
エンジュはルカの顔を見上げた。
苦しそうな表情。
「和平を結ぶ代わり、一つ条件がある」
「条件?」
「同盟軍のリーダーをハイランドに差し出す事」
「え……それって……」
「そうでもしなければ一緒にはいられないだろう。嫌か?」
エンジュは慌てて首を振った。
「でも、ルカは……」
『そんな事したらルカは今までみたいにやりたい事が出来なくなっちゃうよ?』
「……こんなに傷つきやすいお前をあんな所に置いておけない」
「でも…」
「俺はお前の側にいたい」
思い切り抱き締めて囁く。
エンジュが納得しなければどうにも出来ない。
「本とに…?」
「ああ」
決意の固い瞳。
戦場で会う時の殺意と破壊心に駆り立てられたものではない、悲しげでそれでいて優しい……
「……わかった……シュウさんに言っとくね」
「いや、言いに行こう」
「え!?」
ルカはそのままエンジュを抱き上げると、元来た道を歩き出した。
協定が結ばれたのはそれから三週間後。
ハイランドに来たエンジュは口さがない噂と周囲の人々のおかしな物を見るような視線に出迎えられたが、そんな事はどうでも良かった。
「エンジュ」
名前を呼べば微笑む華奢で可愛らしい少年。
「すきって言って」
「ああ、すきだよ」
望めば何度でも繰り返される優しい言葉。
もう一人で泣く夜は来ないだろう。
和平協定が結ばれた後ハイランド皇王と同盟軍のリーダーはいづこかへと姿を消した。
あの狂皇子に心底から愛された少年が望んでもたらした平和は僅か百年程だったが、その少年にはそれで十分だった。
○あとがき
リメイクするのも恥ずかしい去年の11月頃書いた話。随分と文調が違うなあ……それでもって何が書きたかったんでしょう。未だに謎。