浸食-lose control-

 

 

 

 

小瓶の中の液体が吸い上げられて減って行く。

ノズルを押すと、細い針穴から水色の水滴が飛んだ。

力の抜けた腕をアルコールで拭くと丁寧に針を差し込みノズルを押し続ける。

完全に液がなくなったのを確認して静かに針を抜いた。

 

腕に残る無数の蒼い跡。

日々強くなる破壊心。

 

―――何もかもが鬱陶しい。欲しいものは、ただ一つだったのに。

 

彼は部屋の隅に置かれたオルゴールの蓋を開けた。

静かに鳴るそれの曲に目を閉じて聞き入る。

やがて音が止み、彼は持っていた小瓶と道具をその中に仕舞ってオルゴールを元の位置に戻した。

ドアの向こうから聞こえてくる姉の声が鬱陶しい。

「ナギ、ねえ、ここをあけて。ねえ、ナギ……」

ナギと呼ばれた少年は左手を突き出して口早に呪文を唱え、部屋の中が緑色の閃光に満ち溢れる。

 

「守りの天蓋」

 

小さく呟いた途端、ドアノブをガチャガチャさせていた音も、ドアの向こうで自分を呼び続ける姉の声も聞こえなくなった。

ドアはもう、開かなくなったはずだ。

彼は窓を開けてよじ登ると、窓枠にロープを結び付けて地面に降り、すぐに側の木に登る。

思ったよりも見張りの兵が多い。

彼はポケットから一枚のお札を出すと再び左手を突き出して呪文を唱えた。

 

「範囲……この城一帯」

 

しばらくしてから下に降りるとあちらこちらで沢山の兵が倒れている。

先程まで賑やかだった城からは物音ひとつしない。

彼は溜息をつくと、城門から出て行った。

 

 

 

広い草原に無数の死骸が転がっている。

辺り一面に立ち込める死臭に少年は僅かに眉を顰めた。

ここで戦いがあったのはほんの二日前の事。

よく日が当たる所に転がっているものからはうじが湧き始めている。

それに構わずに、崖の手前に立っている大木の前に進む。

そこには他の死骸とは異なり傷だらけの、しかし立派な鎧をまとった青年が倒れている。

少年がその死骸の青年に右手を向けると、そこに宿っているものが淡く輝き出した。

 

「……っ…」

「御目覚めはいかがですか?」

薄く目を開けた青年の顔を覗き込んで微笑みかける。

「……なぜ助けた?」

青年が問う。

「……ソウルイーターは気まぐれでね。それに、貴方にはまだ死んで貰うわけにはいかないしね」

少年は微笑む。

その微笑みの奥に隠されたものを感じ取り、青年は黙った。

「……俺に、どうしろと?」

「……このままナギが壊れてくのを黙って見てるわけにはいかないからね……でも、生きるのもまた死ぬのも貴方の勝手だよ、ルカ・ブライト様」

「ユギ・マクドール……とかいったな。お前は何を考えている?」

ユギと呼ばれた少年は少し驚いた顔をした。

「僕は思ったより有名なんだね……悪いけどフルネームで呼ばれるのすきじゃないから……

今、貴方はこのソウルイーターで生かされてる……言っている意味、わかるよね?」

「……ああ」

 

こうして死んだはずの自分が今生きているのは目の前のユギのおかげで、

ルカにとって気に入らない、どこか人を見透かしているようなユギを殺す事は、全ての消滅に繋がるのだと。

 

「……来た。僕は帰るから、貴方の好きな様にするといいよ。じゃあね」

ぱちんと指を鳴らした途端、ユギはその場から消えた。

 

ゆっくりと身体を起こす。

あちこち怪我をしていたはずなのに痛みがない。

何が「来た」のか気配を探ると、ナギがこちらに向かってきていた。

距離およそ10m。

ルカは気配を消すと、今まで倒れていた樹の裏側に凭れて座り込んだ。

 

 

 

「……ルカ?」

そこにあるはずのルカの死骸がない。

冷酷な軍師は、死骸と対面する事すら許さないのか。

ナギは目を閉じる。

ルカの身体がどこに運ばれたのか、気配を探れたらいいのに。

 

「……ナギ…」

 

懐かしい声を、聞いた気がした。

ほんの二日前に自分が二度と聞けなくしてしまったはずの、低く、しかしどこか優しい声。

「……ルカ…?」

輝く盾の紋章が疼く。

 

―――運命に逆らったものを示すかのように。

 

「ルカ…?」

ナギは辺りを見回す。

目に留まった大木の根元の所に、その声の主がいた。

「ルカ!!」

すぐさま駆け寄って抱きつく。

彼は死んでしまったはずなのに?

この手で殺してしまったはずなのに?

でもちゃんと心臓の音は聞こえてきて、身体だって温かい。

「ナギ」

逞しい腕の中に抱き込まれる。

それは、先程打って来たばかりのものの効果でも、夢幻でもなかった。

 

―――ルカは死んでなかったんだ―――

 

どこか矛盾する、胸の中に広がる安堵。

少年は日が暮れるまで最愛の人の腕の中にいた。

 

 

 

「来たんだな、ナギ」

遠くの方で残兵と同盟軍の兵達が戦うのを聞きながら、息を切らせて走ってきたナギに剣先を向けて言った。

今にも泣き出してしまいそうで自分の方に来ようとするナギを、出会った頃の、まだ人を愛するという事が分からなかった頃の声のトーンで拒絶する。

 

―――僕はもうルカの所には行けないの?

 

瞳がそう言っている。

本当はナギと戦いたくはないし、こうして剣を向けていたくもない。

やっと見つけた自分を愛してくれる人を失いたくない。

が、これが自分の嫌いな「運命」という奴で、それからは逃れられないのなら、とルカは目を閉じた。

直視できない。

 

「俺とした事がやられたな」

うぬぼれるつもりはないがある程度の策は練ってきたつもりだ。

が、自分より頭の回転の早い軍師がナギにはいたらしい。

「違うよ、僕は言ってない。約束を破ってなんかいないよ」

必死に訴える声。

瞳を開けると、今にも泣き出してしまいそうな顔が映る。

「それに、ルカが残してくれたものの事も」

ルカは頷いた。

一昨晩ナギにこの夜襲の話をした後、ナギに最後の印を残した。

こうなる事が何となくわかって、そして自分は死ぬであろうという事もわかっていたから。

自分がナギの事を愛した事を、ナギが忘れない様に。

自分が最後に本当に愛した人がナギである事をナギの身体に残す為に。

余りにしつこくした為に、痣になっているかもしれない。

 

独占欲の塊。自分が死ぬ事がわかっていて、それでもなおナギを縛り付ける。

 

ルカは自嘲気味に微笑んだ。

「ああ、わかってる。ただ、お前の所に俺よりちょっと頭のいい奴がいただけだ」

そんな優しい言葉に、ナギは首を振る。

こんなになってまで、自分を庇って欲しくない。

「でも僕はルカの事傷つけちゃった……でも本とはそんなことしたくない!」

頭を左右に激しく振った。

 

―――だからそんな僕を庇った言い方しないで。

 

「ナギ。だがそうも言ってられないんだ。お前の紋章は、わかってるみたいだな」

ルカの言葉に右手に目を落とすと、輝く盾の紋章が光り輝いていた。

「それは、これが避けられないものだって事を言ってるんだ」

わかるだろう?と無言で尋ねられたが、ナギは再びかぶりを振った。

「仕方ないんだ。行くぞ、ナギ」

自分に言い聞かせるように言って、ルカが剣を振るってくる。

思わずトンファーで受け止めてしまった。

「・・・・・・それでこそナギだ」

満足そうに目を細めるルカに何も言えなくなる。

そのまま戦わなくてはならなくした自分にこの上なく腹が立った。

あのまま殺されればよかったのに。

頭の中で声が響く。

 

―――自分がやられればルカは生き残れる?

 

その答えに到達した瞬間、ナギは攻撃を受ける体勢に回った。

ルカが向けてきた剣先が肩を刺す。

「……っ…」

「どうした、ナギ。お前なら避けられるだろう?」

ルカが低く言う。

本当なら今ごろ心臓を貫いていただろう今の攻撃は、ナギが避けようとしなかったために標準をずらされたものである。

「だって……僕は、ルカと戦いたくないんだもん……」

ナギが俯く。

ルカは手を伸ばしかけたがどうにか押しとどめた。

「仕方ないんだ、ナギ。同盟軍のリーダーとハイランドの皇王である俺が対峙する事はわかっていた事だろう?」

「……でも」

「俺という存在をお前が認めているのなら、俺と戦え」

 

―――そんなの答えはたった一つしかないのに……そうまでしてもルカは僕と戦いたいの?戦わなくちゃいけないの?

 

 

確かに同盟軍のリーダーになった時、自分は打倒ルカ・ブライトを目指していた。

しかし鬼人と呼ばれる彼の本当の優しさと淋しさを知った時、それは崩れ去った。

こわごわながらも自分を愛してくれる人。

そんな大切な人を最初からいなかった事になんて出来るはずがないし、自分の手に掛ける事なんて出来るはずがない。

「それでも、僕は……」

僕は、ルカを殺す事なんて出来ない。

「……ねえ、ルカが僕を殺して」

殺す事なんて出来ない。

どちらか一人しか生き残る事が出来ないのなら、あなたがそれで生き残れるのなら、ねえ、僕を殺して。

「ナギ、それはできない」

ルカが低く言う。

「お願い。僕はルカと戦うなんて出来ない!ルカを殺して一人で生きて行きたくなんかない!」

悲痛な叫び。

大粒の涙が零れ落ちる。

「ねえ、お願い」

ナギがルカを見つめる。

ルカは懐から何かを取り出すとじっとナギを見つめた。

「……なあに?」

「俺には、お前にこれくらいしかしてやる事が出来ない……だが…これもいいだろう」

ルカは後ろに下がる。

「ルカ?」

右手に掲げられた一枚のお札。

 

「愛してる」

 

そう呟いた途端、ルカを無数の雷撃球が襲う。

「ルカ!?ルカぁ!?」

半狂乱になって叫ぶ。

閃光と稲妻が収まり、ルカの姿を探すと所々酷く火傷を負って倒れていた。

「ルカ!!」

駆け寄ってルカの身体を抱き締める。

あちこちから血が出てきて、とにかく出血を止めなくてはとナギは必死になって止血を始めた。

「……いいんだ、ナギ」

「嫌だ!!ルカ、死んじゃ嫌だ!!」

「ナギ、腕を出せ」

苦しそうに言うルカに従い、腕を出した。

「ごめんな」

懐の中から一つの袋を取り出すと、注射器に小瓶の中の液体を吸い上げて注射した。

「……なあに?」

「……それは…一時的に記憶を制御してくれる一種の薬だ……

お前の中で、俺はお前に倒された事になる……何もかもを忘れてしまうよりは…この先のお前に必要な事だろう……」

ルカの話が半分しか耳に届かない。

頭がくらくらする。

しばらく目を閉じていたナギは、ルカの姿を見てすっと目を細めた。

 

「……ルカ・ブライト…?」

あの襲撃の時にルカを見詰めていた瞳が蘇る。

「ああ、そうだ」

「あなたを生かしておくわけには行かない」

ナギは武器を構える。

「………ああ」

 

―――何かを砕くような、鈍い音が響いた。

 

 

 

「……それで?どうなさるおつもりですか?」

森の奥の小屋でルカとナギの一騎打ちの真相を聞いたユギはルカに尋ねた。

ルカは自分が腰掛けているベットで眠るナギを見つめる。

自分はナギを守るつもりでしたのに、それが反対にナギを余計に追いつめていたなんて。

「………リーダーがいつまでもこんな事してる場合じゃありませんしね」

ユギのソウルイーターによって復活した日から毎日、ナギはこの小屋に通ってきている。

頭脳明晰な軍師が気付くのも、時間の問題だろう。

「ああ」

ナギの頭を優しく撫でる。

こうして再びナギに触れられるなんて思いも寄らなかった。

「……出来るだけ強くて苦しまない薬は手に入るか?」

ルカが低く尋ねる。

「……入ると思うよ」

「……頼む」

そう頼んできたルカの瞳は真剣で、ユギは肩を竦めた。

「わかりました」

 

 

 

その日の夕方袋を手に戻ってきたユギを見ると、ルカは静かにナギを起こした。

「ナギ」

「……ルカ…?」

半覚醒状態。

「……一緒に死ぬか?」

「うん」

明確な答えに、ルカはナギにキスを落とした。

そしてユギから頼んでいた薬を受け取る。

「………本当にいいんだな?」

「うん」

最後の確認をすると、ルカはその薬を口移しでナギに飲ませた。

しばらくすると、ナギの鼓動はどんどん静かになって行き、やがては聞こえなくなった。

 

「……後の処理は任せてね…少々痛いですが」

「すまない」

ユギが右手をかざすと辺り一面が闇に蔽われた。

 

 

 

「……ねえ、運命ってのは何のためにあるのかな」

 

もう冷たく冷え切ったナギを抱き上げると、ユギは静かにその小屋を出て行った。

誰のためのものとも知れない涙を零しながら。

 

 

 

○あとがき

旧サイトにあったものをややリメイク。前のところで読んで下さった方に問題。裏ユギさんのセリフが1つ消えてます。それはどれでしょう?

真相は闇の中に。

 

 

 

 

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