裸足の女神

 

「あら?こんにちは。私はオデッサ。あなたは?」

「フリックだ。よろしく」

声を掛けてきた女性はとても綺麗で。

美しい微笑を浮かべて握手を求めてきた。

その手に、やや震えがちな右手を差し出した―――

 

 

 

あれからおよそ五年という月日が経っても、失われる事のない記憶。

色褪せない彼女の微笑み。

腰の、彼女の名がついた剣は自分にはとても重たくて。

こうして酒に逃げたところで思い出されるのは彼女の事だけ。

つかれる溜息は周りの喧騒に比べて非常に重く。

そんな彼を構う人物はいないので余計に気分は沈む一方で。

 

―――何時から俺はこんな女々しい奴になった?

 

そう叱咤しても、押さえられるのは涙だけで。

又一つ、溜息が漏れた。

 

 

 

若かった。

まだまだ自分は未熟者だった。

そんな自分を優しく、時に厳しく接してくれたのは彼女だった。

そんな彼女をいつからかすきになり、彼女も自分に好意を持ってくれた。

でもいつだって不安で。

隣にいる筈なのに、彼女は物凄く遠い存在だった。

昔の彼の影を、ふとした瞬間に見せるからだろうか。

その度にやるせない想いで一杯で、そんな自分が嫌で自己嫌悪に陥って。

彼女の背中には翼が生えているように思えた。

捕まえる事は出来なくて、誰にも同じように可愛らしい鳴き声で幸せを運ぶ―――

 

 

 

遠かった彼女が、更に遠くに行ってしまったと聞いたあの日。

自分の世界が音を立てて崩れるような思いがした。

「俺が君を守るよ」

その言葉を口に出す事を何よりも嫌った彼女。

だから代わりに心の中で誓いを立て、彼女の為に強くなろうと早朝や空時間の鍛練は欠かさなかった。

一緒にいる時はいつでも彼女の周りに気を配った。

皆の期待であると同時に、自分にとって世界にたった一人の最愛の人だったから。

その彼女が、自分の知らないところで冷たくなってしまったなんて。

どこの奴とも知れない奴に殺されてしまうなんて。

彼女の後釜に座ったのが、よく知りもしない自分達の敵を父親に持つ良家のおぼっちゃんだなんて。

自分の感情がセーブできなかった。

話を聞いた途端、ビクトールにつかみかかってもう少しで殴りそうになった。

ユギにも。

そんな事をしても何の解決にもならないとわかっているのに。

でもその場にいたくなかったから逃げ出した。

現実逃避した。

感情が受け付けなかった。

ユギが泣きそうな瞳で自分を見詰めていたが泣きたいのは俺の方だと心の中で罵倒した。

そうする事でしか自分の悲しみをどこにぶつけたらいいのかわからなかったから。

 

どうにか落ち着いて本拠地に戻ってきても、やはり考えるのは彼女の事ばかりで。

たった一度だけ、声を押し殺して泣いた。

 

 

 

「ねえフリック……私ね、多分この戦争が終わるまでに死ぬと思う」

そんな物騒な事を彼女がつぶやいたのはいつの事だったか。

「オデッサ!!君がそんな事を……」

「ううん、わかるの。でもね、もしそうなっても私は後悔しないわ。あなたという人がここにいるんですもの。だから、それでいいの」

「それでいいって?」

わけがわからなくて聞き返した自分に、彼女は一番綺麗な微笑で答えた。

 

「いつか、わかる日が来ると思うわ。ただどうなっても変わらないのは、私があなたの事をすきだって言う事よ」

 

そう言われてもやはりわからなくて。

それから色々あったからすっかり記憶の底に沈めてしまっていた―――

 

 

 

彼女にはこの事がわかっていた?

彼女は死を甘受した?

かなりたった今でもわからない。

今想うのはたった一人。

守れなかった大切な人。

最後まで自分を愛してくれた最愛の人。

今でも色褪せる事の彼女の微笑み。

忘れられないあの一言。

 

「………今でも君の言葉がわからずじまいだよ、オデッサ……」

 

酒が半分まで減ったグラスの中で、氷が小さく音を立てた。

 

 

○あとがき

  最初で最後のフリオデ話。俺的にフリックさんは、いつまでもオデッサさんだけをすきでいるか、根底にずっと残ると思う。

  それはそれだけ、彼が彼女を大切にしていたのだろうからで。

  オン・ザ・ロックは、悲恋や遠い思い出を表すらしいです。                                                        

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