Entreaty
本当に願うのはただ1つだけだと、
自分の立場も目的も省みずにそれを言ってしまえたら、
私はどれだけ救われるかわからない。
でもそれは言ってはいけない禁断の、言葉。
「もしたった1つ願いが叶うなら何を願う?」
いつかあなたが私に聞いてきた事。
「あなたなら何を願うの?」
「俺?俺は……」
僅かに彼は困った顔になり。
「………君の手前……いや、俺自身の目標から見たらずっと不謹慎だ。でも願うのは、『出来るだけ今の幸せが続きますように』、かな」
わかってはいるけどそう思うんだよ、苦笑して。
「君は?」
もう1度そう彼女に尋ねた。
「私は、やはり今の世界の先にある革命後の幸せを、願うわ」
ああ、それは本心ではなくて。
本心には違いないのだけれど、まるでそれは……
「オデッサ自身は何を願うんだ?」
隣で苦笑する彼はどうやら気づいたらしく。
真っ直ぐ穏やかに向けられる視線に笑みを返した。
『だからきっと、私はそう願うのでしょう』
「そうね……」
『この本心からの願いを告げても、あなたは私を見捨てたりはしませんか?』
「………やはり私自身も同じね。でも、あなたの願いも、私には当てはまるわ」
『あなたが側にいてくれる今の幸せな状態が続きますように』
「でもそれを第一に願ってしまったら革命は起こせないわね」
苦笑した彼女に彼も微笑んで。
「いいんじゃないか?あ、革命が起こせないのは、よくないけど」
慌てて付け加える彼にくすくす笑って。
「理想論は、『些細な幸せを見つけられる日々が続きますように』かしら。それもまた不謹慎?」
『………ねえ、この意味わかる?』
「いい言葉だ」
心底からそう思っているように、
それを聞いて幸せであるかのように彼は微笑んだから。
ついに彼女の願い事はその片鱗さえ見せる事はなかった。
彼女の願い事は、
彼が見ている「綺麗な彼女」が持ってはならない願い事であるように思ったから。
回想からの回帰。
悲しそうに顔を歪めて自分を覗き込む少年や、
出来るだけ彼女が苦しくないようにと支えてくれている少年の従者達が視界に戻ってくる。
意識が完全に現実へと戻ってきた途端、
気が遠くなるほどの熱さと痛みが身体に蘇ってきた。
もう自分には時間がないのだと自分に言い聞かせて、
片時も外す事無く身につけていたイヤリングを少年に渡した。
「頼みたい事が、2つあります」
出てくるのは機械的な、
最期の勤めを果たそうとする解放軍のリーダーの声。
『これが私の願いだとでも?』
自己嫌悪に陥りそうなほど単調に紡ぎ出される自分の声を聞きながら、
ここにはいないとわかっていても彼の姿を探してしまう。
『私の願いはそれかもしれないけれど本当はそうではないのに』
出来る事なら。
こうやって悲しげに覗きこんでくれるのが、
何も出来なくて悔しいと泣いてくれるのが、
力の入らなくなりつつある自分を支えてくれているのが、
あの彼だったならよかったのに。
でもそれは叶わない。
ずっと一緒にいて欲しかった。
「例え自分がどうなってしまっても」一緒にいて欲しかった。
『あなたが側にいてくれる今の幸せな状態が続きますように』
『私がどうなってしまってもあなたが側にいてくれる幸せな状態が続きますように』
それほどまでに彼は大事な人だった。
一瞬たりとも欠けてはならない存在だった。
でもそれを願う事は我が侭だとわかっているから。
だからせめて、と彼への伝言を、頼んだ。
『どうか私を忘れないで』
『私がいた事を忘れないで』
『私を愛してくれた事を、私があなたを愛していた事を忘れないで』
『でもどうかあなたは、幸せで、いて』
口に出せないまましまいこまれた願い事。
それは彼女が直接言わずとも叶う事になる。
その2年後に彼の隣にいるようになった、
「彼女」が封じ込められた紋章を持つ少年に、
彼は魅入られたかのようにあの時と同じく夢中になるのだから。
『あなたが側にいてくれる今の幸せな状態が続きますように』