Distance
「ユギさん!」
チャイムの音に、ドアを開けた向こうには満面の笑顔を浮かべた彼がいる。
「久しぶりだね、エンジュ。どうしたの?こんな早くに……」
そう、いつもは昼過ぎに来るはずの彼が朝食後くらいに来るなんて。
立ち話もなんだから、と中に入るように勧めて。
部屋に落ち着いた時、彼が何やら包みを差し出した。
「……よかったら、貰ってもらえますか?」
「うん?」
一瞬何の日か考えて、そういえば今日はバレンタインだった事に考えが至る。
いや、覚えてはいたのだけれど、エンジュから渡されるとは思っていなかったから反応が遅れたのかもしれない。
「ユギさん?」
ちょっと考えている顔をしているユギを覗き込む。
ユギは苦笑すると、それを受け取った。
「………開けてもいいかな?」
そう尋ねるとエンジュはやや顔を赤くしながらもこくこく頷いて。
綺麗にラッピングされたそれを上手く開けるとカップケーキが入っていた。
「エンジュが作ってくれたの?」
「はい」
「頂いてもいいかな?」
「はい!」
「じゃあ、いただきます」
一つ手にとって一口食べる。
かすかに、ブランデーの香り。
「どうですか?」
「おいしいよ。どうもありがとう」
一瞬にしてエンジュの顔が輝く。
それを見ていると何処か辛いものがあって、笑顔で応えながら、僅かに視線を逸らした。
………ルックも甘いもの苦手だったっけ。
エンジュの想い人の彼は今日も彼の存在理由の象徴を管理しているのだろう。
それを思うと、胸が締め付けられる思いがして。
「いけない、会議があるからってシュウさんに帰ってこいって言われたんだっけ……」
エンジュが淋しそうに呟いて椅子から立ち上がる。
「………会議?」
「はい。どうしても今日中にユギさんに渡したかったから急いで来たんです」
はにかんだ様に彼は笑って。
また来て下さいね、なんて天使の微笑みと評される微笑みを浮かべて彼は帰っていった。
ドアが閉まった途端に溜息が出て。
ベッドに座り込んだ。
「……わざわざここまで来てくれたのか………」
ふと窓から下を見るとエンジュがこちらを見上げていて、慌てて手を振り返した。
こんな朝早くに。
そう思うとエンジュの思い人の事は頭から追い出して素直に喜ぶべきだったと後悔して。
それでも自分の気持ちを言うわけにはいかないから。
「……いいバレンタインを……」
僅かに、顔が歪んだ。
本当は自分の気持ちを言うつもりだった。
その為に自分はここまで来たのだから。
会議なんてやってたら振り絞った勇気も何もかき消されてしまう気がして。
でもいざ彼を見たら余りの恥ずかしさにどうしていいかわからなくなって会議は午後からなのに言い訳に使って逃げるように帰って来てしまった。
ふと彼の家を振り返ると彼が見えて。
淋しいと感じつつもその綺麗な笑顔に手を振った。
「ルックも甘いの苦手だったんだっけ……」
密かに人気の無表情なルックが困りきるであろう事を想像して僅かに笑みがこぼれる。
あげると約束したから帰ったらラッピングしないと。でも……
「……僕はユギさんがすきです…」
近くにいるのに届かない言葉。
………僕の気持ちは、あなただけのもの。
Your heart is far from my heart…
○ あとがき
ユギさんとエンジュくんの気持ちが微妙にずれてるんですがね。
ユギさんが勘違いしてる、ルックが出てきたのは、単に私がその時ルク主を書きたかったから(爆死)