Solitude

 

 

 

 

 

自分が持っているものの力の大きさくらい、

ちゃんとわかっているつもりだった。

それでも僕は側にいたかったんだ。

それは許されない事なんだってわかっていたとしても。

 

 

 

 

 

 

「葛葉!!葛葉じゃないか!!」

「え?」

 

何も考えたくなくて隠れるようにして座り込んでいた、

バナーの村の最奥の川のほとり。

その声の持ち主を記憶の中の同じ物と照らし合わせかけて、

でも思い直してとりあえず声のした方を向いたら、

まず目に映ったのは若草色のローブ。

そこから恐る恐るゆっくり視線を上げたら、

もう2度と会えないと思っていた、

会わないと心の中で決めていた青い影。

驚きで目が見開かれていくのが自分でもよくわかる。

3年前と同じく身長差のある自分をひょいと抱き上げると、

彼は目線を合わせてにっこり微笑んだ。

 

「久しぶりだな、葛葉」

 

「………久しぶりだね…フリック」

 

ああ、今の僕はちゃんと笑えていますか?

 

 

 

 

 

 

とてもとてもすきだった人。

何よりも大切に思っていた人。

それは3年前のあの頃も今も変わらない。

解放戦争のあの決着がついた時、

崩れる城から逃げる自分を庇ってそのまま行方のわからなくなっていた彼。

ずっと彼の消息を探し続けて、でも見つからなくて、

もう会えないのかもしれないと諦めていた、人。

でももう会わないと決めていた人。

彼が自分をすきでいてくれているのは伝えられて知っていたけれど。

それが嬉しいのに誤魔化したまま答えてはいなかったけれど。

もう会ってはならないと心の中で誓いを立てていたのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………相変わらずだね、葛葉は」

 

同盟軍の城に連れてこられて、

とりあえず部屋を準備するからという事で手持ち無沙汰になった途端、

一緒に帰って来た自室に戻るらしいルックに声をかけられて。

葛葉を酒場へと誘いかけたフリックとビクトール達だったけれど、

五月蝿いのを嫌がったルックと一緒に魔法で移動して今に至る。

勧められたティーカップを受け取って飲もうとした手を止めて見上げた。

 

「相変わらず、って?」

「改めて僕の口から聞きたい?」

 

 

彼は知ってる。

僕がフリックをすきな事も、

フリックが僕の事をすきでいてくれている事も、

僕がある理由でフリックを避けなくちゃいけないとしている事も。

 

 

ううん、と小さく首を振っていい香りのそれに口をつける。

「………ルックも、一緒だね」

「そう?」

「うん」

 

 

あの時を境に、

フリックにはそれとわからないように避けて、

出来るだけ一緒にいる事がないようにしている。

それを察してこうして連れ出してくれたのはあの頃もルックだった。

 

 

「ごめんね、迷惑、掛けちゃって」

 

 

小さく謝る。

彼はいつもそれには答えないけれど。

 

 

「………それでも葛葉はすきなんだろ、あいつが」

「これでも、落ち着いた…と、思う……」

 

 

落ち着いてる?

声をかけられて振り向いたその瞬間、

僕の方を見て泣きそうな顔をしていたくせに。

あの頃と変わらないまま。

いつだってあいつに声を掛けられたらまず僕を探すじゃないか。

あいつには向けない泣き出しそうな瞳を湛えて。

 

 

「いつまでもこんなんじゃ、駄目だって、わかってるのに……」

 

 

わかってるけど、どうにかしなきゃってわかってるけど、

フリックの事がすきなのは本当で、

でも一緒にいちゃいけないと思うのも本当で、

だからこそ彼の言葉には答えていなくて、

答える事も出来なくて……

 

 

「僕の事をすきになればよかったのに」

 

 

そう言うと目をくりっとさせて驚いた後小さく自嘲気味に微笑む。

 

 

「僕はずっと葛葉の前から消えないと断言出来るから」

 

 

わざと何でもない顔をして言ったけれど。

あれから3年も経ってるんだ、

3年しか経ってはいないとも言えるけれど、

そんなに苦しむくらいなら本当に僕にすればいいのに。

 

言えないその気持ちは不安そうな瞳への返事になりえる?

 

 

 

 

 

 

一緒にいちゃいけないんです。

一緒にいたら自分の孤独を知るから。

置いていかれてしまうのを、

自分には流れていない時間が彼には流れていっているのを、

どうしても直視しなくてはいけないから。

それは自分が弱いからかもしれない。

ずっと一緒にいて貰わなくちゃ駄目な人間だからかもしれない。

きっとわがままを言ったなら、

彼は全部を後回しにしてずっと側にいてくれるだろう。

自分が神に背いた存在なのはわかってる。

人はそれぞれ寿命というものを持ち、

運命と言うレールに乗っかりながら、

時間の流れとともに成長しやがて老いて寿命を全うして死んでいく。

自分は不老であって不死ではない、それはわかってる、

でも確実に普通の人達、右手に厄介な物を宿していない人たちはみな、

確実に自分よりもこの世界からいなくなる、自分を置いて。

自分は永遠にこのまま変わる事は出来ないのに、

彼はだんだん、そう3年前に最後に見たあの頃よりも更に端正さを増したように、

だんだんと変わっていってしまう、

そしてやがていつか、何十年と先の事、でも自分にとってはほんの先、

彼は自分を置いて先に逝ってしまう、手の届かない所へ。

それに耐えられる?

1番愛している人がこの世界にはいないのに、

1番愛している人のおかげでこの世界にいたいと思うのに、

その人がいなくなってしまったら自分はどうなる?

それに耐えてその先も生き続けられる保証なんてある?

 

 

 

 

 

 

「葛葉」

 

はっと気付いて顔を上げる。

部屋から出た直後に捕まった、

隣に座って同じように星を見上げている最愛の人は僅かに苦笑した。

 

「え…あ、なあに?」

「いや、ぼーっとしてるからな。どうした?」

「ううん」

 

何でもない、と小さく首を振って僅かに見上げる。

目の前にいるこの人は3年前に見たあの人と同じ人。

でも髪の色も雰囲気も僅かだけれど、

本当に僅かだけれどあの頃とは違う。

 

「………葛葉は、俺の事どう思ってる?」

 

1番聞かれたくなかった言葉。

答えられない質問。

 

「………フリックは?」

 

逆に聞き返す。

 

「俺は葛葉の事がすきだ」

 

3年前と同じ返事が返ってくるのをどこかで期待して、

どこかで拒絶しているのに。

 

「………ありがとう」

 

いつもの返事しか返せない。

返事は決まってるのに、返せない。

返したら引き返せないのを知ってるから。

返さないままでいる事は彼を傷つける事だと理解しながら。

いい加減答えないといけないのに。

 

「葛葉」

 

困ったような声が聞こえて。

それでも彼は何も言わない。

返事をせかすような事もしない。

それが彼の優しさであり残酷なところで。

 

 

でも、と思い直して、

言葉を待ってくれている彼に答えようと口を開きかけて、

ふと遠くから彼の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。

彼と同じ「今」を生きている、

自分のように置いて行かれる事に不安を感じずに、

ただ真っ直ぐに彼に気持ちをぶつける事の出来る女の子の声が。

 

 

僕は何をしようとしてた?

 

 

駄目だよ、同じところにはいられないんだから。

彼には幸せになって貰わなくちゃいけないんだから、

彼は幸せじゃなきゃ駄目なんだから、

僕の事を見てたりしちゃいけないんだから、

僕の事を見てて貰ったりしちゃ駄目なんだから……

 

 

「………呼んでるよ、フリック。行かなきゃ。探してるよ、ニナちゃん」

「葛葉……」

「ね?」

「でも」

 

ほら早く、あなたと同じ時間を共有出来る人の所に行って下さい。

 

「ほら、早く行かないと、待ってるよ?」

「葛葉」

 

あなたと同じ世界にいられないのはもうわかったから。

 

「早く」

「でも」

 

それでも飲み込んでしまったその言葉を聞こうとしてくれる彼が痛くて。

僕は自分自身に嘘をつきました。

 

「フリックの事、だいすきだったよ」

「……今、は……?」

 

それには答えない。

ねえ、泣く前にお願いだから早く行って下さい。

崩れかけててもいい、笑っていられる間に、御願いだから。

 

「フリックさーん!!あ、ここにいたんだ!!」

 

真っ直ぐ彼めがけて腕を伸ばして飛び込んでくる彼女。

 

「ちょ、おい!!危な……って、葛葉!?葛葉?」

 

それを受け止めている間に僅かな風だけを残してその場から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………本とに、すきだったんだよ?」

「うん」

「ずうっと一緒にいられないの、ちゃんとわかってたんだよ?」

「うん」

「でもね、それでも、駄目ってわかってても、一緒にいたかったの」

「うん」

「でもね、置いて逝かれちゃうのは、嫌だったの」

「うん」

「多分ね、一緒にいたいって言ったらね、一生懸命考えてくれると思うの」

「うん」

「でも、だめなの。フリックは、幸せじゃないと、駄目なの。だから同じ時間を生きてる人と一緒にいないと、駄目なの」

「うん」

「僕は、馬鹿かなあ…?」

「ううん」

「弱い人、かなあ?」

「ううん」

「一緒にいて欲しいの。いなくなっちゃったら、嫌なの」

「うん」

 

 

「うん、わかってる」

 

 

転移してきた途端床に座り込んで泣きじゃくっている彼の頭を撫でながら相槌を打つ。

 

 

「僕は葛葉とずっと一緒にいるから」

「僕はこの姿のまま変わらないから」

「葛葉が望む限り側を離れたりしないから」

 

 

だからもう泣かないでよ。

 

 

君と彼が一緒にいる方法はない事はない。

でもそれはたった1つ、君が彼と一緒に死ななくてはならないと言う事。

一緒に時間を止めてしまえば置いて逝かれる事もないから。

でもそれは嫌なんだよ。

 

 

「約束するから、葛葉も僕の事をすきになってよ」

 

 

絶対に離れないから。

君と同じ時間を過ごせるのなら。

 

 

 

どうして一緒にいられないんだろう。

どうしてこんなにすきなのに駄目なんだろう。

それは右手のこれが悪いから?

それとも自分が弱いから?

だから同じ時間を過ごせる人としか一緒にいられないの?

それが例えば相手を傷つける事であったとしても?

ねえ神様、どうして僕達の時計の針はみんなと同じように動いてくれないの?

 

 

 

細い腕が伸ばされてそれに応えるように小さな身体を抱き締めた。

彼と自分の右手に宿る厄介者をこれ以上なく憎むと同時に、

彼と自分に与えられた事を不謹慎にも喜びながら、それでも、

彼と同じく自分に出来ている空白がきちんと埋められる事がない事を、

一緒に泣きたいくらい痛く理解しながら。

 

 

 

ねえ御願い。

わがままだってわかってるけど僕に出来た大きな空白をどうか癒して下さい。

 

 

 

 

 

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