Shut world

 

 

 

 

 

「われ惟う、故にわれあり」

 

 

 

「デカルト?」

ティーカップに口をつけていた彼が僅かに視線を上げた。

「うん、さすがルックだよね」

 

 

世間で指す所の「われ思う、故にわれ在り」。

私は考える、ゆえに私は存在する。

受け入れてきた意見を全て疑い、

そう思惟する自分が確かに存在するという結論の上に出てきた言葉。

 

 

「ルックは、それはほんとだと思う?」

「………まあね。でもわざわざ大昔の言葉を思い返さなくても僕らは存在すると思うけど?」

そうだね、と緑のバンダナの小柄な少年は笑って。

膝の上の分厚い重そうな本を大事そうに抱え直した。

 

 

でもそれは永遠ではありえない。

 

 

「僕は存在する、僕がそう認識して、考える事をやめない限り」

「まあ、そういう事になるだろうね」

 

 

その間は確実に存在しているという証拠がある。

自分自身でそういう自分がいるのだと認識しているのだからその言葉は本当なのだ。

 

 

「でも、死んじゃったらどうなるんだろうね…?」

「何が?」

「考える事が出来なくなったら、僕は『僕』を認識出来なくなるよね?」

「そういう事になるね」

「そうやって『僕』が消えたら世界は存在し続けると思う?」

 

 

 

答えかけて、ふと彼の瞳を覗き込んだ。

泣きそうになってるわけじゃない。

かと言って面白がっているわけでもなくて。

 

 

 

「世間一般論で行けば存在し続けるだろうね、その世界は」

「うん」

 

 

仮に自分が怪我をしたり瀕死の状態で死にそうになっていたって、

世界中のみんながそれを嘆いてくれるわけじゃない。

嘆いてくれるとしたら、それは『僕』を知るごく小数の人間だけ。

そしてそれを1つの世界とするのなら、

 

 

「でも、君を知る人間だけを集めてそれを世界だと仮定したら、僕は止まると思うね」

「止まる?」

「そう、それが消えるかどうかは僕にはわからない。消えるのは、『君を知る人が集まった世界の中の君がいた君が作り出した世界』」

 

 

その人がいなければその人がいた時の世界は消失する。

でもその人がいなくなった時のその人を知る人たちの集まった世界の動きが止まるのは、

 

 

「じゃあもう1つの世界が止まるのは、どうして?」

「存在していたはずの君がいないから」

「動かなくなっちゃうの?」

「さあね。それはその世界にいるその人によるんじゃないの?」

 

 

しばらくその世界は活動を止める。

止まっている間にその人々はいなくなってしまった人によって心に出来た穴を埋めようとする。

ある人はいなくなった人の分まで生きようと決め、

ある人は他に支えとなる物を見つけようと躍起になり、

ある人は仕事に打ち込む事でその悲しみを薄らげようとし、

ある人は……

 

 

「ある人は……」

最後の例えを挙げ掛けて、やめた。

「ルックは、どうする?」

例えば、だよ?と彼は付け加えて。

 

 

その時自分は何て答えたんだった?

 

 

 

 

 

思えば彼は知ってたんだろう。

知ってて聞いてみたのかもしれない。

もしかしたらそれの準備だった?

何故あの時君の変化に気付いてあげられなかったのか今でも悔やんでるよ。

 

 

 

 

 

 

彼が自分で作り出した世界は小さかった。

本当はもっとずっと大きいのに、

彼の性格ならばもっともっと仲のいい知り合いが増えていったのだろうに、

彼は自分からそれを拒否する事で世界を小さくしたから。

 

 

彼の永遠の不在を知るのは、

敵側の猪突猛進的な猛将とその相棒と、

小猿とその親友とこうして若草色のローブを揺らしている彼だけ。

 

彼の悲報を聞いて集まって、

冷たい石碑の前に花束を供えた。

 

 

 

 

 

「……………葛葉から伝言があったんだけど」

 

「まず、『早く僕の事を忘れていっぱい幸せになってね』」

 

 

 

 

赤と白が基調となっている服を着た猛将に、

「だいすきだよ。傷つける事しか出来なくてごめんね」

いつも冷静さを失わないその相棒に、

「いつもお話聞いてくれて嬉しかったよ。おしごと頑張ってね」

生贄とも言える2代目天魁星の小猿へ、

「何があっても、自分の気持ちに嘘をついたりしないでね」

大事な人を守る為に親友から離れた金髪の新しい皇王へ、

「大事なものを見失ったりしないでね。大事だった時間には、3人が必要だよ?」

 

 

「お前のは?」

4人分聞き終えたシードが聞いてきて。

「………さあね」

そう答えて小さく呪文を呟いた。

 

 

 

 

 

 

世界を止めない為にはどうしたらいい?

それにはたった1つしか結論が出てこなかった。

 

 

『………僕の事をみんなの中から、消してくれる…?』

 

 

それでも彼が言葉を残したのは、

やっぱり淋しかったからで。

 

 

『ルックの分も、だよ?』

 

その言葉に忠実に従いかけて、やめた。

 

 

 

「ある人は、その世界の中で生き続けるから」

閉ざされた世界でも構わない。

 

 

「われ想うゆえに汝あり」

 

 

僕が忘れない限り君はずっと存在し続けるから。

 

 

 

 

 

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