Shortage of love
大事にされてるのがわからないわけじゃないし、
自分が子供みたいに駄々をこねてるだけなのもわかってる。
それでも淋しいものは淋しいんだよ?
「………」
重い沈黙。
普段ならば本を読んでいるのだし、
お互いに騒がしいのはすきではないから別段気にはならないはず。
でも今日はいつもとはどこか違って、
向こうで本を読んでいるはずの彼の視線を感じる気がする。
それは、自意識過剰?
確かめてみようとふと顔を上げてみれば、
彼の視線は文字に落とされて、
何事もなかったかのように右手が分厚い本のページをめくる。
それなら気のせいだったのかもしれないと思い直した頃、
またどこか遠慮がちなそれはこちらに向けられて。
全く。
1つ小さく溜息をついて。
彼からは見えないように膝に抱えている本のページに栞を挿み込むと、
代わりに彼がやった事をやり返してみる事にした。
彼が自分に対してやったように、
注がれている視線の有無を確かめようと目を上げるその直前に活字に目を落として。
無言の駆け引きはどこまで続くのか?
しかし意外にも相手は開始早々に白旗を上げ。
次は無条件降伏かと思えばそれもまた違い、
敵の司令塔は機嫌を悪くしたのかこちらに背を向けてしまった。
こうなるとどうにも手のつけようがない。
仕方がないからしばらく様子を見る事にすると、
膝を抱えてすねてしまった彼は僅かに振り返って。
すぐ近くにあるいすの上に載っている柔らかいクッションに手を伸ばして、
こちらが目を離した隙を狙って砲撃開始。
たった1発のそれは簡単によけられ。
右手でそれを簡単に捕らえて見せると、
彼は僅かに頬を膨らませて上目遣いに睨んできているようで。
無言でそれを見つめ返すとついに敗北を認めたらしく。
何かを言いたそうにしているのに気づいて促してみたら。
「………愛が足りない」
これはこれは思わぬお言葉。
先程のクッションの爆弾よりも威力が大きいのではないですか?
「誰の?」
わざわざ聞き返してみると、
呆れたようだがそれでも威力は増した視線が返される。
なるほど?
「………具体的打開策は?」
そう尋ねてみても視線は変わらないまま。
それくらい言わなくても理解しろと?
やれやれ。
また1つ溜息をついて本をすぐ横に置いて。
すっかりすねてしまっている彼に腕を伸ばして閉じ込めてしまおうとすると、
それは御気に召さないのか避けられてしまい。
挙句の果てには視線さえもそらされてしまって。
だったらどうすれば?
「葛葉」
「………」
「葛葉ちゃん」
「………」
「………葛葉」
「そんな義務感で呼んで欲しくないもん」
すっかり御機嫌斜めの様子。
どこで間違ってたんでしょう?
取扱説明書には書いてなかった気がしますよ?
「……義務じゃないよ」
「やだってば」
「本当だから」
有無を言わさず抱き込んでしまうと、
多少抵抗が返ってきたもののしばらくするとおとなしくなり。
相変わらず頬は膨らんでいるままだけれど、
少しはましになって貰えたようで。
「それで?」
「……わかってないんだったらこんなのして貰わなくてもいいもん」
思わぬ所で逆効果。
完全に御機嫌が回復するまでこちらで推測せよとの事ですか?
「もう読んでないよ」
お怒りの原因であろう本は視界の範囲外。
「うん」
「葛葉の事しか見てないよ」
エメラルドグリーンの宝石の中に映るのはただ1人。
「うん」
「1番近くにいると思うけど」
呼吸さえも共有できる距離に。
「うん」
「…………」
何が足りない?
ふと思いついて赤く色付いた唇に顔を近づけると、
「それ、嫌なの」
御機嫌斜めの彼の拗ね気味の声。
主語がないそれの意味を少し考えかけて、
綺麗なその姿を更に知的に彩っていた、
彼にとってのやきもちの原因の1つを外して。
「………どう?」
小さく1つキスを落としたら。
「………足りないもん」
口調は相変わらずだったけれど、
ずっとそっぽを向いたままだった瞳をやっとこちらに向けられた。
「………腫れ上がっても知らないよ」
寧ろそうなるくらいいくらでも注いであげるから。
愛が足りないだなんて拗ねないでよ。
僕の方だってせっかく君の側にいるのに君が足りないんだから。
「いいもん」
「……まあ、それだけじゃすまないけどね」
「え?」
どっちが先に言い出したのかなんてもうどうでもいいね。
だって僕の側にいる君が感じたように、
そんな君の側にいる僕だって同じように、
「………君が足りないからね」
君みたいにストレートには言えないけど僕も淋しかったから。