『もしこのまま僕がいなくなったなら、君は少しでも気に掛けてくれますか?』
「………意味、なかったかなあ…?」
ぼんやりと、陳腐な表現で言えば宝石を散りばめたような星空を眺める。
「無理だったのかな…?」
今日で、彼にサボテンを預けてから半年が経つ。
あの日から今まで、何処かにずっと留まる事はせず、気が向くままに旅をしてきた。
何処かに行きたかったわけじゃない、ただ彼の側から離れて行きたかっただけ。
それは明確な関係性のカテゴリーに分類出来ない彼を嫌いになったわけではなく、
側にいれば恐らく彼が自分に対して持っているものとは逆の感情が溢れ出しそうになってしまうから。
解放戦争の時からの付き合いがある事も、冷たく見えるけれど実は凄く優しい性格だという事もあるのだろう、
断られるのが怖くていつもいきなり彼に会いに行くけれど、断られた事は幸いにもまだ1度もない。
黙って部屋に入れてくれて、紅茶を入れてくれて、その空間にいても何も言わずにいるだけ。
迷惑だと、来るなとはっきり言って貰えたなら。きっと諦めもつくだろうに。会いになど行く事もないだろうのに。
それでも彼は何も言わないから。一方的で、拒絶されるのが怖くて告げられない気持ちだけが膨らみ続ける。
そんな状態に耐えられなくて、はっきり言えば逃げてしまったのだと思う。彼への気持ちから。今の状況から。
世界の何処へ逃げたとて、揺らぐようなものではないのに。消えるものでもないのに。それは1番、自分が知っているのに。
それでも、離れて、距離を置いて、日に日に薄らいでいく記憶のように彼への気持ちも薄らいでくれればいいと思った。
彼がいなければ世界が回って行こうとしない自分も、消えてしまえばいいと思った。
明日で、ちょうど1年。
先程漏らした言葉の通り、彼を忘れる事などついに出来なかった。
淋しくなって、自分から遠ざけたのにすぐにでも帰りたいくらいに彼への気持ちは大きくなるだけ。
でも、明日でやっと帰れる。帰って、預けた物を受け取りに行くという理由で、彼に会える。
今でも目を閉じれば、1年前に別れを告げた時の彼の姿が思い浮かぶ。
きっと優しいから。昔から付き合いがあるから。だから彼はあの預け物を受け取ってくれたに過ぎないのに。
嫌なら断ってくれたら、よかった。あの辛口な切り返しで、すっぱりと拒絶して貰えていたら、よかった。
そうやって受け入れてくれてしまうから、宙ぶらりんな状態に苦しまなくちゃいけないのだから。
それに救われているのも本当の事だから、浅ましくもありがたく思わないわけではないのだけれど。
「心配してくれるかな……」
もし自分が、あの時言った言葉を本当に永遠の離別のものへと変えてしまったなら。
待ってて、なんて言葉はとっくに消えてしまっているに違いないから。
このままずっと帰らずにいたなら。その言葉を思い出して貰えるだろうか?
そこまで考えて、不意に泣きたくなった。
こんなにもこんなにも、彼の事だけを考えて思っているこの時間、彼は自分の事を忘れているかもしれない。
自分でも指摘しておいたからまだ痛くはないけれど、
会いたいのだと想いが駄々をこねている自分とは違って、五月蝿いのがいなくなったとせいせいしているかもしれない。
あの時。あんな預け物などせずに正直に気持ちをぶつけていたなら。
側にいたいのだと、いさせて欲しいのだと訴えていたとしたなら。
言えない気持ちの代わりに預けたあのサボテンの鉢のように、あの綺麗な優しい手は自分の事を包んでくれた?
あの時優しく鉢を扱っていたのは、植物の命が大切だから?
それとも彼が優しい人だから?
それとも………
最後に思い浮かんだ選択肢に、思わず首を横に振る。ありえない、そんな都合のいい事は。
どうしてどうして、こんなにも自分は浅ましい人間なのだろう。そんな図々しい事を考えてしまうほどに。
溜め息をついて顔を上げれば、東の方が明るくなり始めていた。
さあ、帰らなくちゃ。逃げてきた分、苦しさを増すあの居心地がいいけれど泣きたくなるほどに辛い、あの場所へ。
………それでも、会いたいなんて。
→To be continued...
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