Parallel lines
『嫌になるまであなたの側に置いて、……僕の代わりに少しだけ愛して』
「ルックに貰って欲しい物があるんだけど……」
ここ2週間ほど音沙汰のなかった彼がふらりとここに来たのはついさっきの事。
思わず受け取って、突如難解な話題を振る癖があるその少年がその声と共に差し出した物に目を落とす。
片手に十分乗るほどの大きさだが、質量はしっかりとその存在を伝えてくる、小さな鉢植え。
「………これは?」
「サボテンだよ?」
「………そうじゃないよ」
「あげる理由は何か、って事?」
「そう。貰う理由が思い当たらないね。今はイベントの時期じゃないはずだから」
誕生日でもなければ、何かも記念日でもない。言ったようにイベントの日でもなかったはず。
だったら何なのか、と目で問えば、目の前の少年は小さく微笑んだ。
「あげるっていうのはちょっと違うかもしれないんだけど……ルックの所に、僕だと思って置いといて欲しいの」
「つまり?」
「暫く会えないから、ルックに僕の事忘れられないようにしとくの」
珍しい事。あの、いつでも自分に関する記憶を関わった人々みんなから消したいと願う彼には、かなり。
けれど、暫く会えないくらいで彼の事を忘れるわけがないのに。忘れられるはずもないのに。
わざわざあの遠いトランの家から来て、
自分の代わりの物を置いていこうとするくらいだから嫌われたわけではなさそうだけれど。
でもこんな程度で忘れないように、なんて思われるのは、彼に信頼されていない証拠なのかもしれない。
そこまで考えて、随分と落胆している自分に気付く。ああどうして……と。
少し憎らしく感じたけれど、彼はそれに気付かない。
「その子に花が咲くくらいになったら、帰ってくるから」
「……どの程度?」
「それは面倒を見てくれる人にもよるみたいだよ?まだちっちゃいし、1年くらいかかるんじゃないかなあ?」
そんなに長く彼は何処へ行こうと言うのだろう?僕を置いて、このサボテンを押し付けて、一体何処へ。
眉間に皺が寄っていくのが、自分でもわかる。
どう表現したらいいのかわからないけれど、とにかく自分は彼の行動に腹を立てているらしい。
しかし彼はそんな自分の表情をどう解釈したのか、僅かに顔を歪めた。微笑ったままで。
「静かになるから、せいせいするでしょ?……淋しいなんて、思って貰えないの知ってるけど」
だったらその言葉通りに淋しいと言ったなら。彼は何処かへ行こうとするのは止めるのだろうか?
3年前のあの時も自分の言葉など聞く耳も持たなかったのに、それでも望むのはずるいような気がする。
一方的に突き放したような物言いをする彼に、反発したくなる。何故気付いてくれないのか、何故わかってくれないのか。
遠回しながらもちゃんと気持ちを伝えようとしてくれる彼と違って、
不器用な自分は伝える術を知らない。届けさせる力を持っていない。
だから何時までも口に出せないまま、だから決定的な一言を言えないまま、こうして今に至っているだけだと。
……それでもそれを言う事はやはり出来ず、手の中の鉢に視線を戻した。
「………葛葉の代わりに、置いておけばいいんだね」
「え?あ、うん」
「水遣りは?」
「1週間に、1回」
「そう」
彼の代わりだというのなら、直接そう出来ない分大切にしてやろう。
そう思って鉢をそっとテーブルに置こうとしたら彼の視線を感じた。
「何?」
「………駄目って、言われるのかと思って」
「……君が置くように言ったんじゃないか。それとも……」
「え?あ、そうじゃなくて……」
彼は続きを言わないまま黙り込んでしまう。
何時だってそうだ、何か言いたそうにして、正確に表現出来る言葉を持たないのか、あっても言う決心がつかないのか。
けれど、今自分に向けているような表情は、そんな時に見せた事はなかった。
聞いておいた方がいいような気がして、いつものようにじっと待ってみたけれど、言葉が続けられる事はなく。
なんとなく、いつもとは違う気がして逆に聞いてみる事にした。
「何処に行くのさ?」
これを聞くつもりはなかったのに。何だかんだと言いながら彼に会いたくなって、きっと後を追いかけてしまうから。
明確な場所なんて聞かなくても紋章の繋がりで気配だけはわかるけれど、
厄介な自虐癖を持っている彼の事だから安心は出来ない。
何処か必死になっているのがわかる。今聞いておかなければ、と。
けれど暫く黙り込んだ後、彼は小さく微笑んでいた。
「内緒だよ」
いつものように笑って見せて、あしらわれたような気がする。
「帰ってきたら、教えてあげるよ。お礼に何かお土産とか……」
「いらないよ。葛葉がこれを取りに来るだけでいい」
言葉を遮るように言うと、何故か彼の表情が凍りついた。
ただ自分は、彼がちゃんと戻ってきて会いに来てくれればそれでいいと思っただけなのに。
何が足りないのだろう?何がいけないのだろう?
「………そっか。じゃあ、待っててね」
「わかったよ」
そう言って向けられた笑顔は、最初に向けられたものよりずっと暗い。
けれどそれを元に戻してあげられるだけの術を持たず、
代わりに待ってろと言われた約束は守るという意味で頷いた。
君が、そう望むのならと。
「ばいばい、ルック」
もう会うつもりなんてないかのような別れの言葉が気に入らなくて、
それに返事をしたら自分が感じたように本当に会えなくなりそうで返事はしなかった。
ただ、転移魔法の余韻が完全に消えてしまうまで、彼がいた空間をずっと見つめていた。
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