Missing You
「………ユギ?」
「え?」
座っている彼にキスを仕掛けようとしたがさりげなくか無意識か、避けられてしまって。
「………嫌ならしないけど」
「え…あ……ごめん……」
そう謝ってはいても目の前の彼は自分ではないどこかを見ているようだった。
もうすぐ、春が来ようとしていた。
もうすっかり春の陽気になり、雪の降り積もった本拠地の花壇に花が咲き始めて。
花見なんだと普段よりも数倍賑やかになっている事に、ルックは眉を顰める。
居心地が悪い。
静けさを求めて図書館に行ってもあそこにあるものはもうほとんど読んでしまったから。
仕方なく、グレッグミンスターの彼の部屋に行ったけれど彼はいなくて。
夕暮れまで待っても帰って来る気配はなかったから、本を借りていく伝言を紙に残して、城に戻った。
「ええ?ユギさん、またいらっしゃらないんですか?」
桜の咲き始めた頃からずっと、ユギは自宅にいない。
「……すまないね…私も…坊っちゃんがどこに居られるのか…聞いてないから……」
今や彼の最後の家族になったクレオが申し訳なさそうに答えて。
もう、何十回となく繰り返されたこの応対に、また諦めてエンジュ達は帰ろうとしたがルックは立ち止まった。
「……ねえ、本当は聞いてるんだろう?」
その言葉に彼女は酷く驚いた顔になり。
それで振り返りかけたエンジュをフリックが宥めるように宿屋に連れて行くのを視線だけで感謝すると、もう一度彼女に向き直った。
「教えるわけには……いかないんだよ……」
「何で?」
「今は……そっとしておいて差し上げたいから……」
「じゃあ、そっとしとけばユギは帰ってくるわけ?」
彼女は驚きに目を見開いた。
「………でも…」
「……ユギには、側にいてくれる人間が必要なんだよ」
そう答えたルックの瞳は、まるで誰かと同じで。
「……似てるんだね……」
「誰に?」
「………坊っちゃんなら…シークの谷、にいらっしゃるよ……」
俯いた彼女の声は珍しく震えていて。
ルックは一つ溜息をついた。
「……連れてくるから」
そう呟いて、その場から姿を消した。
「………本当に…似てますね…坊っちゃん……」
降り立ったそこは一年中春とは無関係のように冷たい風と雪が吹き荒ぶ。
寒さに眉を顰めて、一度彼の分とともにコートを取りに城に戻ると、先に歩き始めた。
テッドが自分を庇って死んでしまったのはちょうど春になる今頃だった。
ずっと一緒にいてくれると約束してくれた、一番すきだった彼がいなくなって、不安定になって。
春なんて僕には必要ない。
桜の花を見ても、蝶々を見ても、テッドの事を思い出すから。
テッドのいない春なんて必要ない。
そう思って春の間は毎年ここにいて。
三年経ってルックと再会して、彼がテッドと同じ位置に来るほど大切だけど、でも……
テッドと過ごした時間はあまりにも短いようで長くて、何よりも大切だった。だから……
「……ユギ」
他のところとは比にならないほどの雪の酷い所に彼は座っていて。
ルックは腕を伸ばして、背後から抱きしめた。
「……どうして…?」
「……クレオに聞いたんだよ」
ルックの腕の中は暖かくて、そのまま甘えてしまいそうだけど。
悲しげに顔を歪めて、ユギはルックを押し返そうとした。
「ユギ?」
「……離して…」
「どうして?」
「……離して」
先程よりも少し強く逃れようとしたけれど。
「駄目。離さない……あいつは死んでまでもユギを縛りつづけるの?」
その言葉にユギの動きが止まる。
「……縛られてなんて……」
「……縛られてるよ。じゃあユギは、これから先も春の間はずっとここにいるつもり?」
永遠に春の訪れない、ここに。
「それは……」
「誰もあいつのことを忘れろなんて言わない。それだけあいつはユギにとって大事だったんだから。でも……思い続けるのと縛られ続けるのは、違うんだよ…?」
そう、すきでありつづけることは出来ても、彼をこの場に縛りつけておく事なんて、もう叶わないのに。
不意にその事実が胸を締め付ける。
「……っ…」
どこに行っても、どう逃げてももうテッドはいない。
ここにさえも。
「……すきでいてやりなよ…側にだったら…ずっといてあげるからさ」
―――俺、ずっとお前の側にいるよ!約束したもんな?なあ、ユギ?
「ユギさん、御花見行きませんか?」
その言葉に連れられて来た、テッドと昔来た一番桜が綺麗な場所。
でも、多分もう、大丈夫。
「……綺麗だね…」
繋がれた指先に、泣くのをこらえて加えられた力を受け止めてくれる人がいるから。
―――また来年、ここに見に来ような!
「……遅くなったけど、ちゃんと来たよ…」
小さく呟いたユギの声に答えるように風が吹いて。
雪のように舞う花びらを、いつまでも見つめていた。
○あとがき?
これは本来テッド坊でリク頂いたはずなんだけどなあ……どこからルク坊に…元からか?