Blurry Eyes
統一戦争が終わって数ヶ月。
自分の役目は終わったとばかりに師の所に戻ったルックに、嫌な知らせが届いた。
「……いなくなった?」
「そうなんだよ!詳しい事はまだわかんないんだけど、クレオさんからいなくなったって………」
わざわざここまで知らせに来た、彼に物凄く懐いていたエンジュは半泣きで。
付き添ってきたジョウイが、震えている彼を落ち着かせるように抱き寄せた。
「………とにかく、話を聞きに行かないとね」
どこに行ってしまったんだろう?
「で?」
転移魔法ですぐに彼の家に向かって。
酷く憔悴したようなクレオが、出迎えてくれた。
「………坊ちゃんがいなくなられたのは二ヶ月前。出かける前に、ちょっと行く所があるけどすぐ帰ってくるから、っておっしゃったきりで……」
ところが一ヶ月経っても彼は帰ってこなかった。
グレッグミンスターを出るには厳しい見張りがいる門を通らねばならない。
彼女は彼の行方を捜した。
何かあったのかもしれない。
しかし行き先を聞いていない。
わかるのは、バナーへ向かったのではなく三年前に使ったっきりのあの門から出かけたと言う事だけ。
連絡のつく散りぢりになったかつての仲間達に聞いてもみたが、
誰一人として彼を見かけた者はいなかった。
「……船は?」
「いや…港にいる船頭皆にあたったけど……」
「関所は?」
「……関所をお通りになられてはいないんだよ」
「街には?」
「全員に聞いた。でも……」
「………紋章は?」
「流水の紋章と、烈火の紋章だった」
ということは彼は紋章を使って移動をしたわけでもなく、どこかに立ち寄ったわけでもない。
英雄が消えて一月半後、大統領は共和国中を兵に捜させた。
が、彼は見つからなかった。
「……とりあえずもう一回捜してみようかと……」
「僕達も捜します!」
エンジュ達もそう言い出して。
「……僕も捜すよ…一月後に、ここで」
消えてしまった彼を捜すために、ルックは旅に出た。
思えば最後に会ったのはルルノイエに乗り込んだ最終決戦。
それから会わなかったのは、彼がいつでも家にいると思ったから?
いつでも会えると思っていたから?
いや、違う。
彼が自分の気持ちを受け入れてくれたから、安心していた。
彼がいなくなるなんて考えなかったから?
だから彼は消えてしまった?
まるで煙のように?
彼が消えて一年が経った。
クレオ達とは一月毎に会っているけど誰も彼の足跡すら見つけられないまま。
もう捜してない所はないのではないかと思えるほど、たくさんの場所を探してきたのに。
この所同じ夢ばかり見る。
決まって彼は泣いていて。
その彼を抱き締めようと手を伸ばすと、彼の姿はたちまち掻き消えてしまう。
休憩のために座った頭上で、木の葉が風に吹かれて音をたてる。
「………」
名前を呼ぼうとして、飲み込む。
返事が返ってこないから。
解放戦争の時も、いつだって儚くて。
彼の近しい人がいなくなるたびに、自分は彼の側にいた。
――――そうしないとどこかに消えてしまいそうだったから………
一度、何故自分と一緒にいるのかと彼が聞いて来てそう答えた時、
彼は困ったように笑って……何て彼は答えたんだった?
「……葛葉……」
「……なあに?」
返事が返ってきた?
驚いて顔を上げると、
あの頃と変わらないままの儚いが綺麗な輝きを持つ瞳の少年。
驚いて何も言えないでいると彼は首を傾げた。
「どうしたの、ルック?」
自分の名を呼ぶ声を久しぶりに聞く。
今すぐにでも抱き締めたいけれど……
手を伸ばしたら消えてしまう?
抱き締めようとした途端、掻き消えてしまう夢。
尚も無言のルックに、葛葉は微笑んだ。
「どうしたの?」
「……葛葉」
名前を呼んだけど小さい呟きにしかならなくて。
聞こえなかったらしい葛葉は、ルックの側にしゃがみ込んだ。
「ルック?どうし………」
座り込んだ葛葉の腕を引き寄せたらルックの腕の中に飛び込む形になって。
「なあに…?」
不思議そうな葛葉の声も無視して抱き締める。
「葛葉………」
幻じゃない。
抱き締めてもここにいる。
「どうしたの?」
どうしたの?じゃないよ。
葛葉がいなくなってみんながどれだけ……
どれだけ僕が捜したかわかってる?
どれだけ心配したかわかってる?
「ルック?」
無言で抱き締めたままの彼の名前を不思議そうに呼ぶ。
その声が本当に懐かしくて、
名前を呼んで欲しかった。
「もう一回呼んで…?」
「?ルック」
「もう一回」
「ルック」
「もう一回……」
「ルック……何回呼んだらいいの?」
さすがに困ったような顔で笑って。
「……何回でも…って言ったら?」
「……いいよ?」
その言葉に、何も言わず抱き締めている腕に力を込めて。
「………消えたかと思った」
「ルック、前も同じ亊言ってたね」
覚えてるとは思わなかった。
驚いているルックを見て小さく微笑んで。
「………あの時言ったよね。いなくなっても、ちゃんと帰ってくるから、って」
そう。
記憶の奥に沈んでいた言葉は、それ。
『……本当?』
『ほんとだよ』
『もし、葛葉がいなくなって僕もいなくなったら?ここに帰って来ても僕には会えない。僕の所に帰ってくるわけじゃないんだから』
その言葉に困った顔で考え始めて。
『………葛葉がいなくなって、僕が君を捜してどこにいても必ずここに戻ってくるって約束してよ』
何処か必死だった自分に、葛葉は苦笑して頷いた。
「……約束…守ってくれてありがとう……」
そう呟いて、もう一度強く抱き締める。
もうなくさないから。
手放したりなんてしないから。
だから例えどこに行ってもここに戻って来てよ。
何があっても探し出すから。
だからここにいてよ。
僕の所に。
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