Alter
君はきっと知らないだろうね。
君といるようになった事で僕が変わった事を。
それは僕にとっては大きな変化だけれど、
君には伝わらない些細なものかもしれない。
「ルック」
「……何か用?」
「あのさ、鍛錬かねてバナーの……」
「行かないよ」
言葉を遮って返された返事に驚く。
いつもと同じ冷たい口調だったけれど、
その返事は以前のような「嫌」という即答ではない。
「どうしても?」
「……また今度じゃだめなわけ?」
こんな譲歩した返答だって返って来なかったのに。
「そっか…じゃあ、今度都合のいい時にね」
「………じゃあね」
驚きながらも用件は済んだので赤色の軍主はどこかへと姿を消して。
そのやり取りを見ていたフリックが声をかけた。
「よう」
「……何か用?」
「いや…すぐそこにいたから話してるのが聞こえてさ」
「それで?」
「最近、前よりもお前、丸くなったんじゃないのか?」
「……さあね」
そう答えると、少し離れた所で軍主が4人仲間を引き連れてフリックを呼んでいて。
「そうか?俺はそう思うけどな。じゃあな」
慌てて走っていったフリックが合流して、
しばらくして発動された転移魔法の余韻が消えると玄関は一気に静かな空間に戻った。
1人その空間に残された彼も、
同じように転移魔法を唱えるとそこから姿を消した。
「葛葉」
「うん?あ、ルック」
2度目の転移魔法の先は彼の部屋。
自室に戻って取って来た、
彼が食べたいと言っていたお手製のクッキーの袋を差し出した。
「これでいいわけ?」
とたんに彼は嬉しそうな顔になって、
「うん、ありがとう。お茶淹れてくるね?」
慌しく部屋を出て行ってしまって。
とりあえず定位置になっている椅子に座った。
フリックの言葉に否定はしたけれど、
自分自身でも少しそうなってきたのではないかと思う時がある。
それは、彼といる時。
彼が言葉に出来ないくらい大事で仕方がなくて、
周りのものが浄化されたように思える。
彼がいるから多少の事は許せるくらいに許容範囲が大きくなって、
彼が笑ってくれるから幸せを感じる。
以前の自分ならそういう風に思える事なんて、なかったのに。
階段を上ってくる音が聞こえてきたから、
トレーを持っているせいで両手がふさがっている彼のためにドアを開けて。
まだ廊下の途中にいた彼は驚いた顔をしていたけれど、
「ありがとう」ってまた笑ってくれた。
それがまた嬉しいのを、彼は知らない。
「もうカップに淹れてきちゃったから飲めるよ」
「そう。ありがとう」
「うん。あ、クッキー、貰ってもいい?」
「君のために焼いてきたから」
「ありがとう」
人に喜んで貰えるように、
喜んでる顔が見たいがために、
誰かにこうして自分から何かをした事なんてなかったのにね。
「すごくおいしい。どうもありがとう」
それはやっぱり喜んでくれるのが君だからかな。
そうじゃなければ僕だって幸せになんてなれないんだから。
「そう」
君がいてくれるだけでこんなにも僕の世界は変わってしまうんだね。
「また作ってって言っても、怒らない?」
「怒らないよ」
その答えにまた彼は嬉しそうに笑ってくれたから、
それにつられて彼がすきだと言ってくれた微笑みを僅かに向けた。
きっと君は知らないだろうね。
君と一緒にいるようになった事で、
こんなにも僕の世界は変わったんだという事を。
それは君には気づいて貰えないかもしれないけれど、
それだけ僕が君の事を大事に思っている決定的な証拠なのかもしれないね。