『PANIC in the morning』
暑い日ざしの下、公園のベンチに座った手塚は不機嫌そうに駆け寄ってくる少年に言った。
「遅かったな」
駆けて来た少年――不二は何時もの様に微笑み、手塚にアイスを差し出した。
「……なんだ?」
「待たせちゃったお詫び。暑かったでしょ?」
不二の差し出したアイスはご丁寧にも二段重ねでそれぞれ違う味のアイスが乗せられていた。
「早く食べないと溶けちゃうよ」
先手を取って不二が言った。仕方無く手塚はアイスを受け取り口に運ぶ。
「美味しい?」
隣に腰掛けながら不二が尋ねた。
「…ああ」
それだけ言葉を交わすと二人は黙々とアイスを食べた。
「………不二。訊きたい事がある…」
大方アイスを食べ終わった手塚は不二の方を向いた。不二は手塚の顔を見るなり楽しそうに笑い出した。
「…どうした?不二……」
「手塚、顔」
そう言われ、手塚は自分の顔を探った。しかし特に変わった所は無いように感じた。
「違うよ、此処」
そう言うと不二は手塚の右頬をぺろりと舐めた。
「…………?!」
「クリームが付いてたんだよ」
にっこり。
「そういえば、僕に訊きたい事があるって言ってたね」
何事も無かったかのように話を戻す。
絶句していた手塚は慌てて問うた。
「此処は何処なんだ?」
不思議なことに手塚は自分が今、何処に居るのか把握していなかった。
見たことも無い風景。
ただ気付いた時には既に此処に居た。
「……此処が何処かって?……此処は賽の河原公園だよ」
事も無げに言う不二。
暫し考えた手塚は一つの答えを導き出した。
賽の河原。
それは三途の川の前に在ると言われる川原の事。
「?! ……お、俺は死んだのか?!」
慌てて不二に詰め寄る手塚。しかし不二はにこやかに微笑むばかり。
「君ってば朝練中に倒れるんだもん。びっくりしたよ」
「……生きているのか?俺は……」
恐る恐る尋ねる手塚に不二は勿論だと頷いた。
「でも、そろそろ戻らないと危ないかもね」
そう独りごち、不二は懐からハリセンを取り出した。
「現世で会おうね」
バシィィィィィィィィィィっ!!
「……………手塚! しっかりしろ!!」
手塚は大石の声で目が覚めた。
「………ゆで卵……じゃ…ない。…大石?」
そこに居並ぶのは大石を始めとする青学の面々。
「急に倒れるからびっくりしたよ」
爽やかに額の汗を拭う大石。
「ああ、すまなかったな」
謝罪し辺りを見渡すと、自分を見詰める不二と目が合った。
「不二…………」
自分が見たものは夢か現か…手塚がそれを問い掛けようとした時………
『あの世でデートなんてそうそう出来無いいね』
唇だけを動かし不二が言った。
それを見て、否その言葉を聞いて手塚は全てを悟った。
自分が見たものは全て現実でそれが不二に仕組まれたものであったという事に。
そしてそれは普段あまり構ってくれない手塚への不満の捌け口と云う悪意に満ちた愛情表現となったのだ。
―――その日の部活が終わった後、手塚と不二が二人仲良く帰宅したという事は言うまでも無い。
―――――――構ってくれない君が悪いんだよ――――――
終劇。
○楓嬢にキリ番を踏んでしまったリクエストで書いて頂いたお話。
相変わらず描写が綺麗だね。
不二くんはあまりやきもちなどを表に出さないような感じがあるから、
あそこまで執着して貰える手塚くんが羨ましいよ。
僕も言われなければわからないという鈍い人間だから、
周りを見ているようで見ていないという事でいろいろ自己反省もしたりね。
本当にどうもありがとう、楓ちゃん。