Baroque
distortion
両親の愛を知らない子供がいた。
慈悲に満ちた愛を得る事が出来ず、与えられたのは身を焼き焦がすだけの憎しみ。
愛されなかった子供は歪んだ形でしか人を愛する事が出来なかった。
「ねえ、やめて」
何処からかここの場所を嗅ぎつけて、うるさく抗議の声を上げ続ける女がいた。
「そんな事したって本当の
じゃない」
彼の手が光を散りばめた金糸の髪を掬って梳く。
指の隙間からぱらりと落ちていく感触を楽しみながら。
「虚しいだけよ、彼女が可哀想だわ…解放してあげてよ」
濁りの無い海を思わせる青い瞳は瞬きもせず彼を映し込んで。
壊れてしまわないように、彼は優しく抱きすくめる。
「貴方、狂ってるわ―――」
彼に微々たる程でも反応を返してもらえるような、
彼の心を何としても揺さぶるような言葉を口にしたかった思いからの言葉なのか。
しかし、それが魂を狩り取られてしまう結果になった。
「君に何がわかる?」
両断されてしまった胴体は肉塊と化して。
そこはさながらスプラッタ映画のワンシーン。
「君は真っ直ぐに惜しみなく愛を注がれているんだろう?
両親に甘やかされ放題で、大切に扱われて、砂糖菓子を毎日与えられて。
ぬくぬくとした環境で育ってきた御嬢様には転んだって理解出来やしない」
まともに愛された事がないから、まともな愛仕方なんてわからない。
「可哀想なんて、君が決める事じゃないだろう?」
そんな事をする必要なんてないのだけれど。
「つまらない偽善で干渉しないでくれるかな」
原型を僅かに留めた頭を踏み潰す。
「吐き気がするよ」
普段の冷たい紅玉の瞳は、激昂して紫紅色を帯びていた。
生み出され続ける憎悪を含んだ声を足元の彼女に投げつけて。
「、君はあの頃のまま僕をずっと愛してくれるだろう」
愛しすぎてのめり込みすぎて。
歪曲した愛情が見て取れる形となって、彼女にそれは向けられた。
自分以外の誰も見ないように、
自分以外の誰も愛さないように、
彼女の心を修復など適わないように追い詰めて壊して。
純粋無垢な彼女の表情が絶望に染まり粉々に砕け散ったのを確かめてから、
生命活動の中心を担う律動を刻むそれを貫いた。
それから何の損傷も無いように傷を塞いで、
彼女を煩わしい摂理の理から解放された存在に仕立て上げた。
その心は取り払われる事のない闇に覆われて。
足掻き苦しむ中でたった一人の事だけを考えていられるように、
解ける事のない魔法をかけた。
これで君の世界には僕だけが存在出来る。
「君は僕だけを見て、僕だけの傍にいればいいんだよ」
彼女の膝の上に顔を伏せた。
虚ろげで光の出入りを拒む目を、閉じて。
歪んでいると言われようと、
狂っていると言われようと、
僕はこういう愛仕方しかわからないのです。
歪んで生まれた子供は歪んだ愛しか知らないのだから。