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花天花心
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規則正しい、刃物がすり合う音。

パチリ、パチリ―…

ぱさりと乾いた音が小さく何回か鳴った。

木靴が床を叩く音は広い廊下に響く。音源は3つ。どれも消されることなく劉備の
耳に届く。

「孔明、どうして、お花を切っちゃうのさ」

怒りは頬を膨らますほどはなかったが、形だけ行う。孔明を軽く睨めば、何かに
取り付かれたように自失した瞳が劉備の方を向く。
瞳の色、髪の色、肌の色どれも薄い色素の男は、常に儚く見える。足元に散らば
った白い花が献花のようだ。

「劉備様…」

女のような線の細さも、長身と声がそれを裏切る。
呟くように出した声は、孔明にとっては失態ととれるだろう。
劉備は気にはしなかったが、孔明の状態が気になった。
蜀の地から来てから、孔明の様子がおかしいように思える。
長くいた朋友でも家臣でもないが、それでも徐々にその変化が現れるのは
元々の孔明を知りつつあるのか、変わっているのか劉備は
見極めたかった。自分が興味を持ち、気に入っている者である。
体調が悪いなら、治してあげたい。しかし、そうではないのは
劉備にもわかる。

「どうして、お花を切るの?白いお花は嫌い??」

「いいえ……」

花を切り落とす理由を聞きたくなかったわけではなかった。
だが、劉備は黙った孔明に先を促さなかった。孔明は、常に微笑みを絶やさない
。それが今は少しだけ崩れている気がする。
それを見た劉備は、心がざわついた。



「今頃、関羽が六駿をやっつけてる頃だろうね」


「関羽殿のご武勇だけで呉の者などすくんでしまうでしょう」

あまり突付くのは危ないと思い、話を変える。
ここ毎日しているやり取りだ。問題はないだろう。
すらりと返ってきた言葉に迷う。いつもの孔明に戻っている。

心を隠すために笑っているのだろうか。
ならば、笑みが強くなればなるほどそうなのだろうか―…
弱々しく笑み、それ以上に無表情の時の方が孔明は弱っているのか劉備には判断
つかなかった。

ただわかるのは、劉備の近くに孔明はいないということだ。その腕を取って、体
を引き寄せ物理的にゼロの距離になったとしても、孔明が劉備の隣にいる気はし
ない。義兄弟と孔明とでは、その距離をどうしても実感してしまうのだ。

「関羽は強いもの。張飛も行ったし―…
ねぇ、孔明、その切ったお花、池に浮か
べてくるよ」


パチリ―…とまた孔明が花を落とした。
形崩さず、花びらをつけているのに、あとは枯れるだけだ。

散らばる花を一つ二つ拾いあげていると、孔明も拾い始める。

「お供しましょう…」

「うんっ」


途中で籠を守衛に持ってこさせ、花を入れ、くるくると回りながら城内を歩く。
何処も花が飾られている。
芳しい香りが、城内に溢れ、美しい色が視界に飛び込む。目も鼻も楽しめる。心
は安らぐ。素晴らしい夢の具現化。

「ここは皆の理想郷になるんだ。こんなに花が僕を慰めてくれる。みんなもきっ
と、花に囲まれて幸せだよ」

「そうなりましょう」

十歩ほど遅れて、つつましやかに付いてくる孔明を、くるりと体を半転して追い
つくまで待った。

「孔明も幸せになれるよ」

「私は今も充分、劉備様より恩恵をいただき幸せでございます」

「そう?」

唇を吊り上げて笑うも、孔明の笑みを誘うことは出来ない。
言葉を受け取っても、どこか虚しい。
だけど、それも国中、花に溢れれば、孔明の憂いも晴れて、幸せになり、心から笑
えるだろう。

「孔明の幸せって何なの?僕と一緒??」

「劉備様の願いは、私の願い。どうして、成就を喜ばないはずがありましょう」

「そっか。なら、一日も早く花増やして、孔明、お前も幸せになるようにしなくちゃね」

「えぇ―…」

孔明が追いついた。劉備はまた歩き出した。またすぐに差が表れる。

追いつかない孔明。先を行く劉備。

「ねぇ、孔明」

「何でしょう」

何か言おうとして止めた。それが、雰囲気で孔明にも伝わっただろう。
言いたいことは、胸にしまった。
今、関羽、張飛はいない。
それが寂しかった。だから、一人になりたくなかった。
これを言ったら、孔明はどんな顔をするだろう。
張飛が行くときに、少し突付いた。いつもより、何だか揺れていた気がする。

今、もっと、それを突付いたら────・・・?

(陸遜は、孔明にとってただの弟子なの?
 僕と関羽と張飛のような仲じゃないの?
 僕は、二人が大事。孔明も大事。孔明は、陸遜のこと大事じゃないの?)
 
最終的には、陸遜と自分とを比べて、孔明にそれを言わせてしまうだろう。
きっと、孔明は自分だと言う自信がある。
けれど、言うだけだ。
その虚しさをわざわざ呼び寄せることはない。
今でさえ、わかっていることだから虚しく寂しいのに。

中庭の池に近づく。蓮の葉が浮かび、鯉が泳いでいる。蓮はまだ花を付けていな
いのが残念で仕方ない。

劉備は、籠の中身を池に振り撒いた。口を開けて、鯉は花を待った。口に咥える
ものの食べられないとわかって、鯉はまた水面から底へと泳いでいった。


「馬鹿だね鯉は。お花は食べものじゃないよ」

「愛でる心を持っていないからでしょう」

「可哀想だね、こんなに綺麗なのに何も思わないなんて」




まだ水を入れたばかりなために池の底の砂利がよく見える。赤い鯉達が池を泳ぎ
、水面に緑の蓮の葉が浮かび、さらに白い百合が浮かんだ。
水面が日が照り返す。その様子に劉備は満足していた。
どこも、蜀の地はこの池にように綺麗になればいいのだ。
そうすればみんな、自然に笑顔を浮かべるようになる。

流れのない池に浮かぶ花は、鯉が近くを通るか風が吹かないかぎり動くことはな
い。


「孔明、お前は持ってるんだよね」

「何をでしょう?」


鯉をじっと見つめて、孔明に問いかける。


「鯉と一緒じゃないよね」

「…―はい」


後ろは振り返らなかったが、水面に孔明の姿は映っていた。
冷然と笑っていた。
劉備は、篭に一つ残っていた花で虚像を消した。

(花で、幸せになれるよね────?)











池に浮かべた花は翌日には萎れ、その翌日には微かな腐臭を漂わせていた。沈ん
だものも汚く見えた。

孔明はじっとそれを見つめた。手に持ったみずみずしい可憐な白い花を池に落と
した。

「この花も―…」

変わらぬ運命を辿るのだろう。哀れだとは思わなかった。

いつかの思い出は、孔明の心を傷つけてばかりいる。

やっと笑み始めた小さな子が駆けて渡してくれた小さな黄色い花を今もまだ心に
描れ、飾られている。

あの子のどんな顔も見ただろう。
けれど、別れの時の顔と言葉は、知って気持ちの良いものではなかった。

あの子の心が自分で占められるのを望んだはずが、何故、ここにきてそれを悔い
るのだろう。


「願えるならば―…願っていただろう」


あの時間が永遠に流れることを―…

しかし、よどめばよどむほど腐るものだ。この花のように。

否応がなく風に吹かれ、動くものの自身から腐っていくのだから、不変はどこに
もない。


「陸遜―…」


変わり始め、もう後を戻れないのならば、いっそ、最後まで……

朽ちてしまえばいい。

「お前は、私の願いです」


朽ちるものの中、一つだけ、それに抗うもの。


「私の代わりに、願いなさい」


自分が願えないもの全てを―…



fin.
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あとがき
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また陸遜出てないし…
劉孔のようで、やっぱり孔→陸ですよ。

タイトルは造語です。
空いっぱいに見える花と、移ろいやすい心です。

まだ孔明様のことがわからないので、何とも書けないのですが、自分は、鋼鉄は
、孔明様の壮大な倦怠期防止策だと思ってるので、最後まで孔陸は崩れないと思
ってます(はいはい)

ちょっと行間に、もっと詰め込みたいのですが、劉備視点で書いちゃったので失
敗しました。思慮深い子じゃないと行間の心中複雑にかけねぇ!!

精進します。





































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