星が哭いた。
一点の星が赤々と燃え、周りの星々が地へと落ちていった。
運が悪いとしか言いようがなかった。
群生した木々に身を潜めていた二人の横を、馬の足音が駆けていった。
その後に続く、地響きを聞いた。
孔明は顔を強張らせ、状況を理解するとともに、
回避方法を幾つか考える。
賊達は、邑が燃える様子を肴に軽い宴会が出来るような
場所を探していたのだ。強奪品を馬の横にくくりつけて
その成果を見せ付けるようにしているのを、孔明は目を伏して
自分の中に湧いた感情が消えるのを待った。
(やはり、間違いだったのでしょうか)
孔明が、後悔をし始めた所で、腕が震えた。いつの間にか自分の腕ではないものを強く握り絞めていた。
「陸遜・・・」
いつものような余裕が失われていることに、ようやく自分自身も気付いた。陸遜の小さな背を抱き締めていた孔明は、皺の寄った衣服を丁寧に伸ばした。
すみませんと呟くも、陸遜は、小さく震えるばかりだった。
怯えているのだと、背中を撫で、肩口に顔を埋める。胸が頻りに痛むのを孔明は黙って、陸遜が落ち着くまで待つ。
(やはり間違いだった。自分だけならまだしも、この子に怖い思いをさせてしまった)
孔明の周りには、自然と人が集まる。しかし、孔明はそれとなく、人との繋がりを決して深くすることはなかった。いつでも切れてしまいそうで、それでいて相手からは、その繋がりを切られないような絶妙な関係を保っていた。ひとどころに落ち着いていたたのは、兄らと過ごした遠い昔だけだ。
連れがいるということを、つい忘れがちになる。ただでさえ、連れは幼く小さく弱い存在なために、倍は気を使ってやらなければいけないはずだった。
胸中で謝罪ばかりを繰り返していた孔明は、陸遜の様子に気付くのに遅れた。
震えていたのは陸遜自身だけではないことに。
「うっ・・・!!」
陸遜が小さく呻く。
「陸遜、どうしたのですか・・・?」
驚愕に尻すぼまりになる。小さな背だけが視界を埋めていたのに、陸遜から淡い光が漏れ始め、視界を覆う。
陸遜が抱える紅の剣がカタカタと震えていた。柄に嵌め込まれた炎烈鎧から、光が溢れ、次第に強くなる。
えもいわれぬ感情が、恐怖が湧くより前に孔明を支配し、腕を伸ばさせる。
小さな体は金色の湯気に包まれるように蹲っていた。蹲る陸遜が、顔をあげ、ようやっと身のうちに暴れていた感情を孔明に教えた。
怒りが、そして悲しみが、小さな体の端々までに行き渡っていた。
纏う金が反射して、陸遜の瞳を金色に染め上げている。それは気高く燃えたぎる炎のようにも見えた。
瞳に魅入られながらも、その状態が危険だと、直感的に悟った孔明は、せめてもと思い、紅閃に手を伸ばす。
しかし、ゆらりと立ち上がった陸遜はしっかりと紅閃を抱え、背を向け走り出す。
途中で、鞘が投げ出されるのを呆然と、孔明は見ていた。
「この子が…?」
陸遜の思いに呼応して、金色の気が赤に変わり、体を覆う。
その気が膨れ上がり、龍のように形づくり賊達へと襲いかかる。
怒号が続く中に、赤い気が崩れたその一瞬で、炎があがり、賊を飲み込み一人たりとも逃さず焼き殺す。
業火が叫びと命を貪り尽くした。
「陸遜っ!!」
陸遜の背から覆うように抱き込んだ。孔明の思いが通じたのか赤い気は収まり、すぐに瞳も元に戻った。
「こ…め…さま」
小さく声を出した陸遜は、そのまま目をつむり意識を手放した。
煤と泥のついた幼い顔を驚愕しながら、見つめ抱えていた小さな体を強く抱きしめた。
その力はあまりにも、圧倒的で言葉に表すことが出来ない。思考を根こそぎ奪われた孔明は、ただ震えていた。何に体が震えるのかと、ゆっくりと追えば、恐怖ではなく驚喜だとわかる。震えが止まるのは遅く、火の熱さを近くに感じるまで孔明も放心していた。
それから、陸遜は一週間目覚めなかった。野宿から、ちゃんとした宿に移ったも
のの一向に起きる気配はなく、死んでしまったのではないかと孔明は何度も息を確認した。
一週間過ぎた朝のことだった。陸遜は目を覚ました。
しかし、目覚めた陸遜は何も覚えていなかった。
一週間前のことも、孔明のこと、自分の名前さえも。
「貴方の名は、陸遜伯言。私は諸葛孔明…
滅ぼされた陸家の者のあなたを連れ、身を隠しながら旅をしていました」
「りくそん…りくけ?」
「そうです。一週間前のことは、本当に何も覚えてないのですか?」
陸遜は寝台に腰掛け、不安で瞳を揺らしながらうなづいた。
「何もわからないのです。思い出そうとしてるのに…」
頭を抱えうつ向いた陸遜を優しく撫で、ゆっくり思い出せばいいと慰める。
何故このタイミングで記憶をなくしたのか、孔明は事実を知ってからずっと考え
ていた。
陸遜の爆発的に膨れあがった怒りの感情に、炎烈鎧は反応したのだろうか。
こんな小さな身が、天平を揺るがす力を扱えるとしたら、その身にかかる負担は
測りようがない。只でさえ、玉璽は、その巨大過ぎる力と代償に、陸家に隠され
守られてきたものだ。
玉璽が、陸遜の記憶を奪ったのだとしたら?得体の知れない玉璽にそこまでの力があるのかはわからないが、体に負担がかからなくなるまで力を記憶と共に封印したのではないか?
一週間も目を覚まさないほどに、精神的な疲労があった。もう一度使っていれば、一生、ということもありえたかもしれないのだ。
一からリセットされてしまった陸遜は、以前より明るく見えた。
記憶を失った不安で落ち込んではいるが、今の陸遜が元々の性格のように思える。
陸家の記憶がないと知った孔明の思い違いかもしれない。前の陸遜を知っているわけではないのだから。
それでも、そう感じとったのは――…
二人の距離が短くなったからかもしれない。
それからという陸遜は、孔明に以前より付いて回ったし、遠慮がちにだが話しかけてくるようになった。
以前ならば、孔明が、振り返り姿を確認し、声をかけなけば口をひらかなかった。
「孔明様、これは何という花なんでしょう」
「それは芍薬ですね」
小走りに駆けてきた陸遜が、淡い桃色の花を見せながら、孔明に尋ねた。
消えた記憶な自分に関することだけだったらしい。
「シャクヤク…私が知ってるのと違います」
「芍薬は、種類が多いのです…これも陸遜が見たものも芍薬なのです」
小さな花弁が、菊のように集まった花を陸遜から抜き取ると頭を撫でる。
5寸ほどで切られてしまった花は、この後どうするつもりだったのだろうか。
只でさえ儚い命は、あと数日花をつけていられるかわからない。
「ごめんなさいっ、孔明様」
花を見ていた孔明は、はっとして声の方向を見る。
陸遜が、泣きそうになりながら落ち込んでいた。
「何故謝るのです?」
「孔明様が悲しそうな顔をしているから…」
「優しい子…私の気持ちがわかるなら、花の気持ちもわかるでしょう」
「花の?」
大きな目を見張り、まじまじと孔明の手の内にある薄桃色の花を見つめる。
「花が話すのですか?」
「そうではありません。けれど、花とて生あるもの…
この花は、手折られれば、それまでの命です。だから、私も悲しく思ったのです」
「花も…」
おずおずと手を伸ばしてくる陸遜に、花を手渡してやれば、花の部分をそっと撫でて陸遜は花に向かって謝る。
「ごめんなさい」
「花をどうしても手折りたい時は、朝方に、そして花より十分に茎を長くして切りなさい。その方が、長く咲いていられます」
「はい、孔明様」
花に律義に謝る陸遜を微笑ましい気持ちで見つめ、やはり変わったと感じる。
優しい性格は変わらずじまいだが、笑うようになった。
明るい様子を見ていると負い目が消えたように思える。しかし、それは間違いだ。
陸家を滅ぼした事実は変わらない。
「孔明様…?」
子供の瞳は相変わらず、孔明の心を射抜く。無垢な心根が、孔明を見抜く。
「戻りましょう」
「はいっ」
元気良く返事をする陸遜は、孔明の後を付いてくる。
手元の芍薬が動きに合わせて揺れる。
「陸遜、お前が貫きたい義があるならば、力をつけなさい」
記憶をなくす前の陸遜にも一度同じことを言った。
誰よりも、見極めることが出来る者に、もう一度。
「…はい……」
陸遜は、いきなり言われたことに戸惑い、それでも頷く。
(今はわからなくとも、きっと――…)
記憶をなくしても、消えない感情があるだろう。
消えない思いがあるだろう―…
陸遜の片手を取り、引いて歩く。器にするには幼すぎる。小さな、小さな体。
いつか、時が満ちたその時に、道が拓けるように、その道を突き進めるように。
「私も力を貸しましょう…」
何より、自分の願いのために―…
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fin.
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えー・・・・無理やり終わらせてみた。
このまま放置は可哀相だったので・・・・
ドラマCDと小説の明るさの違いを一回リセットさせて
みました!(無茶すぎる
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