STORY_7

廊下を抜けた先はワンホールの部屋で、三階の高さを持つ一部屋だった。階段があり最深部まで繋がっていて、階段の合間合間に扉や、まるで棚のように配置されたフロアがある。ちょっとしたデザイナーズハウスといった感じだが、冬場は寒そうだと風春は思った。
最深部を見下ろすと、下は店になっているらしい。あの通りへ通じる大きな扉があった。木戸で、形状から考えるに恐らく引き戸だろう。厚くて重そうな造りである。
「下は店舗。二段目が在庫置き場になってる。」
「雑貨屋だっけか?」
「ああ、母親から貰ったもんだ。人形の仕事が入ると閉めてるけど。」
階段で半分下がった所の、一つ目のドアを開きながらワルトバイラーが言った。下を見下ろしたままの風春はその店舗の中を一通りみてから顔を上げた。
「勿体無いな…折角こんな立地が良いのに。」
「はは、私一人じゃ切り盛りできんよ。」
そう残して扉の向うに消えたワルトバイラーに風春は慌てて続こうとすると、彼女が何か思い出したらしく扉から顔を出した。
「その荷物、二段目の在庫に積んどいてくれ。」
指を刺した先に、棚のようなフロアの一つが示された。箱の閉じている物と空いている物が別けられ、端に寄せてきちんと整頓されている。在庫なのだろう。
「あ、ああ。」
ぐるっとまわっている階段を下りて行くと、数々の扉やフロアがある。変わった造りを眺めながら、上から一段目のフロアを降りようとして、彼は重大な事に気付いた。階段はあるが、最上部からあった手摺りはない。その代わり階段自体は広く作ってある…という事もなく、単に手摺りがそこからはないのだ。
少し危険を感じながらも、風春はそのままその階段を下りた。荷物を少し高く担ぎ上げ足元の確認だけは怠らない。用心しながら、先程よりゆっくりとしたペースで階段を降りていくと、ワルトバイラーの声が遠くから響いてきた。
「一々歩かなくても良いぞ、二段目まで飛んでみろ。」
「え?無理だよ…、俺はさっきの配達屋とは違うんだぞ?」
まさか彼女もあんな跳躍力を持っているのだろうかと想像したが、記憶を反芻しても彼女の足がそんな跳躍を発揮できる様な筋肉には覆われていない。それは明確だった。
先程のタンタックでさえ、全身体毛と皮製と思われる衣装に覆われていたものの、足についたたくましい筋肉は確り確認する事が出来たのだ。あれだけの跳躍にはそれくらいの筋肉が必要である筈だ。
疑問符ばかりを浮かべながら振り返ると、先程の扉からワルトバイラーが顔を出した。記憶でなく現実に見る彼女の姿はやはり、商店街の建物同士の間を三角飛びする様な体には見えない。
「良いから飛んでみろ。しっかり術式が組んであるから怪我はしないさ。」
そう言って笑うとワルトバイラーは再度姿を消した。残された風春は荷物を抱えたまま置いてけ堀を食らった少年のような顔で立ち尽くしている。
立ち去った彼女の方から、視線をその二段目に移す。少なくとも直線距離は15mくらいあるだろう。飛べる訳がないが、彼は段々如何でも良くなってきた。一々自分の世界での常識を引き合いに出していると、彼女の言う通り本当に日が暮れてしまいそうだ、と苦笑する。
と、段々と悪酔いした様な笑いが込上げてきた。
「わかったよ…飛べば良いんだな飛べば。」
狭い段の地面を踏みしめると、風春は少し下を見た。正確には見てしまったと言う方が正しい。下は5m程、店舗のディスプレイテーブルや瓶詰めの棚がごちゃごちゃと並んでいる。
情けなくも少し足が竦んだが、わかったと言ってしまった手前飛ばない訳にも行かず、風春の顔は少し引き攣った。少しの間時が止まったかのように彼は動かなかったが、結局は意を決し、階段の絶壁へ足をかけた。かけた利き足に力を込めて蹴り出すと、思った力より強く前へ彼の体が飛び出した。計算外の飛翔に風春の手から荷物が吹っ飛ぶ。
「ぶわッ!!?ちょ…。」
逃げる荷物を捕まえようとした手が空を切る。動揺のスピードとは逆に彼の体はふわりと浮いており、少し鈍化した慣性で二段目の床板へ飛んでいる。荷物も投げ出した瞬間のスピードは落ち、彼の目の前をゆったりと飛んでいた。浮いているものの重力には少しずつ引かれているらしく、緩やかに落下してもいる。
「…へー…低重力みたいなもんか。これ。…あー吃驚したァ…。」
術式の効果らしいそれに感心しながら飛んでいると、先に荷物はごとりと二段目へ落ちた。整理せねば、と彼が思う間に、その荷物はいきなり動いた。先ず床板の目に対して垂直な向きに整列すると、端に寄せられていた荷物の山に駆け足の様子でぴったりと収まってしまった。
「便利だよな…本当。」
足が丁度二段目の手摺りに辿り着き、彼はそこに立った。不安定だが落ちても平気という事が解った解れば何も怖くない。風春は手摺りの上から下を見下ろした。と、興味を惹かれたのか、何の考えもなしに店舗のテーブルの合間を目指して飛び降りる。全身はゆったりと低速で下へ降りていく。
やっと遠かった店の全貌が明らかになった。少し狭いが商品は多い。適当に並んでいるのかと思えば結構カテゴリー別けはされている様で、テーブル内での統一性はそこそこだった。と言っても、置いてあるものが何だか解らないのだがらその程度の判断しか出来ない。怪しい瓶詰めや植物の乾燥したもの、綺麗な器から何から色々が並んでいる。
店の統一感を壁に掛った模様の細かい布や、似た模様の入った硝子細工の照明(と思われる器具)で纏めているところは、趣味が良いと感じる。風春はぐるりと店を見回してそう感じると足を踏み出した。少し浮遊を危惧したが、普通の歩行に術式の効果は現れないらしくいつもの様に歩く事が出来た。
「どうだー?ちゃーんと術式が効いてるだろ?」
上から、戻ってきたワルトバイラーの声が響いた。流石にこれだけ距離が有ると、聞える音も反響した部分の割合が多い。それと同時にこんな距離を落下した事に感心しながら、風春は声に応えた。
「おぉ。便利だなぁこれ。アンタがやったのかー?」
「いいや、建築屋が組んでくれたやつだ。良いだろう。」
そういうとワルトバイラーが手摺りを飛び越え、慣れた様子で降りてきた。テーブルの何処かにぶつかるか、と風春は思ったが、彼女は簡単にテーブルの合間へ降り立った。何時もこんな様子で仕事をしているのだろう。
風春はもう一度店を見回してから、ワルトバイラーに向き直った。
「なあ。何なら本当に俺この店の経営やらしてくんないか?」
「いやいや、…別に働いてもらう事はないんだぞ?」
「だってそっちの方が都合が良いだろ?それに店閉めてるんじゃ勿体ねぇ。」
好意だと思って苦笑していたワルトバイラーだったが、どうやら彼は好意ではなく本気で言っているらしい。店内を見る目が少し違っていた。
「向うの世界で店でもやってたのかい?」
「ああ、ソレでメシ食ってたぞ。」
答える風春は寧ろ、少しばかり得意げな雰囲気さえ漂わせていた。ワルトバイラーは俯き少し考える。と、少ししてから顔を上げて風春を真っ直ぐ見据えた。
「そうだなー…この店は死んだ親に貰ったもんだ。大事にしなきゃいけないし、何より他人の力じゃなく自分で何とかするつもりだ。経営は任せられない。」
「…そうか。」
風春はすこし残念そうに苦笑した。そもそも駄目元で言ったらしく落胆や執着はみられない。一方のワルトバイラーは少し難しい顔をしていたが、次の言葉の前にはその表情を変えていた。腕組みした手の中の、長細い人差し指を上げる。
「だが、お前さんをこの店に住み込みで雇う事なら出来る。高給は払えんが店の売り上げに反映する事は確か。それならどうだ?」
彼女の目の前の青年は一瞬きょとんとしたが、次には笑顔になる。
「…解った、宜しく頼むよ、店長。」

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