STORY_4

「さ、飲んでくれ。…あ、もしかして茶と言う文化がないとかはないよな。」
「作法は知らないけどあるよ。…どんなお茶かびくびくしてるけどな。」
彼女が来るまで色々妄想してしまった風春が扉側を見上げると、片手で盆を持ったワルトバイラーが居た。もう片方には分厚い本があるが、それよりも盆の上の物の方が彼には気がかりだった。
木目調の滑らかそうな盆の上には、深めで取っ手のない陶器の湯呑が見える。薄茶の焼き物のそれは内側が白い。御蔭で、中で湯気を立てる茶が何色か解った。薄いオレンジ染みた赤の、透明色の液体だ。
そしてそこには中の茶に似た色の、変わった小さなドライフラワーのようなものが浮かんでいる。CMで見る中国茶のイメージだった。
そういえば昨日会う筈だった旧友の女子は結構な中国茶党で、入れてもらったのは別の茶だったが花の入っている茶葉を見せてもらった事はあった。酸っぱくて美味しいけど人数分無い、と結局淹れてくれなかったものだ。
「…花が入ってる。」
「お茶は花から淹れないのか?」
先に茶を啜っていたワルトバイラーが訊く。どうやら啜ると言う行為は大丈夫らしい。風春は湯気を立てるカップの中身の観察を止めて、暖かい陶器の表面を手にとった。
「いや…そういうのもあるけど…一般的なのは葉っぱを煎ったヤツだな…。」
カップを揺らして中の液体を躍らせると、花も中を一周ぐるりと回った。知らない匂いの湯気がふわりと香る。嫌な匂いではない。
まあ目の前の女が平気で飲んでいるものだから…と、風春は茶を口に含むと、予想に反して茶は薄甘く美味しかった。
「…うまいなこれ。……ってそれ食えるのか?」
一口飲んでから彼女に視線を戻すと、目の前のワルトバイラーは彼のものと同じく茶の上に浮かんでいたであろう花を口に含む途中であった。
「ああ。…もともとそーいうもんだ。」
口に放り込んで、さくさくと小気味良い音を立てながら租借している。興味本位に駆られて風春も花を摘み上げて口に入れた。
さくり、とかんだ瞬間中からとろりと蜜のようなものが出た。甘いな、と思っていたらその後込上げる様に酸っぱくなった。思い切り口に含んでいたそれは酸味を口中に広げた。思わず咽るとワルトバイラーが大丈夫かと乗り出してきた。
風春は慌てて茶でそれを流し込む。何だか騙された気持ちにもなった。
「なんだこれ、スッゲぇすっぱ…。」
「そうか…?そんなに酸っぱくないだろ…。」
見上げるとけろっとした顔をしているワルトバイラーが茶を啜っている。
「味覚の相違もありだな…。茶は単純でないから予想もつかん。」
こまったもんだ。とワルトバイラーが呟いたのが聞えたがそれはこっちの台詞だと風春は思った。
もう一度風春が茶を一口飲んだとき、ワルトバイラーがカップを置いた。
「さて…大分落ち着いたと思うので話を再開しようか。」
ワルトバイラーが茶と一緒に持ってきた本を机に置いた。
「先程世界は認識したな。このダルカードと、お前の住む世界が違うというのは解ってくれたと思う。」
風春は黙って頷いた。ワルトバイラーはそれを見届けると、ゆっくりと言葉を続けた。
「そして私が何故お前さんをここに呼んでしまったか、と言う事になる。」
ワルトバイラーは本を開いた。しおりが入っていたそれは目的のページを直ぐに表す。風春が覗き込むと、図以外は見た事も無い言語体が姿を現していた。コマコマと、一文字一文字が繋がっていない字体だった。マヤ文字あたりを簡単にしたらこんな風になるんじゃないか、と風春は思う。
「お前さんを呼び出してしまったのは、この力の精製の段階になる。」
指でその記述があるであろう部分に円を描いたが、風春にはやはり読める訳が無かった。
ふと、風春は彼女と言葉が通じているのに初めて疑問を抱いた。この本から解る通り、言語体は確実に違っている。
「おい、その前に今気付いたんだが…なんでアンタ日本語喋ってるんだ?」
ワルトバイラーは一瞬きょとんとしたが、ああ、その事も説明する、と言って解答はしなかった。風春は気に成ったもののとりあえず彼女の説明を聞く事にした。
「私の術は精製術といったな。」
「ああ、そりゃ覚えてる。」
「私は空間の狭間や色んな所に落ちている力の欠片を精製して、一時的な魂を作ろうとした。その為に様々な小さい力や、魂になれなかった欠片や意識の断片、強い感情や記憶を召喚しなければならない。」
「それを集めて魂を作るんだっけな…?」
「ああ、本来ならばその小さい力の結晶体たち…よく塵って余分だが…それだけが通れる道に吸い込むことで収拾できる。今回の術式でその道を作ったんだが、この術式になんら間違いは見当たらなかった。お前さんじゃあその道は体がでか過ぎて入れない筈なのさ。」
ワルトバイラーは難しそうな顔をして三度目の頬杖をついた。余った片手はテーブルの上で持て余されたまま、指が順番にテーブルを叩いていた。
「じゃあ…なんで?」
「その時歪んだんだ、空間が。この世界とお前さんの世界のバランスは1:1だ。召喚できるってことはお互い似たような状態であるって事なんだよ。1:1の比率が歪む事で崩れたとすれば、道幅が小さくとも羊皮紙を丸めて詰めるようなもんさ。」
一通りの説明を聞いて、風春は考え込んだ。すこしして聞き辛そうにワルトバイラーの顔を覗き込んで口を開いた。
「………なあ、失礼な事聞くけどよ。アンタのその術が間違ってたとかの線は本当に無いの?」
ワルトバイラーにむっとした様子は見られなかったが、すこし自分が情け無さそうに苦笑して腕組みをした。
「うーん…この、低級召喚精製は簡単な術式…いやもう本当に基礎中の基礎の術式なんだ。寧ろお前さんをここに呼ぶような結果は、術としては上等なんでなぁ…。」
「…つまり、一応は成功、それも大成功って事か?」
「ああ、そういうの生体召喚術って言うんだが、こりゃぁ代償の殆ど無い精製術と違って命張らなきゃならんものだ。」
何の代償も無く召喚できただけでも奇跡に近い。ワルトバイラーはそう続けた。
「本来なら呼び出す生体に見合った物を償還しなけりゃならない。じゃないと1:1の比率が崩れて二度とその世界に通じる事が出来なくなる。もしくは召喚と同時に勝手に償還作用が起きて、こっち側の物や力や術者の魂が持ってかれちまう。」
「…え、じゃあ俺もう戻れないって事か!?」
風春が乗り出すとワルトバイラーは彼を手で制した。
「まあまあまて。現に低級召喚用の供物がぜーんぶ無くなってる。お前さんの存在が圧縮されてたら向うに渡す分も少しでよかったらしい。」
普通ならその歪みに入る事なんて無かったんだがな。ワルトバイラーが続けている、風春はすこし気を落ち着けた。
「…なんだかわかんないが…大丈夫なんだな…?」
乗り出した体を引っ込めるとワルトバイラーは頷いた。少し安心した風春だったが、向かい合うワルトバイラーは寧ろ深刻な表情をしていた。

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