「……サァラ?寝ちゃったの?」
部屋へ戻ったサァラは、照明が暗く落とされた部屋の奥に声を掛けた。
照明を付けてみたが、やはり部屋のどこにもいなかった。
(どこへ行ったのかしら?留守番していなさいって言ったのに……)
サヤカは端末を叩いて、アリスを呼び出した。
「アリス。サァラがいないの。どこへいったか知らない?」
「アナタノアトヲオッテ、はるかノ部屋へムカッテイルトチュウデス」
「でも、部屋には来なかったし、帰る途中にもすれちがわなかったわ」
「ソウサクシマスカ?」
「そうして頂戴。今すぐ調べて!」
サヤカは胸騒ぎを感じて、即座にアリスへ要求した。
(どんなに広いといっても移民船の船内、結果は数秒でわかるはず)
「……ドコニモイマセン」
「どこにもいないって、どういうこと?中央ブロックの外にでたってこと?」
老朽化の激しい周辺ブロックには、確かにアリスの感知できないエリアも存在する。
「ワカリマセン。C−7通路ノせんさげーとヲ通過後、ドノげーとヲ通過シタ形跡モアリマセン」
「船内放送で呼び出して。ハルカ姉さまの部屋にもつないで頂戴」
「船内放送ニハ、申請理由ガ必要デス」
「行方不明者の捜索よ。あなたの許可があれば、放送できるはずよ!」
「許可シマス。……はるかガ出マシタ」
「ああ、ハルカお姉さま、サァラがいなくなってしまったんです。アリスに探させても、どこにもいないって。
あのコ私の後を追って部屋を出たみたいなんですけど、どうすれば……」
「落ち着いて、サヤカ。IDカードを置いたまま部屋を出たのかもしれないわ。まだこのブロックのどこかにいるかも」
「探してみます」
しかし通路や共有セクションのどこを探しても、サァラもカードも見つからなかった。
「嘘つき!お姉ちゃんなんていないじゃないか!縄を解いてよ」
サァラは、姉の行く先を知っているという男の後について、彼の部屋へ入ったが、そこに姉はいなかった。
おまけに部屋へ入るなり、縄で縛られて身動きを封じられてしまった。
「僕は嘘はついていないよ。きみのお姉さんを知っている、と言ったんだ。ここにいるとは言っていない」
「詭弁だわ。ボクを捕まえてどうしようって言うの?」
「伽を勤めてもらう」
そう言うと男はサァラの服をナイフで切り裂き始めた。
「バカいわないで、アリスの指示も無しにそんなことできるわけ……」
「僕はアリスに言われて、君を招き入れただけだよ」
男は下着にも刃を滑らせていく。
「そんなの知らない!」
「僕のところにはメールが来たよ。今すぐC−7通路へでて君と落ち合い、自分の部屋で好きなようにしろってね。あんまり動くと怪我するよ」
「うそばっかり。アリス、アリス、アリス!!助けて!」
3度呼べば、危機を察知したアリスが助けてくれる。
その身に危害が及ぶことはめったに無いが、万が一の事態に備えて、"アリスの娘"たちは護られている筈だった。
「無駄だよ。好きにしろってことは、君を殺してもいいってことだろ」
無理やりはだけさせられた乳房に、ナイフを突き付けられる。
(アリスが助けてくれない? まさか昼間のことを?)
スタジオにももちろん、セキュリティシステムがある。
アリスがモニタしていたとしても不思議ではない。
移民船のすべてのパーソナリティを把握しているアリスだから、サァラの行動に問題を感じ、
何らかのペナルティを課すことも想像できないことではない。
しかし、移民船内で誰かが誰かを罰するなんて、サァラには信じられないことだったし、いままで聞いたことも無かった。
「ボクはあんたなんか知らない。名前も知らない相手に傷付けられる理由なんて無いよ!」
「それはどうかな?」
突きつけられたナイフの先から、うっすらと血が滲み出してくる。
老朽船とはいえ、中央ブロックにいれば命の心配など無く、危険な船外作業もしたことの無いサァラにとって、それは真の恐怖だった。
「お姉ちゃんを愛することが、そんなにイケないことなの?」
男の理不尽な行動の理由が知りたかったが、それはむしろアリスへの問いだった。
「何のことだい?僕は君を恨んでいる。君が誰を愛しているかなんて関係ない」
「どいういうこと?さっき言ったように、ボクはあなたを知らない」
「覚えていなくても不思議じゃないけど、冷たいね。同期なのに」
男はサァラの胸に舌を這わせ、滲んだ血を舐めとった。
「同期?」
「きれいな胸だね、柔らかいし。下はどうかな?」
はぐらかすようにそう言うと、男は下腹部へも手を伸ばして、乱暴に下着を剥ぎ取った。
「痛いだけじゃかわいそうだからね。少しは感じさせてあげるよ」
「どうしてこんな酷いことをするの?同期だからって、それが何なの?」
濡れてもいないサァラの中に指を挿れられる痛みに、顔をしかめながら詰問する。
「僕は君のせいで、"アリスの娘"になりそこなったんだよ」