教師×教師練習用



バカンスで家を空けるから、花の水遣りをしてくれるなら破格の金額で貸す。そんな知人との交渉の結果、夏休みの1ヶ月だけ借りたアパートは、赤みが強いレンガ造りでとても温かみがある。出窓に並ぶプランターには、丁度ベゴニアがこんもりいい形で花を咲かせていた。緑のカーテンに縁取られ、ピンクの花弁がとても可愛らしい。外観条例があるのか、4階建ての古いアパートの出窓全てに何がしかの花が飾られていた。
古い図書館があり、感じのいいレストランがあり、軽く飲めるパブがあり、避暑地だからか住民も余所者にわりと寛大。そして何より、学校関係者が誰もいない。ギルベルトと一緒に避暑をかねて暮らし始めてから4日目。日に日にふうわりと表情を和ませ、よく笑うようになった彼を見て、イヴァンは心底今回の提案に満足していた。
鉄壁の二面性。厳格なバイルシュミット先生と、何処か不安定な幼い雰囲気の恋人。完全に切り替えているように見える。けれどあまりにも違いすぎるそれは、絶対にギルベルトの何かを圧迫し、歪を作るようで嫌だった。勿論それを、ギルベルト本人には言えないから。イヴァンはただ笑って、わかりにくい彼の主張を汲み取る。それだけで広がる溝が少しでも埋ればいいと思う。
満足した子猫のように、満ち足りた顔でイヴァンに甘えるギルベルトはとても可愛い。気兼ねなくその肌に触れられる事が、とても贅沢に感じた。
だけど少し、ほんの少し。ギルベルトの主張はわかりにくいから。本当に少しだけ、困る。




ぐずぐずと泣きそうな顔で、それでもきゅうと唇を閉じるギルベルトは、教員である時の雰囲気を半分くらい纏っていた。本を借りてくると、図書館に行き戻ってきてからずっとだ。頼んだ本はちゃんと借りてきてくれたし、何かがあったわけではないとも言うけれど。
「ギルベルト君、いい加減何があったか教えてよ」
そんなはずはない。帰るなり、読みたかった本を突きつけるなりイヴァンの腰にその長い腕を絡め、どこまでもついてくるギルベルトが、何もなかったはずなんてない。今はソファに座っていて、腰に腕を回されたままだから真っ直ぐ座れなくて、必然的にソファの上で足を伸ばす形になり。そうなると遠慮はないとばかり、胸に顔を埋めてきたギルベルトは本当に甘えただ。読みたかった本はすぐにページを開けない。代わりに前髪をかきあげて、むき出しになった額を撫でる事しか出来ない。
「ギルベルト君」
もう一度、今度は少しきつく。名前を呼ぶと、びくりと肩を震わせて、恐る恐る顔を上げたギルベルトの目が不安に揺れているようだ。
怒りたいわけではない。慌ててギルベルトの体を引き上げて、額に唇を押し付けるとくふりと笑う。笑って安心したように、今度は背に腕を回してきた。本当に甘えた。
「…図書館、すげえ古かったんだ」
甘えたのまま、ぽつりぽつりと零れだした言葉は多分もうすぐ洪水になる。
「古くて、いい感じで、テンション上がった。まずお前の本見つけて、それからゆっくり自分用の本、探そうとしたんだけどな。なんかやっぱり気になって、法律の本がどれだけあるか気になって探したら、丁度学生が2人立ったまま確認してて、俺それ見たらなんか、ぶわっときた。ぶわっときて、なんか、あれここ何処だっけって。俺何処にいたんだっけ、こんな気楽な気分でいいんだっけって思ったらなんか怖くなってすぐイヴァンのとこ戻らなくちゃって、約束したのにこの1ヶ月は色々忘れてイヴァンと楽しい事だけするって約束したのにそれ忘れかけて、俺」
叱ってもらわなくちゃって
そう思うこと自体が、約束に反すると。言った辺りでぽろぽろと泣き出したギルベルトに、ため息が出そうになる。イヴァンとしては、軽い約束のつもりだったけれど。ギルベルトにとっては、今彼が持ちうる最大の規律になってしまったのだろう。本当に律儀で、不器用な恋人。
ぽろぽろと泣く間、顔中にキスをしたって泣き止まない。何故なら規律を破った事で、ギルベルトはイヴァンを裏切ったと考えているから。結局は、叱られた後許される事を望んでいる。
「ギルベルト君は今、バイルシュミット先生じゃないよ?」
不器用で、それでも可愛い恋人。
「僕もね、今はブラギンスキ先生じゃないよ?僕は物理の先生だけど、夏休みまで力学の公式とか絶対見たくない。法律の先生じゃない今の君は、たとえ法律の本を手に取っても趣味程度のものでしょ」
頬をやんわり掴んで引き寄せて、鼻が擦れあう距離で。告げればギルベルトの目はまた、ゆらりと揺れた。涙の膜が出来ている証拠。
「悪い子…って言いたいけど、僕の恋人は悪い子じゃない」
じゃれるようにリップ音を鳴らしながら唇にキスをする。そうすればどんな状況だって、ギルベルトは笑った。今もそう。
「甘えたで、可愛くて、ちょっとエッチな子」
一緒にクスクス笑いながら、首筋を撫でるとまた肩が震えた。けれどそれは、不安からくる震えではない。
「…全部イヴァンのせいだろ」
すりと控えめに腰を擦り付けられる。文句を言った声は、普段のかさついたそれからは想像も出来ないほどに甘い。甘えた、甘えた。
「お前が、俺にいやらしいこといっぱい教えるから」
また薄らと水の膜が出来たようだ。けれどそれと同時、ギルベルトの頬が少しずつ上気し火照ってきた。Tシャツの上から胸を擦ると、んっと鼻にかかった声を漏らす。
…エッチなのは、ちょっとじゃないかも
思うくらい。無意識に喉を鳴らしそうになるくらい、ギルベルトの小さな吐息は耳に毒だ。
「教えたのは僕だけど、簡単に覚えたのは君の素質じゃないかなぁ」
あえて軽く言いながら、シャツの上から乳首を見つけ出し親指でこねる。両方、丁寧に。んっんっと鼻を慣らし続けるギルベルトの目が伏せ、形のいい睫が扇状に広がった。腰は止まる事なく揺れ続けている。恥ずかしげに、けれど少し大胆に。
「ぁ…イヴァ、それぃやだ」
かちと歯を鳴らして、意を決したように告げた言葉に手を止めれば、恐る恐るシャツをたくし上げ、ぷくりと立った乳首を露にして。顔を背けている、羞恥に頬を朱に染めている。それでも胸を突き出して、触ってくれと言わんばかりに。
エッチなのは、ちょっとじゃないね
「服に擦れるの嫌なんだ?」
苦笑を漏らすだけ、直にまた親指でこねると、鼻にかかった声が嬌声に変わっていく。喉を震わせるような、小さな喘ぎ。ぁ、ぁ、ぁ…漏らしながら、シャツから手を離し、イヴァンの手首を掴んで。押し付ける。
「…僕が直に触った方がいいんだね」
「んっ!ぅん、イヴァンが、ぃい…ぁう」
反らしていた視線がゆっくりと合わさって、その濡れた目はもう先ほどの不機嫌などなかったかのよう。揺れる腰は確実に、ギルベルトが反応し始めている事を教えていた。同じく反応を始めたイヴァンの股間に、掠めるように擦り付けられるから。
堪らず爪を立てると、くんと切ない声を漏らす。手首を掴んでいた手が片方、また恐る恐る下に延び、やんわりとイヴァンの股間を撫で上げた。それがまた恐る恐るなものだから、ただもどかしい。
「ギルベルト君」
呼んだ声が、少し震えてしまった。切羽詰っているようで、なんだか情けない。それでも顔を上げたギルベルトは、安心したようにふわりと笑うと、イヴァンの唇を舐める。子猫がじゃれて構われたがる仕草。
「も、腰やばい、から。イヴァン」
ベッド…
これだけの事をしているというのに、恥ずかしげに小さく小さく告げられたおねだりは、イヴァンにとって抗うことの出来ない命令だ。それをわかっていないから、性質が悪い。わからせようとも思わないけれど。
「いいよ、ベッド行こうね。お尻いっぱい突いてあげるね」
あえて直接的な事を言えば、また目は伏せられるけれど喉が動く。こくんと唾を飲み込むよう。
そんなギルベルトを抱き上げて、今にも乱れそうな息を必死で押し込んだ。
まだ4日目。こんな初期からこの調子では、終わる頃にはギルベルトに萌え殺されるのではないか。それだけが心配。







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