君が最後の答えをくれたのはある雪の日の事だった(一部抜粋)




一ヶ月あれば見えてくるものもある。
イヴァンは何かひとつに集中しすぎるのだ。ギルベルトと話をしている時は、ギルベルトしか彼の中にいない。ここが地下道で、周りに沢山の歩行者がいる事など彼の意中には存在しなかった。よって、ぶつかる。大抵の場合ぶつかる前にギルベルトが注意を促すけれど、本人が意識しないのだからどうしようもない。
ぶちまけた鞄の中身を拾う手伝いはもう、片手の指では収まらなくなっていた。イヴァンは細々したものを鞄に溜め込む習性があるから、あらゆるものが散乱する。
ハンカチ、教材、筆入れ、飴複数、筆入れに入っていないボールペン、スマホ、飲み物、カードケース、鍵の束、充電器、などなどなど。それらを回収する手つきは既に手馴れ、飴に至ってはため息をつきながらも、自宅用のキーケースにしていた景品の巾着(クマのキャラクター)に移し変えてやる。
「わあ、可愛いね!…ごめんなさい」
喜んだイヴァンを一睨みで黙らせて、けれど怒っていない事を示すため、ギルベルトは笑う、悪戯っぽく。
「先輩、ミスド奢ってください」
並んであるサンドイッチ屋と悩んだけれど、飲み物まで奢らせるとしたらドーナツの方がましだろう。
「あとコーヒー。んで、応用科学の課題で手を打ってやらんでもない」
あ、コーヒーショップでケーキでも良かった!
言ってから少し後悔したけれど、イヴァンがぱぁっと明るく笑って小刻みに頷いたから、もう撤回は無理だろう。
「僕も今、甘いもの食べたいなって思ってたんだ。一緒だね」
立ち上がったギルベルトの手を取って。何でもない事のように簡単に手を繋いで、ぐいぐい引っ張るイヴァンの頭には今多分、ドーナツの事しかない。またぶつかるぞ、言いはしてももう、ギルベルトも手を振り払おうとはしない。
最初は驚いた、躊躇のない触れ合い。それは多分イヴァンなりに考えた、別のことを忘れないための対策だと知っているから。たまに学校で学友と歩いている姿を見かけるけれど、かなりな頻度で学友の鞄や服を掴んでいる。

忘れないための対策

それならば、仕方ない。多少の恥ずかしさは、イヴァンの無邪気な笑みで帳消しになるくらいには、彼の事を気に入っていた。
多分イヴァンは、今度はドーナツを選べなくてまごつくだろう。結局は痺れを切らしたギルベルトがドーナツを選んで飲み物と一緒に席に連れて行き、半分こにして差し出す事になるだろう。沢山の種類が入ったものはどちらが持っていても可愛すぎるし、あれでは小さすぎるから。丸いドーナツを半分こ。これでイヴァンはきっと、文句を言わない。
そうギルベルトが想像した通りの結果になって。フレンチクルーラーとダブルチョコのドーナツが完成したとき、イヴァンは笑った。笑って半分ずつのそれを持ち上げて。
「でも、歪だよね。完全にひとつには、なれないのかな」
小さく呟いたそれを、ギルベルトは学術的好奇心と受け止めた。大体同じ形をした形状の、けれど完全に一致させる事は不可能なもの。フレンチクルーラーは柔らかく、ダブルチョコはどっしりと重い。5分考えて、おもむろにフレンチクルーラーを横に裂いて行き、ダブルチョコに被せてみた。
「完全とは行かないまでも、これで限りなく一致するんじゃね?あとは溶接すれば完璧」
我ながら素晴らしい案だ!思いケセセと笑ったギルベルトを、イヴァンは暫くぽかんとした顔で見つめていた。更に歪になったドーナツは、学術的好奇心からけして美味しそうには見えないけれど、ぴたりと一致した2種類のドーナツ。
「…それは素敵だね。ハンダゴテ何処かにないかなぁ」
暫くしてクスクスと笑い出したイヴァンに、ギルベルトは気分がよくなる。とてもとても、よくなる。
イヴァンが笑う事はいい事だ。普段から笑い顔ではあるけれど、彼が小さく笑って嬉しげに、よく出来ましたと言われる瞬間がギルベルトは大好きだ。頭を撫でられる事だってある、それは少し恥ずかしいけれど。
「とても素敵だね」
ショップの小さな座席に押し込まれたイヴァンが。猫背のイヴァンが手を伸ばし、容易に触れられる距離の、ギルベルトの前髪を少しだけ撫でる。そんなとき、自分の顔はイヴァンに負けず劣らず笑っているだろう、容易に想像が出来た。
「やめろ、俺が食うんだ。溶接してぇなら自分のどうぞ」
ほら、クツクツと勝手に漏れる笑み。
一ヶ月あれば見えてくるものもある。イヴァンは何処か抜けていて、目が離せない。彼には笑みの種類が沢山あって、それを見分ける事が出来れば付き合いやすい。その中でも最上級の笑みは、ギルベルトを褒める時のそれだ。何処か秘めやかで、内緒事のような笑み。宝箱みたいに、隠したくなるような。
ギルベルトは、そんな笑みを隠し持つイヴァンが好きだ。その他の面倒事などどうでもいいと断言するほどに。







ギルベルトの所属する同好会は、ほぼ全員が幽霊部員であった。何故ならば、人数は必要ではないからだ。ただ同好会として成り立たせるために、顔の広い先輩2人が名前だけを借りまくっただけ。実際のところ、活動しているのはその先輩2人とギルベルトくらいのもの。
同好会の名称は『郷土最先端マーケティング同好会』
何をやっているかと言えば、マーケティングという名の下にご飯の美味しい店を探したり、ナンパに都合の良いスポットを探したりしている、同好会費を使って。一応それらしい結果を校内新聞に提供しているので、ギリギリ同好会としての面子を保っている状態。
だから本日、同好会の先輩2人と何故か山道を駆け上がり、カレーを食べていても不思議はない。少し遠い停留所で降りてしまい、その時点で3人とも何故かテンションが上がり、山道を全力疾走してしまったところが少し不思議かもしれないけれど。
「水ぷめぇ」
「水うま〜!流石山の水は違うわ。ゆうても街まで車で十分やけど」
「すみませ〜ん、水ピッチャーで貰えますか」
結果、かなり評判がいいらしいビーフカレーより、水の方がずっと人気が高かった。本末転倒も甚だしい。
農学部のアントーニョはスペイン人で、よく超大型トマト農園でバイトをしてはお高いトマトを食べまくっているらしい。ただ今年は給料がいいという利用で、お高いメロンを収穫するバイトに行ってメロンを食べまくるそうだ。
文学部のフランシスはフランス人で、お高いレストランでバイトをしているらしい。ただし、本当にお高いところばかりなので、誰も彼が働いている姿を見たことがない。チープな駄菓子をよく食べているので、見栄を張りたいだけなのではないかという噂がある。その噂に関して、本人は憤慨していた。
これが同好会の先輩2人で、ギルベルトはわりに馬が合うので1年の頃からよくつるんでいる。アーサー曰く、お前らは悪目立ちする、らしい。



「そういやギルちゃん、この頃なんか悪い事してない?変な噂耳にしたんだけど」
うまい、けどしょっぱい、うまいけど…しょっぱい!
そんな事を延々と囁き続けながらカレーを食べ続けるギルベルトに、フランシスがそんな事を言い出したのは、食事ももうすぐ終わるという間際だった。噂、言われてギルベルトは首を傾げる。ここ暫くの自分を思い出してみても、主にイヴァンのお守りしかしていない。
「別に。今研究室に入り浸ってるから、喧嘩とかする暇もねえけど」
これも外見が派手なせいか、血気盛んな青年に絡まれやすいギルベルトは、のんびり気質の多い大学内でもよく喧嘩をしていた時期がある。呼び出されるのが校庭の裏ではなく畑の手前という、アバウトで牧歌的なそれをこなしていたら、いつの間にかなくなった軽い黒歴史だ。その頃はフランシスにため息をつかれ、アントーニョには助太刀されていた。アーサーもたまに混ざっていた。暗黒外国人トリオと噂されていると、ため息交じりに教えてくれたのもそういえばフランシスだった。彼は耳が早い。そのまま消滅しそうな小さな噂でも、とりあえず拾ってくる。
「あ〜、ならいいんだ。ギルちゃんがそんな感じなら噂もすぐ消えるでしょ」
結局フランシスは、噂の内容を言わなかった。すぐにこれから動物園に行くか否か、それとも無料開放を狙って正月に行くかの検討を始めたから。
多分、ギルベルトの耳に入れる事すら躊躇われるような噂だったのだろう。モダンでシンプルなカレー屋のスタイリッシュな空間には似合わないとでも思ったのかもしれない。
何故か甘い匂いの漂う店内で、大きな窓から差し込む日光がぽかぽかと暖かい。もうすぐ花見のシーズンだ。
桜餅とお茶を買って、イヴァンと一緒に花見もいいかもしれない。四方八方で羊の肉を焼いていて、あまり風雅な雰囲気は楽しめないかもしれないけれど。イヴァンは大勢で楽しむよりも、慎ましやかに花を愛でる方が好きだろう。桜の下が埋っているのなら、同時に咲き始める梅でもいい。見上げるのが面倒ならば、カタクリでもいい。一気に花が咲く北国の春は、見るべきものばかりだろう。そのどれもに、イヴァンは喜びそうだ。
考えれば考えるほど、それはいい案に思えた。そうと決まればギルベルトはもう携帯を手に持ち、動物園に行くか行かないかで白熱した戦いを繰り広げている先輩達に横槍を入れる事しか考えられなくなる。
「動物園よりも、桜咲いたか見に行きてぇな。GW後が見頃って話じゃなかったか?」
突然降って湧いた別の提案に、先輩達は一瞬止まった。けれどすぐ、それなら人の少ない動物園内の桜がいいだの、金をかけて見る桜は贅沢や!だの。ギルベルトにとってどうでもいい争いは続く。
“花見しねえ?”
送ったメールの返事は既に来た。1分かからなかったかもしれない。
“勿論、行きたい!今何処?”
「…今すぐかよ」
小さく呟いてククと笑ったギルベルトの様子に、先輩達は気付かなかった。







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