開始のブザーが鳴ったというのに、ステージ上はいまだ暗い、暗い。ステージ上部に設置されたスクリーンが観客を見下ろすように、円形に組まれたドラムセットを映し出しているのみ。
初めてライブに来た新しいファンは知らず戸惑う者が多いだろう。開始のブザーが鳴ったというのに、観客は誰も席から立たない、誰も一言も声を発しない。電気が消えるまでは、そこかしこで軽い口喧嘩やメンバーの名を呼ぶ様々な声が聞こえていたというのに。ライトが消されたと同時、膨れ上がった緊張感と驚くほどの統一感が会場を埋め尽くしていった。

必ずドラムから
ブザーなんて関係なく、ドラマーが席に座ってからがライブ開始の合図

ライブハウスに観客を溢れさせていた頃からのファンは知っている、その瞬間を固唾を呑んで待ち構えている。
やがて薄暗いステージ上に、まるでライトの調子を確認しに来たとでもいうように気軽な雰囲気で、人影がゆっくりと移動していく。はっと息をつける気配が、また会場を埋め尽くしていった。
きく、きく、きく
ただ1人の名前。このライブの始まりを告げる、告げることを許されるただ1人の。
素晴らしい名前。バンドのリーダーであるベーシストが以前、何かのインタビューで答えていた事がある。

菊、菊理姫の菊、地の声を聞く神、大地から沸き起こる膨大なエネルギーの音を聞く。聞くんだ、聞くんだ、この地に根を下ろした俺達にとって、だから導き手は常に菊

スクリーンにドラマーの姿が入り込んでくる。小柄で穏やかな表情の、黒目がちな男だった。巨大なドラムセットに埋もれてしまうほど、印象の薄い男だった。イケメンバンドとしての名が先行し始めたバンドにおいて、けして印象は強くない。
けれどドラマーが、菊がスクリーンに映し出された瞬間、塞き止められていた何かがうねり始めた。大地の奥底に流れる巨大なエネルギーを思わせる何か、まだ塞がれて出られない。けれどもうすぐ、あと少し。
きく、きく、きく
何かを塞ぐ扉を開くキーはやはり、菊なのだろう。綺麗な動作で一礼し、ドラムの前に座って、ぴんと背を伸ばし。バスドラムのペダルに足を置いた瞬間から。その小柄な姿からは想像も出来ないほど重い一撃が、厚い扉を蹴り開けるようなその一音が鳴り響いたその瞬間から。会場は一気に噴出したエネルギーに追い立てられ、わけがわからないまま熱に埋め尽くされていく。
わけがわからない。ドンッと響いた瞬間総立ちになった観客達、漸くお許しが出たかのよう好きなメンバーの名を叫び始める、声を張り上げる。
ドンッ…ドンッ…ドンッ…
初めてライブに訪れたファンは、ここで漸く体感することになる。今会場を支配しているのは、ドラムだと。一定の間隔でキックし続けるバスドラムが、一音、更に一音、もっと行けるでしょう上へ。煽るように観客達のボルテージを引き上げていた。



と、一際高く上がり始めた歓声。残りのメンバーが、1人また1人とステージに姿を現し始める。相変わらず落とされたままの照明に、誰が来たかまではよくわからないはずなのに。
最初に出てきた人影は、一度会場をぐると見渡したようだ。しかしなんのリアクションもなく、またゆっくりと歩き始め自分の立ち位置に立つ。楽器を背負った彼は、その影から左利きのギタリストだという事が容易に判別できた。ギルベルト!ギル!どちらかというと女性ファンの歓声が大きい。
次に出てきた人影は、すぐ傍に用意されていた楽器を背負い、気軽に手を振ったようだ。途端聞こえる歓声はどちらかというと野太い。アント!トーニョ!そんな歓声に紛れて、なんで野郎ばかりなん!おどけた声が聞こえた会場の一角がどっと沸いた。
陽気な歓声を分断するかのように、その時最後の1人がステージを横切っていく。会場を一瞥する事もなく、手を振ることもなく。マイクに向けて囁かれ始めた、少しざらついた深みのある声。ドラムに合わせて吐息のように、最早言語にすらならない音。その音に合わせ、ドラムに合わせ、ゆっくりと楽器を背負い、それから一瞬だけ上を見上げる。真上にはスクリーン、ドラムの真後ろから映された映像。アーサー!アーティ!一際大きな歓声は、その動作を見た途端ぱたりと止まる。アーサー、バンドのリーダーでありベーシストのファンだけが、まるで儀式のように口を噤む。



やがて前を見た、全員が前を。ぱたりと止まったバスドラム。けれど囁くようなメロディーだけは、いまだ続いたまま。少しずつステージが明るくなっていく。真っ先にキラと光った銀糸、左利きのギタリスト。ギルベルトが囁き続けている、歌い続けている。スクリーンの中、膝に置いたままだった手を、スティックを、菊がゆっくりと持ち上げた。
一呼吸。多分、一呼吸分。ふっと会場が、静寂に包まれた瞬間だ。厳かだった声が、唯一聞こえていた、平坦で感情の篭らない声が、その時色を持って会場全てに響いた。
「Ready go!!」
ニッと口の端を上げ、挑発的な視線を会場に向け。叫んだ途端、音が爆発する。アンプが大きくその体を揺さぶり、共鳴しているようだ。ギタリストを夢見る少年少女が憧れる、そのままを体現したかのようなギターライン。たたみ掛けるようねじ伏せるよう、その中に巧妙な罠が隠れている事を悟られないよう、ただ只管に聞かせるギターを奏でるアントーニョ。そんなアントーニョの前に出る事もなく、かといって引く事もなく容易に合わせていくギルベルトのギター。菊が叩くドラムはまるで鬨の声だ。その小柄な身体からは想像できないほど重く、一音で黙らせる事の出来る強烈な一撃。その重い重低音に絡まるように、絡まり引き上げより震え上がらせるかのよう、響くメロディアスなベースライン。かと思えば視線を合わせる間もなく、テクニカルなギターを引き裂く重いリズムの連打。
わけがわからない



観客達は言う。わけがわからない、先ほどまで何が起こっていたかよく覚えていない。
けれど、ひとつだけ言える事。
アーサーが唇をマイクに押し付ける。スタンドは強固に固定され、演奏が開始されてから一切ベースから手を離さないアーサーのため、どしりとマイクを受け止めて。その新緑の目をキラリと光らせながら零れ落ちた芯のある甘い歌声に、ざらついたギルベルトの癖のある声が重なり時に主導権を握り奪い返しながら、演奏に埋もれながら、最終的にそれらはひとつになる。
ひとつだけ言える事。
意味がわからない程、理解が及ばないほど、それでもなお、兎に角かっこいい。何もかもがかっこいい、MCがなくても歌詞すらほとんどなくてしかもその全てが英歌詞でも、関係ないかっこいい。
そう言わせるだけの力量がある。理解の外にあるかっこいい事が何かを知っている。それが、Repulctionという名のバンドの全てだ。彼らの演奏が動画サイトで100万再生を突破し、何処の国のバンドかを問うコメントが毎日更新される、多国籍バンドだ。







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