先輩の声







別れの花が咲き乱れる日。
俺は先輩と付き合うことになった。


春休み。
今年から受験生の俺は、机に向かわずベッドにゴロ寝していた。
手には携帯。
さっきから、表示されてるのは同じ番号。
先輩は、メールが嫌いだ。
だからメールするのは気が引ける。
でも、電話するのも、緊張する。
付き合ってるんだから、別にどうって事ないはずなのに。
すごく憧れて、すごく好きだったから。
先輩も自分の事を好きだなんて、信じられなくて。
嬉しくて。
ドキドキして。
電話一つするのでも
緊張。

付き合い始めてから、二日ぐらいしか、たってないし。
まだ、夢の中にいるみたいだ。

………
声、聞きたいな。
先輩の声が聞きたい。
低くて、落ち着いた声。
俺の大好きな、先輩の声。

やっぱ、押そう。
通話ボタン。
勇気をだして。
でも、忙しくないかな。
昨日、会ったっていうのに。
うざがられたり、しないだろーか。


………

でも。
声。先輩の声。
ちょっとだけ、聞こう。そして、すぐ切ろう。
ちょっとだけで、いいから。

心臓をバクバクいわせながら、ボタンを押す。
プルルルルルルルル。
と。
繋がったと思ったとたん。

「………はい」

先輩の声が聞こえた。
俺は驚いて、少し言葉に詰まってしまった。

「…?…もしもし?」

いぶかしげに、俺を呼ぶ先輩の声に慌てて返事をする。

「あ、せ、先輩?」
「おう。…なんも言わないから、どしたのかと思った」

少し笑いを含んだ先輩の声。
先輩だ。
先輩の声だ。

「や、なんか、ちょっとびっくりして…」
「あー。俺がイキナリ電話に出たから?」
「はい」
「んー。てゆーか」

先輩はちょっと間を置いてから、

「俺もさー。ちょうどお前に電話してぇなと思って、携帯いじってたのよ」

と、照れたように言った。

「やー、なんか、だから、俺もびびった」

俺は胸が嬉しくて胸が熱くなった。
そして、急いで言った。

「あ、俺、俺も!俺も先輩の声聞きたくて、携帯いじってて、そんで、その、だから…」

つっかえつっかえ言う俺の言葉を先輩は、黙って聞いてくれた。
そして

「まー、以心伝心って事だなー」

冗談めかして、言った。
もしかして、照れ隠しかもしれない。
また、胸が熱くなる。

「…じゃぁさ。俺が今、思ってること分かる?」
「え?」
「以心伝心、以心伝心」
「え、えっと…」

どうしよう。
でも。
俺が、俺が思ってることは。

「……あの、わかんないけど。お、俺は、会いたいなぁ、なんて」

うわ。
死ぬほど恥ずかしい。
でも、声を聞いたら、会いたくてたまんなくなってしまった。

「あ、あの!でも、無理だったら…!」
「いっしょ」
「え」
「俺も、お前に会いたいなぁ、なんてー」
「あ…」
「以心伝心って、ことです」

なんで、先輩はこんなに俺を喜ばせるのが上手なんだろう。

「今日、これから暇?」
「あ、はい!すっごく、暇です!」
「あはは、そかそか。…んじゃ、俺んち、来る?」
「行く!行きます!」

先輩の家か。
何度か行った事あるけど。
付き合ってからは初めてだ。


「…まー、俺の部屋、荷物まとめてる途中だから、散らかってるケド」


『荷物まとめてる』
そうだ。
引越しの、準備。
先輩、春から東京に行ってしまうんだし。
そうか。そうだった。
知ってたけど、知ってたけど。
なるべく、考えないようにしてた。
だから、こうゆう風に、先輩が遠くへ行っちゃうのを、感じさせられると。
どうしていいかわかんなくなる。

「…おーい、聞いてる?」
「あ、ごめんなさい!えと、じゃ、何時ごろ行けば…」
「あのさ」

俺が作った沈黙を取り繕うようにしゃべり出す俺を先輩は静かに止める。
俺の不安な気持ちを、分かってるように、続ける。

「俺は、春から東京に行くけど、さ」
「………」
「こうゆう風に、会いたいって言っても、すぐ会えなくなっちゃうけど」
「………」
「なるべく、帰ってくるし電話もするし」
「……うん」
「まー、どーしても電話できねー時は、メールだって、するし」
「………」
「お前を、不安にさせねーように、するから」
「……うん」
「つーか」
「?」
「俺の純情をナメんなよ、って感じ?」

だてに、下心をずっと隠してた訳じゃねーしな、と。
茶化すように、いう先輩。
俺は、もう、どーしたらいいか。
凄く好きな人に、こんな風に言われたら。

「あー、もー。泣くなって」
「うん、ごめん。ごめんなさい」
「あやまんなくてもいーけど」
「うん」
「あのさー」
「うんうん」
「一応、言っとくケド」
「うん」
「すっげー、好きだから。俺。お前のこと」
「………」
「あ、もっと、泣かしちゃった?」

不安な心が、軽くなる。氷解する。
俺も、俺も俺も俺も。
すげー、先輩のこと、好きだ。

「俺も」
「え」
「俺も、先輩のこと、すごく好きだ」
「…あー!もう!」
「え、え、な、何?」
「すっごい、会いたい」
「あ、」
「だから、早く、俺んち来いよ」
「行く、今すぐ、行く!」

まってる、という先輩の声を耳に残したまま。
俺はコンバースを踏み潰して。
家から飛び出した。


今なら、どこにでも走っていけそうな気がしたけど。

先輩の所にしか、行きたくない。








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