君の目に光る涙。
思い出すのはそれだけ。
きれいだなぁと。
俺はその場の状況とは場違いな事を思った。
思い出すのはそれだけ。
そんな事を口に出してたら、また君にぶっとばされてただろう。
ひかり
「先輩の顔、また腫れてる」
青井が俺の頬を触って言った。
「まぁな」
俺は軽く受け流して、青井の手をやんわりはらった。
そしてまた手元の雑誌に目を落とした。
それでも青井はしつこく話しかけてくる。
「先輩、痛そう」
「………」
「また殴られたの?」
「………違ぇよ」
「嘘だ」
「………」
「またアイツに殴られたんでしょ」
「…お前、なんで俺のことは先輩で、ヤスノリの事はアイツなんだよ」
俺は雑誌に目を落としたまま言った。
青井はライターをかちゃかちゃ鳴らし、汚いソファに浅く腰掛けている。
ここは、俺や青井が所属しているサークルの部屋だ。
メンバーは少ないくせに、授業をさぼってくつろげる部屋があるのは
昔の先輩方ががんばっていた頃のなごりだ。
「だって、俺、アイツきらいだもん」
青井がタバコに火をつけながら言う。
「はは。言うねぇ。後輩が」
「だって」
青井はタバコを深く吸って煙をはいた。
「好きな人殴る奴、嫌うの当たり前でしょ」
なるほど。
なかなかカッコいい事を言ってくれるじゃないか。
いや、当たり前の事か?
「…何か言ってよ。うん、とか。すん、とか。俺も青井が好きですとか」
「すん」
「うわ、この人なぐりてー。って、いっても俺は絶対殴んないけど」
どっちだよ。
「ねえ。わかってんの?」
「あぁ?」
「俺は今、先輩に告白したんですよ?」
「…あ〜」
「いや、あ〜じゃなくてさ」
「ごめんなさい、僕には付き合っている人がいるのです」
「知ってます」
「知ってんなら言うな」
「言うよ」
話の通じない奴。
ふと斜めに傾いてる、壁時計を見た。
あ、もう四限始まるじゃん。
俺は黙って雑誌を置いて立ち上がった。
床に投げ出してた鞄を拾う。
「どこいくの?」
「授業。俺、学生なもんで」
「まって。返事まだだよ」
「言っただろ。俺にはヤスノリがいるもん」
「あんな奴のどこがいいの。先輩を殴るなんて」
「じゃあな。もう俺にあんな事言うなよ」
「言うに決まってんだろ。あんな奴なんか俺認めないから。俺のほうが先輩幸せにする自信あるし」
幸せねぇ。
幸せってなんだろ。どうやったら何したら幸せなんだろね。
「諦めないから」
青井の低い声を背中に聞きながら部屋を出た。
薄暗い廊下を少し進んで立ち止まる。
そして、赤く腫れてる頬を触る。もう少しすれば青くなるだろう。
幸せかどうかは俺が決めるし、俺を幸せにするのも俺だ。
俺はまた薄暗い廊下を歩き出した。