作品名 作者名 カップリング
「男女六人 夏物語」 トマソン氏 -


 ばしゃばしゃ……。
 美しく豊かに引き締まった肉体が、水の中を躍動している。
 彼女、矢野アキは、気の置けない友人たちと、友人の一人である城島カナミの兄、
シンジと共に海に遊びに来て、気持ちよく泳いでいるところだった。
 真夏の日差しの中、無限の海を泳ぐ気分は最高だ。
「ふう……」
 足を海底について一息いれつつ、ふと自分の胸を見やる。
(あっ……ない?!)
 なんと、さっきまで身に着けていた、ビキニのブラジャーがなくなっていた。隠す
ものとてなくなった、豊かな胸の膨らみが、海水の中をゆらゆらと漂い、蠢いていた。
(ヒモがほどけて、流されちゃったんだ……どうしよう……あ、あそこにいるのは……)
「マナカぁー!」
 アキは必死の思いで、砂浜を歩いている共に来た友人の一人、黒田マナカに向かって
声を張り上げ、手を振った。
 幸い、黒田マナカもそんなアキに気が付いてくれたようで、海の中へ入ってきた。
「どーしました、アキさん?」
 アキは両腕で胸を覆い隠し、訳を話す。
「実はビキニの上……流されちゃってさ……」
「なんてお約束なことをやらかしてるんです……分かりました、隠すもの持ってきます」
「頼むわ」
 頼んだアキだったが、相手がマナカとあって多少の不安を抱いていた。その不安が、
ここまで的中しようとは。


「お待たせしました」
「ありがー……なんだそれ」
マナカの手にあるのは、バストを隠すにはほんの申し訳程度の代物。
「ニップレス」
「……もうちょっと露出が少ないものを……」
 すごすごと引き返すマナカ。
……
「おまたせしました」
「なんだそれ」
「カナミちゃんの予備パット」
「全体的に隠せるものを……てゆーか怒られるぞ……」
「ワガママですねぇ」
「早くいけ!!」
 アキに怒鳴られ、またも引き返していくマナカ。
……

 アキは海から出るに出られず、冷え始めた自分の体に腕を回してため息をついた。
「はぁ……ひょっとして夏の終わりまでここから動けないんじゃ……もうすこし、
常識を備えた友人に恵まれていたらなあ……」
 一緒に来た友人といえば、同い年の女の子たちが城島カナミ、黒田マナカ、岩瀬
ショーコ、金城カオルの四人。そしてカナミの兄、城島シンジ。
 確かに、はじめの三人は常識からはかけ離れている。
 彼女を助けたのは、やはり一番常識を備えた人間だった。



 ため息をついたアキの目に、海に入って近づいてくるシンジの姿が映った。
(あ……シンジさんがこっちに来る……どうしよう……)
 トップレスのアキは腕で胸を隠すが、事態をごまかす自信はなかった。が、その心配
は杞憂に終わった。
「ホラ」
 シンジは手を伸ばし、顔を赤らめたアキにタオルを差し出す。
「……え?」
「キミらのやりとり見てれば、だいたい状況つかめるよ」
 シンジは行ったり来たりのマナカ、海から出ないアキを見て、事情を察していた。
「早く上がろう。ずっといたから、体も冷えたろう」
「あ……ありがとうございます……」
 二人は海の中で見つめあい、微笑みを交し合う。
 そんな二人を砂浜のシートの上から見つめるカナミ、ショーコとカオル。
「なにやってんだろ、あの二人……」
「ラブコメ? さぶ……」
「ハレンチだ……」
 そこへ、行ったり来たりも無駄足に終わったマナカが帰ってきた。
「これ、返します」
 と、カナミに予備パットを差し出す。カナミの目がギラっと光った。
「やだな〜マナカちゃん、自分のでしょ? 私そんなの、つけてないよ?」
「いえ、カナミさんのですよ? だって……」
 貧乳二人組のプライドと虚栄をかけた、ちょっとしたじゃれあいが展開された。が、
ここではその詳細は省略。



 そんなことがあった二時間ほどあと。
(やれやれ、結局一人で泳ぐのか……)
 小久保マサヒコは、一人、海の中を泳いでいた。
 家庭教師の濱中アイ、クラスメートの天野ミサキ、若田部アヤナ、的山リンコ、
リンコの家庭教師中村リョーコ。それに加えマサヒコの、いつもの六人組で、海に合宿
に……というよりどう見ても遊びに……来たのだが、ふたを開けたら、一緒に泳ぐ人が
誰一人いなかったのだ。
 アイは泳げないし、リョーコも足のつかないところでは泳がない主義で、海に入ろう
としない。アヤナは日焼け止めを忘れたとかで、パラソルの日陰の下から出てこないし、
リンコは浮き輪に乗ってぷかぷか浮かんでいるだけで酔っぱらう始末。ミサキはまとも
だったし、マサヒコと共に過ごしたい気持ちもあったが、一人だけマサヒコと共に行動
するのも気恥ずかしいらしく、残ったみんなと共に、砂浜でたたずんでいた。
 かくして、マサヒコは一人寂しく海を泳ぐことになったわけである。

(まあ、気楽に自由に泳ぎまわるのもいいか……)
 マサヒコは真夏の強烈な日差しの中、縦横無尽に海中を泳ぎ、深い緑の海に、海中の
小魚達の姿に、水中に漂う海草の不思議な造形に、目を奪われた。
 「はあ、はあ……」
 がばっと海面に顔を出し、新鮮な空気を存分に吸う。
(やっぱり、気持ちいいな……)
 久々に夏らしい過ごし方をするマサヒコであった。




 水をかくマサヒコの腕に、何かがひっかかった。
(……ん?)
 つと、そちらに目をやる。左腕にひっかかっているのは、細いヒモ数本と二枚の布
からなる、鮮やかなオレンジの物体。立ち泳ぎに移り、腕を海面から持ち上げてみると
なんとそれは……。
(これ……ブラジャー……か……?)
 思春期のマサヒコには少々刺激が強い代物だった。
(どうしよう……)
 そのまま海中に捨てる手もあったろうが、根がまじめなマサヒコにとっては、それは
自然破壊としか言えない行為だった。
(かといって、持って帰るわけにも……)
 それはそうだ。中村リョーコを筆頭に女性五人が待ち構えているところへ、こんな
ブラジャーなぞをぶら下げて戻ったら、それこそ何を言われるか。
(……落し物として届けるか……)
 マサヒコは仲間たちがいるパラソルから見えないところで海に上がり、海岸の管理
事務所に向け、強烈な日差しで焼き付いた砂浜を歩き出した。

「……あっ!」
 砂浜を半ばまで歩いたところで、若い女性の声が響き、マサヒコは振り向いた。
 そこにいたのは、金髪のショートヘアにTシャツ姿、下は普通のビキニの水着を着た
ボーイッシュな美人。
「あ、あの……それ……」
 その女性はマサヒコがぶら下げた布切れを指差す。
「これですか? 海の中で腕に引っかかったので、落し物として届けようと……、では
もしかして?」
「あの、私の……です……」
「それは丁度よかった。お返しします、どうぞ」
「あ……ありがとうございます……」
 若い男性にブラジャーを拾ってもらったとあってはさすがに少々恥ずかしいのか、
彼女は顔を赤らめつつ、腕を伸ばし、マサヒコからそれを受け取った。



 マサヒコはマサヒコで、拾ったそれを手渡ししながらも、その女性に見とれていた。
 年は自分より少し上だろうか、整った顔立ち。ストレートの金髪のショートヘア。
ボーイッシュで活発そうで、それでいて顔を赤らめた仕草はなんとも可愛らしい。
 そして何よりも、あまりにも豊かな、胸の隆起。Tシャツの下は、水着ではない
普通のブラジャーのようだ。
(そりゃそうか、水着は今まで俺の手にあったんだから……それにしても……こりゃ、
若田部と比べても段違いだ……でも、あんまり見ちゃ失礼だよな……)
 それでも、豊かな隆起に視線がつい吸い寄せられてしまうマサヒコであった。
「……あの……」
 青い海が、降り注ぐ日光が、マサヒコの背中を後押しする。
「はい?」
「……お名前と連絡先、聞いても……いいですか?」
「あら、ナンパかしら?」
 アキとてこれだけの美人、ナンパされたことは何度もある。受け流すことも出来た
ろうが、今まで声をかけてきた軽薄を絵に描いたような男たちとは、目の前の少年は
あまりにも違って見えた。
(少し年下かな……なんだか、シンジさんにちょっと似てるけど、まじめで誠実そうで
……連絡先を教えるくらいなら、いいかな……)
「……ナンパか、そうなりますね……でも、なんだか、これで終わりにしたくなくて……
俺、小久保マサヒコといいます。中学三年生です……」
 マサヒコは誠実に、実直に答えることしか出来なかった。その態度が、アキの警戒心
を優しく解きほぐす。
「……私は、矢野アキ。高校一年生よ。友達と一緒に来てるから、もう戻らなければ
ならないけど……」
 二人はそばにあった売店に入ると、メモ帳とペンを購入し、連絡先を交換しあった。
「きっと……連絡します」
「そうね、機会があったら、またね」
 アキは手を振りつつ、皆がいるところへ戻っていく。後ろ姿を見つめ、アキの姿が
見えなくなるまで立ち尽くしたマサヒコも、やがて頭を左右にブンブンとふり、連れ
たちのところへ戻っていった。

 そのころ、こちらは城島シンジ率いる妹チーム。ぼちぼち日も傾いてきた。
「そろそろ引き上げようか」
 矢野アキは、なくした落し物(例のブラジャーだ)が届けられていないかどうかを
確かめに、海岸の事務所に行っており不在だったが、残る妹のカナミ、それとショーコ、
マナカ、カオルに声をかけて、ぼちぼち荷物を片付け、シートをたたんだ。そのとき、
風の悪戯か天の配剤か、乾いたタオルの一枚がふわ〜りと風に乗って、あさっての方向
へ飛んでいってしまった。
「あ、待て……」
 シンジが追いかける。しかし風もしつこく、なかなか追いつけなかった。
「はあ、はあ、くそ……待て……」
 元の位置から見えないほどのところまでタオルを追いかけたところで、ようやく、
一人の女性が、風に乗ってふわふわと飛んでいくタオルを、腕を伸ばして受け止めて
くれた。
「……はい、気をつけてね」
「……はぁ、はぁ……」
 シンジは息を切らせ、女性からタオルを受け取る。少し年上と思われる、華やいだ
白いビキニ姿の美しい女性に、シンジは不覚にも見とれてしまった。
 セミロングに近い長さの漆黒の髪。先端は少し外ハネして、同級生の今岡ナツミが
少し髪を伸ばしたような感じの髪型だ。穏やかな物腰。シンジと目が合って、にっこり
と微笑む優しそうな表情に、たまらずシンジの胸が高鳴った。
「あ……ありがとうございます」
「どういたしまして」
(なんて……なんて淑やかなんだ……)
 シンジは女性の仕草に、落ち着いた口ぶりに、心を鷲掴みにされていた。
「あの……」
「はい?」
 シンジは唾を飲み込んだ。
「……いや、何でもないんです。ありがとうございました」
 ぺこりと会釈し、シンジは立ち去った。
(後ろ髪を引かれる思いとは、このことかな……でも、今日は妹たちの護衛だし……
それにしても、あんなきれいで淑やかな人が回りにいたらいいのにな……)



 シンジの心を鷲掴みにしたその女性は、ご想像の通り、濱中アイ。
 淑やか? そう、淑やかだ。シンジに思い浮かぶ年上の女性といえば、シンジが通う
高校の化学教師、「変態」「小宮山ワールド」のキーワードで鳴る、あの小宮山先生
だったのだ。まあ確かに、小宮山先生と比べれば、濱中アイも、極めて淑やかな、まじ
めな女性には違いない。
 濱中アイに一目惚れしたシンジだったが、マサヒコと違い、シンジはあと一歩を踏み
出せず、知り合いにはなれなかった。

(これでいいんだ……今回は、俺は妹たちの護衛役でもあるんだし、俺が女性にうつつ
を抜かしているわけにはいかないし……)
 再会のチャンスは意外とすぐにやってくるのだが、そのことをシンジはまだ知る由も
なかった。

(今の男の子……もしかして、私に声をかけようとして、出来なかったのかしら?)
 アイは仲間達のところに戻ったが、つい、心がちょっと躍る想像に身を任せてしまい、
顔がなんとなく緩む。
「アイ? どうかしたの?」
 すかさず中村リョーコが声をかけてくる。この先輩に真相がばれたら、散々からかわ
れることは必至である。
「なんでもありませんよ。思い出し笑いです」
「ふーん。それならいいけど。でも、そろそろ日も傾いてきちゃったわね」




 妹たちのところに戻ったシンジに、カナミが絡んだ。
「お兄ちゃん、ハナの下伸びてる」
「……!?」
 あわててシンジはあごに手をやるが、カナミはいつもの悪戯っぽい目つきだ。
「……なーんてのは、ウソ。アハハ」
「驚かすなよ……」
 カナミはシンジの海パンに視線を集中。
「伸びてるのはマタの下だけど」
「驚いたー!」
 相変わらずの兄妹ではある。

 そこへ手にビキニの上を提げて、アキが戻ってきた。
「あ、アキちゃんお帰り……水着、届いてたんだ?」
「いや、事務所に届いてたわけじゃないんだけどね。ま、とにかく見つかったわけ」
「……? 見つかってよかったですね。それじゃそろそろ撤収しましょうか」
 女子高生5人と兄一人、妹チームは引き上げていった。
 アキは電車の中で、泳ぎ疲れて半分眠りながら、旅行で得た出会いに期待せずには
いられなかった。
(シンジさんとも、ちょっとだけだけどいい雰囲気で話せたな……そういえば、マサ
ヒコ君は、連絡くれるかな? いくら年下だからって、女から声かけちゃうのも
ちょっとね……ま、しばらくは待ちかな……)



 それからわずかに後。こちらは一方の濱中チーム。そろそろ引き上げるかと、各自が
荷物を片付けだした。
「ちょっとトイレに行って来ます」
と言い残してマサヒコが去る。ミサキは、マサヒコがトイレに行っている間、かいがい
しくマサヒコの分まで荷物を作っていた。
(マサちゃん……いつになったら、私の気持ちに気づいてくれるのかな……)
 そのとき、リュックに小物を詰めるその手から、ひらりと何かのメモが落ちる。
「矢野アキ xxx-xxxx-xxxx」
(……!?)
 ミサキは激しく動揺した。アキなんて女性は聞いたこともないし、わざわざこんな
メモを海水浴に持参するはずもない。一体、これは……
 そこへ、砂を踏む音がし、マサヒコの声がミサキの耳に響く。
「ふー、戻りました……」
 慌てて、メモを元に戻し、何食わぬ顔で荷物を片付けるミサキであった。
「お、天野、片付けをしてくれてたのか。ありがとう」

(マサちゃん……あのメモ……一体、どういうこと?)
 帰路の電車に揺られつつ、思い悩むミサキ。マサヒコの隣の席は譲らなかったが、
心地よい振動に揺られながらも、メモが気になって、ミサキは眠れなかった。
 隣で寝息を立てているマサヒコは、ミサキがどんな心境か、知る由もない。いやそれ
どころか、アキのことを思い描いていい夢を見ているらしく、幸せそうな顔で眠りこけ
ていた。



 合宿、というより海水浴旅行の二日後。マサヒコは自宅でうんうん唸っていた。
 脳裏には、先日、砂浜で見初めた矢野アキの姿がありありと浮かんでいる。
(アキさんか……あの人と親しくなりたい……連絡したい…………でも、いいんだろう
か……もし、天野や濱中先生に知られたらどうなるやら……いやそれより、問題は中村
先生かも……)
 彼はアキと交換した電話番号のメモを前に、頭を抱え、逡巡していた。
(ええい、悩んでいてもしょうがない。あたって砕けろだ)
 ぴっぽっぱ。マサヒコの携帯が規則的な音を立て、アキの番号が入力されていった。

♪タ〜リ〜ラ〜
 自宅でくつろいでいたアキの携帯電話から着メロが鳴る。
「またカナミかな?」と携帯を見やるアキに、見慣れぬ着信番号が目に入った。
(あ……もしかして……)
「もしもし?」


「あ、あの、矢野アキさんですか? えーと、先日海でお会いした、小久保マサヒコ
ですが……」
 電話の向こうからかなり舞い上がった感じの声がする。アキも、純情少年をちょっと
からかってみたりして。
「ああ、あのときの……それで、何の御用でしょうか?」
「え、ええ、えーと……その……」
 マサヒコも口ごもる。何の御用ですかと聞かれて、あなたと仲良くなりたくて、と
言えるマサヒコではない。受話器の向こうで、アキが吹き出した。
「ぷっ……うふふ、ごめんね、冗談よ。マサヒコ君……でいい?」
 マサヒコは心底ほっとした。
「……ええ、もちろん。矢野さん、意外とおちゃめだったりします?」
「アキで、いいよ?」
「では、アキさん。俺、海でアキさんを見かけて、忘れられなくて……それであの、
えーと、その……」
 マサヒコ、一世一代の大勝負。
「……なあに? 私だって女の子なんから、ちゃんと言って欲しいな」
 アキも結構、王子様願望があるらしい。
「……今度、あの、二人で会ってもらえませんか?」
(こういうストレートなのは、結構、好きかも……)
「……いいわ。今度の土曜日はどう?」
「ほ、本当ですか? 嬉しいな……えーと、で、最寄りの駅はどちらですか?」
「〇×だけど……」
「俺、△◇です。ちょっと遠いな……それじゃ、真ん中へんで、□〇にしましょうか」
「そうね……時間は……」
 相談は無事に終わり、電話を切る。マサヒコもアキも、異性と二人きりのデートは
初めてだ。胸がときめくのも当然である。


 翌日、ここは東が丘中学。
 朝からずっと、学校でもマサヒコはなんとなく浮わついた感じだった。来たるアキと
のデートを脳裏に思い浮かべていたことは言うまでもない。
「この数学の問題って……マサヒコ、なにニヤついてるんだ?」
「ん? あ、悪い、考え事してた……」
「……? なんか、悪いもんでも食ったか?」
 いつもの女子達、ミサキ、リンコ、アヤナは、それぞれにそんなマサヒコを気にして
いたが、わけを薄々察していたのは、もちろん例のメモを目撃したミサキ。
(マサちゃん……もしかして、例の矢野アキとかいう人となにか……どうしよう……)
 女のカンが警報を鳴らしまくっている。
(せめて予定だけでもつかまなきゃ……よし……)
 男友達が離れてマサヒコが一人になった隙をつき、ミサキが話しかけた。
「ねえマサ君。今度の土日、開いてる?」
「……? 土曜日は駄目だけど、日曜日なら……」
「えーと、新しい料理に挑戦中だから、試食してもらいたいと思って……じゃ、今度の
日曜日の夕方に持って行くね? でも、土曜日なにかあったっけ?」
「ああ、ちょっと友達と約束があってな」
「ふうん……」
 何食わぬ顔でその場を離れるミサキだが、マサヒコのデートが土曜日らしいことは
突き止めた。ミサキ、クリーンヒット。
(こうなったら……)
 ミサキは既に尾行することを決心していた。



 一方、こちらは小笠原高校。上機嫌で笑顔の絶えないアキに、いつもの連中がいぶ
かしんだ。
「アキさん? なんだか上機嫌ですね」
「んふふ〜、実は、今度の土曜日、デートなの」
「デ、デート!? アキちゃん一体……相手はぁ?!」
「ま、ちょっとね〜」
 このメンバーでその話しをするのは危険だぞ、アキ。
 案の定、ボケ突っ込みが始まる。
「それじゃ、ちゃんと避妊しなきゃね! これ、上げる」
とカナミが差し出したのはご存知、コンドーム。
「あ、あのね……」
 言いかけたアキの前に、珍しくショーコが突っ込みを入れた。
「カナミったら、なにを出してるのよ? その前に、これでしょ?」
 ショーコが出したのは、精力剤の小瓶。さすが、ただの突っ込みでは終わらない。
 「いや、だからね……」
 今度はマナカが口を出す。
「そうじゃないでしょ、アキさんは純情なんですから、いきなりベッドインなんか
しないですよね。だから、安全のためにこれを着用して……」
 マナカが出したのは、革と金属の得体の知れない下着。これが貞操帯という奴か。
「……お前ら、飛びすぎだ!!」
 結局はいつもの役回りに戻った。

 その後、授業を受けながらも、カナミは心中穏やかではない。
(アキちゃんがデート……よーし、それなら……)
 その夜。夕食の席に着き、カナミはシンジに話を持ちかけた。
「ねえ、お兄ちゃん。実はアキちゃんが……」


 時は流れ、とうとうデートの当日。マサヒコは、いぶかしむ母をうまく誤魔化し、
ちょっとは洒落たシャツを着て家を出た。その後ろ、少し離れて電柱の影から影に移り
尾行するのは、もちろん天野ミサキだ。どこで手に入れたのか、サングラスまでかけて
いる。

 濱中アイは土曜日とあって、掃除と買い物を済ませて、本屋にでも行こうと歩いてい
るところだった。ふと道路の向こうを見ると、見慣れた女の子が見慣れない格好をして
物陰から物陰に移り、怪しい行動をとっている。
(あれは……ミサキちゃん?)
 まさか尾行中とは思わず、ミサキのそばにいって声をかけた。
「ミサキちゃん? サングラスなんかかけて、どうしたの?」
「(は、濱中先生?! あの、ちょっと小声で!!)」
 押し殺した声で話すミサキに面食らいつつ、アイも調子を合わせた。
「(え、ええ、えーと、一体これは? あ、あれはマサヒコ君……)」
 ミサキの視線を追い、マサヒコを認めるアイ。
「(これこれこういうわけで、私、今マサ君を尾行しているんです! だから、これで
失礼します)」
 ミサキは例のメモのこと、マサヒコのなんとなく浮わついた態度、それに今日、彼が
「友達と約束」があることを話す。そうしている間にもミサキはマサヒコから視線を放
さず、そのまま彼を追って立ち去ろうとした。
「(ちょ、ちょっと! ミサキちゃん、マサヒコ君がデートだったら、一体どうする気
なの?)」
「(……考えてなかった……でも、怪しげなことをはじめたら、現場を押さえて……)」
 ふう〜。アイはため息をついた。
「(私も行くわ……ほっといたら心配だし、マサヒコ君は私の生徒でもあるからね)」
 マサヒコ尾行組は、アイ・ミサキがタッグ結成。


 一方、こちらは矢野アキ。彼女は自宅で、上機嫌で鏡に向かっていた。
「ふんふんふ〜ん」
 化粧などに頼らなくても十分美人なのだが、初めてのデートとあって普段より念入り
にメイクして、可愛いタンクトップと白いスカートに身を包んだアキは、輝くばかりの
若さと魅力に溢れていた。
 アキは期待に胸を膨らませ、自宅を出て、打ち合わせ場所に向かった。

「(お兄ちゃん! 出てきた!)」
「(ああ。気づかれないように、後をつけるぞ)」
 上機嫌でハミングしつつ歩いて行くアキの後方をつけるのは、こちらは城島シンジと
城島カナミの兄妹タッグ。
「(それにしても、アキちゃんのデートのコト話したら、後をつけようなんて、さては
お兄ちゃん、アキちゃんに惚れてるね?)」
「(尾行しようって言い出したのはお前だろ……まあ、海でもスキーでも、護衛役を
務めたことだし、相手が悪い奴そうだったら割って入らなきゃな……)」
 といいつつ、結構ノリノリのシンジである。


 □〇駅のロビーに先に着いたのはマサヒコだった。
(……待ち合わせ時間にはあと10分ほどあるな……えーと、今日はお互いを知るだけで
十分……まずはあそこのデパートを歩いて、喫茶店でゆっくり話を……)
 柱の陰に、ミサキとアイが隠れているとは露知らず、アキを待ちわびる。
 そこへ、改札から出てきたのは、可愛いピンク色のタンクトップに膝下までの白い
スカートをはいた矢野アキ。愛嬌たっぷりの表情で、手を振りつつマサヒコに近づいて
くる。
「ハァーイ、マサヒコ君。待った?」
「いえ、今来たところで……」
 ぷっ。二人は同時に吹き出した。
「ふふふ、どこかで聞いたようなやりとりね」
「はは、そうですね……アキさん……来てくれて、嬉しいです……」
「あは、そんなに固くならないで……それで、どこ行くの?」
「まずはそこにショッピングモールがありますから、歩いてみませんか? それから
どこかでお茶にしましょう」
「そうね、中学生と高校生なんだから、そんなにお小遣いもないしね? 小物を見て
ショッピングして、あとはお茶でも飲もうね」
 いかんせん、マサヒコは中学生。小遣いはたかが知れている。事情を察してくれる
アキの心使いが、マサヒコは心底、嬉しかった。二人は連れ立って、ショッピング
モールへと歩いてゆく。



 マサヒコとその連れを柱の影から見守る二人。
「(あれがマサちゃんのデートの相手……胸、おっきい……)」
 ミサキはサングラス越しに自分の胸を見やってため息をついた。というか、胸より
顔を見ろ、ミサキ。
「(ふーん、ボーイッシュな可愛いコねえ……少し年上かな? マサヒコ君て、ああ
いうタイプが好みなのかな? それにしてもあの胸、私より大きいわねえ)」
 アイは流石に大学生の余裕……なのか? 多少は分析的ではある。

 一方、こちらはアキを見守る二人。
「(ふーん、あれがアキちゃんのデートの相手……割と可愛い男の子だね。一体、ドコ
で知り合ったのかな?)」
「(それは月曜日にでも聞いてみろ。ホラ、移動するぞ)」
「(ところでお兄ちゃん。あの男の子にも、尾行がついているみたいなんだけど)」
「(ん?)」
「(ほら、あの柱の影)」
「(ん? ああああああっ!?)」
 そこにいたのは、中学生と思しき、サングラスをかけた金髪のツインテールの女の子
と、大学生と思しき、清楚なワンピースに身を包んだ、黒髪の美女。
「(あの人は……この前、海で……)」
 そう、その黒髪の女性こそは、海岸でシンジが一目惚れした相手、濱中アイ。
「(どうしたの、お兄ちゃん? 鼻の下、伸びてるぞ)」
 シンジはカナミの指摘など聞いちゃいない。
「(ここで再会できるとは、千載一隅のチャンス! 今日こそは、今日こそは絶対に
知り合いに……)」
 自分もアキを尾行中であることを忘れ、一人盛り上がるシンジであった。



「あ、これ可愛い〜♪」
「こっちも似合いそうですよ」
 マサヒコとアキは、楽しそうにショッピングモールを回っていた。
(アキさん……やっぱり、綺麗だな……)
(マサヒコ君……年下だけど、結構頼れるタイプかも……)
 それを見守る二人+二人。
(今日こそは……あの人と……)
(お兄ちゃん? 鼻の下伸ばして、どうしたのかな?)
(マサちゃん……あんなに楽しそうに……)
(あの二人がいかがわしいことをするようには見えないけど……でもこれじゃ、ミサキ
ちゃんが可愛そうね……どうしよう……それに、あの二人組も気になるし……)
 アイはシンジ+カナミ組に気づいていた。が、尾行する二組が共同するわけもなく、
六人がそれぞれの思いを乗せ、デートは進んでいく。やがて、小物を二つ三つ買い込ん
で、歩きつかれたマサヒコとアキは喫茶店に入った。
 アイは途中で買った帽子を目深にかぶり、サングラスをかけて変装したつもりの
ミサキと二人して喫茶店の別の席に座る。シンジとカナミは喫茶店の外から見張ってい
たが、シンジの目的は既に違うところにあった。


 アキとマサヒコは楽しそうに談笑している。見張りを続けるシンジにカナミは
「(お兄ちゃん、このまま見張っててね。ちょっとトイレ)」
とささやいてその場を離れた。
 時を同じくして、喫茶店内に座ったミサキも席を立った。トイレでなく、別のフロア
に行ったらしいところを見ると、変装用具の強化だろうか? アイが席に一人残ること
になった。
「(うおおお! チャンス到来!)」
 シンジは勇気を奮い起こした。あの海での一日から、心に蠢き続けて来た思いをぶつ
ける時が来たのだ。行け、シンジ!
 シンジは何食わぬ顔で喫茶店に入った。アキにだけは顔を見られぬよう気をつけて、
マサヒコとアキからはだいぶ離れた、アイが座る席に近づく。平静を装った声でアイの
対面のイスに手をかけた。
「ここ、いいですか?」
「……? あの、連れがいるので……」
 ほかにも開いた席はたくさんある。アイの声がいぶかしげなのも当たり前だが、一世
一代の大勝負、シンジはエイッとその席に座った。
「知っていますが、どうしてもあなたとお話ししたくて……俺、城島シンジといいます。
……えと、お名前、聞いてもいいですか?」
「……濱中アイ……ですが」
 ここですかさず中村リョーコとか、偽名を出せるほどアイはすれていない。
「では、アイさん。俺、覚えてらっしゃらないとは思いますが、先日〇×海岸で、風に
飛ばされたタオルを拾って渡してもらったときに……」
「あ……あのときの……」
 アイの脳裏に、タオルを受け取って、はにかみながら、声をかけようかかけまいか
逡巡していた様子の男の子の記憶が蘇った。
「覚えててくれましたか……それで……俺、あなたを一目見てからずっと、忘れられ
なくて……今日、偶然見かけて、すごくラッキーでした……あの、よかったら……」



 時を同じくして、マサヒコとアキの会話も熱を帯びてきていた。いや、むしろ
マサヒコが一方的に熱くなっていたのだが。
「アキさん……今日は、楽しいです……俺、女の子とデートなんて初めてだったし、
本当は不安だらけだったんですけど……でも、相手がアキさんで良かった……」
「そう言われると、照れるけど……私だって、デートなんて初めてだったし……」
「それで……あの、よかったら……」

マサヒコは身を乗り出し、アキの手をぐいと握った。
「俺と付き合ってください。アキさん!」

シンジも身を乗り出し、アイの手を同様に握った。
「連絡先を教えてください。アイさん!」

 ひときわ高い「アキさん!」「アイさん!」の声に、マサヒコとシンジは同時にお互
いの方へ振り向いた。
 マサヒコの目に入ったのは、喫茶店の別の卓に座っている、自分の家庭教師を務める
美人女子大生、濱中アイ。
(なんでここに濱中先生が?)といぶかしがる暇もない。なんと、見知らぬ男が、アイ
の両手を握り、強引に迫っている! 男は今は振り向いているが、アイの困惑した表情
が、いかに迷惑かを物語っているようだ。
 一方、シンジの目に入ったのは、先ほどまで見張っていた、矢野アキのデートの相手。
これまた、アキの手を握り、強引に迫っている!
 そして、シンジに気づいたアキの視線。
(……? シンジさん? どうして、ここに……)
 戸惑いを浮かべたアキの視線が、シンジにはまるで救いを求めるように見えた。

 マサヒコ、シンジ二人の声が同時に響いた。
「濱中先生に(マサヒコ)」「アキちゃんに(シンジ)「何をする〜!(ダブル)」



「(え? 『濱中先生』……って?)」
 思わぬマサヒコの声に、シンジはアイの方を振り返る。
 マサヒコの方も同時にアキを見た。
「『アキちゃん』って……知り合い?」
「う、うん……えーと……、なんでここにいるのか分からないんだけど……」

 振り向いたシンジのいぶかしげな視線。マサヒコの同じくいぶかしげな視線、それに
シンジを見つめるアキの視線に、アイはたまらず吹き出した。
「ぷっ! クスクスクス……」
 どうやら、自分の手を握っているこの男の子は、マサヒコの相手、つまりアキを護衛
していたつもりらしい。それが、自分に迫った挙句、全部ぶち壊してしまったのだ。
「あ、あははは……」
 アイはたまらず笑い出してしまった。
(や……やば……)
 赤面するシンジ。 


 そこへ、席を外していたミサキが、どこで仕入れたのやら、サングラスに加え、麦
わら帽をかぶって戻ってきた。折悪しく、目に入ったのは、アキの手を握り続ける
マサヒコ。 小さな全身から闘気が沸きあがる。アイの対面に座った見知らぬ男性も
気になったが、もはや、ミサキには周囲の状況など構っている余裕はなかった。
「ま・さ・ちゃん……一体、どういうこと……」
 変装を解きもせず、まっすぐにマサヒコの席に行くと、その耳たぶを指につかんだ。
「……み、ミサキぃ? なんでここに……」
 サングラスと麦わら帽の異様な姿の幼馴染、その周りに漂う闘気。マサヒコは圧倒
された。
「ま・さ・ち・ゃ・ん……」
「い、痛い痛い!」
 耳を引っ張られるマサヒコ。ご愁傷さまです。

 一方のカナミもトイレから戻ってきた。が、詰めていたはずの喫茶店の外にシンジは
見当たらない。
(あれ、お兄ちゃんいないな……)
 周りを見回す。と、なんとシンジは喫茶店の中にいる。それも、さっき見かけた、
もう一組の尾行組と思しき女性の手を握って、その顔を見つめている!
「(どういうことよ〜! お兄ちゃんの好みはキツめの巨乳系お姉さんのはずよ!)」
 突っ込むところが違うぞ、カナミ。
 カナミは喫茶店の中に突入した。まっすぐシンジのところへ行くと、
「お兄ちゃん、この人誰? ねえ、ドコまでいったの? A? B? C?」
 乱入した二人目、過激です。


 ひとしきりの大騒ぎの後。一行は結局、六人揃って席についた。
 とりあえず自己紹介の後、事態を収拾すべく口火を切ったのはマサヒコ。
「えーと、要するに、濱中先生と天野は、俺をずっと尾行していた、と」
 全員で話している今、ミサキと呼ぶのは妙だ。天野と呼ぶマサヒコに、ミサキは
少し悲しげな視線を向けたが、この場合やむをえない。質問に答えたのはアイ。
「そうなの。朝、見かけて、様子が変だと思ったから……」
 ミサキがメモを盗み見たことは内緒だ。優しい先生ハマナカ。
「でも、なんで天野が……」
「……それは、あとで話すね」
 ミサキはもうサングラスも帽子も取って素顔のままだ。マサヒコに尾行の理由を聞か
れ、そう答えたはものの、本当のことを話す自信はなかった。
(どうしよう……ずっと、長いことしまっていた思い……今日、話せるかな……)
 今度はアキが口を開いた。
「で、シンジさんとカナミは、私を尾行していた、と」
「そうなの。なにかあったら大変だ、と思って」
「ただの好奇心でしょうが……で、シンジさんは、そちらの尾行組のアイさんを、
この前の海で見初めていた、と……」
「う、うん……でも、アキちゃんが両手を握られて迫られているのを見たら、あの、
その……なんだか、頭が真っ白になって……」
「マサヒコ君も?」
「え、ええ……濱中先生がなんでここにいるのか、分からなかったけど、とりあえず
強引に迫られているように見えたから……」
「でも、私を口説いている最中に『濱中先生になにをする〜!』はないんじゃない?」
 アキ、結構厳しい。でも顔は笑っている。
「う゛、いやその……すみません……」
 うなだれるマサヒコ。同罪の男はもう一人いる。
「シンジ君、あなたもよ」
 アイも、これまた笑顔を浮かべながら、シンジに言葉をかける。
「は……はい……」
 シンジももはや言い逃れは効かない。うなだれながら、それでもアイの笑顔に心を
奪われているあたり、漢ではある。


 しばしの話し合いの後。結局、マサヒコもシンジも、アイもミサキもアキも、身近な
ところに思う人がいる、または思ってくれる人がいる、ということに気づき、マサヒコ
とアキの交際は一旦、棚上げにし、しばらく自分の周りを見つめなおす、ということで
話がついた。
 棚上げ期間は一ヶ月。一ヶ月経って、マサヒコからアキ、またはアキからマサヒコに
連絡がなかったら、この話は自然消滅となる。
 連絡があった場合は、二人の意向次第なのだが、その場合も妙な尾行がつかないよう、
身の周りを整理すること。

 話が大体まとまったところで、シンジがアイに再び挑戦。
「ところで、良かったら連絡先を……」
 ぱこん! カナミのサンダルがシンジに命中し、一行は笑い声に包まれた。

 そこで集まりは散会となった。

 ちょっと残念そうなのはアイ。
(私のこと、好きになってくれた男性なんて今までいなかったしね……ちょっと、惜し
いかな……でも、『濱中先生になにをする〜!』ってマサヒコ君が立ち上がってくれた
時は、ちょっと嬉しかったかな?)

 そして、少し悲しいのは、思い人が血を分けた兄であるカナミ。
(お兄ちゃんが他の人を好きになったら……ていうか、今そうなったんだけど……
私、それを祝福できるかな……やっぱり、出来ないよね……さっきもサンダルで攻撃
しちゃったし……やっぱり、お兄ちゃん……好き……)

 複雑な思いなのはアキ。
(マサヒコ君とのデートのはずが、なんだか妙なことになっちゃったな……そりゃ、
シンジさんが『アキちゃんになにをする!』って言ってくれたときは、悪い気はしな
かったけど……私、本当にシンジさんが好きかって言ったら自信ないし、シンジさんが
私のこと好きかっていったら自信ないし……あーっ……どうしよう?)


 いやおうなしに選択を突きつけられているのはミサキ。
(あとで、尾行したわけを話さなきゃならない……もう何年も思い続けて、言えな
かった思い……言えるかな……やっぱり、言えないよ……幼馴染の相手に興味があって、
好奇心で尾行した、って誤魔化しちゃおう……)
 どこかで踏み出さないと前には進まない。そんなことは分かっている。それでも、
そのたったの一歩を踏み出せない、悩める少女がここにいた。

 残るは、情けない思いをした男性二人。
 マサヒコはアイ、ミサキと共に電車に揺られつつ、アキとのひとときを、アイが
シンジに迫られていると見たときにこみ上げてきた激情を、そして、自分を見つめる
ミサキの視線を、反芻していた。
(俺が好きなのは……アキさんだ……そうだと思ったから、勇気を奮いおこして、
デートに誘った……でも、濱中先生が迫られていたときに込み上げてきたあれは……
一体……それに、ミサキは……あ〜、わかんねえ……)
 マサヒコ、いまだ恋愛経験値は圧倒的不足。

 一方、こちらはシンジ。
 電車の中、カナミとアキを両側に従え、両手に花状態ながら、脳裏に浮かぶのは違う
女性のことだった。
(アキちゃんを守れたのは嘘じゃないけど、アイさんに嫌われたかな……でも……
濱中アイさん……か……俺、あきらめませんよ……)
 漢だ、城島シンジ。


(エピローグ1)
 そんなわけで、表面的には元通りの日々が戻ってきた。
 次の家庭教師の日。中村リョーコ、アイ、ミサキ、マサヒコが小久保邸に集まった。
 的山リンコは少々遅れている。

 よせばいいのに先日のことを話すアイ。事情を聞いたリョーコはあっさりと言った。
「……ふーん、そんなことがあったの。それなら、いい方法があったのに」
「え? 先輩、それは?」
「要するに誰が誰を好きか、はっきりさせればよかったんでしょ? なら、そのまま
ホテルへ行って6Pすれば一発で……」
 リョーコは相変わらずだ。すかさずマサヒコが突っ込む。
「やめえええぃ!」
が、手遅れだった。まずミサキが
「そっそんな〜! わああ〜!」
と、泣いてその場を走り去った。
「なんて悪女だ……」
 たまらずマサヒコがつぶやく。続いてアイが、
「そーですよ、ヒドイです先輩! 私まだ処女なのにいきなり6Pだなんて〜!」
 これまた、泣きながら走り去る。相変わらず、脱線ばかりの授業風景。



(エピローグ2)
 大騒ぎ翌日の小笠原高校。シンジ、アキ、ショーコがいるところへ、興奮した様子の
カナミがやってきた。
「お兄ちゃん、昨日は大失敗しちゃった!」
「……? なんだ?」
 シンジにとっては、アイの前でアキをかばってしまった、あれ以上の失敗などない。
いや、アキをかばったのが失敗ではないのだが、それがアイに思い切ってアタックして
いた最中だったというのは……。
「あの時、誰が誰を好きか、すぐわかる方法があったんだから、言っちゃえば良かった
と思って。あの場では浮かばなかったんだけど。ねえ、もう一回6人集まれないかな?
 そしたら、六人みんなでホテルへ行って6P……」
 中村リョーコと同じ発想かよカナミ。
 アキとシンジの腕が同時に動き、ビシッ!と突っ込みポーズを取った。
「なんでやねん!」
 W突っ込み、発動。
「息ぴったりだな〜」
 ショーコのセリフがのんびりと響いていた。
 平凡で平穏な日々。その有難さをこの若者たちが知るには、もう少し時間が必要な
ようだ。

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