作品名 |
作者名 |
カップリング |
「女の悪戯と男の本気」 |
トマソン氏 |
小宮山×坪井 |
「(俺、もしかして、誘われてるのかなあ……)」
とある日の深夜。
アパートでベッドに身をあずけ、寝返りを繰り返し、悶々と悩む男が一人。
彼の名は坪井先生。熱血ながら往々にして空回りの目立つ、24歳の新米の高校教師で
ある。彼は、先輩にして同僚の化学教師であり、25才の独身女性であり、また良き?
相談相手でもある、小宮山先生の近頃の態度を計りかねていた。
というのも、どうもここ数日、彼に向ける小宮山先生の態度が思わせぶりなのだ。
坪井先生は、ここ数日の小宮山先生とのやり取りを思い返した。
(あれは……三日前のことか……。)
「慣れないヒールはダメね、靴ずれしちゃった」
「痛いですよね」
小宮山先生と加藤先生が、新しいハイヒールの話をしていて、ちょうど掲示板の
前に佇んでいたので、掲示板に貼ってあった衛生関係のポスターを確認したかった俺は、
そのポスターの前をあけてもらおうと、二人に声をかけた。
「あのーすみません、ちょっと見えないんですけど……」
「あら、すみません、気が効かなくて」
小宮山先生は何を思ったか、俺のそばに来ると、スカートの奥が見える角度で膝を
折ってみせ、靴擦れの足をもみ始めた。
「……!?」
その眺めに俺の視線は釘付けにされてしまった。
すらりと伸びた、ストッキングに包まれた肉感的な脚が根元まで見え、ベージュの
布切れまでがわずかにのぞいた。
微妙な部分の刺繍の模様までが、この目に焼きついている。
「ちょ、ちょっと小宮山先生……」
あわてて止めはしたが、加藤先生の痛い視線がなかったら、あのままじっくり見て
いたかった。
(そして昨日はこうだ……。)
俺は校門の外の桜の木に寄りかかって、タバコを吸っていた。
「校内禁煙を機にタバコやめようと思ったけど……なかなかできないもんだなあ」
と一人ごちていると、そこにぬっと現れた小宮山先生がガムを差し出してくれた。
「禁煙のコツは、普段から何か口に入れておけばいいのよ。ホラ」
「あ、どうも」
「私も学生の頃吸ってたんだけど、その方法でやめられたわ。
そのおかげでフェラも上達できたし」
俺は受け取ったガムを噛みながら、
「じゃあ僕も誰かにオッパイ吸わせてもらおーかな〜」
改めて考えるとけっこうものすごい会話だが、これくらいは小宮山先生と俺の間では
いつものことだ。この会話を耳にはさんだらしい通りがかりの女子生徒は、いわく言い
がたい視線を向けてきたが。
ところが、この時の小宮山先生はそれだけでは終わらなかった。
「ここにもあるわよ、吸ってみる?」
胸の開いた黒い服を着ていた小宮山先生が、その服の、胸の上端の切れ目にちょんと
指を掛け、前に引っ張って胸元を開いて見せた。俺の隣に並んで立った小宮山先生の
胸元が、俺にだけ見える角度であらわになり、なんとノーブラの乳房のふくらみが、
さらにその先端に息づく乳首までが俺の視界に飛び込んできた。
「……!?」
俺は視線を離せなかった。心拍数が急上昇し、頭に血が上っていくのが分かった。
それに、そのとき俺の顔を見つめていた小宮山先生の悪戯っぽい表情ときたら……。
「小宮山せんせー! お電話でーす!」
と、緒方先生が職員室から小宮山先生を大声で呼んだので、その場はそれで終わったが。
俺はしばらくその場に立ち尽くしてしまった。
(そして今日、それもついさっき……)
夜8時ごろの話。テスト結果を整理していたら遅くなってしまい、気がつくと、
小宮山先生と俺との二人だけが職員室に残っていた。
ふっと机から顔を上げた小宮山先生が掛時計に目をやって、会話の口火を切った。
「フー、職員室に私達しかいないと思ったら、もうこんな時間なのね」
「ホントだ。小腹もすいたし、出前とりましょう。先生は何が食べたいですか?」
俺は電話機と近所の定食屋のメニューを手にして、小宮山先生に希望を聞いた。
そのとき……小宮山先生は、俺の後ろに回るとそっと腕を俺の体にまわして、背中に
胸の膨らみを押し付け、
「そーねぇ……アンタを食おうかしら」
この時は心臓が飛び上がるかと思った。多分、顔は赤くなってたろうな。思わず
振り向いたら、小宮山先生は舌なめずりしてた……。
「なーんて、うそうそ。私、親子丼ね」
からかっているのか、誘惑してるのか、ぎりぎりのところで楽しんでいるとしか
見えない様子だった。
「いやー、先生が言うとうそに聞こえませんよ」
正直、心臓をバクバクさせながらの言い草。冷や汗もかいていた。
小宮山先生はまたしても悪戯っぽい視線を俺に向け、
「あら、本当でもいいのかしら?」
再び俺の心臓が跳ね上がった。
あのとき、宿直の見回りの警備員さんが入ってこなかったら、一体どうなっていた
ことか。
「(こうして考え直すと、やっぱり、誘われてるような気がしてきたな。……それなら、
ほっておくのも失礼か。まずは明日、食事にでも誘ってみようかな……)」
恋は盲目とはよく言ったものだ。誘っているかのような小宮山先生の、相手を弄ぶ
態度が、実はいつものことだということに、坪井先生はついぞ思い至らなかった。
いやそれ以前に、小宮山先生が、一言で言うと変態であるという事実は、坪井先生の
意識からすっぽり抜け落ちていたらしい。あるいは、既に慣れて感じなくなったか。
「(よし、明日は勝負!)」
勇者に敬礼。
翌日の夕方、職員室で二人になったタイミングを計って、坪井先生は小宮山先生に
笑顔を向けた。
「小宮山先生、今晩、食事でも行きませんか?」
「あら、飲み会へのお誘い? 加藤先生も誘ってく?」
「いえ、二人で行きましょう」
「あら、それじゃあまるでデートじゃない?」
勝負どころ。坪井先生は精一杯さわやかな笑顔を作り、小宮山先生から視線を外さず
に答えた。
「そうです。先生をデートに誘っているんですよ」
「あら、デートなんて久しぶり。嬉しいわ。それじゃ、6時に出ましょ」
あっさり初デートの約束を取り付け、坪井先生はちょっと拍子抜けした。が、胸が
高鳴るのを押さえようもなかった。脳内で話題をリストアップする。こんなに終業が
待ち遠しかったのは、いつ以来だろうか?
二人は少し学校から離れた居酒屋に席を占めた。
「居酒屋でいいんですか? 折角デートなんだから、もう少しましなレストランでも」
「いいのよ、このほうが安上がりでおいしくて、変な遠慮もいらないし」
坪井先生としても、女性と差し向かいで飲むのは久しぶりで、うまい酒を飲んだ。
おまけに、小宮山先生は生徒の扱い方、生徒の心情の読み方に始まり、男女別での
下ネタギャグ等、いままでいろいろ教えてもらった相手である。お互い好みも分かって
いるし、話ははずむわ、下ネタは炸裂するわで、すっかり盛り上がってしまった。
小宮山先生もビールと焼酎で顔が上気している。頃はよし。
笑い声がふっと途切れたところで、坪井先生は勝負に出た。
「ああ今日は愉快だ。やっぱり美人と飲む酒はうまいですよ」
「あら嬉しい。もしかして、私のこと、口説いてるのかしら?」
まさに勝負どころ! 坪井先生は微笑をたたえたまま、真剣なまなざしを連れに向ける。
「……そうです。小宮山先生、場所を変えませんか?」」
小宮山先生もじっと坪井先生を見つめるが、経験値が違う。内心では平静である。
(あらまあ、なんだか本気みたい。これだけ熱意をもって口説かれるのも久しぶりねえ。
このところ、坪井くんには何回かイタズラしちゃったから……
でも、この先の私の相手は坪井くんにはちょっと早いわねぇ……)
「実は俺のアパート、すぐそこなんですよ。ちょっと休んでいきましょう」
「そうねぇ、でも坪井先生、顔が真っ赤よ? 結構酔ってるでしょ、酔いざましの薬、
持ってるけど、飲む?」
(折角の申し出、飲まないのも失礼かなあ。それに実際、結構酔ってるし)
「これは、どうも。用意がいいですね」
と坪井先生は差し出された粉薬をお茶漬けの汁で流し込んだ。
ほどなく、坪井先生の意識が薄れていった。頭がゆっくりと机に垂れる。
「あらっ?! 酔い覚ましのはずが、間違えて睡眠薬を渡しちゃった!」
店員達の手前、粉薬の袋を手に、わざとらしく声を上げる小宮山先生。
「ま、いいか、また明日会うんだから。そのときは謝らなきゃね」
小宮山先生はあっけらかんとした顔で伝票を坪井先生に押し付け、さて、と立ち
上がると、颯爽と居酒屋を後にした。
「ご馳走様、坪井くん」
坪井先生は店員に揺り起こされて目が覚めた。
「お客さん! もうカンバンですよ、起きてください!」
はっと上体を起こした坪井先生の目に入ったのは、すでに食器が片付けられた卓と、
目の前に置かれた居酒屋の伝票。
紙の裏になにか赤いものが透けて見える。めくってみるとそこには、小宮山先生の
筆跡で「ごちそうさま」というメモと、口紅の後も瑞々しく、キスマークがひとつ。
(……俺、なんで寝ちまったんだ? あ……そういえば以前……)
そこでようやく坪井先生は思い出した。加藤先生をまじえて三人で飲んだ時に、
小宮山先生が加藤先生に胃薬だと言って飲ませた薬が、実は睡眠薬で、加藤先生が
あっという間に寝てしまったことを。
あの時は小宮山先生にとって、加藤先生を眠らせたところで何もメリットはなかった
わけだが、今回は……。
(そっか……俺、やっぱり、からかわれてただけみたいだな……)
坪井先生はため息をつくと勘定を払い、一人寂しくすぐ近くのアパートに帰り、
いつものように一人、冷たいベッドに入った。
が、さすがは百戦錬磨の小宮山先生。これからも毎日顔を合わせる相手を傷つけた
ままにはしないし、せっかくのメッシー君を一度きりで終わらせるはずもない。
翌日、小宮山先生に潤んだ瞳で謝罪された坪井先生は、結局何もなしに飲み代を
奢っただけであったことをすっかり忘れ、この後も同じ過ちを繰り返すことになる。
ま、それも男の甲斐性というものか。
きっといつか、小宮山先生に思いが通じる時が来る。もっともそれで幸せかどうかは
保証できないが。
熱血教師、坪井先生に幸あれ。