作品名 |
作者名 |
カップリング |
「伝えたい想い」 |
白帯侍氏 |
- |
真夏の日差しを受けて光る海面が穏やかにうねっている。
水平線を眺めてみると澄んだ海はどこまでも青く、空との境界を判別することができない。
「あち〜〜〜・・・」
城嶋シンジは焼ける様な砂の上で嘆いていた。
例の如くシンジ達は夏休みにいつものメンバーで海に旅行をしにきている。
いつものといってもショーコは彼氏との旅行、カオルは部活の合宿で欠席。
以前のマナカの言葉を借りるとするなら「4P仲間に思われる」面子だ。
浅瀬では3人の少女たちがキラキラとした水しぶきをあげている。
はしゃいでいる女性陣に対し、シンジはパラソルの中で彼女たちを見つめていた。
アキに「泳がないんですか?」と聞かれたときに
「勃っちゃって立てないんだよね。治まったらお兄ちゃんも来てね!」
というカナミのボケがあったのはもはやお約束だった。
普段ならそこで鋭いツッコみがシンジから飛ぶのだがこの暑さのせいでその気力すら出すことが出来ず。
代わりにアキがすぐにカナミを引っ張っていってくれたでおかげで必要以上に体力を消費することは無かった。
(ありがとう、矢野ちゃん・・・)
心の中でツッコみ仲間であるアキにお礼を述べるシンジ。
そうしてカナミとマナカと戯れるアキに目をやる。
彼女は以前同じ学年の生徒に告白されたがそれを断ったらしい。
他に好きな人がいたの、と聞いたら顔を朱に染め目を逸らされながらハイ、という答えを聞いた。
それから彼女とは何故かは知らないが今まで以上に話す頻度が増えた気がする。
会ったときに交わす会話も多くなったしカナミといるとき程ではないがいろいろな表情を見せてくれることもある。
妹の友人とこんな風に仲良くなるなんてな・・・・
事実この旅行にも(後でカナミも誘ったであろうが)『お兄さんも旅行に来ませんか』と誘ってくれたのも彼女だったりする。
矢野ちゃん、か・・・
シンジが感じているようにアキは最近彼に対して積極的になっていた。
周囲の親しい間柄の者もその変化には当然気付いており、同時にアキがシンジに抱いている感情を悟っていた。
それに気付いてないのはその想いを受ける当事者、城嶋シンジくらいではないだろうか。
以前アキにはぐらかされたカナミとマナカも例に漏れることなく。
「お兄ちゃんの趣味もっと分かったほうがいいよね。お兄ちゃんの部屋からナニか拝借してくる?」
「来るときまで純潔を汚したくありませんよね。私の貞操帯貸しましょうか?」
などとシンジへの想いに託けて下ネタを繰り出してくるようになった。
「お前らのアドバイスは何から何まで間違ってる」
しかしそれに対して照れながらもアキが的確にツッコめるのはやはりアキがアキたる所以だった。
しかしそれでもボケ続けるのが彼女たちが彼女たちである所以。
それはこの旅行のときでも変わらないわけで。
「ところでアキちゃん」
浅瀬で水を掛け合ったりしてはしゃぎ合っているときにカナミがアキに話しかける。
「ん?何?」
「今日はお兄ちゃんの所に夜這いに行くんだよね」
バシャッ
無言無表情でカナミの顔にピンポイントで水をはねかけるアキ。
「ケホッ・・ひどいよ、アキちゃん・・・顔にかけるなんて・・」
「こんところで顔射ですか、ひどいですよアキさん。」
「お前たちは私が可哀想とは思わないのか?」
いつもならこれで終わるはずの漫才。しかし今日は・・・
「さっきの別に冗談じゃないのに・・・」
「アンタねぇ・・・」
少し呆れ気味のアキだったがそこでマナカが口を挟む。
「でもカナミちゃんの言い分も分かりますよ。アキさんはもっと押していくべきです」
「マナカ・・・」
「お兄さんに想いを寄せてそうな人、結構いますよ。何か行動起こさないと誰かに取られちゃいますよ」
「あっ・・うん・・・でも・・・・」
確かにマナカの言ってることは間違いではなかった。
シンジはカナミの兄だけあってそこらの男より顔が端整で、しかも人柄も優しいときている。(人並み以上に性欲はありそうだが)
(確かにそうかもしれない・・・でも・・・・)
あと一歩踏み出せない。このような類の想いを抱いたこと自体がアキはほぼ皆無なのでどうしていいか分からない。
「でも寝るだけではいまいち決め手に欠けますね・・・カナミちゃん」
「は〜い」
「え?えっ!?」
思考を巡らしていたアキを2人で抱え浅瀬から連れ出し砂浜まで移動する。
そしてカナミはアキを羽交い絞めにし動けなくした。ここまで会話なし。阿吽の呼吸である。
アキの頬を汗が伝っていく。暑さのせいではない、冷や汗だ。
カナミが今していること、マナカの如何わしい事を企んでいますといわんばかりの表情、
そして今までの経験上からこれは危険だとアキの頭の中では警報が鳴り響いている。
「知識無しではこのチャンスを生かすことが出来ませんよ。今からレクチャーしますからしっかり覚えてくださいね」
「アキちゃん、がんばってね!」
「ひっ・・・のぉぉぉーーー!!」
たくさんの観光客で賑わう常夏の海辺に不似合いな少女の断末魔が木霊する。
あやうくカナミ達に純潔を汚されようとしていたアキだったが
シンジが絶妙のタイミングでいつもの如く割って入ってくれたおかげで事なきを得た。
アキが今まで貞操を汚されずに済んだのは比喩でもなく本当にシンジのおかげなのかもしれない。
真夏の夜の海は昼間のそれとは違い幻想的な世界へと表情を変えていた。
夜空にはおもちゃ箱をひっくり返したかのようにたくさんの星達が煌いている。
海の方を眺めると日中は太陽の光で爛々と輝いていた海面が空に光る月に照らされていて、昼とは違う神秘的な蒼を映し出していた。
心地良い潮風が吹き、周囲では波が打ち寄せる音しかしない。
「うわ〜〜・・・キレ〜〜・・・」
目の前に広がる世界にアキは思わず感嘆の声を漏らす。
シンジ達はホテルでの食事を終えて花火をするために夜の海辺へやってきていた。
「うわ〜〜!すごいね!」
「ええ、本当ですね。心が澄んでいきますね」
「そうだね〜〜」
同様にその光景に感動した2人も楽しげである。
心が澄む、という言葉にシンジ、アキは何か引っかかったような顔を一瞬浮かべたが、それをこの場でツッコむのもあまりに無粋に思えたので心の中にその言葉をしまう。
そうしてシンジ達は用意してきた花火に取り掛かった。
「で、早速始めようと思ったんだが」
「ん?どうしたのお兄ちゃん?」
「何なんだ、これは?」
「これはって・・・蝋燭」
シンジが指したそれは確かにカナミが言うとおり蝋燭ではあった。しかし・・・
「何故か俺はとあるビデオでこれと似たようなのを見たことがある」
「お兄ちゃん、こっちのほうが好きでしょ」
そう、それは所謂SMプレイに使われる赤い蝋燭だった。
シンジの如何なものかとも思える発言もこのメンバーの中では自然に響くのが不思議である。
気を取り直し再び花火を開始。蝋燭はシンジが別に持ってきた通常のものに変えた。
各々が好きな花火を手に取りそれを楽しんでいる。
「マナカ、何やってんの?」
それぞれから花火の光が見えてるというのにマナカの所からはモクモクと煙が。
「これですか。蛇花火です」
「なんて地味なものを・・・」
というかこういう場で蛇花火が使われるとは非常にシュールな感じがする。
「甘いですね、アキさん。これの楽しみ方を分かってないなんて」
「黒いのが伸びてくだけのもののどこに楽しみを見出せと」
「よーく見てみてください。見えてきませんか。私、最近スカトロものばかり・・・」
途中でオチに気付きスタスタとその場を立ち去るアキ。マナカは最後まで言葉を言うことができず去っていくアキを悲しげに見つめ・・・
「放置プレイとはやりますね、アキさん」
・・・前言撤回、いつも通りの発言をしながら見送った。
しばらくみんなで花火を楽しんでいると、
「ちょっと外してもいいですか」
とマナカが小声で訊ねてきた。
どうしたの?と私が聞くとトイレに行きたいが貞操帯のカギを部屋に取りに行かなければならないという旨を伝えてきた。
それと同時にカナミも、
「のど渇いたからジュース買ってきていい?」
と言い出し、カナミとマナカ2人一緒にホテルの方に向かって行った。
仕方ないから1人で花火を続けることにする。
線香花火に火をつけ赤い火の玉が火花を散らしているのをしゃがんで眺める。
そうしていると
「・・・今日もお疲れ様」
後ろからシンジさんの声が聞こえた。
「ありがとうございます。お兄さんもお疲れ様です」
軽くシンジさんの方に顔を向けそういうと私たちは2人でクスクスと笑いあった。
・・・・2人で?
そのことに気付くと同時に花火の赤い火の玉が落ちる。
変わりに私の顔が急激に赤くなっていくのを感じた。
学校で話すといっても周りには生徒たちがいるので2人きりという状態になるのはほとんど無い。
でも・・・ここで正真正銘の『2人きり』になるなんて・・・
私はやっとあの2人が一緒にここから離れた意図に気付いた。
なんだかんだ言って彼女たちは私の恋を応援してくれている。私はそのことに対して感謝の気持ちが溢れてきた。
でも・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
い、いきなり過ぎてど、どどどうすればいいんだかわか、分かんないんだけど!!
周りでは波の音しか聞こえないので急に大きく鳴り出した胸の鼓動が聞こえるんじゃないかと心配になる。
まぁそんなことはあり得ないんだけど・・・
「矢野ちゃん」
「ハッ、ハイッ!」
ヤバイ!めちゃくちゃ声上ずってる!絶対変に思われ・・・
「ホントいつもありがとうね」
「え?」
私の反応には何も言わず突然礼をするシンジさん。私はバカみたいに呆けていた
「今日もカナミが君に迷惑かけてたんだけど・・・なんかあーいうの見てさ、ちょっと嬉しいんだ。
家に親、ほとんどいないからさ。中学校のときアイツ明るく振舞ってたけど、
やっぱりどこか寂しそうだったんだ」
最初何の話かと思ったがそれはカナミのことを語っているものだった。
「でも高校入ってからはそんな顔あまり見せなくなったんだ。毎日楽しそうにして・・・
まぁお陰でこっちの気苦労も増えたんだけど。」
軽くこっちに苦笑してみせるシンジさん。不意にドクンッと一際大きな音が鳴った。
「それってやっぱ君たちの・・・特に矢野ちゃん、君のお陰だと思う。だから1度改まって・・お礼がしたかったんだけど・・・・」
私にお礼を述べた後、きまりが悪いと思ったのか視線を逸らして照れくさそうにしている。
その仕草がすごく愛しく思えて・・・・
私は立ち上がりシンジさんを正面に見据え心からの笑顔を向けて、
「どういたしまして、シンジさん♪」
シンジさんはそれを聞いてボーっとし、それから少し戸惑っている素振を見せる。
何かなと思ったらシンジさんがぼそっと呟く。それを聞いて私は今までで最高なのではと思うほど顔を赤らめた。
「シンジ・・・さん・・?」
矢野ちゃんと2人きりになっていることに気付き、俺は矢野ちゃんに前から思ってたことを打ち明けた。
たぶん旅行に来ているという開放感と最近の彼女との関係がそれを言わせたのだろう。
でも言った後に自分の発言がものすごく恥ずかしいものだったことに気付いてしまう。
「どういたしまして、シンジさん♪」
照れて顔を逸らしていたら、彼女は立ち上がってこちらに体を向けにっこりと微笑みながらそう言った。
矢野ちゃんは仄かに青白い月明かりに照らされていて。
その姿は神秘的で・・・・ちょっと・・・・いや、かなり可愛かった。
それに見とれていたが、ふと先ほどの言葉に何か違和感があることに気付く。
そしてそれをそのまま口に出してしまったわけで。
「シンジ・・・・さん・・?」
途端に彼女の顔が見る見る赤くなっていく。えっ?どゆこと?
・・・・・考察開始・・・・・
ただの妹の友人→それ故『お兄さん』
以前より親しい間柄→いい雰囲気→ふと出てきた『シンジさん』
・・・・・考察完了・・・・・
つまりこれって・・・・アレってことか!?
よくカナミに『お兄ちゃんってなんか鈍いよね』などと言われるが流石にこれを流せる程ではない。
そういう風に想われるのは正直かなり嬉しいんだけど・・・・
いや、でも・・・・あぁー!!経験無いからどーいう反応すればいいかわからん!
多分めちゃくちゃ動揺してるの気付かれてるよな・・・・
沈黙。波の音がやけにうるさい。その音を聞きながら俺はこれからのことを考える。
矢野ちゃんが告げてしまった今、この現状をどうするかというのは俺に懸かっている。
ただの妹の友人以上の感情はある、よな。
そうじゃなければこんな風に打ち解けて話すことなんて出来ない。
でも恋愛感情かと聞かれたらよく分からない。
そりゃ十分そういう対象としても見ることが出来るけどだからといって=好きという風に思えるほど単純じゃない。
でも・・・・・・
『どういたしまして、シンジさん♪』
果たして今までにあれ程女の子に見とれてしまうことがあっただろうか?
あの時感じた想いは多分・・・
俺の中で一つの結論がでるというとき、矢野ちゃんは何かを決意したような顔になり、言葉を発しようと口を開く。
「あの・・・」
ヤバイ!カナミ達に襲われることよりも遥かにヤバイ!!
いつもは心の中と実際呼ぶのは使い分けてるはずなのに雰囲気でそのまま名前で呼んでしまった。
でも言ってしまったことを後悔してももはや後の祭りだった。
シンジさんはあきらかに動揺してるみたい。
と、とにかく何とか誤魔化さなくちゃ・・・・
いつかは、と思っていたがとてもじゃないけどこんな不意打ちってない(私の責任なんだけど)
私の想いには気付かれたかもしれないけど今ならお互いなかったことに出来る。
なら早速、と思ったところで親友2人の言葉が頭をよぎった。
『さっきの別に冗談じゃないのに・・・』
『何か行動起こさないと誰かに取られちゃいますよ』
カナミ、マナカ・・・・
・・・・・・・・・・ありがと、もう少しでとんでもないことするとこだった。
この機会を逃してしまっては私はきっとこの先この想いを伝えられない。
臆病風に吹かれてずっと先延ばしにしてしまうに違いない。
それで誰かにシンジさんを取られてしまうなんて・・・・そんなの・・・・・・絶対自分を許せない。
私は意を決して口を開く。
「あの・・・・さっきはいきなりあんな呼び方しちゃってすみません。驚きましたよね・・・・」
何か私の態度から感じたのだろうか、シンジさんは黙って私の言うことを聞いていた。
頑張れ、私。
言葉を一度切り、私は一番伝えたかったことをシンジさんに伝える。
「でも・・・・・・・それが私の気持ちです。迷惑じゃなかったら・・・このまま名前、呼ばせて下さい。」
と、とうとう言ってしまった。
具体的な言葉にはしてないがそれは今の状況では告白としかとれない言葉だった。
も、もうこれで後戻りはできない。
イエスかノー、天国か地獄、デッドオアアライブ。
恥ずかしさと不安が入り交じって、とてもじゃないけど彼の顔を見てられなくなる。
俯いたまま私は質問の答えを私は待った。
「ふぅ〜〜・・・まいったな」
一拍おいて溜め息をつくシンジさん。
えっ…
彼の発言にふと顔を上げる。そして私の顔にありありと悲しみが表れてくる。
やっぱりダメか・・・シンジさんを好きな人、たくさんいるからね・・・私なんか・・・
自分がとても滑稽に、惨めに思えてきて私はこの場から逃げ出したくなる。
「これからカナミ達にからかわれるのかって思ってね。」
そーですよね・・・・・・ってえ?なんか言ってることが変な気が・・・・
「喜んで。これから・・・よろしくね、アキちゃん」
こ、これって・・・・・・・・・・・
シンジさんの言葉の意味を理解すると急に視界がぼやけてきた。
張り詰めてた緊張と不安がなくなると同時に涙が溢れてくる。
な、泣いてる場合じゃ!お礼・・・・・・
「あ、ありがとう・・・・・うっ・・・・ござい・・・・・・・・ます・・・・うぅ・・・」
1度開放されたダムは勢いを止めることができなかった。
私は子供みたいに泣きじゃくる。恥ずかしいと思いながらもどうすることもできない。
シンジさんはしばらく困った顔をし、それからこちらに近付いてきた。
そして私のすぐ前に立ち…
月の光に創られた二つの影が一つになった。私はシンジさんの胸の中に収められて優しく抱き締められる。
この夢のような夜が夢ではないことを、
彼の抱き締める腕の感触、匂い、暖かさから確認することができる。
それを感じると他のどんな感情よりも嬉しさが込み上げてきて。
私は彼にしがみつくようにして涙が枯れるまで泣き続けた。
「落ち着いた?」
私が泣きやむのを確認するとシンジさんはそう聞いてきた。
「はい、ありがとうございます。・・・その・・・・・ごめんなさい」
「どういたしまして。謝る必要なんてないのに」
そう言葉を返されきまりが悪くなる私。
なんか主導権握られまくってるなぁ、私・・・・
せっかくこういう関係になれたんだから何かしてやりたくなる。
「シンジさん、さっきカナミにからかわれるから困るって言ってましたよね?でも大丈夫ですよ」
私の突然の言葉に不思議そうな顔を返してくる。
「これからは二人でツッコめますから。負担も半分です。」
そう言うとシンジさんは初めて私と自分との関係の変化を意識したのだろうか、恥ずかしそうに顔を背けてしまった。
可愛いなぁなどと見つめていたらシンジさんの後方にあるものがいることに気付く。
もう人がいない真っ暗な海の家の陰からこちらを覗いている人影が二つ。
あいつら・・・・・・・・・・
私はシンジさんから放れてロケット花火を手に取りその陰の方にそれを向ける。
「ア、アキちゃん?」
私の不可解な行動に動揺するシンジさん。それに構わず私は花火に点火。
ヒュ―――――――ン…………パンッ!
花火は狙い通りの方向に飛んで行き狙い通りの場所で爆発した。
「きゃっ…あぁ〜〜!ビデオ落っことしちゃった〜〜!」
「酷いですよ、アキさん!でもこれは・・・・・花火を利用したSMプレイ・・・小説のネタに使えるかもしれませんね・・・」
「もう!酷いよアキちゃ…」
覗いておいて好き勝手言っていた彼女らだったが私の様子を見て口をつぐむ。
「と、闘気が・・・・・・」
そう言いながら怯えるシンジさん。それ程沸々と私の怒りが沸いていたのだろう。
すたこらと逃げ出す覗き二人。
どうやら今夜の最後の仕事は夜這いではなく二人への説教に変わってしまったらしい。
溜め息をついて私はホテルに足を向けようとする。
が、そこでふとあることが頭に思いついた。
まだショックから回復できず呆けてるシンジさんの下に小走りで向かっていき目の前で止まる。
「シンジさん♪」
「・・・ん?何?・・・・・・っ!!?」
目の前に来た私にやっと気付いたシンジさんに私は少し背伸びし
彼の唇に不意打ちで自分のそれを重ねる。
触れるだけのキスを2,3秒交わしそっと唇を離す。
顔を赤くさせ驚いているシンジさんに私は照れながらも満面の笑みを浮かべ、
「今日はありがとうございました!おやすみなさい♪」
そう告げて私は二人が向かったであろうホテルへ走っていった。
「・・・っ!お、おやすみ!!」
後ろからそう叫ぶシンジさんの声が聞こえ、私は振り向いて手を振り返す。
走ってホテルの前まで来て息をつき、ふと空を仰いで見る。
ホテルから出てきたときに少しだけあった雲が無くなっていて、私の目に一面の星空が映る。
一点の曇りもない空の宝石が一層煌きを増し、それはまるで私のこと祝福してくれているようであった。
「ありがと♪それじゃ、いってきます!」
そして私は彼女たちが待つであろう部屋へ向かう。
おせっかいで、少しやりすぎな思春期の親友たちに憤怒と・・・・心からの感謝をぶちまけるために。
「シンジさん、今日はありがとうございます。お陰でいい買い物が出来ました」
「どういたしまして。俺もいろいろ楽しめたよ」
アキとシンジは買い物帰りの電車の中、楽しげに会話をしていた。
周りにカナミやマナカといった知り合いは誰もいない。正真正銘2人きりだ。
それもそのはず。
これは世間一般で言う『恋人同士』のデートなのだから。
シンジとアキは夏休み中の旅行での出来事を機に付き合いだした。
最初のうちはその変化に多少戸惑っていたが、もともと同類の人間である2人。
何よりお互いの腹は以前から知っているので、特に滞りなく今の状態に落ち着いた。
そうはいっても恋愛に対しては奥手な2人。
恋人同士で交わすキスはもとより、手を繋ぐことですら多少の照れが生じてしまう2人の関係は
正に初々しいカップルのそれだった。
夏休みが終わり学校に登校し始めると、周囲の人間は2人の関係の変化に当然気がつくわけで。
「そっか・・・後輩の子、とね。大切にしなさいよ、城嶋君。」
それは悲しみを隠し、2人の関係を応援してくれるシンジのクラスメイトだったり。
「おめでとう!何かトラブルでもあったら何でも相談してよね。
私のほうがそっちの方では先輩だからね♪」
それはアキの恋愛成就を心から喜ぶ彼氏持ちのアキの友人だったり。
「矢野さん、これからはツッコむだけじゃなく突っ込まれる側にもまわるわけね。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
それはいつもの如く下ネタをぶつけてくる変態女教師だったり。
2人は、特に以前からシンジに想いを寄せていた事を知られていたアキは、
たくさんの友人達から祝福を受けたのだった。
そんなこんなで、今日はアキの買い物にシンジが付き合うという形で、2人は街に繰り出していたのであった。
「もう夏も終わるんですね」
「そうか、あと少しで9月になるのか」
沈黙。それぞれ物思いに耽る2人。
今年は2人にとってまさに激動の夏であった。
アキがシンジへの想いに気付き、シンジがその想いを受け止め、2人の関係が友人から恋人に変わった夏。
生涯の中でおそらく1番暑い夏。
その夏が過ぎていく、その事実が2人をとても感傷的にさせる。
「・・・・・・・・そーいえば」
「どうしたの?」
沈黙を破ったアキにシンジは尋ねる。
「次の土曜日に夏祭りがありますよね」
「そーだね。今年はやけに遅い気がするけど」
確かにシンジが思っている通り、今年の夏祭りは例年より大分遅い時期に執り行われる。
もっと花火を打ち上げて欲しいという要望が去年あったらしく、
今年は前年よりも花火の数を増やすということになり、それに伴って開催の時期も遅れさせられたのだ。
「シンジさん、今年のお祭りは・・・・2人でいきませんか?」
上目遣いでシンジの瞳を覗き込みながらそう尋ねるアキ。
(か、可愛い・・・・)
そんなことを思いながらも、シンジは冷静を装いながらそれに答える。
「俺はいいけど・・・・今年はカナミ達と行かなくていいの?」
どこまでも鈍感なシンジ。まぁシンジらしいと言えばそれまでなのだが。
「・・・・・2人きりで行きたいから誘ったんです!もう!」
顔を背け怒った振りをするアキ。シンジは戸惑って「ご、ごめん」と口にする。
(まぁ、そんなトコもいいんだけどね)
「・・・冗談です。怒ってませんから」
そう言って笑顔を見せ、アキはシンジの方にすり寄って、彼の肩に寄りかかる。
一瞬と惑ったが、シンジはすぐにそんな愛らしい恋人の肩を優しく引き寄せた。
建物の向こう側に落下していく茜色の太陽が電車で揺られる2人を照らす。
夕日の赤にはもう夏の激しさは無く、それからは侘しい光が放たれていた。
もう秋はすぐそこまで訪れていた。
4時間目の終わりを告げるチャイムが鳴る。
やっと終わったよ・・・・頭悪いとホント授業って苦痛よね・・・・
私はノートや筆箱をしまい、昼食をカナミ達と共にするためカナミの席の向かいに座る。
カナミ、マナカ、ショーコと雑談を交わしながら昼食を口に運ぶ。
「土曜日って夏祭りだよね。今年もみんなで行こ!」
そう話を振ってくるカナミ。
「ごめん、私パス。今年は彼と行くんだ」
去年は私たちと行動を共にしたショーコは今回は彼氏と行くらしい。
「彼、浴衣着たまま外でやりたいみたいで」
「そーいう発言はせめて時と場所を選べ」
ホントにこいつは・・・・いろいろ頼りになるけどこういうトコはカナミ達以上に悪質だ。
「そっか・・・・・じゃあアキちゃんは?」
え?私?私は・・・今年はちょっと・・・・
「駄目ですよカナミちゃん。アキさんはもう私たちと違って独り身ではありませんから」
「そ〜だよね〜・・・アキちゃんズルイよ。彼氏も胸も持ってるなんて」
「・・・・・後ろの方は入れる必要あったか?」
ツッコみにくいボケだったがなんとか言葉を返す。
まったくコイツ等は・・・・・つーか彼氏ってアンタのお兄さんでしょうが・・・・
「じゃあアキちゃんは一緒に来てくれるの?」
「うっ・・・ごめん・・・もう約束したんだ」
「ほらね〜〜〜!マナカちゃ〜ん、寂しい〜〜」
「悲しまないで、カナミちゃん。一緒に慰めあいましょう」
そうやって身体を摺り寄せる2人。際どい発言&行動だったが
これ以上絡まれたくなかったからあえて相手にしないことにする。
「そーいやさ、アキはお兄さんとはもう寝たの?」
しかし私は思わぬところから奇襲を掛けられた。
ショ、ショーコ!あんた!
「な、何言ってんのよ!ま、まだそんなの、ははは早いよっ!」
ヤバイ!ヤバイ位焦ってるよ私!いや、でもまだ早いって!
「そうでしょうかね。私はそんなことないと思いますよ」
ま、またこいつは・・・・・
私はツッコみを入れようとしたが、次のマナカの発言に口を噤むことになった。
「大事なのは気持ちですよ、アキさん。
気持ちが無かったらどんなに時間が経っても意味が無いでしょう」
う・・・・何でこう途端に真面目になるんだ、このつり目は・・・・
「確かに初めてですから不安になるのは分かります。
でも、お兄さんを本当に好きなら勇気を出してみるべきだと思いませんか?」
マナカ・・・・・
「そう・・・かも・・・・ありがとね」
いつもはふざけてるけど、やっぱ頼りになるかも。ありがと、マナカ・・・・
「いえいえ、礼には及びません。ただ、後で2人の初めての話を聞かせてくれれば十分です」
・・・・・・・・・・前言撤回。やっぱりただの悩みの種にしかならない。
今日も平和に1日が終わる。
今は夕飯時。俺はカナミと共に夕飯をとっていた。
「お兄ちゃん、ちょっと聞いていい?」
「ん?」
む‥‥何か妙な話がくる予感が。
最近の俺はこういう妙な気配に敏感になった。
アキちゃんと付き合いだしてからは、彼女のツッコみを見る機会が増えたわけなんだが。
流石俺の妹にいつもツッコみ続けてるだけあり、そのツッコみのスキルは俺でも唸る程のものだった。
俺はそれから数多くの事を学んだお陰で、俺自身のツッコみにも磨きがかかってきたのであった。
ありがとう、アキちゃん!(彼女は不本意に思うかもしれんが)
さぁなんでも来い、カナミ。全ていなしてくれる!
カナミの次の言葉を待つ。
「なんでアキちゃんと寝ちゃわないの?」
ブーーーーーーーッ!!
こほっ‥‥って、何だって!いきなりそんな変化球くるか!?
「うわぁ〜噴いた‥‥お兄ちゃん汚いよ〜」
「黙らっしゃい!な、何聞いてんだ!」
アキちゃんを絡めてくるエロボケは確かに今までであったが、こんなにリアルな話を持ってこられたことはなかった。
俺が噴いたものを始末し、また話を続けるカナミ。
「今日そんな話アキちゃんとしてさ。だからお兄ちゃんの気持ちはどうなのかなって」
「どうかなって‥‥まだ早いだろ、そーゆーの」
そーだよ。まだ早い。
ただでさえ人並み以上にスタイルが良い彼女だ。
安易にそんなことをしてしまえば・・・・・身体が目当て、みたいに思われるかもしれない。
そんなことで彼女を傷つけていいはずがない。
「アキちゃんと同じこと言うんだね」
ほら、やっぱりそーだろ。
今までも危ないことはあったけど我慢しててホント良かったよ。
「でもマナカちゃんの話聞いてたら、満更でもないって感じだったけど」
迂闊にそんなことすれば嫌われるかもしれないし‥‥‥ってなんですと?
依然そんな考えを巡らせてた所に不意打ちの言葉。
「ど、どうゆうことだ、それ」
「ま〜単純に言えば、気持ちさえあればOK〜、って感じみたい」
「‥‥‥気持ちが、あれば‥‥」
独り言のように俺はその言葉を口に出していた。
夕食後、俺は部屋に入り、そのままベッドに転がった。
ふ〜〜〜〜〜〜〜
さっきから一つの言葉を頭の中で反芻している。
気持ちがあれば。
彼女はそんなことを考えている。
俺は‥‥‥‥正直俺は、自分自身の心が分からない。
アキちゃんの気持ちに答えたのは決して勢いではないと言えるし、実際好きだから付き合ってる。
そして当然彼女と一つになりたいという気持ちもはある。
でもその想いが・・・・
その想いが、純粋に彼女への想いだけから生まれてくるものという自信が持てないのだ。
そんな考えのままアキちゃんを抱くのは、彼女に対しての裏切りであり、冒涜だ。
そんなことが許されるわけがない。
いくら考えても同じ結論しか出ないというのに、俺はそれを意識がなくなるまでし続けていた。
そんなこんなであっと言う間に夏祭り当日。
まだ8月だというのに、外は涼しいといってもいいくらいの温度だった。
シンジさんとは駅前で待ち合わせだ。
付き合ってからこの手のイベントに2人で来るのは初めてなので、かなりこの日が来るのが待ち遠しかった。
シンジさん、早く来ないかな♪
ウキウキしながら待つ事10分。
シンジさんは駅の中から手を挙げて近付いてきた。
「ごめん、待った?」
「いえ、さっき来たばかりですから。じゃあ行きましょ!」
所謂デートにおいての社交辞令を言って、私はシンジさんの手を引く。
やっぱり気持ちが高ぶっているらしい。普段ならためらう事も自然とできてしまった。
シンジさんもそれに驚いたようだったけど、笑いかけながらすぐに手を握り返してくれた。
私達は人の群れの中を進んで行く。去年よく花火が見えた所に行く為だ。
適当に店を見て回り、おいしそうなものを見つけてはいろいろと手を出してみる。
「そのたこ焼きおいしそうですね」
たこ焼きをおいしそうに頬張っているシンジさん。
なんか好きな人のこういう姿見るのっていいな。私も料理勉強しようかな・・・・
以前カナミにシンジさんのオカズ(食べるほうの)を作ったときは一応喜んでたけど・・・・・
あんな喜ばれ方じゃなくて、ちゃんとおいしいって言ってもらいたいからなぁ。
「そう?じゃぁ食べてもいいよ」
そんなことを考えてたら、シンジさんが残り1個になったたこ焼きに爪楊枝を刺し、それを私のほうに向けてきた。
こ、これってまさか・・・・・・・あ、あ〜んってやつ!?
最初は私がしたかったのに・・・じゃない!こ、こんなとこで!?シンジさ〜〜ん!
ちょっと非難の眼差しを送ってみたが、何のことだか解ってないらしい。
怪訝な顔をしながらも、シンジさんは依然と私にたこ焼きを突きつけてくる。
声に出して咎めるのも気が引けたので、私は恥ずかしさを我慢しながらもパクッとそれを頂いた。
恥ず〜〜・・・・・・・ん?これは・・・
「おいしい・・・・おいしいですね、これ!」
「そんなに喜んでもらえるんだったら、もっと残しておけば良かったね」
予想外においしかったのでつい顔が緩んだらしい。シンジさんは私の顔を見てハハハと笑った。
なんかこういうのって・・・すごく恋人っぽい・・・・
私は照れを感じながらも、改めて幸せだな〜と実感した。
しかしその直後、背後から聞き慣れた声が聞こえてくる。
「ねぇ、もしかしてアレってバカップルってやつ?」
「そうですよ。あーいう女性は友情より男性を取るんです」
バッと振り返る私とシンジさん。後ろにいたカップルがそれに驚いていたが、私たちはそれを意に介さない。
「さっき何か聞こえましたよね?」
「ああ・・・・いつも聞きなれている声だったね」
しかし周りを見渡そうと、ここは祭りの人混みだ。簡単に彼女たちは身を潜めてしまった。
私たちは前を向き直す。しかし先程のほのぼのムードから一転、私達の注意は完全に後ろに向けられていた。
やはり今回も私の好きなようにはさせてくれないらしい。
私達は溜息をつき、ゆっくりと人の波を進んでいった。
To Be Continued.