作品名 | 作者名 | カップリング |
No Title | ピンキリ氏 | - |
西の空は夕焼けで真っ赤になっている。 雲の切れ目を目指すように、カラスがカァカァと鳴きながら飛んでいく。 そんな晩秋の夕方、ここひだまり幼稚園では――― 毎度のごとく、アレな会話が繰り広げられていた。 「だから、私はその時客に言ってやったんです」 足を組んで椅子に座り、やや強い口調で語るのは、保育士の佐々岡アヤだ。 「ヤラせないとは言ってない、ヤリたけりゃあきちんと手順を踏んでしかるべき代金を払え、と」 そして、それを聞いているのは、同じく保育士の宮本レイコ。 聞いている、と言うより聞かされているのだが、半分以上は右の耳から左の耳に通過させているようだ。 合いの手を入れることもなく、お茶をすすりながら目を瞑っている。 だが、時々感情の溶岩が吹き上がりそうになるようで、 湯飲みを持つその手が明らかに震えていることがある。 「まぁ、私も人間ですから、情が無いわけじゃあないんです」 佐々岡アヤは、ドン、と拳で机を叩いた。 「彼は常連さんで、よく私を指名してくれていましたからね」 「……」 宮本レイコは湯飲みから口を離し、お盆の上に置いた。 次にボールペンを筆立てから取り、日誌を開く。 とにかく、佐々岡アヤの話を無視する作戦らしい。 まぁ、常に突っ込んでばかりいたら、疲れ果ててしまうというものだ。 「これで、顔が良けりゃねぇ……手順なんぞ踏まなくても、店の中で黙ってヤラしてあげたんですが」 「……」 サラサラ、と紙の上をボールペンが走る。 どこまでも聞き流すつもりのようだ。賢明と言えば賢明である。 「とにかく、私が言いたいのはモノには順序がある、ってことなんですよ」 「……」 「セックスの時もそうです。まず会話、次にキス、そして愛撫、最後に貫通、これが正しい順番ってもんです」 「……」 「そもそもね、穴は濡らさなきゃ入らないのは道理なんですよ、それでですね……」 で、何故こんなことを佐々岡アヤが喋り始めたのかというと、 それは、昼の屋外での遊びの時間で、城島カナミと黒田マナカがおままごとをしていたことに発端がある。 この二人にしては珍しいことだが、歳相応の女の子らしく、おもちゃのお皿を並べて普通に遊んでいた。 そこで遊ぶうち、「ご飯とお味噌汁はどちらから先に食べるか?」という話になり、 周りの園児、果ては長渕園長と奥さんまでをも巻き込み、『食事の時の箸をつける順番』論争が始まったのだ。 宮本レイコは、「人それぞれなんだから、きっちり決まっているというものではないわ」と、 間に入って事態を収拾しようとしたのだが、そこに現れて話をややこしくしたのが佐々岡アヤだ。 「いけません。子ども相手だからと言って物事を曖昧にしていては」 「そんな大袈裟な」 「いえ、服を着ることに例えると、まずバイブを入れてからパンツを穿き、そしてズボンを」 「おかしいから。最初っからおかしいから」 「えー、ズボンじゃお股のところがビショビショになっちゃうよう。スカートじゃないと」 「そこ、突っ込みの方向が完全に狂ってる」 「まったく低俗ですね。それに、佐々岡先生は普段パンツを穿いていないでしょう」 「はいそこも違う。幼稚園児にあるまじき発言をしないように」 「皆、宮本先生の言う通りよ。問題は順番じゃなくて、いかに早く食べちゃうかという話で」 「もういい奥さんはもういい頼むからやめて下さいホントいい加減にして下さい」 ……宮本レイコが今、佐々岡の話に何も突っ込まないのは、 昼間に十分突っ込みまくったのでもういい、という思いがあるためかもしれない。 「いやまあ、いきなり挿入からってのもオツなものと言えばオツなもんですけどね」 妖しげな笑い顔で言葉を紡ぐ佐々岡アヤ。 一瞬、宮本レイコの手が止まり、ボールペンがピキリという嫌な音を立てた。 が、ボールペンは折れ曲がることなく、また“紙にものを書く”という本来の仕事に復帰した。 ラインぎりぎりで耐えた、ということだ。ボールペンが、ではなく、宮本レイコが。 「何度も言いましたが順序は大事ですよ。だけど、それを無視することに悦びを感じることも……」 佐々岡アヤの“一人語り”は終わらない。 そして結局、それは宮本レイコが実務を全て終えるまで続いたのだった。 「はー、つまんねーの。宮本先生、反応全然しないんだもの」 更衣室で着替えながら、佐々岡アヤは一人愚痴った。 「あそこまで話広げたら、何時もなら『やめんかー!』と怒鳴ってくるはずなのに」 どうもやはり、意図的に宮本レイコにその手の話を振っていたようである。 「あれじゃ張り合い無いのよねー、からかってあげたんだからそれなりに応えてくれないと」 何とも勝手な言い草だが、宮本レイコにとって彼女やカナミたちのエロ話が日常茶飯事化したように、 佐々岡アヤにとっても、宮本レイコの突っ込みは欠かさざるものになっているようだった。 「日中に五回、実務時間に三回、ってのは最低守られるべきラインよねー」 宮本レイコも馴れてきた、もしくは諦めちゃったのかなー。 佐々岡アヤはそう思い、少し残念な気持ちになった。 「あり……?」 と、着替えが終わり、ロッカーを閉めたところで気がついた。 ロッカーが、若干へこんでいるようなのだ。 自分のネームプレートがかかった、少し下辺りが。 「えーと、これは……」 佐々岡アヤは手をグーにすると、そこに当ててみた。へこみの大きさは、それと丁度同じくらいだ。 「宮本先生が帰ったのって、十分くらい前よねぇ……私がトイレに入ってた時だから」 顎に手をやって考えること数瞬、佐々岡アヤはにんまりと笑って頷いた。 「……にゃるほど、言葉では突っ込まなかったけど」 怒りを声に出すことはしなかったけど、最後の最後で堤防が決壊した……というわけだ。 佐々岡アヤのロッカーを殴る、という形で。 「うーん、でもこのへこみの深さからしたら思いっきりってわけでも……。まだ我慢してたのかねぇ?」 トムとジェリーではないが、追いかけっこはどこまでも続くから楽しい。 どんなに馴れようとも、自制しようとも、宮本レイコは突っ込みの宮本レイコ。 そして佐々岡アヤはどこまで行ってもエロボケの佐々岡アヤ(ついでに言うとカナミはカナミ、マナカはマナカ)。 「さーて、明日はどんな風に、フンフフン♪」 佐々岡アヤはひょいと鞄を肩に担ぎ、 鼻歌で“軍艦マーチ”を奏でつつ、更衣室を出た。 「フーンフフーンフフーン♪エロボケをかましてやろうかな、っと」 西の空は夕陽も沈み、既に夜の闇に包まれている。 雲の切れ目からちらちらと、早くも冬の星座の一部が見え隠れしている。 ここひだまり幼稚園では、明日も明後日も明々後日も――― 毎度のごとく、アレな会話が繰り広げられ続ける。
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