作品名 作者名 カップリング
「Accidental Kiss」 クロム氏 -

よく晴れた日曜日。
私は適度に混み合う街中を、彼と二人で歩いていた。
「ケイ、他にどこか行きたい所は?」
彼――城島シンジ君が尋ねる。
「ん?特にないよ。シンジ君にお任せ」
「そうか。なら、その辺をもう少し歩いてみよう」
「うん!」
カップル特有の、周囲に迷惑な甘い空気をまとった会話。
少し前までは、彼とこんな会話ができるなんて夢にも思わなかった。
確かに、私はずいぶん前から彼に好意を持ってはいたのだが、
臆病な性格が災いして思いを伝えられないでいた。
あのアクシデントがなかったら、たぶん卒業まで何も言えないままだっただろう。
アクシデント――あの日私にきっかけを与えてくれたのは、
親友の今岡ナツミと、意外なことにあの新井カズヤ君だった。


「死ねっ、この変態がぁーーー!!!」
朝教室に入ると、ナツミが新井君を血祭りに上げていた。
もはやお馴染みになった光景とはいえ、朝一では少々刺激が強い。
とりあえず荷物を置き、二人の脇で震えている城島君に声をかける。
「おはよう…朝からすごいことになってるね」
「おう。まったく、カズヤももう少し学習すりゃいいのに…」
「ホントにねぇ…」
二人並んで遠くを見つめる。視界の端ではナツミのロー・ミドル・ハイ三段コンボが決まっていた。
「しかし…何でカズヤはアレをくらって死なないんだ?」
「さあ…何でだろう?」
次第に原形をなくしていくクラスメートを眺めながら、下らないやり取りを交わす。
ナツミが新井君に鉄拳制裁を加えるようになって以来、私と城島君はよくこんな会話をするようになった。
以前はナツミを間に挟んでしか彼と話せなかった私からすれば、大きな進歩だ。
会話の内容はさておき、好きな人とこうして話ができるのは、やっぱり嬉しい。
その点では、新井君にも感謝しなくては。
「なあ、木佐貫は今岡と付き合い長いよな?何であいつあんなに強いんだ?」
「うーん、私も何度か聞いたんだけど、詳しくは教えてくれないんだよね」
「そうか…今岡、普通に付き合う分にはとってもいい奴なのになぁ。
カズヤなんかに付き纏われてんのが運の尽きだな」
「フフ…でも、城島君だって新井君と付き合い長いんでしょう?
…こんなこと言うのもなんだけど、よく続いてるよね。城島君はわりと普通なのに」
「それを言わないでくれよ…。何でカズヤと仲良くやれんのか、自分でもよく分かんねーんだ」
「大変だね…。同情するよ」
本当に、城島君には同情してしまう。新井君はもとより、化学の小宮山先生、彼の妹のカナミちゃんやその友人達と、
彼の周りにはどうも変わった、或いは濃すぎる人々が集まる傾向にある。
そういう星の下に生まれたと言ってしまえばそれまでだけど、
もし私が同じ境遇にあったら、一週間も耐えられない自信がある。
まあ、そんな人達に振り回されながらも普通に接することが出来るからこそ、城島君なんだけど。
更に言うなら、たぶん私は彼のそんなおおらかな所に惹かれたんだろうけど。
会話の最中にそんなことを考えていた。
だけどその思考は、城島君の突然の叫び声にかき消された。



「危ない!!!」
何が?と聞き返す余裕はなかった。城島君がいきなり私に覆い被さってきたから。
一瞬何が起きたのか理解できなかった私を、今度は何かがぶつかったような強い衝撃が襲う。
城島君もろとも吹き飛ばされ、何がなんだか分からないまま、私は意識を失った。
ただ、薄れていく意識の中で、何故かしまったという顔をして立ち尽くす親友と、
私たちに覆い被さる赤く染まったボロ雑巾のような物体が、見えたような気がした。


気が付くと私は保健室のベッドの上にいた。
「ケイ!!気がついたの!?」
声のした方を見ると、今にも泣き出しそうな顔をしたナツミが立っていた。
「ごめんね、ケイ。本当にごめんね」
ナツミは珍しく取り乱し、ひたすら謝り続けている。
「ナツミ…私は大丈夫だから。何があったか教えてくれない?」
「うん…」
なんとかナツミをなだめ、ことの経緯を聞き出した。
ナツミの説明を要約すると、つぎのようなものになる。
例によって新井君のセクハラ発言に対し鉄拳制裁を加えていたナツミ。
いつもの調子で新井君を叩きのめしていたようだが、最後がいけなかった。
トドメとばかりにハイキックを放ったのだが、その方向が悪かったのだという。
吹き飛ぶ新井君。その先に、私と城島君。あとは推して知るべし。
「じゃあ、城島君は…」
「うん、ケイを庇って…。結局二人とも気を失っちゃったんだけど…」
今まで気が付かなかったが、隣のベッドに城島君が横たわっていた。まだ意識は戻らないようだ。
「そんなことがあったんだ…」
「本当にごめんね、ケイ…。こんなことになるなんて…」
「大丈夫よ、ナツミ。別に怪我したわけじゃないし。それに悪気があったわけでもないしね」
「でも…」
本当に泣き出しそうなナツミ。なんだか私の方が悪いような気がしてくる。
その時、ドアが開いて保健の先生が入ってきた。
「ああ、木佐貫さん。気がついたのね。どう?まだどこか痛んだりするかしら?」
「あ、いえ、もう大丈夫です」
「そう。それじゃあ、今岡さん。木佐貫さんが目を覚ますまでの約束よ。貴女はもう授業に戻りなさい」
「はい…。ケイ、本当にごめんね。このお詫びは絶対するから」
最後まで謝りっぱなしのまま、ナツミは出ていった。
「災難だったわね、木佐貫さん。でも、今岡さんも反省してたみたいだし、許してあげてね」
「ええ、もう気にしてません。というか、あんなに謝られたらこっちが悪いような気がして…。
あの、それより城島君は…」
「彼も大丈夫よ。まあ貴女を庇った分、ダメージが大きかったみたいね」
「そうですか…」 
城島君が大したことなくてホッとした。だけど、私を庇ったせいで…
「ほら、そんな顔しないの。素敵じゃない、身を挺して女性を守ってくれるなんて。
今の世の中、そんな奇特な男はそういないわよ」
「ええ、そうですよね」
先生の言葉で少し気が楽になった。
「あっ、そういえば新井君は?」
「新井君?今岡さんと一緒に貴女たちを運んできたけど、ピンピンしてたわよ」
私が見たボロ雑巾は、新井君の成れの果ての姿だと思うのだが…
さっきの話じゃないけど、何故新井君は平気なんだろう。謎だ。
「さて、と。木佐貫さん、私ちょっともう一度出てこなきゃならないの。
貴女ももう少し安静にしてた方がいいし、私が帰ってくるまでここにいてちょうだい。
戻ってからもう一度様子を見て、大丈夫そうなら帰してあげるから」
「あ、はい、わかりました」
「それじゃ、安静にしててね」
そう言い残して先生は出ていった。一人残され、手持ち無沙汰になってしまう。



ひとまずベッドに座り直すと、何となく先程のことを思い返してみた。
(そうかぁ…。城島君、私を庇ってくれたんだ…)
今の状況は確かに災難でしかないのだが、今の私にはその事実の方が嬉しかった。
自然と顔がニヤけてしまう。あまり人に見せられる顔ではない。
「ん…あ…イテテ…」
突然呻き声があがった。城島君が意識を取り戻したようだ。
慌ててニヤけた顔を引き締める。こんな顔、彼に見せるわけにはいかない。
「じ…城島君、気がついたの?大丈夫?」
「あ、木佐貫…オレ、何してたんだっけ…?」
「かくかくしかじかで…城島君、私を庇ってくれたんだよ」
「ああ…そうか、だんだん思い出してきた。木佐貫、怪我なかったか?」
「うん、おかげさまで。と言っても、私もついさっきまで気絶してたんだけどね」
「そうなのか…ごめんな、オレがもうちょいうまくやりゃよかったのに」
「そ、そんな…助けてもらったのは私の方なのに!」
事実、彼が庇ってくれなかったら、こんなものでは済まなかったかもしれない。
感謝こそすれ、彼を責めるのはお門違いというものだ。
「ハハ、まあ大したことがなくてよかったよ。でしゃばっといて怪我でもされたら、カッコつかないもんな」
「うん…ありがとう」
「どういたしまして。…ところで、オレたちどうすりゃいいの?
先生いないみたいだけど、帰っていいのかな?」
「あ、先生が戻ってきたらもう一度診察するから、それまで待ってるようにって」
「そっか、じゃあまあゆっくりさせてもらおう」
「そうだ…ね…」
言いながら私はある事実に気がついた。
(あれ…この状況…ひょっとして、城島君と二人っきり!?)
ひょっとしなくてもそうなのだが、予想外のシチュエーションに軽くパニックを起こす。
(お、お、落ち着け、落ち着くのよ、ケイ!)
自分で自分を叱責し、なんとか平静を取り繕おうとするが、気ばかり焦ってうまくいかない。
(こ、これはチャンスよ!これを機会に一気に城島君と親密に…そのまま告白…って、そうじゃなくて!!
何を考えてるのよ私は!と、とにかくここは冷静に…)
頭の中はもうグチャグチャである。自分が何を考えているのかも把握出来ない。
「木佐貫?」
「ハ、ハイッ、何でしょう!?」
「いや、何でしょうって…顔真っ赤だから大丈夫かって聞こうとしたんだけど…」
「え、あ、ああ、大丈夫!何でもないの。アハ、ハハハ…」
笑ってごまかす。ごまかせてないけど。
「そ、そうか?ならいいんだけどさ…」
気まずい沈黙が周囲を包んだ。
(うわぁ…やっちゃったよ〜。マズいなぁ…とにかく、この沈黙をどうにかしなきゃ。何か手頃な話題は…)
必死で頭を回転させたのだが、ショート寸前の私の頭は、とんでもない質問を思い付いてしまった。
「あのさ、城島君て好きな人いるの?」
言ってから気付く。何を言ってるんだ、私は。
城島君も突然の質問に唖然としている。
「あ、いや、ホラ、城島君って結構モテそうじゃない?
だから一人くらい気になる人がいるのかなぁなんて、思ったりして…」
ああ、泥沼。
「好きな人って言われてもな…ハハ、あんま考えたことないや」
「そ、そうなの?でも城島君、ナツミとも仲良いし…後輩の子ともよく話してるじゃない?」
「思春期に最強に変態に……オレは右手でいいや」
「???」
どういう意味だろう。でも、城島君に気になる人がいないのは確からしい。
(そっか、城島君今好きな人いないんだ。それなら…)
「それなら私なんてどうかな」
(な、何言い出すのよ、私!)
どうやら思ったことが意思とは無関係に口に出てしまったらしい。



「えっと…それはどういう…」
「ち、違うの!!これはそういう意味じゃなくて…ホラ、私って男の人からみたらどうなのかなぁって!
な、何も城島君の彼女にして欲しいとかじゃなくて…そりゃ成れれば成りたい…
って私何いってんの!?」
弁解をすればするほど、暴走に拍車がかかってしまう。
「え、えっと…気にしないで!ごめん、私ちょっとお手洗いに…」
いたたまれなくなって、その場から逃げ出そうとした。
だがベッドから立ち上がった途端、足が縺れてよろけてしまった。
「きゃっ…!」
「危ない!」
倒れかけた私を、城島君が受け止める。形的に彼に抱き締められる格好になった。
「オイ、大丈夫か?」
彼が尋ねる。だが私はそれどころではない。
(じ、城島君の手が…!うわぁ、城島君って思ったよりガッシリしてて…)
「木佐貫?」
その一言で正気に引き戻される。
「え、あ…うわっ、ごめん!」
慌てて体を起こし離れようとするが、今度は勢い余って尻餅をついてしまった。
「木佐貫…何からしくないな。とりあえず落ち着いてくれ」
「うん…」
ノロノロとベッドに座り直す。
(あー、もう何やってんのよ私…)
最悪だ。人前で、しかも好きな人の前で、大失態を晒してしまった。
穴があったら入りたい。誰か、その上にそっと土をかけて。二度と出てこられないように…。
(嫌われちゃったかなぁ…)
先程よりも一層重くなった空気に、そんなことを考えてしまう。
少なくとも、さっきの醜態がプラスになるなんて有り得ないだろう。
自分のあまりの腑甲斐なさに涙が出そうになる。
出来ることなら今すぐこの場所から立ち去りたかった。
「あー、えっとさ、木佐貫」
不意に沈黙が破られた。名前を呼ばれ、顔を上げる。だけど、城島君の顔をまともに見ることが出来ない。
「さっきの話なんだけどさ…」
「さっきの話…って…?」
「いや、ホラ、木佐貫が男からどう見えるかって…」
「!!!」
自分で言い出したくせに、忘れていた。
「あ、あの、アレはその…」
「あのさ、木佐貫は普通に可愛いと思うぞ」
「え?」
予想外の言葉に、一瞬理解が遅れる。
「それにさ…何て言うか、話してて楽しいし、すごく付き合い易いっていうか…」
思いもよらない言葉の連続に、頭に血が上っていく。
(えっえっ、ちょっと待って、かわいいって…可愛いってことよね!?)
もはや当たり前のことも理解出来なくなってしまった。だが、可愛いという言葉に、私の中で何かが決壊した。
「えっと、城島君!!」
またしても意思とは無関係に言葉が飛び出す。というより、もう何がなんだか分からない。
「あの、私、何の取り柄も無くて、城島君が言うみたいに可愛くなんかないんだけど、
えっと、その、ずっと前から城島君のことが…城島君のことが…」
勢いに任せて心情を吐露していたのだが、肝心なところで何も言えなくなってしまった。
(ああ、もう!何でこんなところで…言わなきゃ…言うなら今しかないのに!)
頭では分かっているが、言葉が出てこない。金魚みたいに口をパクパクさせるだけだった。



「木佐貫、ストップ」
「…?」
「えっと……この流れは、告白と判断しても、いいのかな?」
「え…あ……あ、う…」
意味の無い音ばかりが口から洩れる。結局、コクコクと首だけを縦に振った。
「あー、オレ告白とかされたの初めてだし、自分じゃよく分かんねーんだけど…オレなんかでいいのかな?」
コクコク
「マジで?」
コクコク、コクコク
「えっと、じゃあその…さっきも言ったけど、オレは木佐貫のこと可愛いって思ってるっつうか…
できればオレの方こそお願いしたいっつうか…ああ、鬱陶しい!はっきり言うけど…オレと付き合ってください!」
「あ…」
たぶんその時の私は、それまでの人生の中で最も間抜けな顔をしていただろう。そして…
“ボンッ!!!”
いつ壊れてもおかしくなかった私の思考回路は、城島君の言葉で完全にショートした。
顔を真っ赤にし、口を半開きにした間抜けな表情のまま、私は再び気を失った。
「えっ、木佐貫…?おいっ、どうしたんだよ!?」
遠くで、慌てふためく城島君の声が、聞こえた気がした。


今思うと、何とも情け無い話である。
よりによって告白された途端に気絶するなんて。ロマンスの欠片も無い。
だけど、とにもかくにも、私とシンジ君は所謂『彼氏・彼女』の関係になった。
と言っても、せいぜい一緒に帰宅したり、休日にどこかへ遊びに行ったりするくらいだけど。
そして今日。私たちは日曜日を利用してデートを楽しんでいた。
映画を見て、ランチを食べて、当ても無く街をうろついて。
定番過ぎるぐらいに定番のコース。今時こんな王道を歩むカップルがどれだけいるのだろう。
それでも、彼と二人で歩くといつもの風景も違って見えるから不思議だ。
「あら、城島君に木佐貫さん?」
いきなり背後から呼び止められた。振り向くとそこに立っていたのは…
「「小宮山先生」」
化学教師の小宮山先生が、後方3メートルほどの所に立っていた。
「いいわねぇ、二人でデート?」
からかう様な口調で私たちの方に近付いてくる。
(うわぁ…やな人に会っちゃったなー)
ちらっとシンジ君の方を見ると、彼も顔をしかめていた。
知り合いにデートの現場を見られるのは気恥ずかしいが、それよりも小宮山先生に見られたことに問題がある。
この人の普段の言動を見てれば、このまま私たちに絡んでくるのは想像に難くない。
とにかく、何とかしてやり過ごさなければ。
「なあに、二人とも身構えちゃって。心配しなくてもデートの邪魔するほど野暮じゃないわよ」
(本当かなぁ…)
四分六で嘘のような気がする。とにかく、小宮山先生がボケる前にこの場を切り上げなければ。
「えっと、先生。私たちちょっと急ぐんで…」
「あらそうなの?じゃあしょうがないわね」
意外なほどあっさり引き下がってくれた。



「あ、じゃあ失礼します」
そう言って早足にその場を立ち去ろうとした。
「あっ、ちょっと待ちなさい、城島君」
少し行った所でまた呼び止められる。
「なんすか?」
「ちょっとこっちいらっしゃい」
手招きしている。嫌な予感がしたが、逃げるわけにもいかないだろう。
しぶしぶといった感じで、シンジ君が近付いていく。
「何ですか?」
「ちょうどいいからあなた達にコレをあげるわ」
私の位置からはよく見えないが、小宮山先生は何かチケットのようなものをシンジ君に手渡していた。
「な…いや、これって…」
「遠慮しなくていいから。あって困るモンでもないでしょ」
じゃあね、と残して小宮山先生は去って行った。
「何もらったの?」
戻ってきたシンジ君に尋ねる。
「ん、ああ…コレ…」
そう言って差し出された手には、割引券と書かれたチケットが握られていた。
案外普通のものだったので拍子抜けしてしまう。
「割引券?何の?せっかく貰ったんだから使おうよ」
「ケイ…よく見てみろ…」
「え?…あ…な、なにコレ!?」
小宮山先生をナメていた。あの人がこんなおいしい獲物を放っておくはずないのに。
シンジ君の手に握られていたのは、確かに割引券だった。
だけどそこにはもう一つ、赤い字で『ホテル・ヒストランプ』と書かれていた。
…いわゆるラブホテルというやつだろうか。
「あの先生…何考えてんだろうね」
溜め息混じりにそうこぼした。だけど、いつもならすぐに返ってくるはずの返事がない。
「シンジ君?」
不審に思い彼の顔を覗き込んだ。そしてギョッとする。
目が違う。いつもは優しい彼の目が、今はギラギラと鋭い光を放っていた。
「なあ、ケイ…」
その声にも、熱っぽいものが混じっている。(何何何!?えーと、この状況はまさか…)
「その…ダメ、かな…」
(やっぱり…)
予想通りの言葉が続く。
シンジ君とのセックスは初めてではない。だけど、こんな風に白昼堂々『お誘い』を受けたことはなかった。
「あの、それは…えーっと、その…」
「ダメ?」
「いや、ダメとかじゃなくて…」
「じゃあ行こう」
「えっ、あ、嘘ッ、ちょっ、待っ…」
半ば強引に手を引かれ、早足に歩きだす。
(マジ!?そんないきなり…まだ心の準備が…!)
彼とするのが嫌なわけではない。彼が求めてくれるなら、それに応えたいと思っている。
でもこの状況は…
(いくら何でも急過ぎるのよ〜!!)
だけど、私の心の叫びが届くことは、なかった。



(うわぁ…本当に来ちゃったよ…)
ホテルのロビー。結局手を引かれるままに、ここまで来てしまった。
「じゃ…行こうか」
「うん…」
流されるままにエレベーターに乗り込み、部屋へと向かった。
初めて入ったラブホの異様な雰囲気に、嫌でもこの後の展開を想像してしまう。
(このままシンジ君と…うわわっ、私ったら何を想像してんのよ!)
顔から火が出そうだ。
「ああ、ここだ」
私が心の中で葛藤を繰り返しているうちに、部屋に着いてしまった。覚悟を決めて中に入る。
(へぇー、中はこんな風になってるんだ)
想像とだいぶ違う内装にちょっと驚いた。ゲームやカラオケ、スロットマシンまである。
「すごいねぇ、シンジ君。何でもあるよ」
「ああ…」
返事が返ってくる。だけど、その声に凍り付いた。いつもと違う、無機質な声。恐る恐る顔を窺う。
(うわっ、シンジ君、目が…!)
先程の比ではない。獣を連想させる、欲望むき出しの目。
「ケイ…」
ゆっくりと、シンジ君が私に迫ってくる。思わずジリジリと後退してしまう。
「あの、シンジ君?ちょっと落ち着いて…あそうだ、私先にシャワー浴びてくるね!」
そう言ってバスルームに逃げ込んだ。
(ちょっと、マジでヤバイかも…シンジ君、絶対正気じゃなかった)
いつもと違う恋人の様子に、かなり動揺する。とにかく一度落ち着きたくて、シャワーを浴び始めた。
だけど。
「えっ、やだ、ちょっと…!シンジ君、何してるの!?」
突然シンジ君が入ってきた。しかも全裸で。
「いや、我慢できなくてさ…。ケイ、オレが体洗ってやるよ」
そう言うとシンジ君はボディーソープを掌にとり、私を背後から抱くような格好をとった。
「あの、シンジ君?自分でやるからその…遠慮して…ひあッ!?」
最後まで言い終わらないうちに、彼の手が私の体を撫でた。太股からお腹、そして胸へと彼の指が這っていく。
「あっ…ふあ、あ…シ、シンジ君…」
「いいから…じっとして…」
彼の愛撫が胸に集中する。
「やッ…ッ…あ、はあ…う…ンッ」
頭の芯から痺れるような感覚に、思わず声が出てしまう。
「ハハ、ケイって感じやすいんだな。普段はおとなしいのに…こうされると気持ちいいのか?」
「なっ…ち、違ッ…あッ、ああッ」
「違うのか?じゃあこうしたらどうかな」
彼の指先が、私の乳首を軽く挟んだ。
「あッ…ああッ、はぁっ…」
「いいみたいだな。じゃあこっちも…」
そう言ってもう片方の乳首も摘みあげ、両方の乳首を転がすように弄ばれる。
「あっ、イヤッ…や、やめ…あああっ!」
あまりの刺激に身を捩り、彼の手を引き離そうとした。
だが乳首を摘まれるたびに身体の力が抜け、思うようにいかない。
足にも力が入らず、時々膝がかくっと落ちそうになる。シンジ君に支えられて、やっと立っている状態だ。
「や…あッ…シン…ジ…く…ひあッ…!」
「すごいな…胸だけでこんなになるなら、こっち触ったらどうなるんだろうな」
シンジ君の右手が、下腹部に伸びてくる。
「えっ…あっ、イヤッ!そっ、そっちはダメッ!!」
侵入を拒もうと必死で足を閉じる。だけど、シンジ君に膝でこじ開けられてしまう。



「ダメって言うわりにはもうすごいことになってるぞ」
「あ!…や…だ…ダメ…」
シンジ君の指が、私の秘所に直接触れる。指が割れ目をなぞるたび、クチュクチュと音がする。
「すごいな、ケイ…もらしたみたいになってる」
「や…やあッ…違う……んあ…ッ…ふあッ…」
「違わないよ…ケイ、横を向いてごらん」
「え…?」
言われた通り横を向くと、そちら側の壁には大きな鏡がかかっていた。
シンジ君が私の体ごとそちらに向き直る。鏡に、私の全身が写った。
「ケイ、見てみろよ」
泡だらけになった全身。上気した肌。半開きになった口。虚ろな目。
そして何より、自分の愛液でヌラヌラとひかる秘所に目がいってしまう。
「すっげーやらしい顔してるよ…」
「あっ…い、いやぁ…恥ずか…しい」
視覚と聴覚が、次第に私の理性をはぎ取っていく。
「シン…ジく……私、も…だ…め…」
「我慢しないで。イッていいよ…」
耳元で囁き、指の動きを速める。
「んぅぅっ……きゃぁ、くぅ……んはぁっ!」
胸、そして秘所への愛撫に頭の中が真っ白になる。
「っ!!! んああぁぁぁぁぁ!!!」
そのまま一気に絶頂へと達してしまった。
シンジ君の腕の中で、糸の切れたマリオネットみたいにグッタリと動けなくなる。
私の荒い息遣いと、流しっ放しだったシャワーの水音だけが、バスルームに響いた。


そこから先はシンジ君にされるがままだった。体を洗い流し、抱きかかえられてベッドまで運ばれる。
私の方は足にまったく力が入らず、一人では歩けなかった。
ゆっくりとベッドに下ろされる。
「ちょっと待ってて…」
シンジ君は一人バスルームに引き返す。そして、手にタオルを持って戻ってきた。
「それ…どうするの?」
「ん、こうする」
シンジ君は私の頭を抱えあげると、手にしたタオルを目に当て、頭の後ろで素早く結んでしまった。
「え?な、何!?シンジ君、何してるの!?」
いきなり視界を奪われ、混乱する。
「目隠しすると他の感覚が敏感になって、もっと気持ちよくなれるんだってさ。
ケイにもっと気持ちよくなってもらいたいから…」
「そう…なの?でも…なんだか恐い…」
「大丈夫だから…」
不意に口を塞がれた。口の中に彼の舌が入り込んでくるのが分かる。
「ん…んんっ…んあっ…」
舌の絡まる感触が、まるで電流のように私を襲う。
(や、やだ…ただのキスなのに…なんでこんなに…気持ちいい…の…?)
視覚を奪われると他の感覚が鋭くなるのは本当らしい。
芯から蕩けてしまいそうになるキスの感触に、それだけで体が疼きだす。
「ケイ…まだ恐い?」
唇を離してシンジ君が聞く。声に出さず、首だけを横に振った。
「じゃあ…続けるよ」
声だけが聞こえる。それと同時に、胸と下腹部に刺激を感じた。
「あぁ…んぅ、ああッ…」
何も見えない状態で、彼の指と舌による愛撫が、いつも以上の快楽を引きだす。
「あぁ…あンッ、うぅん…あぁッ、ああぁッ」



声を抑えることができない。次々に込み上げてくる快感に、何も考えられなくなる。
もはや羞恥心などといったものは消えてなくなり、悦びのままの声をあげる。
「シンジ君ンッ…ダメッ、気持ち、いいッ…気持ちいいよぉ…」
「ケイ…オレも、もう…」
「うん…今日は大丈夫な日だから…そのまま来てッ…!」
いつもなら安全日でも必ず避妊はするのに、今はそれすらも考えられない。
「ケイ…でもそれは…」
「ううん、いいの。私、もう我慢できない…きて…お願い」
「分かった…」
シンジ君の先端が、私の秘所の入口にあてがわれた。そして、一気に私の中に侵入してくる。
「うっ…くっ、ひゃあぁ…あぁッ!」
濡れた粘膜が擦りたてられ、熱いものが奥まで叩きこまれる。
「あぁあんッ…くぅうンッ!あぁ…ああぁッ!」
二人の肌が激しく打ち合わされ、そのたびに甘美な痺れが全身を駆け抜けていく。
「…はぁッ、はぁッ…あうぅンッ…」
「ケイ…ケイッ!」
「シンジ、君…!」
互いに愛しい人の名前を呼び合い、次第に昇りつめていく。「あッ、あッ、ああぁッ!…いやッ、ヘ、ヘンになっちゃうっ!」
「ケイ、オレもイキそうだ…」
シンジ君の動きが激しくなる。私の身体がピーンッと強張り、反り返った背中がガクガクと震えた。
「ひッ!…ひあッ、ふぁッ…!シ、シンジ君!わた…し、もう…お願い、きて…一緒に…一緒にきてぇッ!」
私の身体が硬直し痙攣するのと、胎内に熱いものが放たれるのが、ほとんど同時だった。
「あぁッ、熱ッ…はぁッ…イクッ…あ、ああああぁぁぁぁッ!!」
身体の中に流れ込む精の感覚に、経験したことのない深い絶頂を向かえた。
「ケイ…」
優しい声が聞こえ、目を覆っていた布が取り払われた。
視界が回復する。いつもと同じ、大好きな人の顔がそこにあった。
「シンジ君…」
まだ明かりに慣れないぼやけた視界の中で、彼を探し、口付けをせがむ。
優しく暖かい唇に、包み込まれるような幸福を感じた。



「大丈夫か?」
「ん、まだちょっとフラフラするかも…」
ホテルを出て帰路に着いたのだが、さっきの激しいプレイのせいで、まだ足下がおぼつかない。
「だいたいシンジ君が悪いんだよ。あんな強引に…。もう、狼モード全開って感じ?」
「うっ…いや、あれはその…」
「それに、普通女の子に目隠しなんかする?それともシンジ君、そういう趣味なの?」
「いや、その…でもあれはお前だって結構…」
「何か言った?」
「いえ、何でもありません…すみませんでした」
「うん、素直でよろしい」
そこまで言って吹き出す。シンジ君はまだ情けない顔をしていた。
その表情がたまらなく愛しい。
背伸びをして、彼の唇に自分の唇をそっと重ねた。
「あっ…」
「これでチャラにしてあげる」
イタズラっぽくそう言い放つ。
「さっ、帰ろ!」
今度は私が彼の手を引き、暗くなった道を歩き始めた。

あの日の偶然がなかったら、彼とこうして手を繋ぐことも、唇を重ねることもなかっただろう。
改めて親友達に感謝しなくては。
繋いだ手の感触と、僅かに残る口付けの甘さを確かめながら、そんなことを考えていた。

(fin)

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