作品名 | 作者名 | カップリング |
「あなたに見せたい」 | 160氏 | - |
「第一回!新春艶姿!晴着大会~! ドンドンドンドンドン! パフパフゥ~♪」 「まてまてまてまて~!!!!」 正月四日、ここ小久保家ではリョーコの悪夢を思い起こさせるような言葉に、マサヒコの悲鳴が上がっていた。 「ちょ? 中村先生! どう考えてもおかしいでしょ! 大体、アンタしか今いないし!」 マサヒコは今回はどんな事があろうとも徹底抗戦する考えだ。 昨年行われた「ハグ大会」後に自分の身に降りかかった あの悪夢…。 年末に掛けてまでアイ、アヤナ、リンコ、ミサキからは『マザヒコ』なる異名まで頂戴してしまったのだ。 「マサ…、アンタね。 せっかく人が晴着を着て来て上げたのに、ちょっとそのノリは無いんじゃない? 普通はこういう時、 他人の着ているモノとその趣味の良さを褒めるべきではなくて?」 「いや、そのりくつはおかしい。 …と、とにかく! 絶対俺は嫌ですからね!」 本当に、もう御免なんだよ…。 俺の身がもたない…。 と、真っ当な思いを抱くマサヒコ。 「まあまあ、聞きなさいよ。 他の4人にも今日、初詣前にここへ来るときは着物を着てきなさいって言ってあるから。 で、別に大会をやっているなんて大げさには言わなくても、女の子が複数いて、その皆が着物を着ていたら…、 どういう事が起こると思う?」 「…?」 「アンタがどんなに嫌がろうと…女の子同士での目に見えない戦いが始まっちゃうってわけよ♪」 「だ、だからそれは俺には関係の無い事でっ!」 「アンタが審判をしなければ、多分…決着が付かないわよ。」 「そんなバカな!」 「晴着になると女の子はムキになるからね…。 私もね…そんな経験あるから分るんだ……」 「え…?」 だからそれが中村時空に引き込まれているんだ。 と、言う事を未だに学習できていないマサヒコ。 こういう戯言は無視するのが最良の手段であるのに、ついつい受け答えをしてしまうのがマサヒコの優しさというべきなのか。 「多分、皆すごい服を着てくるわ…。 目と目で始まる無言のバトル…。 そして一見仲の良さそうなあのコ達の間に 走る鋭い亀裂! あ~あ、マサが止めなきゃ、これはもう殺し合いだね。 うんうん」 「そ、そんなものなんですか…」 いや、絶対そんなことないって! と、言ってももう遅いんだろうな…。 哀れマサヒコどこに行く…。 1、中村リョーコ -附下海老茶地草花更紗紋様- 『五葉くずし』(中村リョーコ書 2006年 元旦書初めより) まあ、ある意味予想できるような卑猥、かつちょっと捻ったがあまり面白くも無いギャグになっている単語を新春の最初に書き 散らしたリョーコは、冒頭を見れば分るとおり、本日一番最初に小久保家へ到着していた。 その時のリョーコを玄関に迎えたマサヒコは、一見平静を装いながら華麗に変身したリョーコに見惚れてしまっていたのも、また 事実であった。 リョーコのイメージに良くあった黒味の強いえび茶を基調とした生地とその裾の方に美しく散りばめられた エキゾチックな草花模様の数々。 『正月に着るようなものかと迷ったんですけどねー』 『あら、そんな事ないじゃない。 とっても素敵よリョーコちゃん。 別にウチに来るのにそんなに畏まる必要はないんだし』 『ま、ちょっと変化球と言う事で』 『それ、まさか生地も更紗って訳じゃ無いわよね?』 『いやー、おば様。 さすがにそれは冬にはちょっと…。 紋様だけ更紗風なんですよ』 訪問時のリョーコを一目見たママンとの会話にはさっぱり付いていく事が出来なかったが、どうやら正絹の生地に更紗紋様をあしらった 着物らしく、色からはシックに。 模様からは艶やかにも見る事ができる素敵な着物だ。 「で? どーよ?」 こたつの中に入りつつ、投げやりな態度でマサヒコに審査を要求するリョーコ。 「いや、どーよ。 って言われても…。 着物の事なんてさっぱりわかんないし」 「バカね…。 中身を併せて見ろ、って言ってるのよ」 髪をアップにし、メガネをコンタクトにして、いつに無く妖艶な雰囲気を漂わせているリョーコの危険な発言に、マサヒコはもうドキドキである。 「そ、そりゃ…、き…綺麗だと思いますけど…」 中村先生って、うわ…こんなに綺麗な人だったっけ? おい、ちょっとメガネ…は今日はしてないのか…なんでそこで俺の手を握るかな。 「ふふ…、アンタも中々言うようになったじゃない」 リョーコはそういうと、マサヒコの頬に軽いキスをした。 「な!」 「これは純粋に褒めてくれたお礼…。 そして、マサ…受験頑張んなさいよ♪」 新春早々、ぶっちゃけありえない体験をしているマサヒコは(全くこの人には…かなわないな)と思いつつも、リョーコが応援してくれた 事に対して(こりゃ今年もいい年になるかな)などと思ってしまうのであった。 2、的山リンコ -本染白地吉祥紋様縮緬振袖- 『小久保君と一緒に』(的山リンコ書 2006年 元旦書初めより) 『…合格したい』と、書きたかったがどう見ても書ききれなかったので、更に微妙な内容となってしまう書を記したリンコが、次の訪問者だった。 「あけましておめでとうございま~す♪」 新春早々、能天気な声でマサヒコの部屋に入ってくるリンコ。 だが、その姿を見て二人は驚きを隠せなかった。 着物はもちろん素敵なものなのだが… 「リン? アンタその髪の毛…」 的山→ちょっとショート、と言う慣れきったスタイルでは無く、髪留めで少し纏めつつも真っ直ぐに伸ばした髪の毛。 何か非常に新鮮だ…。 「えへへ~♪ 今日着物着ていくっていったら、お母さんが張り切っちゃって付け毛付けられちゃいました~」 発言から中身は変わっていないなと分るのだが、こちらもメガネを外しコンタクトなので、見慣れぬ髪型と併せるとまるで別人…、 で、妙に大人っぽく見えてしまう。 着物の方も、いかにも七五三に見えそうだと思いきや、白生地で正月に相応しく吉祥紋様の入った華やかな振袖を見ていると、 こちらの気持ちまで晴れやかになってきそうな気がする。 「くっ! リン…アンタなかなかやるわね…」 リョーコが悔しがっている。 女の競争意識と言うヤツが出てきたのだろうか。 「お茶ー!」 と言って部屋にリンコの分の飲み物を持って入ってきたママンもが、リンコの変身振りに嬉しそうだ。 「あらあらまぁまぁ…。 リンコちゃん、随分と可愛らしくなっちゃって♪」 「えへへ♪ おば様、ありがとうございます。 今年もよろしくお願いしま~す」 「あらぁ、今年と言わずに今後、ずっとマサヒコ共々よろしくしても良いのよぉ。 リンコちゃんだったら♪」 変なところのスイッチが入ってしまったのか、とんでもない事を言い始めるママン。 「なっ! 何言ってんだよ母さん!」 「なに照れてんのよっ♪ ささ、ささ、リンコちゃん。 おこたに入って」 「は~い……きゃぅっ!」 お約束と言うか、天然の成せる技と言うか着物に慣れているわけも無いリンコはコタツ布団に足を絡ませて、マサヒコにダイブを 敢行したのであった。 「お、おい。 的山。 大丈夫か?」 「えへっ。 こんなドジだと、ホントに小久保君によろしくされちゃうかもねっ♪」 腕を絡め抱き合いつつ、上目遣いでドキリとするような天然発言をするリンコに、マサヒコは(あ~。 今年もコイツに…一緒に英稜に 合格したりしたら散々振り回されるんだろうな~)などと思いつつ、何故か嬉しいような気分になってしまうのだった。 3、若田部アヤナ -友禅鶸茶地金銀摺箔花弁散文振袖- 『流されない』(若田部アヤナ書 2006年 元旦書初めより) 何に流されたくないのか、まあ多分マサヒコとの密着が多かった去年を反省し、今春に渡米する事もあり自分の性格を変えたかったのかも 知れないが、書初めとしては少々不安なことを書いた若田部アヤナが3番目の来訪者であった。 「あけま…」 「「おおっ!」」 新年の挨拶もさせてもらえず、アヤナはリョーコとリンコの感嘆の眼差しと嘆声を向けられる。 「あの…? あけましておめでとうございます?」 「アヤナ、それ…」 一目で分るよそれ! なんか格が違うよその着物! リョーコやリンコの着物だって少なくとも「年末着物市! 95%オフ!大バザール!」とか で買ったものでは無い結構な着物なのだが、アヤナのそれは発しているオーラが違った。 茶色とは言うが、かなり色の薄いオレンジ色に見える生地に、金や銀で箔を押された線で鮮やかに書かれた花びらが散ろうとしている紋様。 正月なのに散らすのは如何なものかとも思うが、ちょっと年代の入ったかにも見えるそれは誰にも文句を言わせないかのような迫力がある。 服の豪華さにも負けず、髪を後ろでシニョンにまとめたアヤナはとても綺麗で…。 「これですか? 母方の実家に伝わるもので、何故か親戚中で『アヤナが着なきゃダメだ』って。 それで着てるものなんですが…」 「アンタそれ、物凄く高いんじゃない?」 「さあ?どうでしょう? 『ゆうぜんひわちゃじきんぎんすりはくはなびらちらしもんふりそで』…って言うものらしいんですけど。 今日、着て行くっていったら家族が慌てふためいてるんですよ。 父が『絶対、傷付けるな』…って。 こんなに古い着物なのに…。 ふふっ…おかしいですよね。」 「あー、アンタ。 一応、言っておくわ。 それ、値段が付けられるかどうか分らないけど、多分ベンツが買えるわよ。 Sクラスでも。 楽勝で」 「「ベ、ベンツ!?」」 驚きの声を上げるリンコとマサヒコ。 まあ真っ当な反応だろう…。 「ベンツ…そういうものなんですか…」 外車の一台や二台なら父と兄が乗っているのでアヤナの家の車庫にあるからだろうか…まだ浮世離れした感想を漏らしている。 「全く…これだからお嬢は…。 アンタはもうそれ着るな。 今すぐ脱げ!」 襲い掛かるリョーコの手が、これまたイタリア製大型バイクが一台買えちゃうくらいなアヤナの袋帯へ届こうかと言う時、 身の危険を感じたのか、アヤナがするりと身をかわし、マサヒコの隣にすっと腰を下ろした。 「小久保君? 隣、いいわよね?」 「あ、ああ」 「そ、そんなに見つめないでよ。 はっ…恥ずかしいから」 「ご、ごめん。 でも若田部、すげー綺麗だ…」 「…。 馬鹿…」 何やらいい雰囲気になっちゃってる二人。 その二人を見て脇役に成り下がってしまいそうな二人が物騒な会話をしていた。 「むー。 中村先生…、正月早々ですけど何かムカムカしませんか?」 「ん~。 その気持ちよく判るわ…」 「私…天然装って、転んでアヤナちゃんにお茶でもぶっ掛けましょうか?」 「いや、それはさすがにやめとけ…」 4、濱中アイ -繻子織黒地午餐会服- 『絶対合格』(濱中アイ書 2006年元旦書初めより) 半天然ではあるが一応、常識人であるアイの書初めは、確かに常識的なものと言えた。 しかし…、小久保家のインターホンを押す段階になっても 彼女は心の迷いを中々打ち消す事が出来なかった。 「中村先生…、これじゃアヤナちゃんの一人勝ちなんじゃないですか?」 「そうねぇ。 悔しいけど…いくらなんでも私らがアレに対抗するのは難しいかもね」 「先生、やっぱりお茶…。 むー、もう小久保君にも一緒にぶっ掛け…そう、最近ツボに入った『罰を与える』ってヤツですよ♪」 「まあまあ、落ち着きなさいって。 いや、まだ望みはあるわよ…」 未だ見詰め合っているマサヒコとアヤナに聞こえぬようにボソボソと小声で話す二人。 「アイの実家ってさ、結構な旧家でね。 成人式の時にもかなりいい服着てたんだわ。 褒めたら『そっ、そんな事無いですよ~』って言ってたから、 今日なんかはかなり気合の入った格好してくるかも…、いやあの子の場合、相当なモノを着てきそうなんだよね」 「でもそれじゃアイ先生かアヤナちゃんかって事じゃ…」 「一人勝ちされるよりはまだマシでしょ…」 段々、話がみみっちくなってきている。 …が、ここはアイに期待の一翼を向けるしかない訳で…。 インターホンの音が鳴ると同時に階下でママンの嬌声が上がる。 どうやら誰かが…、聞こえてくる話の内容からするとアイが到着したようだった。 「来たようね…。 しかも、おば様の反応からすると、かなりの服を着てきたみたい」 「ちょっとワクワクしちゃいますね~。 んー、どうかアヤナちゃんに罰を与えて下さいっ!」 「それ、少し用法違うかな…」 ドアノブを回す音と同時に部屋の中に入ってくるアイ。 その姿を見て、中村は……頭を抱えた。 「素敵な服…着てるじゃない…アイ」 「えっ、ええ。 お褒めに預かり光栄です」 リョーコの鋭い視線に併せ投げつけられるかのような言葉に、紫色になりかけた唇を震わせてアイが返答する。 「しびれちゃうわね…」 『コクコク』…本当に唇が痺れているアイは首を縦に振るだけだ。 「ぞくぞくしてきちゃうじゃない…」 『コクコク』…本当にぞくぞくしているようだ。 気まずい雰囲気にアイがついに口を開く。 「あっ、あのっ! 着物はあんまり着ないから、実家に送り返しちゃってて、これしか今無くてっ!」 「ふんふん。 で? そんな格好してきたワケね?」 『コクコク』…。 リョーコの『使えねぇ女だな』的な視線を受ける、アイのその格好は…。 しなやかな光沢を持つ黒地のサテン生地が目にも眩しく、 女性としてはほぼ完成されつつあるアイの魅力をよく引き出している丈の短めなイブニングドレスだった。 「アンタ、それ寒かっただろ?」 『コクコク』…。 リョーコの攻撃は未だ続いている。 さすがに防寒のために、併せてしつらえた黒ベルベット生地のスペンサーを上に着てはみたものの、 そんなもので日本の冬の屋外気温に対応できるわけも無く。 徒歩で小久保家まで来たアイの体は寒さでガクガクと震えていた。 「んで? なに? アンタそれで社交界にでもデビューするつもりなワケ?」 「あ、そう言うときはデビュタントドレスって言う白いドレスを着るのが一般て…」 「もういいわ、アンタそこに立ってなさい。 罰として」 「うぅ…」 意気消沈するアイにマサヒコが助け舟を出す。 「ちょ、先生。 唇紫色じゃないですか。 大丈夫ですか?」 「マ、マサヒコくぅん…」 アイはそう言うとコタツの中に入ったままのマサヒコに、ひし、と抱きついた。 ああ、マサヒコ君の体、温かい…。 このまま私を解凍処理(?)して…。 露出が少ないとはとても言えない格好のアイに抱きつかれたマサヒコも、ドキドキして…(こりゃ、今年もいい年になるか…)などと言う甘っちょろい 考えは今度は起こせなかった。 無言でアイをマサヒコから引き剥がしたリョーコが、アイの首から『私は空気の読めない露出狂娘です』と書かれた プラカードをぶら下げ再び部屋の隅に立たせたからだった…。 「ちっ…、考えが甘いんだよ…全く…」 リョーコの荒みように、再び立たされコタツで体を温められずにでガクブルしているアイのことを助けられる者は居なかった。 5、天野ミサキ -五衣雲立涌紋並桜襲裏無地生絹他- 『今年こそ』(天野ミサキ書 2006年元旦書初めより) とは、書いたもののどうなる事やら…。 「うそ…皆、凄すぎる…」 ミサキは自室でマサヒコの部屋を対戦車ミサイルの照準/誘導ユニットのファインダーで覗きながら、顔面蒼白になっていた。 なんで全天候型カメラじゃなくて対戦車ミサイル? と言う疑問が出るのは当然だが、遠距離から敵戦車を迎え撃つ対戦車ミサイルの 照準ユニットは望遠機能がついているので、実用には充分。 さらには目標(既にこのような単語が出てくる事が怪しい) に対してミサイル誘導の為の測拒や、コードさえ一致させて貰えればLGB(レーザー誘導爆弾)を誘導するためのレーザースポッティングも 出来るのでオトクなのだ。 ミサキの心中を嫉妬からか一般的な女子中学生にしてはイケない考えが占めてくる。 (ああ! 今、あの部屋を石器時代に戻して…いや丸ごと消滅させてやりたい…) ミサキが今、手中にしているVHF帯無線機で航空支援(ち、ちょっと待て)を要請して…、そう…こんな感じだ…。 『こちらケープ339。 ディープスロート45どうぞ』 『ディープスロート45。 ターゲットから8マイル。 レーザーバスケットの形成は良好。 いつでもOKだ』 『ケープ339。 スポッティング継続中。 目標周辺のAAA(対空砲火)の動きは無し、投下よろしく』 『OK! ドデカいヤツを叩き込んでやるぜ』 『ケープ339。 スポッティング引き続き継続中…』 『Launch(投下)!Launch!』 『……』 『…命中! 命中! あー!今、火が上がっている…。 目標は破壊された。 生存の可能性はネガティブ。 繰り返す…』 『イャッハー! サダムのケツをぶっ叩いてやったぜ!』 あの…オペレーション・イラキ・フリーダムはとっくに終わってますよ……。 「ハッ…いけないいけない。 本当に無線機のプレストークボタン押しちゃうところだった…」 まあ、新年の余興みたいなモノとは言え、それほど凄い事にはならないだろうと思っていた自分の考えの甘さを呪っていた。 自分としては、大振袖を着るのも大げさだし、シンプルに茶屋の看板娘みたいに見える格好でもすれば、マサちゃんの私に 対する株も上がると言うものね。 などと思っていたのだ。 それがなぜ、正月早々バグダッドの中心部に潜入して目標に2000ポンドLGBを叩き込む為のレーザー照射役潜入工作員のような 妄想をしなければならないのか…。 (私はデルタでもシールズでもフォースリーコンでもないわよっ! いい加減にしてっ!) 妄想後によくある感情の爆発がひとしきり終わると、ミサキの心の中を寂寥感が占めていく。 それもこれも自分の気持ちに 気づいてくれないマサヒコが全部悪いのだ。 (でも…私はやっぱり…マサちゃんが好き…) ミサキの両の瞳から落ちていく涙。 どうして人は恋をすると泣いてばかりになってしまうのだろう? 我慢できなくなったミサキは、部屋から駆け出して母親のいる台所へと飛び込んでいった。 「う"―― 」 「どっ! どうしたのっ!? ミサキっ!」 正月早々、ボロボロと両目から涙を溢れさせているミサキを見て驚くミサママ。 「マ…………………………………………………………………………………………………………………………も……………………… …………………じ……………… ………………………………れ………~」 ミサキの言いたい事は、もう言葉にもなってくれない。 「えぐっ…えぐっ…」 「ふむふむ………」 今もえぐえぐと泣きじゃくる娘を助けてやりたいのは母親として当然の愛情だ。 「『マサちゃん家で今日やっている晴着を見せびらかす大会にアヤナちゃんやリンちゃんや濱中先生や中村先生までもが凄い晴着を着てきて 私の今日の格好じゃ負けちゃう… マサちゃんが変態どもに取られちゃうよ~』そうねっ! そうなのねっ!ミサキ!!」 ちょwww判るんですか?それ? としかミサママには言い様がないが、これが母娘間の愛情と言うヤツなのか…。 いや、血なのか? 『コクコク』…母親の愛情を今、一身に浴びる事の出来たミサキは大きくうなずいた。 「ミサキ! シャンとしなさいっ! こういうときのために親は存在するの…。 良い?二階のクローゼットの中に桐の箱があるから…… いや、ここじゃダメね。 付いてきなさい!」 数分後、二階のクローゼットの中では、ミサキが感嘆の声を上げていた。 「お母さん…これ?」 ミサママに質問するミサキの瞳からはもう涙は溢れていなかった。 箱の中に納められているものからは着物に詳しいはずもない、 中学生でも一目で判るほどに生地の良さが伺える。 「これはね…ミサキ。 天野家に代々伝わる由緒あるモノでね…可愛い一人娘のピンチとあっては、出さざるを得ないでしょう…」 「お、お母さんっ! ありがとうっ!」 感極まってミサママに思いっきり抱きつくミサキ。 「さ、早く着付をしちゃいましょう? それに涙も拭いて。 可愛い顔が台無し…。 マサヒコ君に嫌われちゃうわよ♪」 数十分後…、娘と同じで家事全般ダメダメだが、天野家に嫁いでからと言うもの、この服の着付け方だけは姑から叩き込まれてきた ミサママは手早くミサキの着付けを終わらせると、愛娘を小久保家に送り出したのであった。 「ミサキちゃん、遅いですね…」 「全く、時間遅れちゃうわよ…天野さんったら」 「まさかあの子、自分で着付するなんて無謀な行為してるんじゃないでしょうね?」 「う…う…さ、寒い…お願い…男棒…じゃなくて暖房…いれてください」 マサヒコの部屋で、時間になっても現れないミサキにいらだち(一部違う)の声が上がり始める。 小久保家と同程度の住まいに居住するミサキが、アヤナほど凄い着物を着てくる可能性は余りないし、これはもうアヤナの一人勝ち で勝負が付いてしまうのではないか、と言う空気が部屋の中に充満している。 それだったらさっさと初詣を終わらせちゃって…。 などと言うところで玄関のインターホンが鳴り響いた。 「やっと来たようね…」 だが、階下でミサキを迎えた筈のママンの声は『驚き」と『困惑』とが混じりあったもので、どちらかと言うと絶句しているかのようだ。 「あら、おば様を唸らせるようなモノでも着てきたのかしら?」 ミサキが凄い着物を着てくるのであれば、それはそれでダークホースとして面白い。 などと思い始めたリョーコの耳に入り始めた 音は…、いや、誰もが聞いたこともないような音質のそれであった。 「これ、天野さん…が階段上がってくる音…ですよね?」 「みたい…だけど…これ何の音?」 「な、なんか変な音ですよぅ」 ゆっくりと、しかし確実に階段を上がってくる音。 その音の正体に部屋の中の疑問が最高潮に達する。 ガチャリ…。 ドアノブが回される音と同時にミサキの大きな声が、そう…勝利を確信したかのような彼女の声が部屋の中に響いた。 「あっ、あけましておめでとうございますっ! マ、マサ君っ! おめでとうっ」 「「「「「…………… ・・・ ・ ・ ・」」」」」 アイとリンコの口は『◇』になっていた。 アヤナの口は『△』になっている。 マサヒコのそれは『□』だ…。 …寒さ厳しく花の無い冬でも匂い立つかのようなその姿、襟掛のついた萌黄の単、紅の無地袴。 桜襲の五衣からは幾重にも重ねられた 袖口から見えるグラデーションと表の白い生地にすかして映る赤花の色が、桜が咲くのを今か今かと待ちわびているかのよう…。 打衣と唐衣に複雑に織られた菱の地紋は千年の時を経てもなお鮮やかで、これが本当に一色で織られた布地なのかと思うほどで…。 腰の辺りから後方に優雅に広がる裳にはきちんと引腰までもがフルセットで備えられ…。 ……。 …。 「…んで? 天野の姫君は今日は牛車でお越しってワケですか?」 「いっ、いえ。 この距離ですから徒歩(とほ)ですが」 「ははぁ、徒歩(かち)ですか。 って言うかアンタ、今日これから初詣行くって知ってるわよね?」 「えっ、ええ。 あ、それよりそれよりマサ君っ。 どっ、どうかな? これ?」 「………」 (ああ、分った…。 俺が最近怖いのはこういう時のミサキなんだ…。 暴走って言うか…正直…キモイ…) マサヒコは自分の目の前に居る『私を見て見て~! そして、いいコいいコしてーっ!』と言う褒められるのを待っている子犬の瞳ような 目から、光線を出している少女に言葉を掛けてあげることが…。 どうしてもできなかった…。 6、エピローグ マサヒコ、リンコ、リョーコ、アヤナの4人は和気藹々と神社への詣でを済ませ、かつその女性陣の華やかさは道行く人々の注目を 浴びていた。 お参りの後には出店で甘酒など楽しんじゃったりして、間近に控えた受験本番への決意を新たにすることが出来、 アヤナは渡米前最後の日本ならではの雰囲気を味わっているかのようである…。 一方…。 『ちょっと何あれ~。 何かの撮影~?』 『やだやだ、マジ凄くな~い?』 『おい、見ろよあれ。 凄くね?』 『うはwww巫女よりテラスゴスwwww』 『つか、隣の女は何でドレス?』 『ドッキリじゃねぇの?』 『ワンワンッ』 参道にざわめく嘆声、そして犬までもが吠えあがっている。 日本古来より伝統の服とは言え『それは間違っている』としか言いようがない十二単を着たミサキと、やはり『それも間違えている』と しか言いようが無いドレスを着たアイは、道行く人々にジロジロ見られているかのような(実際見られているのだが)視線に、恥ずかしさを 隠す事が出来ない。 「うぅぅぅ…人に視姦されているって言うのはこういう感じなのね…って言うか…さ、寒い」 「視姦されてるのは濱中先生だけじゃないんですか?」 「ああ、ミサキちゃんのは『憐れみを受けている』だもんね』」 「……」 「……」 「濱中先生…、何がイケなかったんでしょうか?」 「う~ん、ミサキちゃんのは…全部…かな…って言うか…本当に寒い…」 「…先生こそ、そのプラカード…、似合ってますね…」 「ミサキちゃん…私の事嫌いだったりする…?」 「……」 「……」 晒し者同士との生産性の無いやりとりを続けることの空しさに気づいたミサキは、書初めで書いた『今年こそ』について、『告白する』を 頭の中から一度退場させ『社会復帰する』若しくは『怪しげな機器は捨てる』と、付け加えたほうがいいなと、またもやガチで思うのであった。
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