作品名 作者名 カップリング
「スタート前」 ピンキリ氏 -

 これは、異色のアイドルユニット『トリプル・ブッキング』が、世に出る前の物語。
当事者達以外は、誰も知らない秘話。
闇から闇へと葬られたエピソード―――


「喜びなさい、仕事が入ったわ」
 レイ・プリンセス芸能事務所の社長、柏木レイコは煙草を弄びながらそう言った。
そのあまりのそっけなさに、言われた方、すなわち『トリプルブッキング』の三人、
飯田シホ、有銘ユーリ、如月カルナは、一瞬何が何だかわからないという顔をした。
「おしゅごと?」
「わああ」
「……」
 三人が呆然としてしまうのも無理はない。
柏木レイコの口調を計算から除外したとしても、だ。
何せ、彼女らは先日ユニットを組んだばかり。
歌の練習もダンスの練習も、カメラの前でポーズを組む練習も一切していない。
正式にデビューしたとすら言えず、スタートラインについたかさえも怪しいのだ。
「ええええええー?」
「本当ですかあ?」
「……信じられないわね」
 頭の上に見えないハテナマークがぽんぽんぽんと飛び出る三人。
耳を疑うとは、まさにこのことか。
「詳細は井戸田に聞いて」
 驚く三人を気にとめた風もなく、柏木レイコは手にしたタバコでシホ達の背後を指した。
「ほえ?」
 三人が振り向くと、何時の間に社長室に入ってきたのか、
彼女らのマネージャーである井戸田ヒロキが所在無さげにそこに突っ立っていた。

「えーと、皆は『月刊スペシャル・ウルトラ・マガジン』っていう雑誌、知ってるかな」
 社長室から場所を移し、今、四人がいるのは事務所の休憩室。
井戸田ヒロキの質問に、首を縦に振ったのはシホだけだった。
「知ってる。若いコにそこそこ読まれているマンガとかグラビアとかがごった煮になった雑誌だよね」
「そう、それ」
「えーと、確か略して『スペルマ』」
「略すな!」
 シホの返答に思わず大きく突っ込むヒロキ。
丁度十歳違いの二人であるが、常に年少者のシホの方が会話の主導権を握っている。
「え、グラビアってことは、それが仕事なんですかあ?」
 ユーリが屈託の無い笑顔でヒロキに問いかけた。
その横で眉根を寄せた表情のまま、カルナも頷く。
確かに、普通に考えればその結論に行き着くだろう。
「……いや、違うんだ」
「えー、違うの?」
「ああ、仕事ってのはちょっと毛色の変わったヤツで……グラビアじゃないよ」
 その言葉に、シホは大袈裟に肩を落として落胆してみせた。
「チッ、せっかくこの身体を世間に売るつもりだったのに」
「そういう言い方はやめなさい」
「えー、だってアイドルって言ったらやっぱり肌を露出しないと」
「私達、グラビア向きの身体じゃない気もするんですけど」
 三者三様のボケと突っ込み。何だかんだ言って、この三人は結構連携が取れていたりする。
「……ええと、仕事の話に入っていいかな」
 放っておくと話がどこまでも脱線しかねないので、ヒロキは無理矢理本題に入った。
「この雑誌の読者欄に、『ちゃちゃっとチャット』というコーナーがあるんだ」
「……にゃんだそりゃ」
 シホは首を傾げた。
知っていると言っても、せいぜいコンビニで手に取った程度で、中身までは詳しくわからない。


「一月交代で色々なアイドルやアーティストが、チャットで女性読者の悩みや相談に答えるって企画だよ」
「で、それを文章化して載せるの? ふわあ、すげえケチ臭いコーナー」
「お金かかってませんねー」
「……ページ埋め程度のものね」
 三人は容赦ない。
凄まじくチンケな仕事に思えたからだ。
「おいおい、贅沢言わないでくれよ。大体、いきなり仕事があるなんて破格の待遇だと思わないか?」
「んー、そりゃまあ、そうだけど……」
「……それもそうですね」
「確かに……」
 シホ、ユーリ、カルナは顔を見合わせ、こくこくと頷いた。
ヒロキの言うことが道理に思えたからだ。
注目もされていないし知名度も全然無い、トーシロに毛が生えた程度のアイドルユニットに普通仕事が来たりしない。
「じゃあ、いっちょ気合をいりぇましょーか!」
「そうですね、一応これでアイドルデビューになるわけですし」
「……答えられる質問だったらいいけど」
 やる気を見せ始めた三人を目の前にして、ヒロキは胸を撫で下ろした。
実はこの仕事、裏があるのだ。
最初に依頼があったのは、この事務所でもそれなりに売れている小池マリのところだった。
請け負ったものの、天候の問題などで小池マリのグラビア撮影のスケジュールがずれ込み、土壇場でキャンセルとなってしまった。
そこで、社長の柏木レイコが急遽、雑誌側にお詫びも込めて、トリプルブッキングをそこに放り込んだ、というわけ。
せいぜいページ一枚分の小さな企画、人前に出て歌ったり踊ったりするわけでもない。
アイドルのたまご状態の彼女らでも何とかなるだろうと思ったのだ。
いざとなれば、井戸田ヒロキもいることだし、それに文章に起こす時にいくらでも手を加えられる。
三人(と、マネージャーの井戸田ヒロキ)に経験を積ませるためのとっかかりとしては、確かにそう悪い案でもない。
「で、何時するんですかあ?」
「ん、明日」
「場所は?」
「この事務所」
「へ、ここ? 大きなホテルの一室でパソコン並べて豪華にどどーん、とかじゃないの?」
 そのしょぼさに、膨らんだやる気が一気に萎んでいくトリプルブッキング。
「……お前、アイドルを根本的にナメてないか?」
 井戸田ヒロキは、胃に微かな痛みを覚えて、お腹を手で押さえた。
ああ、俺、就職先を間違えたかもしれない……と思いながら。

                 ◆                     ◆


「それじゃあ、始めりゅよ?」
 事務所の隅にある、一番型の古いノートパソコンの前に、三人は並んで座った。
やはり、幾分緊張しているのだろう。
シホはさっきからかみまくりだし、カルナも元から固い顔がよりカチコチになっている。
この中では一番仕事慣れしているユーリにしても、どこかそわそわとして落ち着きがない。
まあ、一番ハラハラしているのはマネージャーである井戸田ヒロキであるが……。
「……午後二時ジャスト、入室」
 チャットは出版社のホームページ上で行われる。
応募の中から当選したものだけが、当日限定で入室を許されるパスワードを貰えるのだ。
「じゃ、じゃあまず私きゃら……」
「どうでも良いけど、打ち込む文字までかまないでよ?」
「わ、わかってるわよお」
 シホはパソコンが得意というわけではないが、不得手というわけでもない。
落ち着いてキーを叩けば、多少ゆっくりでも打ち込むことは出来る。

 シhポ:「どうも、飯田シホです。トリプルブッキングのリーダーです」(06/25 SAN 14:01:45)

「飯田さん、名前が……」
「あ、あああああ!」
「……それもだけど、何で貴女がリーダーになってるの?」
「ちょ、ここで会話してないで、早く他の二人も打ち込んでよ!」
 トリプルブッキング、前途多難な船出―――

 ユーリ:「有銘ユーリです。今日はよろしくお願いします」(06/25 SAN 14:05:50)

 カルナ:「如月カルナです」(06/25 SAN 14:07:12)

 ユーリもカルナも無難に打ち込みが出来るが、何せパソコンが一台しかなく、
代わる代わる前に座らなければならないので効率が悪いことこの上ない。

「はれ、アンタはしないの? 自己紹介」
「……何でマネージャーが表に出なきゃならないんだ」
「あ、最初の人が来た」

 MIHO:「始めまして。MIHOと言います。この相談コーナーに出れて嬉しく思います」(06/25 SAN 14:09:51)

「……次の人も入ってきたわね」

 ナナコ:「こんにちわー、ナナコって呼んでね。ちなみにナナコっていうのは飼っている犬の名前でーす」(06/25 SAN 14:11:17)

「今思ったんだけど、これって読者の人は実名じゃないの? それって不公平じゃない?」
「不公平って……そういうコーナーなんだってば。そりゃ、中には実名でくる人もいるかもしれないけど」
「ほら、三人目も来ましたよお」

 人妻K:「どうも、人妻Kです。おそらく一番年齢が高いと思うけど、怖がらずにお願いね」(06/25 SAN 14:14:02)

「……人妻?」
「あれ、若い人向けの雑誌のはずですよねえ?」
「本当に人妻かどうか何てわからないわ、そういう匿名性というかデマカセがこのコーナーの売りなんでしょう」
「いやデマカセじゃマズイだろう。えーと、雑誌の編集者に聞けばわかると思うが……応募は詳細に書かないとダメだから」
「あ、そうそう、スペルマのこのコーナーの担当さんは来てないの?」
「だから略すなってば。担当さんは編集部から覗いてるはずだけど……」
「……やっぱり、物凄く適当なコーナーなのね、これ」


 小生:「保育士をしてる小生といいます。あ、小生であって決して性じゃないからね? エヘッ^^」(06/25 SAN 14:16:30)

「……何かヘンな奴が来たぞー」
「わざわざ自分でことわってる分、あからさまですねー」
「物凄く嫌な予感がするんだけど」
「だ、大丈夫だって。多分」
「……私もすげー不安なんだけど。えー、次で最後の人のはずだよね?」

 女教師:「私で最後みたいね? とにかく今日はよろしくね。バンバン質問に答えちゃうから」(06/25 SAN 14:19:27)

「……コイツ、コーナーの趣旨を勘違いしてない?」
「えーと、この場合は私達が質問したらいいんでしょうか」
「違うと思うわ」
「あー……だ、大丈夫だって。その、あの、どうにかなるさ。あ、後でいくらでも編集出来るし」
「それってコーナー自体が崩壊してない?」
「やっぱり、物凄く適当なコーナーだわ、これ……」

 井戸田ヒロキは後で激しく後悔することになるのだが、
この時点で恥も外聞も捨てて、雑誌の編集部に問い合わせるべきだったのだ。
本当にこの質問者でいいのか、と。
だが、神ならぬ身の彼には、数分後の未来を見通すことも出来ないわけで。
それに、もう少しすれば外出中の社長も三瀬も小田も帰ってくるという思いもあった。
「と、とにかく始めようか。時間は二時間、十六時まで」
「うっしゃ、バンバン答えりゅわよーっ!」
「あ、またかんだ」
「……先が思いやられるわ」
「あ、あはは……大丈夫、な、なんとかなるって」
 大丈夫、なんとかなる―――
井戸田ヒロキのその言葉が、半分自分自身に向けられたものであることに、人生経験の少ない三人は気づかなかった。

 MIHO:「突然なんですけど、私、今好きな人がいるんです」(06/25 SAN 14:21:15)
 人妻K:「おおーっ、青春ねえ。MIHOちゃんは学生?」(06/25 SAN 14:22:38)
 MIHO:「はい、高校生です>人妻Kさん」(06/25 SAN 14:23:12)
 ナナコ:「好きな人はどんな人なのー? 年上? 年下? 同性?」(06/25 SAN 14:23:40)
 小生:「かーっ、高校生かぁ。私もその頃はいっぱい恋愛していっぱいシテたなあ」(06/25 SAN 14:23:42)
 MIHO:「えと、同じ学校の先輩です。もちろん男の人です>ナナコさん」(06/25 SAN 14:24:39)
 女教師:「性春真っ盛りってヤツね>MIHO   奇遇ね、私もよ>小生」(06/25 SAN 14:24:56)

「ちょ、三人とも何見入ってるんだ! 自分達も書き込まなきゃ!」
「あ、ああそうだ。いっけねー」

 シホ:「ぢおんな人なんですか、その先輩って >MIHOさん」(06/25 SAN 14:25:36)

「痔女ってナンですか、飯田さん?」
「あ、ああああああ」
「……打ち込みミスよ、それ」

 MIHO:「上手く説明できないけど、とても格好いい人なんです>シホさん」(06/25 SAN 14:26:23)
 女教師:「なんだか私の知ってる生徒とそっくりなケースね。そういえば名前も……いや、いいや。続けて」(06/25 SAN 14:28:00)
 小生:「私も経験あるけど、恋愛は一押し二押し三押し倒されよ?」(06/25 SAN 14:28:16)
 ナナコ:「私まだ男の人を好きになったことないから恋ってよくわかならないなあ。オナペットにはなったけど」(06/25 SAN 14:28:41)
 人妻K:「ぶつかってみれば? 当たって膜破れろ、よ>MIHOちゃん  イイこと言うわね>小生ちゃん」(06/25 SAN 14:29:20)


「……何だこの流れ」
「これって公開セクハラじゃないかしら」
「あああ、ま、また手が止まってるってば! だ、誰か書き込んで!」
「はいっ、じゃあ有銘ユーリいきますっ!」

 MIHO:「何だか皆さん色々と経験が豊富みたいですね。頼もしいなあ」(06/25 SAN 14:29:55)
 ユーリ:「私もいつか素敵な男性と恋愛してみたいです」(06/25 SAN 14:30:06)
 女教師:「最後は女のカラダが武器よ、どーせ失うものは膜一つなんだからズボッとイキなさい」(06/25 SAN 14:30:29)
 ナナコ:「私の中学時代の家庭教師の先生も同じこと言ってました>小生さん 一押し二押し」(06/25 SAN 14:30:51)
 人妻K:「そそそ、勢いは大切よ。流れに巻き込んで既成事実作ればこっちのもんよ」(06/25 SAN 14:31:17)
 MIHO:「果敢にアタックはしているんですけど、どうにも失敗続きで……」(06/25 SAN 14:31:42)
 小生:「おー、その家庭教師の先生、わかってるわねー>ナナコちゃん」(06/25 SAN 14:32:16)
 女教師:「そうよ、男なんて好きでもない女抱けるんだから。ヤラせてあげてそれをタテに取りなさい」(06/25 SAN 14:32:42)
 小生:「ところで、MIHOちゃんって処女?」(06/25 SAN 14:32:50)

「おおおい、スルーされてるじゃん!」
「何か邪魔者みたいですね、私達のほうが」
「だから手を止めないで! 次! 次!」
「……仕方ないわね。私がいくわ」

 ナナコ:「はい、色々教えてもらいました。躾とか弱点の探し方とか>小生さん」(06/25 SAN 14:33:20)
 人妻K:「奪い取るのも愛だからねー。段々自分を好きにさせていくってのも女のテクニックよ」(06/25 SAN 14:33:33)
 カルナ:「皆さんはどんな食べ物が好きですか?」(06/25 SAN 14:33:34)
 小生:「女も好きでもない男に抱かれますけどね、私の前の仕事はそれでしたし>女教師さん」(06/25 SAN 14:33:45)
 MIHO:「えっと……はい、処女です>小生さん」(06/25 SAN 14:33:55)
 女教師:「あっはっは、それを言ったらオシマイよ (  ´∀`)σ)Д`) >小生」(06/25 SAN 14:34:28)
 人妻K:「まあでも最初はやっぱり正攻法で行くべきね。ダメになってから裏技使えばいいから」(06/25 SAN 14:34:51)
 カルナ:「皆さんはどんな食べ物が好きですか?」(06/25 SAN 14:34:59)
 ナナコ:「わ、女教師さんって顔文字使うんですね」(06/25 SAN 14:35:09)
 女教師:「きょう日、ネットをたしなむ者としては必須技能だしね>ナナコ」(06/25 SAN 14:35:47)
 MIHO:「一応正攻法でいきたいんですが、いつも最後で失敗するんです」(06/25 SAN 14:35:58)

「また完全にスルーされてるーっ! しかも二度もー!」
「ああ、これはもう失敗企画なんでしょうか?」
「やめて、失敗なんて言わないで。社長にドヤされるうう」
「……」

 カルナ:「皆さんはどんな食べ物が好きですか?」(06/25 SAN 14:36:49)
 小生:「男ってアホが多いから、案外真正面から来られると簡単にオチたりするもんよ?>MIHOちゃん」(06/25 SAN 14:37:02)
 ナナコ:「MIHOちゃんってどんなアタックの仕方してるの?」(06/25 SAN 14:37:11)
 人妻K:「正面から来られるとドキッとするらしいのよね。私も愛するダンナをそれで落としました」(06/25 SAN 14:37:39)
 女教師:「そうね、正面からってのは大事かもね。正常位から普通はスタートするもんだし」(06/25 SAN 14:38:04)
 カルナ:「皆さんはどんな食べ物が好きですか?」(06/25 SAN 14:38:19)
 MIHO:「手紙を渡したりとか、チョコを渡したりとか……。まともに渡せたことないですけど>ナナコさん」(06/25 SAN 14:38:31)
 小生:「男>カルナ」(06/25 SAN 14:38:40)
 女教師:「男>カルナ」(06/25 SAN 14:38:40)
 人妻K:「ダンナ>カルナ」(06/25 SAN 14:38:41)
 ナナコ:「そっかー、大変だね。私の友達も好きな男の子になかなか告白できなかったみたいだよ」(06/25 SAN 14:39:00)
 MIHO:「そうなんですか。本当に恋愛って難しいですね>ナナコさん」(06/25 SAN 14:39:48)


「一言! しかも呼び捨て! 完全にウザがられてるって!」
「よくわからないけど内容も何かエッチだし、完全に崩壊してませんか?」
「……私、もう降りていい?」
「わわわ、待って! 初仕事で投げ出すなんてそんなことしないで!」
「よーし、この飯田シホが一発キメちゃるっ!」

 シホ:「みんな! おとちゅきなさい!」(06/25 SAN 14:40:55)

「あ、また」
「……」
「あああ、あああ!?」
「な、何故打ち込みでかむーっ!!」

 ……残り時間の一時間半、トリプルブッキングがチャットの主導権を握ることは、とうとう無かった―――

                 ◆                     ◆

全てが終わったあと、事務所に帰ってきた柏木レイコに井戸田ヒロキは散々絞られることになった。
何しろ、内容がアブな過ぎる上に、三人が発言した部分はチャット全体の10%にも満たなかったのだ。
で、いくら後で編集しようとも、そんなものが雑誌に載せられるわけもなく。
『ちゃちゃっとチャット』のコーナーは休載、次号からひっそりと打ち切りと相成った。
幸い、スペシャル・ウルトラ・マガジンとレイ・プリンセス芸能事務所の関係は、
双方に手落ちがあったということで落ち着き、切れることはなかった。
また、シホにしても、ユーリにしても、カルナにしても、ヒロキにしても、
アイドルとして、そしてマネージャーとして一応の経験は、
ほんのちょっぴり、しかもプラスなんだかマイナスなんだかわからないが、積めたことになったわけで。

「うううう、いきなりしくじった……」
「ほらー、元気出しなよ。クビになったわけじゃないんだからさ」
「でも、よく確認しなかったのはマズかったですねー」
「……先行きが不安だわ」
 がっくりと肩を落とす井戸田ヒロキ、三者三様の言葉をかけるトリプルブッキング。
事務所から出た彼らを、優しく夕陽が包んでいく。
「よーし、この飯田シホしゃんがラーメンを奢っちゃる!」
「わあ、私達にもですか?」
「私、ニンニクたっぷりチャーシューメンがいいわ」
「あー、ダメダメ! アンタらは自分で払うの!」
 夕陽で体を真っ赤に染めて、四人は駅前に続く道を歩いていく。
いつもなら仕事帰りの人でゴチャゴチャしているのだろうが、今日は日曜日ということで、それほど人通りは多くない。
「君達、元気だな……」
「あったりまえよ! 一度や二度の失敗でヘコたれていられるかっての!」
「わあ、ポジティブシンキングですね」
「……今のところ、一度の仕事で一度の失敗、つまり成功率0%ね」
「うわああああ」
 カルナの言葉に、ヒロキは落ち込んで背中を丸めた。
そのカーブを描いた背を、背後からシホが平手でバシバシと叩く。
「ええい、落ち込むなっての。そう、そうだよ、この仕事は無かったことにしよう!」
「え、どういう意味ですか?」
「だから、無かったことにするの。次に受ける仕事が、本当の初仕事ってこと」
「うわあ、ポジティブシンキングの極致ですね」
「と言うより、都合の悪いことは見ないふり知らないふりしろってことかしら」
「うるさいわね、これは無かった、無かったの! 振り出しに戻ったと思え! スタート前だと思え!」
「つまり、またゼロからスタートするということですか?」
「……ゼロじゃなくてマイナスからのスタートね、これは」
「……君達、ホントーに元気だな」


 すれ違う人々は、その騒々しさに思わず目をやり、
そして、四人が見事なまでにバラバラな組み合わせであることを不思議に思っただろう。
兄妹とは思えないし親戚とも思えない。親子には絶対見えない。一体どういう集まりなのか、と。
少女の一人は完全に子どもで、どう見ても小学生。
その横で大声で喋っている少女は、それよりも年上のようだが、まだまだ顔立ちから幼さが抜けていない。
眼鏡をかけた少女が女性の中では一番年長に見えるけれど、それでもせいぜい高校生くらいの若さだ。
三人に囲まれている青年だけが大人と言える容姿だが、それなのにどこか三人の少女の尻に敷かれている雰囲気がある。
当然、誰一人として気づかない。気づくわけがない。
この三人プラス一人が、レイ・プリンセス芸能事務所所属のアイドルとそのマネージャーであるということを。
「ねー、この近くでおいしいラーメン屋さん知らない?」
「ごめんなさい、私ちょっとわからないです」
「……私も知らないわ」
「あー……、悪い、まだ俺もここら辺りは詳しくないんだ」
 駅の切符売り場を前にして、彼らは足を止めた。
そして、そこで解散せず、体を180度回転させると、今来た道をゆっくりと逆に戻っていった。
おいしいラーメン屋を探すために。 

 これは、異色のアイドルユニット『トリプル・ブッキング』が、世に出る前の物語。
当事者達以外は、誰も知らない秘話。
闇から闇へと葬られたエピソード―――



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