作品名 |
作者名 |
カップリング |
No Title |
郭×伊東 |
ユーリ×ヒロキ |
「おはよう!おにいちゃん」
「………おはよう、ユーリちゃん」
「どうしたの?元気ないよ?」
「……………夢じゃなくてマジだったんだ、って思って」
「あ、ひどいよぉ!後悔してるんだ」
「後悔、するさ。だって君はウチの事務所の大切なアイドルで、まだ未成年なんだし」
「未成年って言ってももう15歳だよ、私?
処女喪失には少し遅いくらいだってシホちゃん言ってたし」
「アイツの言うことを真に受けちゃダメだって……世間的には君みたいな15歳の女の子と、
俺みたいな成人男子が関係を持っちゃうと淫行っていう立派な犯罪に」
「犯罪じゃないよ。無理矢理されたわけじゃないし、
それにユーリとおにいちゃんは5年も付き合ってるんだし」
「付き合うってねえ……君と俺はマネージャーとタレントの関係であって、
おまけにあの頃の君はまだ小学生で10歳だったんだから」
「でもあの頃からユーリはお兄ちゃんのこと好きだったんだもん」
「え?」
「やっぱり気付いてなかったんだ〜〜?うふふ、ドンカンだよね、お兄ちゃんは。
でもそういうところも好きなんだけど」
そう言って悪戯っぽく微笑むユーリ。
ヒロキは――やれやれ、と痛む頭に手を置いて嘆息するしかなかった。
――トリプルブッキングがデビューしてから、5年近い月日が流れていた。
その間の、山あり谷ありの芸能活動、そしてヒロキの奮闘については省く。
最近のTBはユニットとしてより個々での活動が目立つようになっており、
メンバーそれぞれ人気アイドルの仲間入りをしていた。
カルナは学業と芸能活動を両立させ、高校卒業後は東栄大学に合格した。
最近は年齢に似合わぬ落ち着いた言動と現場を仕切る能力の高さを買われて
教養番組や報道番組のアシスタントを多く務めるようになり、
知性派アイドルとして特に中高年の男性に人気を集めていた。
元々勉強は大の苦手だったシホだが、努力の結果なんとか小笠原高校に進学した。
そしてある深夜のお笑い番組に出演したときに例のごとく下ネタ発言を連発し、
おまけに噛み癖まで連発したのだが(もちろんヒロキはその現場で頭を抱え込んだ)、
司会のベテラン芸人に妙に気に入られてその後も度々番組で起用されるようになり、
現在では下ネタ系ぶっとび発言の多いアイドルとしてバラエティ番組で重宝されていた。
そして、ユーリである。TB結成時より芸能歴の長さからか妙に大人びた魅力のあった彼女は、
幼女好き層のみならず一部のカルトアイドルマニアの熱狂的な支持を受ける存在だった。
年齢を重ねる毎にその小悪魔的な魅力は更に磨きがかかり、
今では正統派のアイドルとしてTBの三人の中で最も人気を集める存在となっていた。
(しかし……あのユーリちゃんが……)
昨日のあの出来事を、ヒロキは呆然と思い出しながらユーリを見つめた。
シーツで体を隠しながら、彼女は楽しそうに彼を見つめ返している。
ヒロキは罪の意識に苛まれながら、甘い記憶を思い起こしていた。
すらり、と伸びた手足に、これから豊かに実ることを予感させる可愛らしい乳房。
腰回りはほっそりとくびれ、肌は新雪のように白くきめ細やかだった。
少女だった頃からずっと彼女の成長を見守ってきたヒロキにしても、
それは魔法にかかったかのような――信じられないとしか、形容できないものだった。
「あ〜〜〜、おにいちゃん昨日のこと思い出してるな〜〜、えっちぃ」
「…………」
ヒロキの表情を鋭く読みとったのか、からかうようにユーリが微笑みかける。
だが頭の中身を悟られたことに焦る余裕すらなく――ヒロキは、なおも呆然としていた。
そんな彼のことを悪戯っぽく、しかし愛おしそうにユーリは見つめ続けている。
§
彼女のそうした小悪魔っぽい表情は、
あどけなさの残る愛らしい顔立ちと不思議に調和していた。
長年付き添ってきたヒロキでさえもぞくり、とさせるほどに。
(はぁあああ………なんでこんなことになっちゃったんだ?)
それは全て、ユーリのワガママから始まったのだ。
そして断り切れなかった自分の優柔不断さに、腹が立っていた。
「ねえねえおにいちゃん、おにいちゃんのお部屋見せて!」
「だから現場ではその呼び方は止めなさいって………って俺の部屋?」
「ウン!あのね、お仕事で男の子のお部屋のお片づけしなきゃいけないの!」
「部屋って……ああ、あの企画のことだよね?」
「そう。ユーリ、男の子のお部屋なんて入ったことないから」
それは『プチ変身計画!モテない君をアイドルが改造』という、とある番組の人気コーナーだった。
毎週素人男性の服装や髪型等を週替わりで人気アイドルが改造していく、という企画で、
ユーリは番組に募集してきた男子大学生の部屋をコーディネートすることになっていた。
「だからって……なんで俺の部屋なんだよ?」
「だ・か・ら!頼める男の人なんて、おにいちゃんくらいしかいないんだもん。ね、お願い!」
(まあ確かに……ユーリちゃんがヘタに他の事務所の男の子とかに頼んだりしたら、
大問題だしな。最悪そいつがユーリちゃんに手を出したりしたら、俺もクビだし)
冷静に考えてみれば、ユーリがヒロキを頼るのはもっともな話ではあった。
「……ま、気は進まないけど分ったよ。ただし分ってるだろうけどこの事は番組内は勿論、
カルナちゃんやシホにも内緒だよ?アイツら絶対変な風にとるだろうし」
「ウン!ありがとう、おにいちゃん」
(それだけじゃなくて……シホまで俺の部屋を見たいとか言い出すかもしれないしな。
ま、ユーリちゃんだけなら大丈夫だろ、この子案外しっかりしてるし……)
だが、そんなヒロキの思惑は―――結果として、裏切られるのであった。
「じゃ、今日はこの撮影で仕事終わりだから。おにいちゃんも今日は直帰だから良いよね?」
「!?え?今日いきなりなの?」
「だってあの企画、来週だよ?もう時間ないし」
「い、いや、だって俺の部屋散らかってるし、ちょっとは片づけないと」
「ダメだよ、おにいちゃん。汚い部屋をユーリがお片づけしてあげる、ってのがテーマなんだよ?
ご奉仕プレーみたいなものなの!おにいちゃんがお部屋をキレイにしちゃったら意味ないんだもん」
「……分ったから、ご奉仕プレーとか言わないで。どうせシホの仕込みなんだろうけど……」
はああ、と溜息をつくヒロキ。TB結成時から、
シホのエロネタにユーリがさらにボケで重なってきてカルナかヒロキがツッコミを入れる、
というのが4人の基本パターンではあった。
だがあの頃の意味が分っているのかいないのか、という年齢のユーリではない。
現在の彼女は大人未満少女以上の危うい魅力に満ちた、美少女なのである。
彼女の際どい言動は、正統派アイドルとして売り出している事務所としても、
マネージャーであるヒロキとしても、非常によろしからぬものなのだった。
「えへ、ごめんなちゃい、おにいちゃん!」
「………上目遣いで猫のマネしても、ダメだよ」
「にゃ〜〜、萌え狙いだとか言ってこのポーズの特訓させたのはおにいちゃんなのにぃ!」
「仕事として、だよ、それは。とにかく、やっぱ片づけてからじゃないと」
「や!ユーリ、汚いおにいちゃんの部屋を綺麗にするの!」
「だから、その呼び方止めろっての」
ヒロキにしてみれば周囲のスタッフから奇異の目で見られるのを避けたいだけなのであるが。
「しかし相変わらず仲が良いですね、あのふたり」
「デビューからずっとだしね。TBは個性派揃いだから井戸田さんも大変だ……」
実は心配するほど、現場における彼の評判は悪くなかった。
アクの強いシホ、おとなしそうに見えて扱いの難しいカルナ、ワガママの多いユーリという三人に、
デビュー以来振り回されながらも誠実に仕事をこなして売れっ子にしてきたヒロキは、
現場スタッフからそれなりの信頼を集めるようになってきていたのだった。
「やぁあああん、おにいちゃんがいじめるぅ!」
「分った!分ったから!」
§
「しかしワガママな姫を持つとじいやは大変やね、井戸田クン」
「あ!おはようございます、福本さん」
「わ〜〜い、福本さんだ!」
現れたのはTB初のグラビア撮影の仕事を一緒にして以来、
TBとは多く仕事で絡むようになったベテランカメラマン・福本だ。
「あはは、おはよう、ユーリちゃん。一年ぶりやけどまた一段とキレイになったねえ」
「えへへ、ありがとうございますぅ♪」
「あんま誉めないで下さい、また調子に乗るから」
「ぶぅ〜〜〜、ひどいマネージャーですよね、福本さん?おにいちゃんたらいつもこうなんですよ?」
「だからその呼び方は!」
「あははは、まあまあ、マネージャーさんとタレントさんの仲がよろしのはエエこっちゃで。
ま、旧交をあっためるのはこれくらいにして、撮影にしよか」
「はい!」
カメラマンやディレクターによってはテンションの差が出やすいタイプのユーリだが、
旧知の上タレントを乗せるのが巧い福本とあってかこの日の撮影はスムーズに進んでいた。
「――ああシホ?明日の『行列の出来る包茎相談所』の撮影だけど、
いつも通り東出さんの天然パーマネタをイジるようにね」
「分った。ねえねえ、東出さんって亀頭みたいな髪型ですよねって突っ込みを返すのは」
「ダメに決まってんだろうが!」
「――カルナちゃん?明後日の『まらちんのあそこまでイって委員会』なんだけど、
小田島さんには極力絡まずに三禿さんに上手く絡むようにね」
「分りました。宮地さんと橋本さんとはどう絡めば?」
「宮地さんは多分普通に絡んでも大丈夫だと思うけど、
橋本さんは絡みにくいだろうから適当に弁護士か子だくさんのネタで」
「確かにあの人、絡みにくいですね。下らない冗談ばっかり言ってると思うと突然鋭いこと言ったり」
「ま、大変だとは思うけどさ。そのあたりは君が頑張って……」
いつもならつきっきりで撮影を見守るヒロキだが、
カメラマンが福本のときは安心してユーリを任せることができるため、
合間を見つけてはカルナとシホのふたりに携帯で仕事の指示を与えていた。
「はい、カット!いや、相変わらず良かったよ、ユーリちゃん。お疲れさん」
「………ありがとうございます、福本さん」
「で、久しぶりやし、もし良かったらこれから井戸田クンも一緒にゴハンでもどう?」
途中まで上機嫌だったユーリだが、撮影が終わると表情が曇り出した。
気遣った福本が食事に誘うが―――
「………いえ、すいませんけど………今日は」
依然表情は晴れないまま――むしろ、険しくさえなっていった。
「?いいじゃん、ユーリちゃん。これが今日最後の仕事なんだし、ゴハンくらい……」
「今日は、帰るの!」
吐き出すようにヒロキに言い捨てると、そそくさとスタジオを後にするユーリ。
呆然と彼女の後ろ姿を見つめていたヒロキだったが、我に返ると慌てて周囲のスタッフに言った。
「あ、みんな、今日はお疲れ様でした、ゴメンね、ちょっとユーリちゃん調子悪いみたいで」
「「「は〜〜〜い、お疲れ様でした〜〜」」」
アイドルが撮影中に突然気分を害したりすることなど、日常茶飯事なのだろう。
ヒロキの心配をよそに、現場スタッフの反応は淡々としたものだった。
「すいませんね、福本さん。相変わらずあの子お天気屋で」
「あははは、エエんよ、井戸田クン。ボクはユーリちゃんのエエところもちゃんと分ってるつもりやし」
スタッフ一人一人に丁寧に謝り、最後に福本にも頭を下げるヒロキだが、
福本は気分を害した様子も無く、逆にヒロキを慰めるかのような口調だった。
「いえ、でもホントありがたいですよ。ユーリちゃんって結構難しいタイプなんですが、
福本さんにはすごくなついてますからね。正直今日の撮影だって福本さんだから」
「井戸田クン、それ以上は言うたらアカンよ?あの子はキミとこの大切なタレントさんなんやから」
「あ………はい、すいません」
福本の鷹揚な態度に、意識しない内につい気が緩んでしまっていたのだろう。
愚痴っぽい言葉を口に出しそうになったヒロキだが、福本は一転、真顔になって彼を諭した。
業界の大先輩にそんな気を使わせた自らの浅薄さに、ヒロキは自分を恥じるしかなかった。
§
「まま、せやけどしゃあないわね、相手は女の子っちゅう、
我々男が何千年かかっても手に負えん魔物やし。………ところで井戸田クン?」
ぐい、と福本が井戸田の袖を引っ張ると、耳元で囁いた。
「こんなこと、ここで聞くのはマナー違反なんやろうけど……カルナちゃんとは……」
「……キチンと、終わってます。すいません、色々ご心配をおかけして」
悄然と、ヒロキは答えるしかなかった。
―――カルナとヒロキは、つい半年ほど前まで、恋人同士だったのだ。
勿論、それがこの業界の禁を破ることなのはお互い承知の上で。
最初にその事実を知ったのは他ならない目の前の福本だったが、
彼はそれを旧知の仲である事務所社長の柏木レイコに告げるようなこともせず、
逆にその後もヒロキの相談に乗ってくれるなど、若いふたりの恋を応援さえしてくれていた。
ヒロキはそのことを思うと、申し訳無さでいっぱいになってしまうのだった。
(もし……もし、福本さんがその気になれば)
TBの人気が上昇した頃に、ふたりのことを写真週刊誌に売ることはたやすいはずだった。
そうなれば勿論ヒロキはクビであり、タブーを破った人間として業界に戻ることも許されないだろう。
「ゴメンな、井戸田クン。辛いことを思い出させたみたいで……せやけど、その後カルナちゃんとは」
「大丈夫ですよ。仕事上のパートナーに戻っただけですし。最初は確かに気まずかったけど……
有り難いことに仕事が忙しくて、意識することも少なくなりましたし。今じゃ普通にやってますよ」
「なら………エエねやけど」
福本はなおも心配そうな表情でヒロキを見ていた。ふたりの仲を初めて知った人間が、
業界内でも性格の良さで評判の人物であるという幸運に、ヒロキは改めて感謝していた。
「それより、今はユーリちゃんやで。余計なお世話やろうけど、彼女にもしっかりフォローしとかんと」
「あ、はい。まあ一応叱っておきますけど、そのあたりはしっかり」
「あと、あのね、井戸田クン?……ユーリちゃんを、あんま子供扱いせん方がエエと思うよ」
「え?」
「多分……あの子、気付いてるわ」
「?………あ!!え、え?そ、それって?」
周囲に聞かれないように小声で話してくれた福本だが、
ヒロキは彼の言葉の含む意味を察し、思わず驚愕の声を上げてしまっていた。
「なんとなくやけど……前からそう思っててん。今日のこともそれと関係があるかもしれん」
「で、でも……それとユーリちゃんが不機嫌になるのとなんの関係が」
「ま、そのうち分ると思うけど………気を付けてな、井戸田クン」
「は……はい」
福本の言わんとすること、それは―――
(まさか……まさか、ユーリちゃん……俺とカルナちゃんのことを)
帰りの車中、ユーリはずっと無言だった。
「まあさ、色々気に入らないこととか多いかもしれないけど……
それでも仕事なんだから、少しは我慢しようよ。それに今日は福本さんとの仕事だったろ?
ユーリちゃん、福本さんとまた会えるのをずっと前から楽しみにしていたじゃないか」
「………………」
「俺だって、福本さんのことはすごく好きだし、この世界の大先輩だしね。考えてみなよ?
君が調子悪そうだと思って、わざわざ食事に誘ってくれたんだよ?あの人だって、ヒマじゃないのに」
「………………」
いくらヒロキが言葉を投げかけても、ユーリは俯いたまま目を上げようともしなかった。
バックミラーには、彼女が右の親指の爪を噛んでいる姿が映っていた。
ユーリの不機嫌さが最高潮になったときだけにする、クセだ。
「それ、止めろ」
ヒロキの言葉に、びくッ、とユーリの体が震えた。
「君が……気持ち良く仕事できなかったっていうのは、マネージャーである俺の責任だ。
そのことで、俺を責めるのは、良い。だけど、福本さんにあんな態度をするのは、許さない。
それに、そのクセ………いくら言っても直らないけど、子供っぽいよ。少しは大人になりなさい」
言葉を投げかけてくれれば――直接不満を言ってくれれば――そう思っていたヒロキだが、
ユーリの周囲を拒絶するような態度にさすがに苛立ってしまい、つい強く叱ってしまっていた。
ヒロキの冷えた怒りを感じたのだろう。幼子のように、シュンとしてしまうユーリ。
§
(ちょっとキツすぎたかな?でも、やっぱり変だな。最近のユーリちゃん、割合調子良かったし……
それに、今日の相手は福本さんだったのに。やっぱりカルナちゃんと俺のことを……)
頭の中で色々と思案を巡らせるヒロキだが、いきなりカルナとのことを問うわけにもいかず、
それ以降無言になってしまい―――叱られたのがショックなのか、ユーリも無言のままだった。
「じゃ、今日はマンションまで送りで良いね?」
長く続いた沈黙をようやく破ったのは、ヒロキの事務的な発言だったが――
「…………ダメ」
ユーリから帰ってきたのは、小さな、しかし強い意志のこもった拒絶の声。
「?事務所に忘れ物でもしたの?」
「………忘れてる」
「…………?……あ、もしかして……」
「おにいちゃんの、お部屋」
「でも君の調子が悪いなら、別に今日でなくても」
「ダメ。だってあの番組の収録、来週だし。今日くらいしか時間ないでしょ?」
「……まあ、そうなんだけど」
気まずい雰囲気のまま、ユーリを自分の部屋に入れることも気が進まなかったが、
それ以上に―――今更ながら、ヒロキは気付いた。
(やべ……多分、カルナちゃんの気配の残るものとかは無いはずだけど……)
一応別れたときにカルナの持ち物は全て処分したはずだった。
だが多くの読者諸氏も経験があるだろうが――女の子というのは不思議なもので、
男の気付かないところから過去の女の子の気配を嗅ぎ取るものである。
深い考えもなくユーリの願いに応じてしまった自分の軽率さを、今更ながら悔やむヒロキであった。
「でも……」
「じゃなきゃ、この前番組で無理矢理メアド教えてきたコンドームブーツの篤さんに、
お部屋のお掃除させてってお願いしちゃうもん」
「(んなことがあったのか……)わ、分ったよ。その代り、そのメアド、即消去してよ?」
「………分った」
女癖の悪さで評判のお笑い芸人の名前を出されては、ユーリの言うことを聞かざるを得ない。
はああ、と心の中で盛大に溜息をついてクルマを自分のマンションまで回すのだった―――
「結構立派なんだね、おにいちゃんのマンション」
「声出すなって、バレたら大事なんだから」
ユーリをこのまま部屋に招き入れることが危険なのは、ヒロキも十分承知していた。
車をマンション近くの駐車場に停め、車内でユーリに帽子とメガネをかけさせて変装させた。
(事務所にバレたらクビは無くても減給ものだよなあ……それとさっきの駐車料金、
経費で落ちねーよな……最近三瀬さん厳しいし……あ〜〜あ)
セコイ事を考えながら、ヒロキはオートロックを解除した。
まだキョロキョロしているユーリの手を握って引くと、エレベーターの中へと導く。
「分ってるだろうけど、部屋の前で誰かに会っても、絶対に」
「声を出しちゃダメなんだよね?分ってるよぉ」
(ふぅ………機嫌が少し直ってくれたのは、良いんだけど)
それでも、まだ危険が去った訳ではない。なにしろ有銘ユーリと言えば、
人気急上昇中のアイドルなのだ。今この瞬間も、写真週刊誌が監視しているかもしれない――
そんな最悪の可能性を考えて、手のひらに汗を滲ませるヒロキ。
(もし……こんなことが原因でこの子の将来を潰してしまったら、俺はマネージャーとして……)
「おにいちゃん……緊張してるの?すごい汗。それに、右手」
「あ……ゴメン、ユーリちゃん、痛かった?」
緊張からか、握っていた右手につい力をこめてしまっていたようだ。
慌ててユーリの手をほどこうとするが、彼女はしかし、ヒロキの手を離そうとはしなかった。
「ゴメンね……おにいちゃん、今日はユーリ、ワガママばっかり言って」
「……仕方が無いよ。人間誰でもイライラするときはあるし。でもね、ユーリちゃん?
不満をぶつける相手は、俺だけにして欲しいんだ。福本さんやシホやカルナちゃんみたいに、
ユーリちゃんのことが好きな人たちなら分ってくれるだろうけど、みんながそう言う訳じゃないからさ」
「ウン……ゴメンなさい、おにいちゃん。あの……おにいちゃん?」
「?なに?」
§
「あの……あのね、私」
"ウィ〜〜〜ン"
なにか言葉を継ごうと迷うユーリだったが、それはエレベーターの扉が開くまでに間に合わなかった。
ヒロキはユーリが何か言おうとするのを制して素早く周囲を見渡し、手を引いて駆けだした。
部屋の前に着くとはやる心を抑えながら鍵を回してドアを開け、
先にユーリを部屋へ入れて隠れるように自分も部屋の中へ入った。
"カチッ、ガチャッ"
内鍵とチェーンキーをかけて玄関照明のボタンを押すと、ようやく一息ついたような気分になった。
「ゴメンね、ユーリちゃん。急いじゃったけど、大丈夫?」
「う、ウン。大丈夫」
ヒロキの迅速な行動に、目をパチクリさせながら答えるユーリ。
しばし呆然としていたが―――やがて、気付いたように玄関を見渡した。
「ふぅ〜〜ん。外で見たより、狭いんだね。ワンルームみたい」
「ああ。実はココ、前にマイちゃんが住んでたところでさ。
防音とセキュリティはしっかりしてるんだけど、広さは大したことないんだよね」
「?マイちゃんが?」
「うん。あの子がそこそこ売れ出してココじゃ手狭だし違うところに移りたい、
って言い出したときにちょうど俺も引っ越しを考えてて。社長の薦めもあったし、
ここなら職場にも近いし良いかな、って思って引っ越したってワケ」
「ふぅん………あ、お邪魔します」
「ああ、今更だけど、どうぞ。汚い部屋だけど」
狭い玄関で苦労しながらなんとかブーツを脱ぎ、ヒロキの案内に続いて部屋へと入るユーリ。
「へえ〜〜〜、これがおにいちゃんの部屋……」
「………汚いだろ?」
「汚くは、ないよ。ウン、確かにキレイじゃないけど」
「………どっちなんだよ」
ひとりだけ得心のいったようにうんうん、と何度も頷くユーリを横で見ながら、苦笑するヒロキ。
―――確かに、お世辞にも綺麗な部屋とは言えなかった。
下着や靴下が床に脱ぎ捨ててあったり、ゴミが転がっているわけではなかったものの、
書きかけの企画書らしきものがそこら中に散らばり、
CDや雑誌も整理されて収納されるわけでもなく床の上に平積みの状態だ。
ジャケットやジーンズといった衣類も無造作にパイプハンガーにまとめて吊されていた。
「うん、でもこれくらいの方がお片づけにはちょうど良いよね。よし!
それじゃ、おにいちゃん、雑巾とバケツと掃除機を貸して!」
「あ……ああ。いいけど」
こうなってしまえば、最早ユーリのペースである。彼女の言うがまま、
ヒロキが掃除用品を急いで集めると、ユーリはテキパキと雑誌や企画書をまとめ始めていた。
「ねぇねぇ、大切な雑誌とかプリントとかはあるの?」
「いや……そこいらは君たちのことが掲載されてる記事をスクラップするために買った雑誌だけど、
全部処理済みだから捨てても大丈夫だと思う。雑誌以外は没った企画書ばっかのはずだし」
「分った。じゃ、まとめるからヒモとかちょうだい」
「ああ……」
普段はどちらかといえばおっとりした感じのユーリだが、
元々は下町育ちで、スイッチが入ってしまえばこの通りチャキチャキした子なのだ。
生き生きとした様子で部屋を片づけているユーリを見ながら、ヒロキはぼんやりとそう思っていた。
「どう?結構キレイになったでしょ、おにいちゃん」
「あ………ああ、そうだね、ありがとう、ユーリちゃん」
二時間ほども過ぎた頃には、ヒロキの部屋は見違えるほどキレイになっていた。
「へええ……案外広かったんだな、俺の部屋……全然気付かなかったよ」
「でも雑誌とかをお片づけして掃除機かけて雑巾がけしただけだもん。
せっかくのお部屋なのに、散らかりすぎだよ」
「ま、社会人ともなると色々忙しくてさ」
「言い訳しないのぉ!あとゴハンも作ったげるね」
「え?い、いいよ、そこまでは……」
§
「ダメだよ、今日はユーリのワガママでゴハン食べられなくなったんだから、おわびなの」
「でも……」
「いいの、作るの!」
ヒロキが止めるのも聞かず、ユーリはエプロンを着込んでキッチンをガチャガチャと物色している。
(はぁぁぁ……エプロン持ってきたってことは最初から計画してたな。結局、ユーリちゃんのペースか)
半ば諦めかけて彼女の後ろ姿を眺めるヒロキだが、未練がましく一応抵抗する。
「でも冷蔵庫ん中なんて、ビールぐらいでほとんど」
「大丈夫だよ。ユーリ、パスタとインスタントだけどミートソース持ってきてるし」
(やっぱり計画犯だったんだな……)
はぁ、と今日何度目になるのか分らない溜息をつくが、
既に鍋を探し出したユーリはその中に水を張って温め始めた。
「それじゃおにいちゃん、パスタ盛りつけるお皿の準備して」
「へいへい……」
完全に諦めたヒロキはユーリの言うがまま皿の準備をした。
じきに鍋の中の水は沸騰し、ユーリはパラパラと円の形に広げるようにパスタを入れた。
くっつかないよう箸で掻き混ぜ、固茹でになる前にインスタントのソースを入れてしばらく待つ。
「これくらいかな?よいしょ」
茹で上がりのタイミングで、笊にパスタをあけた。
水気を切り、ヒロキの準備したパスタ皿に盛りつけると一緒に温めたソースをかける。
「はい、簡単だけどできたよ、おにいちゃん」
「ああ、ありがとう。じゃ、いただきます」
ごくごく簡単に作られたパスタだが、意外に味は悪くなかった。
「へえ……おいしいな」
「ふふ〜〜♪ありがとう、おにいちゃん。このパスタソースね、
インスタントの割には結構イケるってシホちゃんやカルナちゃんにも好評なんだ」
「うん、お店並とは言わないけど、手作りって言われても信じちゃいそうなくらいだね」
「パスタは?ちょっと固かった?」
「いや、俺はどっちかと言えば固めが好きなんでこれくらいが」
「良かった〜〜♪私も固めが好きなんだけど、シホちゃんが柔らかめが好きなんで、
部屋で作るときは苦労するんだ」
「ああ、そっか。食事、当番制だもんね」
「ウン。でも一番味にうるさいシホちゃんが一番作らないんだけど」
「………まったくアイツは」
顔を見合わせて苦笑するふたり。ギクシャクした感じはまだ完全には消えないものの、
少しずついつもの自然なふたりに戻りつつあった。
(そう言えば……カルナちゃんも、たまに部屋に来て飯作ってくれたな)
「………おにいちゃん?」
「え?」
回想モードに入りかけたヒロキだが、ユーリの声に気付いて視線を彼女にやると――
(げ…………)
思いっきり、キツく睨まれていた。
「あ、あの?ユーリちゃん、俺なにか」
「……………」
そのまましばらくヒロキを睨み続けていたユーリだったが―――
やがて目を伏せると、絞り出すような声で、言った。
「思い出してる………」
「な、なにを」
「おにいちゃん、カルナちゃんのこと、思い出してるんでしょ?」
「!?&!ゆ、ユーリちゃん?君、いきなり何を」
「なんで?」
「え?」
「なんで、ユーリのお仕事のときに、カルナちゃんに電話したの?」
「あ……さっきのこと?あれはさ、明日収録が入ってる番組の関係で」
「でも、おにいちゃんカルナちゃんと話してるとき、楽しそうだった……
私やシホちゃんと話してるときと、全然違った」
§
「!ち、ちょっと、ユーリちゃ」
「私、知ってるよ。おにいちゃんとカルナちゃんが付き合ってたの。
知ってるよ。最近……ふたりが、別れたの」
(そう言えば………最近)
ヒロキは、思い出していた。今日も含めてだが、それまで気分の浮き沈みの激しかったユーリが、
カルナと別れた半年ほど前から妙に機嫌良く仕事をするようになっていたことを。
そして、それまで以上に、自分にじゃれつくようになっていたことを。
「おにいちゃんとカルナちゃん、ふたりとも上手くごまかしてるつもりだったのかもしれないけど、
私はなんとなく分ってた。シホちゃんや三瀬さんや社長は気付いてなかったかもだけど。
ねえ、おにいちゃん?それってなんでだか、分る?」
「…………どうして?」
「おにいちゃんが好きだからだもん。ユーリは、お兄ちゃんが好きだからなんだもん」
「ユーリちゃん………」
(なんで俺は何度も何度も……こんな目に)
ユーリの告白を聞きながら、ヒロキはデジャヴにも似た感覚に襲われていた。
あの日―――カルナから告白を受けた日の夜が、脳裏に蘇っていた。
「おにいちゃん……ユーリじゃダメ?私……」
「あ、あのね、ユーリちゃん。君はウチの事務所の看板アイドルで、
俺は君のマネージャーでしかないんだから」
「でも、カルナちゃんとは付き合ってた」
「う……それは、ね、あの」
「ねえ、おにいちゃんは、ユーリが嫌い?私、もっとおにいちゃんと」
「ダメだよ、やっぱり。君はね、今じゃ知らない人はいないくらいのアイドルなんだよ?
君のファンでいてくれる人のためにも」
「嫌!」
ヒロキの言葉が終わらないうちに、ユーリは、叫んだ。
「おにいちゃんが好きになってくれないんなら、アイドルなんてもう嫌。やめる!
もう嫌、いや!うわぁぁぁぁぁん!!」
「ユーリちゃん……」
いつものユーリのワガママだと、思いたかった。すぐに機嫌を直すはずだと、思いたかった。
しかし、泣きじゃくる彼女の姿は―――あまりに、幼かった。
「うッ、うわぁん、お友達はみんな、好きな男の子とかいたりするのに、うッ、私はお仕事ばっかり。
ちっちゃい頃からなにも分らないうちに、うッ、この世界にいて、お仕事ばっかり。
好きになった人はカルナちゃんに取られちゃうし、ううッ、私……私、ずっとつまんなかった。
おにいちゃんとカルナちゃんが別れて、うッ、やっと、やっと……告白できたのにッ」
ユーリは、ただ、泣き続けていた。堪えてきた感情を、破裂させるように。
(そう言えば……ユーリちゃんは……)
物心付く頃にはこの仕事をしていて、芸能界以外はほとんど知らずに過ごしてきたはずだった。
ある意味では、同世代の女の子たちよりもむしろ禁欲的な生活を送ってきたはずであり――
恋愛に対しての憧れは、普通の女の子よりもずっと強いのかも知れない。
「ユーリちゃん……俺はね、君のこと、好きだよ。これは、嘘やゴマカシなんかじゃなく、本当に」
まだ、嗚咽を漏らしながらだが――ゆっくりと、ユーリが顔をあげる。
大きな瞳からは、ぽろぽろと大粒の涙が零れていた。
グラビアで見せる小悪魔っぽい感じはそこにはなく、年相応の――幼い、少女の顔だった。
「ただね、君と付き合うってのは、やっぱり違うと思うんだ。
カルナちゃんと俺が付き合ってたのは事実だ。そのことで……君を傷つけていたのなら、謝るよ。
でも、それと君のことは、別なんだ」
「なんで?カルナちゃんのことがまだ好きだから?私じゃ、ダメなの?」
「違う………本当のことを言うと、怖いんだ」
「………クビになることが?」
「それも、違う。カルナちゃんとのことは、この世界ではルール違反のことだったんだ。
俺は、……俺たちは。ずっとそのことが気になってた。普通の恋愛じゃなかった。
カルナちゃんのことは好きだったし、楽しいことだってたくさんあったけど……
俺たちは、ずっと、恐怖感みたいなものをお互いに持ちながら付き合っていたんだ。
結局それが原因で、上手くいかなくなったんだと思う」
§
ヒロキは、決めていた。正直に全てを話そうと、決めていた。
「だから……怖いんだよ。また同じ事を繰り返すんじゃないかって。
カルナちゃんを傷つけたみたいに、君のことを傷つけてしまうんじゃないかって」
「おにいちゃん、私は大丈夫だよ。だって」
「ダメだよ、俺は、君に」
「私は、カルナちゃんと違う。私は、ユーリだから。だから、他の誰でもなくて、私を見て」
「俺も、もうあんな思いはしたくないし、君にもさせたくな」
「いいから………私を、見るのッ!」
ユーリが、叫ぶ。
「みんな……みんな、同じ。私のことなんて、本当は誰も見てない。
お願いだから、ユーリを見てよ。………私を……見てよッ!!」
ユーリは、再び、泣き出していた。
「ぐすッ、おにいちゃんだけは……私のことを、分っているって、思ってたのに。
だって、みんなみんな、全然私のことなんて、見てるけど見ていないんだ。
辛いときや、嫌なときでも、カメラの前だと無理に笑わなきゃいけないのに……
そういうときの惨めな気持ちなんて、誰も分ってくれない。
おにいちゃんは、おにいちゃんだけは、私のことを分ってくれているって、そう思ってたのに!」
「……ユーリちゃん」
ヒロキには、ユーリの言っていることが、痛いほど良く分った。
一見華やかに見える芸能界だが、実際の中身は弱肉強食の世界である。
つい数ヶ月前まで栄華を極めていたアイドルが、いつのまにか消えてしまうことも、
人気芸人が不祥事でタレント生命を絶たれてしまうことも、珍しいことではない。
胸の内を隠しながらも、皆表面だけは楽しげにしている――そこは正に、ガラスの遊園地だった。
幼い頃からその世界の中で暮らしてきたユーリが、
いつの間にかこの世界の『毒』にあてられて中毒症を起こしてしまうのも無理はなかった。
「…………」
机の上に顔を伏せて嗚咽を漏らしているユーリの後ろに回ると、
ヒロキは無言のまま彼女を抱きしめた。震えていた小さな肩が、一瞬、固まる。
「……恋人とかじゃない。だけど、君のことは、誰よりも好きだし、分っている。
俺は君の、お守りみたいなもので良いって、そう思ってる。それじゃ……ダメかい?」
「………おにいちゃん」
「昔、君に兄みたいな人だって言われたとき、ちょっと恥ずかしかったけど、嬉しかった。
君がそれだけ俺のことを信頼してくれてるって思って、本当に、嬉しかった。
だから、あのとき思ったんだよ。ユーリちゃんを、TBを、俺が売れっ子にしたい。
俺が、君を、君たちを守っていくって思ったんだ。君には……いつか、きっと相応しい男の子が」
「………守って、ユーリを」
「分った、約束するよ。だから」
「約束して。ユーリを、一生守るって」
「………それは」
「好き。おにいちゃん。だから、私を守って。ずっと、ずっと……」
「俺は」
"ちゅ"
ユーリが、ヒロキの正面に回ると、そのまま唇を押しつけてきた。
(ユーリちゃん………)
逃げようと思えば、かわそうと思えば、出来たはずだった。
しかし、ユーリを傷つけてしまうことを思って、ヒロキはそのままキスを受け入れた。
小さくて、熱い、唇だった。少し、塩辛かった。さっきまで食べていたミートソースと、涙の味がした。
「んっ……」
短くユーリが呟くと、ヒロキの背中に手を回す。ふたりのからだが、密着する。
ユーリの小さなからだから、体温が伝わる。久しぶりに感じる、柔らかい感触。
「おにいちゃん……」
「ユーリちゃん、俺」
「好き。だから……」
ぎゅっ、とユーリがヒロキを抱きしめる。戸惑いながらも、優しく抱きしめ返す。
ユーリの匂いが、ヒロキの鼻腔をくすぐる。
§
(………子供だとばっかり……思ってたけど)
笑ったり、怒ったり――くるくると表情が変わるのが、可愛いと思っていた。
わがままな顔を見せることはあるが、本当は努力家で、そのことを誰よりも知っているつもりだった。
マネージャーとしてだけでなく、本当の妹のように――大切に、思っていた。
しかし今目の前にいるのは、あまりにも脆くて儚げな、一人の女の子だった。
「おにいちゃん……」
潤んだ目で、ヒロキを見つめるユーリ。そして――ブラウスのボタンを外していく。
「!ゆ、ユーリちゃん、ダメだよ。それは……」
「……カルナちゃんと……したことと、同じことを、私にも、して、おにいちゃん」
「ダメだって、そんなことは」
「嫌。もう、嫌なの。私を見て。私だけを、見てよぉッ!」
引きちぎるように、上着を、スカートを、ユーリが脱いでいく。
慌てて彼女を止めようとするヒロキだが、ユーリはあっという間に下着姿になると、ブラを外した。
(あ………)
目を逸らすこともできず、ヒロキはユーリを凝視してしまっていた。
ほっそりとした肩、まだ大きくはないものの熟れ始めた果実のような乳房の上にのる、
小さな薄桃色の乳首。くびれた腰から下を包む、ピンクのショーツ。
今までに何度も仕事でユーリの水着姿を見てきたヒロキだが――
半裸の姿はあまりに扇情的で、息をのむほどに、美しかった。
「おにいちゃん……私と、エッチして」
「俺……俺、でも」
「おにいちゃん……私の、初めてのひとになって。もう、嫌なの。
水着とかを着て、いやらしい目で見られるのも、本当は嫌なの。
本当は、おにいちゃんにだけ、見て欲しいの。お願い、見て……私を」
そう言いながら、ゆっくりと、ユーリは、ストッキングとショーツを、脱ぐ。
(!……………)
白く細い脚の間に、黒々とした茂みが見えた。
ひりひりとするくらい、喉が、渇いて、言葉を発することが、出来なかった。
「見て……おにいちゃん。私、おにいちゃんに、見て欲しいの。触って、欲しいの」
「ユーリ……ちゃん……」
目の前で全裸の姿を隠そうともせずに佇むのは、
今や時の人になりつつある美少女アイドルである。
必死で理性を働かそうとするヒロキだが、既にそれは限界をとっくに超えてしまっていた。
くっ……
ユーリがヒロキの手を取ると、自分の胸の上へとそれを導く。
ふるり、とした柔らかな弾力と、とくッ、とくッと脈打つ少女の鼓動が、手のひらから伝わる。
ユーリが、熱を帯びた視線でヒロキを見つめる。
「好き……好きだから、全部、して欲しいの。全部……おにいちゃんに」
"ちゅッ……"
背伸びをして、ユーリが唇を重ねてきた。もう、ヒロキはそれを避けることすら、できなかった。
――ふと、ヒロキは思い出していた。
「………仕方がないですよね、井戸田さん。なるようにしかならないって言うか、
結局、流されるしかないって言うか……」
レイ・プリンセス事務所所属で最近人気が急上昇しつつある、とある男性タレントの言葉だった。
それを聞いたときは、いつもながら冷めたことを言うというか、大人びたことを言うものだと、
ヒロキ自身もTBに振り回されっぱなしの立場だけに苦笑しながら聞いていたのだが。
今、彼の言葉はなによりも切実に、ヒロキの心に響いていた。
(そうだね………マサヒコ君。なるようにしか、ならないんだね)
覚悟を、決めた。なるようにしか、ならないのだ。
なにより――ここでユーリを拒絶してしまえば、彼女の心には、癒えることのない傷が残るだろう。
それだけは、避けたかった。たとえ、自分がクビになったとしても。
「ユーリちゃん……いいのか?俺みたいな奴で」
「ダメなの。おにいちゃんじゃないと。私、決めてたの。初めてのときは、おにいちゃんだって」
「後悔………しないね?」
「ウン。絶対、しない」
§
"ちゅ"
ヒロキから、キスをした。ユーリは、夢見るように瞳を閉じて、それを受け入れる。
"くちゅ……ちゅっ"
舌が、入ってくる。瞬間、身体を固くするユーリだが、
すぐに頬を紅潮させてうっとりとした表情になる。
"くちゅッ、ちゅくッ、ぷち……ちゅう〜〜"
舌と舌をねっとりと絡ませた後、頬の裏側を、歯茎を、舐める。
唾液を、混ぜるように、吸う。くちゅくちゅと、音をたてながら、掬う。
「んッ……ふぅ………あぁ」
ヒロキの舌戯に、たっぷりと浸ったユーリは、やがて、感極まったように小さく震えた。
かくん、と彼女の小さな体から、力が抜けるのが分った。
「………キスは、初めて?」
「………シホちゃんと、ふざけてしたことは、あるけど。
男の人とするのは、おにいちゃんのために、取っておいたの」
(シホの奴…………)
苦笑しながら思うヒロキ。彼の心の中を予想したのだろう、ユーリも小さく、笑った。
「あんまりシホちゃんのこと、悪く思わないで。あれで結構友達思いなんだから」
「いや……悪い子じゃないのは、分ってるんだけどさ」
互いに抱く思いは一緒だった。なんとなく、和やかな空気になった。
緊張していた空気もときほぐれたふたりは、くすくすと笑いながらキスを続けた。
"くつ……ぷ、ちゅ"
「あ……ン、おにいちゃん」
「ユーリちゃん……可愛いよ」
舌が、熔けそうだった。ぐしゅぐしゅになったそれが、味覚にも似た体温を伝える。
唾液を、交換するような、キス。唇が、舌が、腫れぼったくなったように、熱い。
ヒロキは、その熱に冒されるまま、ユーリの胸を揉む。
"くに……"
「ん……ああぁ……」
手のひらにすっぽりとおさまる、まん丸の乳房を、ぐにゅり、と揉む。
(……すべすべで、ぷるっぷるっで……吸いつくみたいだ)
巨乳派を自認していたヒロキだが、形良く膨らみ、
ぷるん、とした弾力を持つユーリの乳房の新鮮さに感動していた。
「ユーリちゃん……いい?」
「?!きゃ?」
ヒロキはキスをいったん中断すると、ユーリのからだを抱きかかえた。
「あのさ、ずっとここでってわけにもいかないし、ベッドで……」
「う、ウン。だけど、ユーリだけ裸なの、恥ずかしいよ、おにいちゃん」
「あ、そうだね。ゴメン」
ユーリをベッドに横たえ、そそくさとヒロキも裸になる。その様子を、ユーリはじっと見つめている。
「………おにいちゃんって、痩せてるよね」
「ん?ああ、そうだね。学生時代からあんま体重の増減は無いな」
「カッコイイし、背も高いし」
「それは、どうかな?」
「マネージャーじゃなくて、モデルとかタレントさんにもなれたんじゃない、おにいちゃんなら?」
「ははは、実はさ、ちょびっとだけやってたんだよね、モデル」
「え!」
「つっても遊びみたいなもんだよ。俺、服飾関係の専門学校行ってたんだけど、
そんときに見習いで撮影補助のバイトとかしてたんだよね。
で、モデルさんが間に合わなかったり、穴が空いたときは俺が代打でモデルしてたわけ」
「じゃあ、そのままモデルになる可能性もあったの?」
「はは、ないない。俺、あがり性だったしさ。とても本職にする気はなかったよ。
でもそのバイトしてて裏方さんの面白さに目覚めて、この仕事を選んだっていうか」
「ふ〜〜ん。でも、そこで私たちと出会えたんだから、運命だよね!」
嬉しそうにそう言うと、ユーリがヒロキに抱きついてくる。ヒロキも、笑顔で彼女を抱きしめた。
半身を起こした体勢で、抱き合う。身体が、絡み合って体温を感じる。
§
"ちゅッ"
唇を重ねて、触れる。互いの裸の感触を、確かめ合う。
ユーリはヒロキの肉体の硬さを感じ、ヒロキはユーリの身体の柔らかさを感じていた。
「ん……ん………」
「は……ふぅ……」
ふたりの呼吸が、シンクロする。ヒロキが、ユーリの肩をさする。ぷにぷにと柔らかいお尻を、撫でる。
ユーリの気持ちが、高ぶるのが分る。長いキスの間に、少しずつ、息が荒くなる。
"ちゅぷッ"
唇を、離した。無言で、彼女を、押し倒した。
ほんのり赤く色づいた肌には、玉の汗が浮き出るように滲み、蛍光灯に反射していた。
"きゅッ"
ヒロキはユーリの左手を一回強く握ると、再び唇を重ねた。
「んッ………」
すぐに唇から離して清々しいほどに白いうなじに、キスをする。
「あ……ふ」
くすぐったさそうな声を漏らすユーリに構わず、首筋に舌を這い回らす。
「ふ………んッ、ひゃん、ふ―――、くっ」
舐める場所によって、ユーリの声が変わる。何回も舐め回した後、小さな乳首に舌先をつける。
"る……る〜〜〜"
舐めるというよりも、口内にたっぷりと溜めた唾液で浸すように口づけして、舌先で転がす。
小さな可愛い果実が、唾液にまみれててらてらと光る。
「ふぁ、ふぅ―――ッ、はぁ……んッ!」
"ちゅ、る、ちろッ……くぅちゅうッ、れろッ、れろッ"
乳首の縁に沿って円を描くように、舌先で弾くように、ねぶる。
しつこいくらいに口撫を繰り返すと、やがて果実は、ぷっくりと、膨らむように起きあがった。
"れろッ……かにッ、くん!"
「あ!や……噛むの、だめ……」
「ユーリちゃん?噛まれるの、気持ち悪い?」
「気持ち悪くは無いけど………ぞくぞくっ、てきちゃった。ダメだよ……わかんない」
「嫌な感じとかは、する?」
「おにいちゃんだから……嫌じゃ、ない。でも、他の人にされるのは、恥ずかしい」
「あんまり他の人としてもらったら、困るんだけどね」
苦笑するヒロキだが、ユーリは初めての快楽にただ目をとろん、とさせている。
「ユーリちゃん……じゃ、もっと恥ずかしいかもしれないけど、もう少し我慢して……」
「あ……ふ、うン」
肉の丘に、手のひらをのせた。豊かに生い茂った恥毛が、ふわふわと優しく反発する。
"つ……くちゅッ"
固く閉じられた裂け目に、中指を沿わせる。ゆっくりと、沈めていく。体温と違う温もりが、伝わる。
「あ……ッ。おにいちゃん」
「痛い?ユーリちゃん」
「う、ううん、違うの。あの……あのね、おにいちゃん。優しく……して」
「うん……優しく、するよ」
「…………萌えた?」
「 は?」
「あのね、シホちゃんが初めてのときはこれを言うのがお約束で、
男の人が萌える必殺のフレーズだから」
「ストップ」
(しかし……シホの奴、いったいどこまで仕込んでるんだ……)
ふと、特大級の嫌な予感に襲われたヒロキは恐る恐る尋ねた。
「ねえ、ユーリちゃん?まさか、俺とのこと、シホに相談したりとかは……」
「え〜〜、さすがにそれは、してないよぉ〜〜」
ぷん、と可愛らしく頬を膨らませて抗議するユーリだが、
ヒロキの脳裏からはシホの顔がなかなか消えないわけで。
(アイツ、普段は鈍いくせに妙〜〜に鋭いところがあるしな。まさかとは思うが、
ユーリちゃんの気持ちを知ったシホが面白がって焚きつけたっていう可能性も……)
§
「ダメ!おにいちゃん!」
「!?な、なんだよ、いきなりおっきな声出して」
「また思い出してる……ひどい。またカルナちゃんのこと」
「ち、違うって。カルナちゃんのことじゃなくて」
「?」
(そうは言っても、シホのこと考えてたなんてのも言えねーよな……)
なんとなく情けない表情になってしまうヒロキだが、ユーリはそんな彼のことをじっと見つめた後――
"ちゅっ"
「え?」
不意打ちに、キスをしてきた。
「ゴメンね、おにいちゃん」
「?いや、謝られても」
「おにいちゃんがせっかくしてくれたのに、変なこと言っちゃったよね、ユーリ。ごめんなさい」
「それは、大丈夫だよ、ユーリちゃん。えっと……俺の方こそ、ゴメン」
見つめ合うふたり。ユーリの真剣な瞳を見ていると、
心配している自分が馬鹿らしくなってくるのも事実だった。
(今は……ユーリちゃんのことを)
大切に―――愛さなければならない、と思った。
ガラスのように脆く壊れやすい、少女の心とからだを、愛そうと、思った。
"ちゅッ……つっりゅ"
ヒロキの方からもキスをした後、再び裂け目に指を沿わせる。
「ん………」
ユーリが、低い吐息を漏らす。入り口の周りをほぐすように、こちょこちょ、とくすぐる。
"くちゅ……く〜〜〜っ、ちゅうッ"
「あ……はぁッ!!ふやっ」
乳首にも、また口をつける。かにかに、と甘く噛む。ユーリの汗の匂いと、酸味が口の中に広がる。
「まだ、痛かったりする?」
「う、ううん。だ、大丈夫」
「じゃ……」
"くぷッ"
「あ!」
入り口から、少し中へと指を沈める。ぐにぐに、と狭い肉が締めつけてくる。
襞がみっちりと指先に絡んでくる。肉の壁が、優しく挟んでくる。
"ちゅぷッ……にゅるうぅ……"
小さく、指を動かす。細かな振動を伝えるような、丁寧な愛撫。
「あ………あ、はぁッ………」
ぎゅっ、とユーリが抱きついてくる。ヒロキの腕に、爪が、めり込む。
ユーリの目尻に、小さな涙が粒になって浮かんでいるのを、ヒロキは、見た。
「好きだよ……ユーリちゃん」
「私も……あ……うン……好き。おにいちゃん」
快感に溺れながら、必死にユーリが答える。
彼女のことが一層愛おしくなったヒロキは、夢中になって指でユーリの裂け目を、愛した。
"くッ……くにッ、くりッ、くちゅ"
「あ!」
少しずつほぐれてきたそこを、軽く広げる。親指で、まだ包皮にくるまれたクリトリスを、擦る。
「にゃ………ふぃやあ……」
ユーリが、惚けたような声を漏らす。ふるふる、と肉体が、震える。
「コレ……好き?ユーリちゃん」
「分かんない……でも、気持いい……」
「もっと、気持ち良くしてあげるから……少し、我慢できる?」
「うん………」
興奮と恐れが混じった表情でいるユーリの、脚を広げた。
固かったそこが、とろとろになってしまっているのが分る。
ベッドのマットレスの下にしまい込んでいた、コンドームを取り出してペニスにつける。
「おにいちゃん……来て。ぎゅっと、して」
§
ユーリが、小さく手を広げてヒロキを迎える。その言葉のまま、ヒロキは彼女を抱きしめる。
ゆっくりと、狙いを定めて膣口にペニスを押し当てた。ユーリのからだが、びくッ、と大きく震えた。
ペニスの先端に、彼女の肉の感触を感じた。何度か、擦りつけるように入り口で往復させる。
"ちゅッ……ちるッ"
からだを固くしてヒロキの侵入を待つユーリと唇を重ね、舌と舌をねっとりと絡める。
緊張をほどくように、ユーリの幼い性感を刺激するように、乳首をこりこり、と摘む。
"ぐ……ぬ……く……くッ"
「あ!あ―――ッ、あ……」
狭いユーリの入り口に、ペニスの先端がめり込むように入っていった。―――幻聴だろうか?
ヒロキは自分のペニスの先端から、ぷちぷちと弾ける音が聞こえたような気がした。
ぷっちりと、ペニスが両側から締めつけられる。ぬるり、と心地よい圧迫感がヒロキを襲う。
「は……い……入った……の?おにいちゃん……」
「まだ……全部じゃないけど、入ったよ、ユーリちゃん。ユーリちゃんの中に、俺のが」
「……きもち、いい?おにいちゃん」
「うん。ちっちゃくて、あったかくて、すごく気持良いよ。………ユーリちゃんは、痛いよね?」
「……大丈夫。おにいちゃんが、いっぱいさわってくれたから。痛いの、最初だけだったよ。
おにいちゃん……ちょうだい、もっといっぱい、おにいちゃんを」
「………分った。じゃあ、いくよ?ユーリちゃん」
"く……くち、くち、くぐッ!"
「あ!は―――――ぁッ!!!」
細い腰に手を回し、一気に奥までペニスを突き立てた。
ユーリが、甲高い叫び声を上げた。小さなからだが、一回、釣り上げられた魚のように、跳ねた。
ペニスが抜けないよう、ヒロキはしっかりと彼女のからだを抱きしめる。
「は……はぁ………」
「ふ……ふぅ―――」
ふたりは、荒い息を吐きながらしばらく絡み合っていた。
ヒロキは、吹き出すように汗をかいてペニスを埋め込んだまま。
ユーリは、目を閉じて白いからだを赤く染めたまま。
ふたりは、そのまま動かずに―――ただ動かずに、抱き合っていた。
「おにいちゃん……」
「ユーリちゃん……」
どれくらい、そうしていたのだろう。ふたりにとって、永い――永い、時間が過ぎた頃。
ユーリとヒロキは、ほぼ同時にお互いの名を呼びあっていた。
またも無言に戻って見つめ合った後―――
"ちゅ……"
小さな、キスをした。それだけで、ふたりには通じていた。空白の時間を埋めるように、ヒロキは。
"ぬぷッ、ちぷっ、くちゃ!くぷッ、ちるっく!"
腰を、強く動かし始めた。ユーリの、中まで。ユーリの、奥まで。ユーリの、深くまで。届くように。
「あ………ああ……はぁ……おにいちゃん」
ユーリは、ただ切なげな声でそれに応える。痛みが完全に消えたのでは、無かった。
それでも、ユーリはヒロキの動きにあわせて幼い反応を、返す。
"きゅ……くうぅ"
「あ……ユーリちゃん……」
ユーリの中が、急速に収縮する。ヒロキを、包むように。柔らかく、温めるように。
「ぅ……ぅくっ、好き……おにいちゃん……ずっと、好きだったの」
自分の中を、引っ掻かれるような、掻き回されるような、初めての感覚。
痛みにも似ていたが、しかしそれは確かに痛みでは、無かった。不思議な、感覚だった。
ヒロキに突かれるたび、ユーリは、自分の身体の奥底から熱くなっていくのを感じた。
今までに感じたことのない、なにか―――感情ではない、思考ではない、感覚ですらない、
なにかが―――ユーリの中から、迸って、溢れてきた。
"ぐっ!ぐにゅっ!ぬぷっち!"
(あ……ユーリちゃんの、中、気持良い)
一方ヒロキは、ユーリの身体を気遣う余裕すら、無くなりつつあった。
両側の肉壁から、ぬるぬると挟み込まれ、奥の方から熱くとろけたように包み込まれ、
ペニスが、腰が、下腹が、冒されたように、熱かった。限界が、近づきつつあった。
§
「ゆ……ユーリちゃん、俺……もう」
「はッ……!おにいちゃん、私も、わかんないけど、ね、くぅッ、はッ……あ……」
"く……どくっ!びゅッ!びゅるぅ!"
ヒロキの動きが止まり、青白い精が、何度も何度もコンドームの中に吐き出された。
「……ユーリちゃん……」
「あ!あはぁぁぁああッ!おに……おにいちゃんッ!」
一瞬遅れて、ユーリの肉体がぶるるっ、と震えた。
泣きながら叫び声を上げると、強く、強く、ヒロキの体にしがみついてきた。
(きゅ………きゅちゅぅぅぅッ)
ユーリのそこは、しかし、固さを失おうとするペニスを離そうとせず―――
それどころか、搾り取るように熱く、締めつけてきた。
「!あ……あぁあ……ユーリちゃん……ああ……」
体中から精気を吸い取られるような錯覚を感じながら、ヒロキもユーリを抱きしめ返す。
ふたりは、全てを解き放ってしっかりと抱き合ったまま―――深い、深い眠りについた―――
「それは、ともかくさ。大丈夫なの?ユーリちゃん。その……」
「ふふぅ〜〜〜♪はい、おにいちゃん!」
「へ?」
ユーリが、突然掛け布団をばさり、とまくった。そこには―――
「…………あ」
「おにいちゃんが、私の初めてのひとだって証拠!えへ、でも思ったより出なかったね!」
シーツの上には、小さな鮮血の痕があった。時間が経ち、赤黒く乾いた、破瓜の痕が。
「ひょっとして………これを俺に見せようとして」
「うん!おにいちゃんが起きるの、待ってたの。うふ、ありがとう、おにいちゃん」
嬉しそうに笑うと、ユーリがヒロキに抱きついてきた。昨晩の記憶の中にあるとおりの、
柔らかい肉体がヒロキの裸の胸に触れる。長い黒髪が、ふわり、と顔にかかってくすぐったかった。
「ねえユーリちゃん……ひとつ、聞いて良いかな?」
「なに?おにいちゃん」
「君さっき、デビューしたての頃から俺のことを好きだったとか言ってたけど……
なんか、きっかけとかあったの?一人っ子で、お兄ちゃんができたみたいで嬉しい、
とか言ってたけど。それだけで10歳以上年上の俺のことを好きになったわけじゃないんだろ?」
「ふふ、きっかけ、かあ………」
ユーリが顔を上げ、悪戯っぽく微笑む。多くのファンを魅了してやまない、
小悪魔チックなスマイルに、またもどきり、とするヒロキ。
「絶対、おにいちゃんは覚えてないだろうけど……ココ」
「え?」
ユーリが、人差し指を眉毛のうえに乗せた。訳が分らず、呆然とするヒロキ。
「うふ、やっぱり覚えてないね?あのね、私、眉毛が濃いのがすっごく嫌で。
おにいちゃんにね、もっと眉を細くしたい、って言ったの。でも、おにいちゃん、
『もったいないよ。ユーリちゃんの眉毛はそのままでも凄く可愛いよ』って言ってくれて。
私ね、すごく、すごく、嬉しかったの。そのときからおにいちゃんのこと、本当に好きになったの!」
「はあ………」
意外だった。もっと劇的な何かがあったのでは、とヒロキは思っていたのだが。
「ふふ〜〜♪やっぱり覚えてない。そういうところも、やっぱり好き♪」
子猫がじゃれるように、ユーリがまた抱きついてきた。
ヒロキは呆然としながらも、白く小さな彼女の背中を撫でるしかなかった。
(しかし………結局)
カルナに続いて、ユーリとも関係を結んでしまった。確かに後悔は、していた。
しかしそれ以上に心配なのが、二人の今後だった。マネージャーと、人気絶頂のアイドルの恋愛。
それがどれだけ困難なものなのか、ヒロキはカルナとの経験を思い出して途方に暮れていた。
(はぁぁぁ………本当にね、マサヒコ君)
「………結局、流されるしかないって言うか……」
自分も、運命に流されるしかないのだろう。
そして、流されながらも、ユーリを守るしかないのだろう。そう思って、力無く笑うヒロキだった。
END