作品名 作者名 カップリング
「金魚に始まった三球三振」 トマソン氏 アヤナ×マサヒコ

「プルプル……プルプル……」
 いつも通りの起床時間。目覚まし時計の音が部屋に響く。
 若田部アヤナは手を伸ばして目覚ましを止めると、ベッドから抜け出した。
 今日もさわやかな朝だ。
「ん〜……」
 アヤナはひとつ伸びをするとパジャマを脱ぎ捨て、制服に着替え、身づくろいを
終えると、かばんを手に二階の自室から一階に降りていった。

「おはようございます」
「おはよう、朝食出来てるわよ」
 ダイニングキッチンに入っていくと同時に母親と挨拶を交わし、続いて居間に足を
運び、隅においてある水槽を覗きこむ。
「(おはよう、今日も元気?)」
 心の中で、金魚たちに挨拶をするのがアヤナの毎朝の日課だった。
 もちろん金魚たちが返事をくれるはずもないが、泳ぎ回る金魚達の姿にアヤナは心が
安まるのを感じ、毎朝欠かさずこの挨拶をするのが習慣になっていたのだ。
 しかしこの朝の金魚たちは、アヤナを和ませてはくれなかった。
(……あっ!?)
アヤナは息を呑んだ。
 金魚たちは、水面に横になって腹を出し、ぷかぷかと浮いている。目には既に、薄く
白い膜が張っていた。
 トントンと水槽の縁を指で叩いてみても、何の反応もない。
「……金魚が……金魚たちが……死んじゃった……」
 アヤナは呆然と立ち尽くした。


 この金魚達は、去年の夏の合宿で、小久保マサヒコからプレゼントされたものだ。
 もともとが縁日の金魚すくいで取った金魚だ。そうそう、長生きすると望めるもの
ではない。
 しかし……アヤナは、金魚達の死を、寿命だと割り切ることができなかった。
(なんだか、心にぽっかり穴が開いた感じ……。小久保君に、なんて言おう?)
 アヤナの瞳から一粒、涙がこぼれた。
(やだ……金魚が死んだくらいで、どうして私……涙が出るの?)
 金魚達をマサヒコからもらったときの思い出が脳裏に蘇った。
(あのときは、小久保君に水着を剥ぎ取られるわ、一緒の布団で寝てしまうわで
散々だったけど……
 次の日、縁日に行って、そこで天野さんと金魚すくいで勝負して、二人とも全然駄目
で……小久保君が上手に取った金魚、私にくれたんだっけ……)

 一年弱前の合宿の思い出。金魚達はその象徴であっただけでなく、毎朝のささやかな
和みを与えてくれる存在だった。
 アヤナは、毎朝の習慣であった金魚達への挨拶を、あたかも当然のことのように
考えていたこと、それがなくなることなど想像もしていなかったことを、否応無しに
気づかされた。
 しかし現実に、金魚達は水槽のなかで死んでいる。
 死による別離。今まで特にペットを飼ったことがなく、家族も皆、健在である
アヤナが、初めて味わう喪失感だった。

(お墓……作らなきゃ……でも……でもごめんね、触れない……)
 アヤナは死んだ金魚に触ることが出来なかった。年頃の女の子として、やはり金魚の
死体は気持ち悪い。
 父親に頼んで、庭の片隅に埋めてもらった。
「(ごめんね、今は時間がないの、あとでちゃんとお墓を作ってあげるからね)」
 埋めたあとに向かって手を合せると、アヤナは朝食も摂らずに学校まで走り、
遅刻寸前だったがきわどく間に合った。



「若田部、おはよう」
「はぁ、はぁ……おはよう、小久保君」
 教室に入り、息を切らせながら、マサヒコといつもの挨拶を交わしたアヤナだったが、
金魚の件をなんといって伝えればいいのか、分からなかった。
 別に、秘密にすることではない、むしろ話さなければならないことだ。もちろん、
恥じることでもない。謝ることでもないはずだ。
(でも……なんて言えばいいんだろう? それに、このことを口にしたら、私、
なんだか泣いてしまいそう……)
 息を切らせているのみならず、何となくもじもじしているアヤナに、様子が
おかしいと見て取ったマサヒコが声をかける。
「若田部、どうかしたのか? そんなに息を切らせて」
「あの……小久保君……」
「……? なんだ?」
「……ううん、何でもないの……」
「……?」
 意を決して、金魚が死んだことを一旦はマサヒコに話そうとしたアヤナだったが、
その後が続かなかった。


 結局、ようやくマサヒコに打ち明ける決心がついたのは昼休みだった。
(事実を伝えれば、それでいいんだ……よね……)
「あの……小久保君……」
 マサヒコは昼食を終え、今は1人、窓際に佇み、外を眺めているところだった。
「……? どうした、若田部?」
「あのね、去年の夏の合宿のときにもらった金魚が……今朝、死んじゃってたの……」
「……そうか。まあ、金魚すくいで取ったにしては長生きしたほうかな」
「……そんな言い方、しないで……私、とっても悲しかったんだから……」
 マサヒコを見つめるアヤナの目にまたしても涙が浮かぶ。
「……悪い。そんなつもりじゃなかったんだ。……もう埋めたのか?」
「お父さんに頼んで、庭の隅に埋めてもらったけど、ちゃんとお墓を作るのはまだなの。
これから作らなきゃ……」
「そっか。……じゃあ、放課後、一緒に作ろうか?」
「……そうしてくれる?」
「ああ」

「……なになに、どうしたの?」
 なにやら深刻な話をしている様子の二人へ、的山リンコが天然モードで話し掛けるが、
アヤナは数学の宿題の話だとごまかした。
 同時に、遠くの席に座っている天野ミサキが、なにやら気遣わしげな視線を向けて
きていることにも、アヤナは気づいていた。
(それは、話を打ち明けたら、的山さんも天野さんも来てくれるかもしれないけど……
でも、人が多すぎても……今日は小久保君と二人でお墓を作りたい……)
 どうしてか、他者を介在させたくないという思いがアヤナにはあった。

 放課後。
 連れ立って若田部邸に到着したマサヒコとアヤナは、金魚達を埋めた庭の片隅に
手ごろな石を置き、板切れに「金魚達の墓 ○×年□月△日」と書いて石の後ろの土に
突き立てた。
「金魚達に、名前をつけてあげれば良かったわ。そうすれば、お墓にその名前を書けた
のに……」
 アヤナは心底、悔やんでいる様子だ。
(なにも、金魚にここまでしなくても……)
 マサヒコは正直なところそう思っていたが、自分があげた金魚を、横にいる少女が
ここまで大切にしてくれるのは嬉しかった。
 どうにか墓らしい格好がついたところで、揃って両手を合わせる。
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。どうか安らかに」これはアヤナ。
「なまんだぶ、なまんだぶ……」これはマサヒコだ。
 それで墓作りはあっけなく終わった。

 アヤナは朝、金魚達の死に気づいてからずっと続いていた、暗い気分が少しづつ
晴れていくのを感じていた。
「(そうね、この世に生きるものはいつかは死ぬんだもの……こうして、簡単でも
弔ってあげられて良かった……それに、小久保君も怒ってないし……)
 妙にマサヒコの心中が気になるアヤナだが、それがなぜか、まだはっきりとは
認識していなかった。

 二人は若田部邸の居間に移動し、一休みしつつお茶を楽しんでいた。
 若田部アヤナの母親は、ボランティアコミュニティの集まりとかで出かけている。
父親はもちろん会社。兄も大学から帰っていない。早い話、大きな邸宅に二人きりだ。

 墓作りの礼に始まった世間話は、当然の流れとして、去年の夏合宿の、そして金魚の
思い出話になった。
「あの合宿は……今ではいい思い出だけど、初日はひどい目に遭ったわ。日焼け止めの
話で中村お姉様の怒りを買って、砂に埋められて動けなくなってしまって。
 小久保君に砂をどかしてもらうよう頼んだら、小久保君ったら、紐に指を引っかけて、
ビキニの下を剥ぎ取るんだもん……」
 アヤナは口を尖らせ、悪戯っぽい視線をマサヒコに向ける。
「う゛、いやその、あれは事故で……」
「あの時は、私は余りのことに泣き出してしまって……濱中先生にバスタオルで隠し
ながら砂をどけてもらって、やっとの思いで出られたのよ?
 小久保君も、天野さんにソフトクリームをぶつけられてたじゃない」
「あの時は、眼に入ってエライ目にあったよ。しばらく目が見えなかった」
「夜は夜で、的山さんと一緒に寝ていたはずが、トイレに行って戻るときに、寝ぼけて
小久保君の布団に入ってしまったり。結局、朝まで同じ布団で寝ていたんだもの、今に
して思えば無茶苦茶な話よね。」
「そうだったな……無茶な話だ。挙句の果てに、おまえには
『責任とってくれるんでしょーね!』とまで言われたな」
 マサヒコとアヤナは目を合わせて笑いあった。
「その翌日の縁日で、あの金魚を金魚すくいでとって、私にくれたのよね……」
「そうだったな……」

 思い出話は尽きなかったが、話が一段落ついたところで、おもむろにマサヒコは気に
なっていたことをアヤナに問い掛けた。
「ところで……いいのか? 他に誰もいないのに、俺なんか家に上げて……」
「どうして? お墓作り、ほとんどしてもらったんだから、お茶くらい出すわよ」
「そりゃ嬉しいけど……これでも男のはしくれだからな」
 マサヒコは、ふっと視線を外し、ティーカップのお茶をすすり、居間から見渡せる
庭に視線をさまよわせた。
 正直なところ、さっきからこの大きな家に二人っきりでいる、そのことだけで、
マサヒコの心臓は高鳴っているのだ。
 アヤナはマサヒコの意外な心配りに、ほんの少し嬉しくなった。
(ふ〜ん、私のこと、女として見てくれてるってことかしら……)
(あ、でもそういえば、金魚をもらった後に、お姉様と小久保君とで
『私らのコト、女として見てない』とかって会話をしてたけど……『私ら』って、
お姉様と濱中先生のことかしら、それとも私や天野さんや的山さんまで含めてのこと
かしら? よーし、ちょっと意地悪だけど、問い詰めちゃえ)
 アヤナも結構、底意地が悪い。

「ねえ、小久保君。覚えているかしら、金魚を私にくれた後のこと。」
「……なんだっけ?」
「お姉様に『私らのこと、女として見てないだろ』って言われて、『ええ当然っス』
って返事してたよね?」
「あー、そういえばそんなこともあったっけ」
「あの時の『私ら』って、誰のこと? あの場にいた、女性五人全員のこと? 
それとも、お姉様と濱中先生のこと?」
 マサヒコは突然の追求に面食らった。とりあえずは身をかわす。
「……なんでそんなことを聞くんだよ」
「もっとはっきり言わなきゃ駄目かしら?
……小久保君、私のこと、女として見てくれてるの?」
 突然、ど真ん中にストレート!
 マサヒコは激しく動揺したが、口をついて出た返答は彼らしい優柔不断な言葉。
「え、えーと、……そりゃまあ。」

「……馬鹿……」
 煮え切らないマサヒコの態度に、アヤナは今度は悲しみがこみ上げてきた。口を
尖らせて、マサヒコに視線を向けるそのつぶらな瞳に、わずかに涙が浮かんだ。
(あれ? どうしてこんなに悲しいのかしら……?)
 なぜ、目の前の相手のはっきりしない態度がこんなに悲しいのか? 
 そこで初めて、アヤナははっきりと悟った。
(そっか……うすうす感じてはいたけど……私、やっぱり小久保君のこと、好きに
なってたんだ……。だから、ちゃんと答えてくれないのが悲しいし、金魚が死んだだけ
であんなに悲しかったのは……それが好きな人からのプレゼントだったから……)
 アヤナの表情が一瞬切なくなり、その後、翻然と明るくなった。
(それなら……そうと分かったなら……)

「……若田部? どうした、大丈夫か?」
「……うん。どうして金魚たちが死んで、あんなに悲しかったか分かったの。」
 アヤナはマサヒコの目を真っ直ぐに見つめた。
「それはね、好きな人からのプレゼントを失ったから……」
「好きなヒト? ……その、えーと、……それって?」
 マサヒコはハトが豆鉄砲を食らったような表情で、自分の顔を指差した。
「そうよ……小久保君、あなたよ。
ねえ、ちゃんと答えて。……あなたは、私を女として見てくれてるの?」
 思い込んだら直球勝負。優柔不断のマサヒコとは全く違うところだ。
 流石のマサヒコも、突然の告白に動揺した。ようやくの思いで立ち直ったが、
返答を決めるにはさらに10秒ほどの沈黙が必要だった。



 アヤナは目をそらそうともせず、マサヒコを見つめて返答を待っている。
「(俺は……この娘が好きだろうか? そりゃ、嫌いじゃない、でも濱中先生や、
天野や的山と比べて、若田部が一番好きだと言えるだろうか? )」
 中村リョーコが入っていないのは、潔癖な中学生らしいところだ。
「(若田部を女として見ているかといえば、それは間違いなくイエスだ。これだけの
美少女なんだし、俺だって男なんだし……言えやしないが、自家発電に使わせて
もらったことだってある。
 でもここでイエスと答えてしまったらどうなるんだ?もしかしたら、あっさりノーと
いったほうが若田部だって楽かも知れない……
 でも、こんな美人に告白をもらえるチャンスなんてそうざらには……)」
 そんな混乱しかけた思考が脳裏を駆け巡ったが、どんなに考えを巡らせようと、
この状況で嘘をつけるほど、マサヒコの恋愛経験値が高いわけではなかった。
「……そりゃ、お前のことは女として意識してるさ。こうして二人っきりでいると、
心臓がバクバク鳴るくらいに。だけど……」
 アヤナは続くセリフを最後まで待たなかった。
「……本当?」
 それまで向かい合って座っていたアヤナが、すっと立ち上がり、二人がけのソファに
座るマサヒコの隣に座った。ついで寄り添うように身を近づけると、マサヒコの左胸に
その鼓動を確かめるようにそっと手を伸ばす。
「お、おい、若田部……」
 マサヒコの心臓のピッチはさらに跳ね上った。
「うふふ、本当に鼓動が早い……私にドキドキしてくれるんだ……」





 アヤナの顔はマサヒコの顔のほんの10センチほど前にある。その瞳が数秒間、
マサヒコの目を見つめると、アヤナは目を閉じて、そっと唇を突き出した。
 シャンプーの香りがマサヒコの鼻腔をくすぐる。キスを求めるアヤナのその仕種は、
マサヒコにとってはあまりにも強烈な誘惑だった。
 マサヒコは吸い込まれるかのように、そっと唇を合わせた。
 ほんの一瞬の、軽く触れるだけのくちづけ。
 唇を離した二人は再び見つめ合った。
「……私、これがファーストキスなの……小久保君は?」
「……物心ついてからは初めてだな。ガキのころ、近所の子供としたことあるけど……」
「……馬鹿正直なのね。初めてだって言ってくれれば、私も嬉しくなって、それで済む
話なのに……。ねえ、その近所の子供って、天野さんのこと?」
「あ゛? いや、その……」
 思わず黙り込んでしまったマサヒコの頬を、アヤナが指先でツンツンとつついた。
「んもう、本当に馬鹿正直なんだから……。昔のことはいいけど、これからは、もう
駄目だからね?」
「あ、ああ……、でも待ってくれ、あんまりお前の仕種が可愛らしかったから、つい
キスしちまったけど、俺はお前が好きなのかどうか、実はまだ分からないんだ……。」
「……他に、はっきり好きな人がいるの?」
「いや、そうじゃないけど……」
「それじゃ、今から私を好きになればいいの! いいわね?」
 今度はマサヒコの鼻のてっぺんをツンツンとつつくと、アヤナはマサヒコの首に腕を
回し、もう一度、今度は自分から唇を合わせた。さっきよりじっくりと、長く、まるで
マサヒコの心に刻み付けるかのように、そして自分の心に焼き付けるかのように。
(……俺、尻に敷かれるの、決定かなあ)
 マサヒコは、柔らかいアヤナの唇に陶然とし、アヤナの腰にそっと腕を回しながらも、
心のどこかで冷静に父親似の自分を認識していた。



 その時、パタンと玄関のドアが音を立てた。
「ただいま〜。アヤナ、帰っているの?」
「?! お母さんが帰ってきた!」
 幸い、玄関から居間は見通せない。
 ものすごい勢いで、アヤナはマサヒコと向かい合うもとの席に戻り、素知らぬ顔で母
を迎えた。
 マサヒコもとぼけた顔で、ほとんど空っぽの茶碗からわざとらしくお茶をすする。
「あら、お客さまなの?」
「お母さん、お帰りなさい。こちらは小久保君、ほら、あの金魚をくれた人。
お墓を作るのに手を貸してもらったの。
小久保君、私のお母さんの、若田部ハルナ」
「お邪魔してます、小久保マサヒコです。」
 ぺこりとマサヒコは頭を下げた。
「あら、いらっしゃい。金魚達のお墓を作ってくれたのね、ありがとう……いまお茶の
お代わりを入れるから、どうぞごゆっくり。」
 ハルナもすっとぼけた顔で台所に消え、お茶を用意するが、そこは人生経験が違う。
マサヒコとアヤナの二人とも、顔が上気していること、呼吸がかすかに荒くなっている
ことを見落としてはいないし、アヤナが強烈な勢いで席を移動したときの足音も聞き逃
してはいなかった。
(ふーん……なかなか可愛い男の子ね、じゃ、ちょっと釘を差しとこうかしら?)



 アヤナが中座した隙に、ハルナがマサヒコに話しかけた。
「小久保君……だったわね。アヤナのこと、どう思っているの?」
「?!」
「アヤナのこと、好き?」
 またも来た、ど真ん中にストレート!!
「その……えーと……」
 マサヒコは流石に動揺を隠せない。
「とぼけても、駄目よ? 私が帰ってくる前、何をしてたのかしら?」
 ハルナの追求は急だが、怒っているわけではないようだ。
「……いやその……ふーっ……」
 こりゃ、かないっこない。大きく息をついたマサヒコはそれを悟り、白旗を揚げる
ことにした。
「アヤナさんのことは……好きです。多分、これからもっと好きになります」
「ふーん……それなら、これをあげる。」
 アヤナがマサヒコの手に握らせたのは、しゃれた小さなパックに入ったこれは……、
やっぱりアレですか?
 マサヒコの両目と口は、線2本と丸になった。
「ハルナさん……これ……」
 ハルナは暖かくも厳しい視線をマサヒコに向けた。
「アヤナをよろしくお願いね。男と女が好き合ったら、エッチをするのはごく自然な
ことなの。あなたにはまだそこまで割り切れないかも知れないけど……でも、今の
あなた達にはまだ子供を生んで育てることはできないし、もし中絶なんてことに
なったら、女の子の心と体は深く傷ついてしまう。だから、それだけは注意してね。
お願い、アヤナを幸せにしてやって。」
 マサヒコは反論のしようがない。
 そこへアヤナが戻ってくる足音がした。こんなものをアヤナに見られては、騒ぎは
必至だ。マサヒコは、コンドームのパックを、慌ててポケットに隠すしかなかった。
 ハルナはマサヒコにウインクを投げかけ、台所へ去ってゆく。
 マサヒコは内心、ひとりごちた。
(うちのお袋といい、この人といい……世の中のママンという人種は、みんな揃いも
揃ってエロボケなんだろうか?)


 アヤナはもう一度墓作りの礼を言ってお茶会をお開きにした。
 門まで見送りに出たアヤナは、後ろを振り向いて母親が見ていないことを確認すると、
最後に頬に軽いキスをして、駄目押しに
「いいわね、これからは、私を好きになってね?」
とささやいて、取っておきの笑顔でマサヒコを送り出した。

 帰り道。暗くなった道を歩きつつ、ポケットのコンドームのパックに指を触れて、
再び存在を確認したマサヒコは、戸惑いと嬉しさ、煩悩などがごちゃごちゃに入り
混じって、妙な気分だった。
(なんか、いきなり若田部と付き合う話になっているんだけど……。しかも、この
プレゼントは……これはもしかして、親公認でエッチOKってことか?)
 まあ、ハルナの態度はそうとられても仕方がない。さっきのアヤナとのキス、回した
腕に感じた女の体の量感、合宿で見た均整のとれた水着姿、そういった数々の生々しい
思い出が、マサヒコの脳内をぐるぐると駆け巡った。今後のことを思い浮かべ、思わず
あらぬ妄想が頭をよぎる。
 ポケットの中のパックを弄びつつ、マサヒコは帰路を急いだ。

 そこへ向こうから歩いてくる、見慣れた影が二つ。
 若い女性に特有の華やかな雰囲気は、濱中アイと中村リョーコだ。
「あら、マサヒコ君。奇遇ね、こんな時間にどうしたの?」
「あれ先生達、こんばんは。ちょっと学校帰りに寄り道して、今帰るとこなんです。
そちらは?」
「私達も、大学の帰りに食事して帰るとこ。もう遅いから、気を付けてね」
 アイはそのまま立ち去ろうとするが、中村リョーコはなぜか、マサヒコの周囲を
一回りすると、意味ありげな視線をマサヒコに向けた。
「マサ、あんた、アヤナとなんかあったのね?」
 本日三球目、これまたど真ん中にストレート!!!
「!@#$%&*? い、いやだな、何もありませんよ? なんでそんなことを?」
 マサヒコは平静を装うが、声が裏返っている。
「先輩、一体どうしてそんなこと……」
「だって、この方向にあるのはアヤナの家くらいじゃない。
 そして、この時間だから、リンかミサキが一緒だったなら、送っていくはず。そうで
ないってことは、若田部邸に一人で行ったってこと。おまけにアヤナのシャンプーの
匂いはするし、それにアタシ達に気づく前のあのニヤついた『妄想にひたっています』
って表情。それと、さっきから、ポケットの中の何かを気にしているみたいね?」
 そのセリフを言い終わるより早く、リョーコの指はマサヒコのポケットに忍び込み、
例のパックをつまみ出した。
「へぇ、こんなものポケットに入れて。どうしたのよ、これ?」
「!? (この人スリでも食っていけそうだ……なんて感心してる場合じゃねえ!)」
 アイは不可思議な表情でマサヒコを見つめる。
「……マサヒコ君……そんなもの、持ち歩いているの?」
「マサ、アンタも大人の仲間入り?」
「……いや、あの、それはその……」

 三球三振のマサヒコだったが、ベンチに帰るまでには、もう一悶着ありそうだった。

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