作品名 作者名 カップリング
「天使をキャッチ&リリース」 トマソン氏 -

(プロローグ)
「ふーっ・・・なんて一日だ・・・」
マサヒコは風呂に浸かって、大きく息をついた。

 中村リョーコ、濱中アイ、天野ミサキ、的山リンコ、若田部アヤナの5人衆による
マサヒコ公開処刑、もとい、取り調べは、3時間に及ぶ針の筵状態の末、マサヒコの
必死の弁明により、どうにか終焉を迎えた。

 行きずりの中学一年生の女の子を抱いた挙句、忘れ物のブルマを記念に持って帰って
きた、とはもちろん言えない。
 中学の友人に誘われてテニスの試合を見に行って、酔っ払いに絡まれた女の子を
助けたところ(ここまでは事実だ)、なぜかブルセラファンと勘違いされて、お礼と
してブルマをもらった、ということでなんとか話をまとめ上げた。
 もっとも中村リョーコはそんなものじゃないことを薄々感じていたようで、なにやら
ニヤついていたが。以後、なにかの折りに利用されそうで嫌だが、まあとりあえず
あの場では詰問をかわすのが精一杯だったということで良しとしよう。
「じゃあ、こんなブルマいらないよね」とブルマはミサキに没収されてしまったが。

 (それにしても・・・)
 こうして風呂に浸かっていると、あの5人による3時間の詰問という暴風雨の直後
であるにも関わらず、マサヒコの脳裏に浮かんでくるのは・・・エーコの悪戯っぽい
笑顔なのだ。
(俺、どうやら完全にエーコに惚れちまったんだな・・・)

 風呂に浸かったまま、マサヒコは心を決めた。
エーコを探そう。
もう一度、エーコに会おう。
もう一度、エーコに会ったら、その目を真っ直ぐに見つめてそして・・・そして・・・
何を言えばいいのだろう?

好きになったことを告白するのか?
こんな俺に処女を捧げてくれた礼をいうのか?
それとも、童貞をもらってくれた礼をいうのか?
あるいは、今度こそ気持ち良くなってもらいたいのでもう一度抱きたい、というのか?
その全部が、いや他にもあったろうが・・その全てがないまぜになって、マサヒコの
心中に渦巻いた。
 だが・・・エーコは俺に、もう会えない、とはっきり言った。
 それでも、俺はあの子を探すのか?女々しいどころではない、エーコにとっては迷惑
そのものではないのか?
 下手をすれば、ストーカー行為になるかも知れない。
 しかし、それでもマサヒコの心はエーコを求めていた。
(・・・とにかく、エーコを探そう。
 理由なんて・・・俺の心が強烈にエーコを求めているから。それだけでいい。)

「ごぼっ?!」
 腰を落とし、口がお湯に漬かっていることも気づかずにそこまで考えたマサヒコは、
風呂の湯を飲んであやうく溺れかけた。たまたま歯磨きのため洗面所に居た、先に
入浴を済ませたマサヒコママが、水音を聞きつけ、浴室の扉越しに声を掛ける。
「ちょっとマサヒコ、大丈夫?」
「ん、大丈夫。風呂水飲んじまったよ、ハハハ・・・
 (女の子のこと考えてて溺れたなんていえねえし)」
「そう・・・まさかこんなカタチで飲尿プレイするなんて・・・」
「!?」
「冗談よ」
 息子の様子が変なのを気づいてか気づかずか、相変わらずのマサヒコママであった。

 マサヒコは布団に入ってつらつら考えた。
(さて、どうやって探すか・・・)
 手がかりはいくつかある。
 名前は関川エーコ。中学生で、1年A組、テニス部所属、制服のセーラー服も
大体のところは覚えている。
 あの日、地区センターでテニスの大会に出場していた。
 イトコのシンジ・カナミの兄妹と仲が良い。
 探偵事務所にでも頼めば一発だろうが、そんな気も金もマサヒコにはない。
(まずはネットかな・・・あるいは、地区センターにあの日のテニスコート利用者を
当たってみるか、あとは近辺の中学の制服をチェックするか・・・)

 早速布団から起き上がったマサヒコは行動を開始した。いつも受身のマサヒコが
こうなるのだから、恋の力は偉大だ。

 その晩手がけたネット調査は、期待はずれに終わった。
「関川」「関川エーコ」「テニス」「1年A組」等のキーワードを組み合わせて検索
してみても、野球選手の関川が大量に出てくるばかり、先日のテニス大会の結果が
どこかに見付からないかと探したが、残念ながら空振りだった。

 次は地区センターだ。翌日の昼を待って、とりあえず電話をしてみる。
「あの、私、先週日曜日にそちらのテニスコートの試合を観戦した中村と申しますが。
選手のものとおぼしき忘れ物を拾ったのですが・・・女子の試合が行われたほうの大会の
主催者はどなたか、教えていただけませんか?」
(ナイスな説明だ。とっさに中村の名前を使うとこもナイスだ>俺)
「利用者の情報はお教えしかねますので・・・忘れ物でしたら、当地区センターが
預かって、主催者に連絡いたしますが・・・」
 忘れ物だからといってブルマなんか出せるわけがない。そもそも、既にミサキに
取り上げられてしまった。
 残念ながら、電話で聞き出す作戦はうまく行かなかった。


 かくなる上はと、翌日放課後、マサヒコは自身、例の地区センターに向かった。
 受け付けにいくと、そのそばのホワイトボードに予約表が貼ってある。見ると、
スケジュールカレンダーに、あの日、〇月×日の利用団体の名前が書いてあるでは
ないか。
「(なにが利用者の情報はお教えしかねますだ・・・現場はノーガードかよ)」
マサヒコは内心あきれたが、そんなことより利用団体の名前を調べるのが先だ。
 そこに書かれた文字は、
「A県中学テニス連盟」
 マサヒコはその名を心に刻み付けた。

 これでとりあえずの用は済んだ。マサヒコは思い出の遊歩道に、倉庫に足を運んだ。
あの時の散歩ルートをたどり、倉庫前でしばし佇み、エーコとのひとときを反芻する。
 エーコへの思いはつのる一方だった。

 帰宅すると、パソコンを立ち上げ、「A県中学テニス連盟」のHPにたどり着き、
画面をなめるように、徹底的に調べた。
 先日の大会の結果がアップされていないかと、目を皿にしてあちこちのリンクを
チェックする。
(うーん。結果そのものは載っていないか・・・)
 残念ながら、大会結果そのものは載っていないようだが、加盟中学の一覧と、連盟の
連絡先は見つけた。加盟校は、男子校を除くと30校ほどだ。片っ端から中学のホーム
ぺージを探し、女子の制服がセーラー服であるところをピックアップする。
 残ったのは10校ほど。そのうち、スカーフの色、襟のデザインなど、明らかに違う
ものを除くと、4校にまで絞り込んだ。


 翌日の昼間、マサヒコは「A県中学テニス連盟」に電話してみた。
「もしもし、A県中学テニス連盟さんですか?私、中村といいまして、親戚の女の子の
試合結果を知りたいのですが、○月×日に△地区センターで行われた試合の結果を
教えていただけませんか・・・」
「その子とはどういったご関係で?」
「イトコですが・・・」
「では、まずあなたのお名前と、ご住所を教えてください。プライバシーの関係で
そうそう個人情報に関係することはお教えでき・・・」
「・・・えーと・・・お邪魔しました。」
 マサヒコはあきらめて電話を切った。ストーカー被害だ、個人情報だと騒がしい
世の中、なかなか簡単に聞き出すわけにはいかないらしい。

 こうなったら体で調べてやる。
 マサヒコは制服から絞り込んだ4校を全て回る決心をした。


 翌土曜日。マサヒコは制服に身を包むと、ネットを活用して取り出した、候補に
残っている4校の住所と地図を握り締め、電車上の人となった。
 まず1校目に到着すると、まずは女子生徒の制服をチェックする。
「ここが1校目・・・制服のマークがはっきり違うな。」
 エーコとはああも素早いお別れだったので、校章を大体しか覚えていないのが痛恨
だったが、過ぎたことは仕方ない。
 電車を乗り継ぎ次の候補校へ。
「2校目・・・マークは似てるような気がするが確信は持てない・・・
 よし、こうなったら」
 マサヒコは躊躇せず校内へ歩み入った。このために制服を着てきたのだ。
 こちらも詰襟、ぱっと見には分かるまいし、かえって堂々としていたほうが怪しく
ないに違いない。
 真っ直ぐ下駄箱に向かい、1−Aのエリアを見て回る。だが口惜しいことに、そこに
関川の名はなかった。マサヒコは黙ってきびすを返した。
 3校目も結果は同じだった。
最後に残った候補、4校目。
(市立〇△中学校か・・・)マサヒコはまたしても下駄箱を探し出し、1−Aのクラス
のシマを見て回る。50音順に並んだ下駄箱をたどり、名札に「関川エーコ」の名を
見つけたとき、ようやくマサヒコのここ一週間の努力は報われた。
 エーコが通う学校を突き止めたのだ。

「(今日ここにいるかどうかはともかく、ここにエーコは通っているのか・・・)」
ようやく・・・エーコの居場所を突き止めた・・・
マサヒコはエーコに対する思いが、さらにつのるのを感じた。しかし、いくら制服を
着ていても、女子の下駄箱前に見慣れない顔が立ちすくんでいては怪しまれる。
 マサヒコは名残惜しかったが、早々に退散した。
「(足が棒のようだ・・・今日は帰るか・・・。)」
 マサヒコは疲れた体を引きずり、しかし心は軽く、帰途についた。

 翌月曜日。
 マサヒコは学校を早退し、〇△中学の門の前で張り込んだ。
 物陰に身を潜め、エーコが門を出てくるのだけを心待ちにした。
(つーか、俺、完全にストーカーだな・・・)。
 放課後を知らせるチャイムが鳴り、三々五々、生徒たちが門から出て家路につく。
 しばし、部活動の喧騒がマサヒコの耳に届くようになる。用意してきたオペラ
グラスでテニスコートを覗きたい誘惑に駆られたが、それでは変質者だ。マサヒコは
我慢強く物陰に潜み続けた。
 時間が経つにつれ、部活の声も静かになっていった。部活を終えた生徒たちが
門からぽつぽつと出てくる。

 やがて、待ちに待った瞬間が来た。門から3人組の女の子が出て来たのだ。
 一人は制服のセーラー服。二人は運動部帰りと思しき体操着とジャージ姿で、手には
ラケットをぶら下げている。
「チカ、今日は美術部は何を書いたの?」
「今日は静物を描いたの。花瓶とか果物とかね。でもやっぱり人物のほうが描いてて
面白いわ。エーコ、またモデルやってよね。」
「うん、まあ、雨が降って部活が休みになったらね。」
 マサヒコは物陰から頭を出してエーコの横顔をちらりと確認すると、耳をそばだて、
歩き出した三人の後をこっそり尾行した。
「ところでエーコ。やっぱり気になるからもう一度聞くけど、この前の大会のあと、
どこへ行ってたの?」
「うふふ、ちょっとね〜」
「え〜、ちょっとって何よ〜?白状しちゃいなさいよ〜!」
 中学生の女の子たちの他愛のない会話。「ちょっと」が自分との逢瀬であったことを
思い、マサヒコは名状しがたい気分になった。
 マサヒコの行動はどう考えてもストーカーそのものだったが、マサヒコはもう一度
エーコと会いたい、という圧倒的な衝動に突き動かされ、尾行を続けた。
 やがて三人組が二人と一人に、その二人がまた一人にと、それぞれがそれぞれの
家に向かう。
 マサヒコは万一を思ってポケットに用意したコンドームに指を触れ、存在を確認した。


 二人の連れと別れた関川エーコは、家路を急いだ。
 日が沈みつつある道を歩を進め、ようやくにして自宅が近づいてきて、エーコが門を
くぐろうとした瞬間。まさにその時、マサヒコが後ろから声をかけた。
「エーコちゃん」
 エーコが振り返り、相手が誰であったかを見て取った。
「・・・・・・?マサヒコ・・・さん?どうしてここに・・・」
 エーコは怪訝な顔をしたが、それでも一瞬ののちには、マサヒコに笑顔を見せて
くれた。
「エーコちゃん・・・探したよ・・・」
 ストーカーまがいの行為をしたなんて言えない。
「コートの利用者だった中学テニス連盟に当たって、学校の名前を突き止めたんだ。」
「・・・もう会わないつもりだったのに・・・」
 エーコは口を尖らせてみせる。この前見せたのと同じ表情だ。マサヒコの脳裏に、
先日の倉庫での情景が蘇った。
「ごめん、もう会えないって、君ははっきり言ったのにね・・・でも、どうしても
言いたいことがあって・・・」
「・・・?なあに?」
「・・・・・・」
 会えたらこう言おうと、何度も何度も、頭の中で思い描いた台詞。
 いざエーコを前にすると、マサヒコは頭が真っ白になって何も言えなくなった。
「マサヒコさん?」
「・・・エーコちゃん、俺・・・俺、君が本当に好きになったんだ」
 頭に思い描いていたのとはおよそ違う、単純な台詞。
だが、一言で言うとすれば、これしかない台詞だった。
 エーコはポッと顔を赤らめた。
「・・・だから・・・その・・・」
「・・・えーと、ここじゃあんまりだから、すぐそこの公園のベンチで・・・。」
 マサヒコとエーコはエーコ宅の斜向かいにある公園のベンチに並んで腰をかけた。
 もうあたりは夕闇に包まれている。



「エーコちゃん。もう一度言うよ。君が、本当に好きになったんだ。俺と付き合って
欲しいんだ」
「マサヒコさん・・・あたし、とっても嬉しい・・・あたしだって、面と向かって
男の人に好きって言われたの、初めてだもん・・・。
でも、あたしあのとき、今もだけど、恋人が欲しいわけじゃ無かったの。なんでも
経験だと思って、エッチしてみたかっただけなの。」
「エーコちゃん、俺・・・その、この前は俺も初めてだったし、あんまり
エーコちゃん、気持ちよくなかったみたいだし・・・その、なんていっていいのか
分からないけど・・・」
「もう一度あたしとしたいの?んもう。もう一回だけならいいけど、それできっぱり
あきらめてくれる?」
 エーコは口を尖らせ、ちょっときつい視線をマサヒコに向ける。
 マサヒコは、指が白くなるほどこぶしを握りしめた。体内から突き上げてくる衝動は
激しかったが、俺はただやりたいわけじゃない、と自分に言い聞かせ、どうにかそれを
押さえた。
「・・・いや、そんなんじゃないんだ。そりゃ、俺も君を抱きたくて抱きたくて
どうしようもない位なんだけど・・・でも、ただエッチ出来ればいいんじゃないんだ。
エーコちゃん、俺は君と一緒に時を過ごしていきたいんだ。その結果として、君を
抱ければ幸せだけれど・・・」
 エーコの顔から険が消えてなくなる。少し切なげな、悲しげな表情を浮かべ、
マサヒコを見つめた。
「・・・マサヒコさん、ごめんなさい。あたし今、男の人と付き合う気はないの・・・
本当に、ごめんなさい・・・」



 マサヒコの握り締めたこぶしから力が抜けた。
「・・・そうか・・・じゃあ、俺がこんなこというのもなんだけど・・・その、
大切にしてほしいんだ。俺は君が大好きだし、幸せであってほしいと思っている。
だから、体だけが目当てのおかしな奴に、引っかかってほしくないんだ・・・」
 我ながら自分勝手な台詞だと思う。
ついこの前、この娘の体を穢した奴に言えたことか?しかしそれでも、マサヒコは
そう言わずにいられなかった。
「あれ、マサヒコさん、この前はあたしの体が目当てじゃなかったの?」
エーコはもういつもの悪戯っぽい目に戻っていた。
「いやその、えーと・・・」
マサヒコは再びその瞳に見とれ、改めて心を鷲掴みにされたのを感じた。
「うふふ・・・」
エーコはマサヒコの頬にそっと顔を近づけ、軽くキスすると、立ち上がった。
「さよなら、マサヒコさん。今日は嬉しかった・・・。
でも今度こそ、もう会わないからね。」
「・・・さようなら。気をつけて」
マサヒコはベンチの傍らに立ち尽くし、夕闇のなか、自宅に入っていくエーコの
小さな影を見送った。

「(要するに、俺、フラれたわけだ・・・)」
 帰途、マサヒコの心はもちろん沈んではいた、だが不思議と悲しいというわけでは
なかった。今度は意識もはっきりして、クラクションを鳴らされることもなければ、
ホームで足を踏み外すこともない。
 電車の席に座って車窓を眺めるマサヒコの目から、涙が一粒、流れて頬に垂れた。
「(心が汗をかきやがる・・・)」
 何かの漫画で読んだ台詞を思い浮かべたが、何の役にも立たない。
 あわててハンカチを取り出した。ポケットに突っ込んだ手にコンドームのパックが
触れ、無駄な用意だったと苦笑する。
「(やっぱり、やらせてもらえば良かったかなあ)」
 そんな邪まな考えも頭をよぎったが、マサヒコはその考えを打ち消した。そんな
ことをしたら自分が「体だけが目当てのおかしな奴」になってしまう。

「(でも・・・ああやってエーコに会えて、気持ちも伝えられた・・・あのまま何も
しないでいたより、俺ははっきり幸せだ。
何もしないで後悔するより、して後悔したほうがいいって、誰の台詞だったかな?
 あのとき、あのまま時に任せるのもひとつの方法だったろうけど・・・。
 でも、これで良かったんだ・・・
 それにしても、いつも流されるままに生きてきた俺に、あのコの中学を突き止めた
時のような行動力があるとは思わなかったな・・・。
これが恋のパワーってか?俺らしくねえな・・・。
・・・あ、そういえば、ブルマのこと話すの忘れた・・・)」
 電車は夜の帳の中を走り続けた。

 天野ミサキは自室で机に向かい、机越しに窓から家の前の道を見張りつつ、ペンを
上唇と鼻の間に挟み、思いを巡らせていた。
(マサちゃん、このところ変・・・この前はブルマを後生大事にしまいこんでいたと
思ったら、それからは、学校でもずっと、なんだかボーっとしてるし・・・今日は
学校を早退したくせに家にも帰ってないし・・・。
 何かあったんだろうけど、もしかして、異性関係なのかな・・・。)
 こちらもこの道にかけては、かなりのニブチンというか、割と天然ではある。

(マサちゃんにほかに好きな人が出来たら、私、どうするんだろ・・・。)
 既に発生した事態なのだが、ミサキがそれを知る由もない。
(何もしないで後悔するよりは・・・。よしっ!こうなったら、私だって。
まずは、名前で呼んでもらえるように、頑張っちゃおう。でも、この前は・・・)
 ミサキは以前、二人の女子大生に乗せられて、「お兄ちゃん」と呼びかけて
マサヒコを呆れさせたことを思い出した。
 (やっぱり、変なテクニックを使うより、ストレート勝負。正面からぶつかって、
それから考えればいい。あ、でももし嫌われちゃったらどうしよう?)
 何度も考えて、何度も思い悩み、それでも踏み出せなかった一歩。
 (ええい、悩んでいても・・・)
 そのとき、道をこちらへ歩いてくる、見慣れた姿が目に入った。

 マサヒコが足を進め、自宅が視界に入ってきた時、小さな影がひとつ、おずおずと
マサヒコに近づいてきた。
 ツインテールのこの娘は・・・マサヒコの幼馴染、天野ミサキ。
「小久保君・・・学校を早退して、どこへ行ってたの?」
「あ、天野・・・いや、何でもないんだ。」
「・・・そう、言いたくないの。・・・ねえ小久保君。このところ小久保君が、
らしくなく、なんだかボーーっとしてるって皆のうわさになってるよ?」
「ん?そうか・・・、そうかもな」
 数秒間、二人を沈黙が支配する。
 再びミサキが口を開いた。なにやら目が据わっている。
「あのね、マサちゃん・・・」
(マサちゃん?そういえば、天野には子供のころにはそう呼ばれてたっけ)
「何があったのか、私には隠し事をして欲しくないの。今話してとは言わないから、
いつかきっと、なにもかも打ち明けてほしいの」
「・・・おい天野、いったい・・・」
「二人でいるときは、ミサキって呼んで。・・・あのブルマは、後で返したげる・・・
きっと、何かの大事な記念なんでしょ?」
 急にしおらしく、親しげに、また物分りが良くなった幼馴染の態度に、マサヒコは
少々いぶかった。が、この程度でミサキの気持ちに気づくほど、敏感なわけでもない。
(でも、俺のこと、様子がおかしいと思って心配してくれてるみたいだな・・・。
一人でエーコのことを忘れるまで待つのもいいが、きっと、そばにこういう女の子が
いてくれたほうが・・・)
 マサヒコはそのとき初めて、いつもの5人に囲まれた自分が、どれだけ恵まれた境遇
にいたかを理解し始めた。
「天野、いやミサキか、俺のことは心配はいらないよ。もう遅いから、家に帰ろう。」
「・・・うん」



(エピローグ1)
 元気3人娘、関川エーコ、福浦マホ、吉見チカの三人はいつものように帰宅しようと
して、靴を履き替えるべく下駄箱に来たところだった。
チカが下履きを取り出そうと、下駄箱を開けると、ハラリと一通の封筒が落ちる。
拾いあげたチカは、動揺を隠せない。
「こ・・・これはもしや・・・」
「ラブレターかよ!?」
「ど・・・どどど、どうしよう?」
「落ち着け!こーゆーときはまず・・・」
「まず?」
「ゴムの用意よ!」
すかさずエーコが取り出して見せたコンドームのパックは、なぜか両手に一つづつ、
合計2つ。
この、予備までも含んだ万全の準備が、エーコが身をもって得た教訓によるもので
あることは誰も知らない。
「お前は飛びすぎだ!」
そんなこととは無関係に、突っ込みを忘れないマホであった。

(エピローグ2)
 翌日。マサヒコはもうすぐ家庭教師を迎える時間だった。
 準備をしつつ、マサヒコはまだエーコのことを頭に思い浮かべていた。

 (エーコ。俺はもう、お前を追いかけない。せめてエーコが幸せであるよう、
祈っているよ・・・)
 (でも・・・いい子だったな。明るくて、どんなときでも笑顔を忘れない。
そしてあの悪戯っぽい眼差し・・・それに、話が分かって、優しくて、相手を
気遣って・・・。中学一年生だけど・・・俺なんかより、よっぽど大人だった。)

 あのまま、まっすぐに育って欲しい。マサヒコは心底そう思った。
 だが,もし万一、妙な男に引っかかって陰影がついたらどうなるのだろう?
軽くて、エロくて、皮肉っぽくて・・・脳裏にある女性の姿が浮かびあがった。
スタイルはいいが、醒めた視線を浴びせるこの姿は・・・中村リョーコ?!
・・・どうか、エーコはあんな風にはなりませんように。マサヒコは天に祈った。

 そんなことをしながらノートに教科書、参考書と、授業の準備をしていると、
そこに現れたのは、他ならぬ中村リョーコその人。
「あれ中村先生、早いですね。的山は?」
「リンは後から来るわ・・・その前に、ちょっとアンタに話があってね。」
中村リョーコは片腕でマサヒコの首を捕まえ、横目でマサヒコの目を覗き込む。
「・・・?」
「この前のブルマだけどさ〜、アタシは鼻がいいって言ったよね?あのブルマから、
女の本気汁の匂いがしてたんだよね〜?」
「・・・!?@#$%&*」
「ねえ、あのブルマの持ち主と何があったのか、アタシだけにゲロっちゃいなさいよ?
そうでないと、みんなにあの匂いのこと、話しちゃうわよ?」
 マサヒコの目には、細長い舌を出しては引っ込め、獲物を前に舌なめずりする蛇の
姿がはっきりと見えていた。
・・・エーコ・・・こうはならないでくれ。マサヒコは再び、心底そう思った。

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