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カップリング |
「私の後ろに・・・ アフターエピソード前編 指輪 〜a ring〜」 |
そら氏 |
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「あちぃ・・・・」
季節は夏。まだ10時前にもかかわらず太陽は梅雨の鬱憤を晴らすかのように地上を照らしていた。
「帽子かぶってくればよかったかな・・・」
その炎天下の下、自分の間抜けさに呆れてため息をつく少年がいた。英陵高校一年、小久保マサヒコ。
彼はここ駅前の噴水でかれこれ20分ほど腰掛けて人を待っていた。待ち合わせは10時なのだから
明らかに彼は来るのが早い。彼が噴水についたのは何と9時半だったのだ。
「ふぅ・・・これだけ暑いと汗ダクだな・・・まぁ、仕方ないけど。」
マサヒコが携帯の時計を見る。現在9時50分。待ち合わせの10分前だ。
「そろそろ・・・かなぁ。」
彼は待ち人の姿に思いを馳せる。清純にして、いい意味で素朴な少女。まぁ、少女といっても
高校三年生でマサヒコより年上なのだが・・・それでも矢張り少女というのが正しい気がする。
「あれ?マサちゃん?」
その少女を待っているマサヒコの耳に聞き覚えのある声が聞こえてきた。
振り返ると、色素の薄い少し長めの髪を下ろしている幼馴染と、肩ほどの亜麻色の髪をささやかに
吹く風に揺らし、少々目付きのキツイ少女がいた。
「よぉ、ミサキ。遊びに行くのか?」
「うん。マサちゃんは・・・・デートかな?」
ミサキの顔がニヒヒと笑い顔になる。あの日の確執も何のその、二人は相変わらず幼馴染だった。
「ちょっと、小久保君?私には挨拶はないわけ?」
「やっぱり若田部だったか。いやさ、そうじゃないかとは思ってたんだよ。何せ髪がさ。」
亜麻色の髪の少女、若田部アヤナがどこか不満そうに言う。
「あら、髪くらい切るわよ。それでけで女性が分からないなんて、男としてどうかと思うわよ?」
そう、中学時代同級生だった彼女、若田部アヤナは色こそ今と同じ亜麻色だったが、髪が腰近くまであり
長かったとマサヒコは記憶していた。それから、アメリカに留学した彼女とは会う機会が無く今回が
久しぶりの対面なのだ。髪型が違えばちょっと分からなくなるものだ。
「はは、悪い悪い。その言い草は間違いなく若田部だな。それより・・・今日は二人で遊びに行くのか?」
「ええ、そうよ。後は的山さんの高校のお友達とね。それより・・・小久保君、デートって?まさか彼女?」
ズズイッとアヤナが顔を近づける。こんな暑さなのにアヤナからは汗の匂いはせず、ほのかな香水の香り
がマサヒコの鼻をついた。
「ああ、男とはデートなんざしないだろ。彼女・・・だよ。」
「へぇ、あの小久保君がねぇ。ふ〜ん、そっかぁ〜。」
アヤナはニヤニヤしながらマサヒコを見回した。
「ん・・・?何だよ若田部。そんな人をジロジロと。」
「別に?ただどんな人か見たいなぁ〜ってね。」
「可愛らしい人だよ。とっても。それで、落ち着いてるんだけど、どっか保護欲をそそられる様な感じかなぁ。」
アヤナとマサヒコの間にミサキが割り込んでくる。ミサキの言葉は何気に的を得ている。
「あ、ミサキちゃーーーん!アヤナちゃーーーーん!」
少し遠目から声が聞こえてきた。三人揃って振り返ると、6人の美少女達だった。
「うわぁ・・・・・」
マサヒコは思わずため息をついた。何で一緒にいるかなぁ・・・・と。
そう、その6人の美少女とは、リンコ、カナミ、マナカ、アキ、ショーコ。そして、何故か一緒にいるケイだった。
「あ、やっぱり小久保君いたねー。川上先輩と電車で会ったからさ。もしかしたらって思ってたんだよ〜。」
近づいてきたカナミがマサヒコに向かって言う。とりあえずマサヒコはカナミに適当に相槌を返しておきケイを見た。
ピンクのノースリーブのシャツの上に白い薄手の上着を羽織り、膝丈くらいのスカートを履いている。
制服は見慣れているが、やっぱり私服はいつも以上にドキドキした。
「えっへへ・・・おはよう、マサヒコ君。待ったかな?」
ケイが笑顔でマサヒコに向かって言う。マサヒコはその笑顔に思わずドキドキしてしまう。
「おはようございます、ケイさん。全然待ってないですよ。」
マサヒコも笑って挨拶を返す。実は30分ほど待っていたのだが、待ったなんて言うはずがない。
一方、リンコと愉快な仲間達とミサキ、アヤナはすでに二人の世界に入っている二人を見てニヤニヤしていた。
「成る程ねぇ・・・小久保君はああいう人が好みだったのねぇ。」
アヤナが何故か感慨深そうに言う。
「ショーコの所は全然だけど、あの二人見てると彼氏欲しくなるよね〜。」
「つまり、アキさんは処女を捨てたいと言う訳ですね?それでしたらその辺の人に・・・アキさん、痛いです。」
アキがはぁ〜とため息をつきながらマナカの頬をつねる。
「まぁまぁ・・・ここは二人の邪魔をしないように退散しましょっか。」
ミサキがしーっと人差し指を手に当てて、みんなに移動を促す。最後にミサキは二人を見ると、小さく
「頑張ってね、マサちゃん。」
とだけ言うと、団体に混じって移動していった。
「あ、あれ?いつの間にかカナミちゃん達いなくなってる・・・」
「ま、いいじゃないですか。それより、今日はその・・・お願いします。」
思わずマサヒコは畏まって頭を下げてしまう。そんなマサヒコの素振りにケイは笑いながら
「はい、こちらこそよろしくお願いします、マサヒコ君♪」
と、ペコリと頭を下げた。
「ふぅ、やっぱり店内は涼しいね。」
マサヒコとケイは某巨大ショッピングモールへ来ていた。要するにイオンみたいなものだ。
「まだ、10時ですから先に映画見に行きます?」
ここでの目的は映画。ケイが前々から見たがっていた『パイオーツ・オブ・レズビアン』だ。
今夏の超話題作で、すでにテレビなどでは連日CMがなされている。
「立浪さんも気前いいよね。これのチケット2枚もくれるなんてさ。」
ケイがホクホク顔でチケットを取り出す。
「確かに。あの人の人脈が気になりますよ・・・」
先日、演劇部に遊びに行ったマサヒコに立浪が何やら企み顔でこのチケットをくれたのである。
曰く、「私は試写会で見たから。川上先輩・・・もとい彼女と行っといで〜。」
との事だ。変わった人だがマサヒコは一生頭が上がりそうに無い。
「立浪さんは結構お嬢だった気がするよ。あんなだけど・・・」
「へぇ・・・あんなで・・・ですか。」
二人揃ってあんなひと・・・立浪を頭に思い浮かべる。
「あんなで悪かったですね。」
その声に二人は思わず背中をビクッとさせ、振り向いた。
「た、立浪しゃん!?」
「ども〜。お、今から映画ですかい?いいですねぇ〜。私もあげた甲斐があるってもんですよ。」
立浪がその茶色の髪を揺らしながらウンウンと頷く。自分の事のように嬉しそうだ。
「立浪さんは、買い物ですか?まさか、尾行してきた・・・とか言わないですよね?」
「うん、友達と買い物。そしたら二人が見えたからねっ。あ、いけないいけない。友達待たせてるんだった。
それじゃあお二人さん、お邪魔虫は消えますんで♪あ、そうだ小久保少年?」
立浪が二人の下から去ろうとして、少し振り返る。
「先輩泣かしたら、殺すからね。んじゃねー!」
物騒な言葉を残して人ごみに消えていった。
「はぁ・・・相変わらず騒がしいと言うか、元気というか・・・・」
そして何故か疲労感を漂わせるマサヒコ。ケイはニコニコしている。
「ふふっ、でもね。立浪さんはマサヒコ君が演劇部に入らないかなぁって言ってるんだよ。」
「何故でしょう、それを聞いたら入る気がゼロになりました。」
二人は笑いながら映画館へ入っていった。
「は〜、面白かったね〜!あの場面で、あの女優さんの演技がさ・・・・」
数時間後、映画を見終わった二人は店内のマックにいた。映画「パイオーツ・オブ・レズビアン」は噂どおり
の面白さだった。さすがは演劇部と言うべきか、ケイはその演技に見惚れていた。
「やっぱりプロは違うなぁ。同じ言葉でも心に響くものが違うよね。」
ケイがチーズバーガーをパクつきながら熱弁する。基本的には物静かなケイだが、好きな事。特に
映画や演技に関してはかなり饒舌になってしまう。まぁ、それほど好きという事なんだろう。
確かに、ケイの言うとおりだった。主演女優は人気もさることながらその演技力も抜群だったと
マサヒコも認めている。引き込まれる、何かを持っていた。
「そうだ、ケイさん。あの台詞言ってみてくださいよ。ほら、ラストシーン近くの。」
「えええ!?そ、それはちょっと恥ずかしいなぁ・・・」
マサヒコの催促にケイは顔を赤らめる。しかし、コホンと咳払いすると目を瞑った。
マサヒコには感じられた。あ、空気が、雰囲気が変わったな。と。
「私は・・・貴方の側を離れません・・・ずっと、一緒に添い遂げます。例え・・・この身が無くなろうとも。」
マサヒコの心臓が高鳴る。その文、その言葉、その一文字にマサヒコは引き込まれる。
「えへへ・・・ど、どうだったかな?変じゃなかった?」
テヘっと舌をぺロッと出すケイ。それに対抗してか、マサヒコも出来るだけ感情を込めて言う。
「ならば・・・我らが身は一心同体・・・常に共に生きよう・・・」
さっきケイが演技した後に続く言葉をマサヒコが言う。役者になりきって。
「・・・ぷっ・・・・」
しかし、どうやらケイにはツボに入ってしまったようだった。
「あはははははははは!!!ま、マサヒコ君いい。上手だよ・・・ぷっ、あははははは!」
とても褒めているとは思えないほど爆笑するケイ。お腹をかかえて笑っている。
「ぐっ・・・そんな笑わないでいいじゃないですか。」
マサヒコがムゥとむくれてしまう。
「ふふっ、あまりにも意外だったからさ。でも、上手だったと思うよ?あ、でも・・でもね?」
笑いの収まったケイが笑顔で言う。そして、言葉を続ける。
「さっきの言葉・・・演技じゃなかったらもっと良かったカナ・・・」
ケイが顔を赤く染める。その意味を悟ったマサヒコもなんだか気恥ずかしくなってしまった。
昼過ぎ、二人はアーケード通りを歩いていた。近くでは外人の人が露店を開いている。
「ヘイ!そこのおにーさんとおねーさん!見ててよ。」
少し片言の日本語を話す外人がマサヒコとケイに声をかける。二人は思わずその露店を見た。
「わぁ・・・指輪だね・・・きれ〜・・・」
その外人が売っていたのは指輪だった。露店独特と言うべきなのか、安価なのに輝きを誇っていた。
「お二人さん、らびゅらびゅのカップルデスカ?よかったらお揃いの指輪ドデスカ?」
その言葉に思わず照れるケイ。しかし、目はしっかりと指輪の方に向いていた。
「・・・どれにしまようか、ケイさん?」
「ほぇ・・・し、しちゃう?その・・・お揃いの、指輪。」
ケイは何だかモジモジしている。恥ずかしいけど、してみたいという欲求が戦っているのだろうか。
「名前彫るのはタダでヤッチャウヨ。ボク、コノヘンデ一番上手ダヨ。」
「あ・・・これいいかも・・・」
ケイが手に取った指輪を見る。成る程、シンプルながらもどこか華麗さを持ち合わせてる気がする。
「じゃあ、それにしましょうか。サイズ合わせて・・・いくらですか?」
「ソウダネ・・・2つで5000円にオマケシチャウヨ。本当は100万円ダケドネ。HAHAHAHA!」
外人なりのギャグなんだろうか。一人で爆笑している外人を横目に財布を取り出すマサヒコ。
「あ、ダメ!その・・・私がマサヒコ君の買うから・・・だから、マサヒコ君は私のを買って欲しいな・・・ダメ?」
上目遣いで、しかもそんな嬉しい事を言われて断る男なんていないだろう。
「いえ、そうしましょう。それじゃあ、はい、2500円。」
マサヒコとケイがそれぞれ2500円ずつ外人さんに渡す。
「おー、サンキウめ。それじゃあ二人のナマエここにカイテネ。ローマ字で。」
差し出された紙に「masahiko」「kei」と書くマサヒコ。外人さんはそれを受け取るとさっそく工具のようなもので
指輪の内側に彫っていく。10分ほどたっただろうか。外人さんが指輪を差し出した。
「オマタセ。こっちが、カレシのナマエがあるほう。こっちがカノジョのナマエがあるほうね。」
それぞれmasahikoと彫ってある方をケイに、keiと彫ってある方をマサヒコに渡す。マサヒコが内側を
見ると筆記体で「kei」と彫られてあった。
「OK?じゃあ袋に入れるね。後で、コウカンスルンダヨ。」
外人さんは指輪をそれぞれ小さな紙袋に入れて、二人に手渡した。
「ありがとうございます。」
「イエイエ、ドウイタマシテ。二人とも、らびゅらびゅでボクまで嬉しくなっちゃたよ。ナカヨクネー!」
手を振る外人さんを見ながら二人は指輪の入った袋を手にさらに歩いていった。
歩いていた二人の顔に冷たいものが感じられた。
「あ・・・雨だ・・・」
空を見る。朝方は晴れていたが、いつの間にか空は曇り雨が降ってきていた。
「うげー、今日晴れだって言ってたのに・・・ええっと・・・あ、あそこで雨宿りしましょうか。」
「え・・・えええ!?ちょ、ちょっとまって・・・」
マサヒコがケイの手を引いていく。そして、その建物の入り口付近で雨を凌いだ。
「やれやれ・・・早くやめばいいんだけどなぁ・・・ケイさん?」
ぼやくマサヒコの隣でケイは顔を赤くして伏せていた。
「あの・・・マサヒコ君・・・その・・・こ、ここで休むの・・・?」
「へ?まぁ、雨が過ぎるのを待つしかないし・・・って・・・えええ!!?」
マサヒコは後ろを振り向いて驚愕した。そう、そこは愛を営むホテル。いわゆるラブなホテルだった。
「ちょ、ちが!そ、そんなつもりじゃなくて、その・・・」
慌てて弁解をするマサヒコ。はっきり言って大失態だ。しかし、ケイはそれを気にも留めず尚顔を伏せていった。
「うん、分かってるよ・・・あのね、その・・・私が言いたいのは・・・中・・・入らないって・・・」
マサヒコの頭が真っ白になる。ええっと?それはつまり・・・?
「ケイさん・・・?そ、それって・・・」
「・・・ヤダ?」
チロっと上目遣いでマサヒコを見るケイ。嫌な訳がなかった。
「その・・・いいんですか?ケイさん・・・ここって・・・」
「ばか・・・これ以上恥ずかしい事言わせないでよぉ・・・」
ケイがさらに顔を赤く染める。マサヒコは繋いでいたケイの手を強く握ると、引っ張るようにホテルの中に
入っていった。中は未知の世界だった。パネルに開いている部屋とその内容が表示されている。
「はぁ〜・・・色々あるんだなぁ。ケイさん、その・・・適当でいいですか?」
ケイは小さくコクリと頷いた。マサヒコが適当に開いている部屋のパネルのボタンを押すと、鍵が落ちてきた。
「ええっと・・・3階だからエレベーターですね。行きましょうか。」
マサヒコがケイの手を引いてエレベーターで3階に昇り、部屋に向かう。鍵でドアを開けると
そこは思ってたよりも普通な部屋があったのだった。