作品名 作者名 カップリング
「私の後ろに・・・ エピソード5 別離 〜Separation〜」 そら氏 -

何をしてるんだろう・・・何を話してるんだろう。雨が降っているのに二人は向き合っている。
マサヒコ君と、幼馴染の女の子。何て言ったかな・・・確かミサキちゃん。この前、マサヒコ君と
一緒に帰った時、城島君の妹のカナミちゃん達と一緒に居た女の子だ。
確かあの時は家の用事とかで先に帰っちゃったんだっけ?あ・・・でももしかして・・・
本当は私とマサヒコ君が見てられなくて帰っちゃったの?だって、あの子はマサヒコ君が好き。
だから・・・だから今告白しようとしている・・・

「ケイ?何してんの・・・って、あれってあの子?あの女の子は?」
手で雨を防ぎながらナツミが言う。ちなみに、ナツミはマサヒコとは当然面識はあるがミサキはない。
ケイはナツミの問いの答える事はなく、ただただ二人を見ていた。雨がケイの髪から滴り落ちる。
しかし、ケイはそんな事は全く気にとめず、ただただマサヒコとミサキを見つめていた。
「マサちゃん・・・・あのね・・・」
ケイとナツミの元にも二人の声が聞こえてくる。ケイはこの時胸が締め付けられる思いだった。
見たくない、聞きたくない・・・この後あの女の子が何をするつもりなのか分かっていたから。
ただ、それでもケイは体が動かなかった。何故かこれを見届けないといけない。そう思ったからだ。
「私ね、マサちゃんの事が好き。ずっとずっと・・・小さい頃から好き。」
「ミサキ・・・」
ケイは切なげな顔をして顔を伏せる。ナツミはただ唖然としていた。
「ミサキ・・・ごめん。俺、好きな人がいるんだ。高校の先輩でさ。この前ー」
ケイの胸が締め付けられる。自惚れじゃなければ、マサヒコの想い人というのは自分だろう。
それはとても嬉しい事。でも・・・
「分かってる・・・だから言わないで。お願い・・・マサちゃんがあの人の事・・・好きなの分かってた。」
同時に私はこの子を不幸にしてしまった。私という存在が、この子の幸せを奪ってしまった。
だったらどうすればいい?どうやって・・・償えばいい・・・?
「ケイ・・・行こう?ね?」
ナツミが見かねてケイの手を引いて公園から去っていく。ケイはナツミに手を引かれるままずっと二人を
見据えていた。
「ちょっとだけ・・・ちょっとだけだから。」
ミサキがマサヒコに抱きつく。マサヒコは何も言えずに雨に濡れたミサキの髪を撫でるしかなかった。
ミサキは泣いていただろうか。だが、もし泣いていたとしてもこの雨では分からない事だった。



翌日、マサヒコは目覚ましが鳴る前に目を覚ましてしまった。気だるい・・・何とも言えない感じだ。
携帯の日付を見る。昨日の事は夢じゃない。昨日はもう過ぎてしまった日。それはもう戻らない。
カーテンを開けて窓から外を見る。昨日の雨と打って変わって快晴だ。しかし、マサヒコにとっては
いっそもうしばらく雨が降って欲しかった。そうすれば、何もかも流れると思うから。
「・・・くそっ・・・何なんだよ、この感じは・・・」
ミサキの部屋を見る。まだカーテンが閉まったままだ。しかし、マサヒコはすぐに視線をそらすと
頭を2,3度ブンブンと強く振りリビングへ降りていった。
「おはよう。」
リビングには父親と母親がいた。母親はまだ弁当を作っている。
「おはよう。今日は早いじゃないか。そう・・・お前の合格発表の日以来か?」
父親が新聞を見ながら言う。合格発表の日・・・ついつい思い出してしまう。
もう、戻れないっていうのに。あの時とは何もかもが違う。
「ほい、マサヒコ。あんた眠いなら寝とけばいいのに。随分疲れた顔してるわよ?」
マサヒコの朝ご飯をドンとテーブルにおいてマサママが言う。
「そうかな?そんな疲れてる顔してる?」
「してるしてる。お父さんが3発目終えたくらい疲れてるわよ。」
訳の分からない事を言う母親はスルーしながらマサヒコは朝食をとりはじめる。
朝食後、顔を洗い身支度をして学校へ向かう。多少早いが、ゆっくり歩けば丁度いいだろう。
マサヒコはハァとため息をつきながら歩く。自分には覚悟が足りなかった。ミサキの気持ちには気づいてたじゃ
ないか。それなのに、いつまでも幼馴染という関係に甘んじていた。いや、もしかしたら他力本願ながら
ミサキが他の人を好きになるかもなんて思ってたのかもしれない。しかし、そんな事はなかった。
ミサキはずっとずっと昔から自分の事が好きだった。それを・・・あんな形で終わらせてしまったのは
自分の責任だ。だったら・・・俺はどうすればいいんだ?どうすれば・・・
マサヒコが深く思案に暮れていたときだった。後ろからボボボボと音がしたと思えば声が聞こえた。
「やっぱり、マサヒコ君だ!久しぶりだね!」
その声の主はマサヒコの中学時代の家庭教師、濱中アイだった。



「そんな事があったんだ・・・」
時はすでに放課後。朝、アイと再会したマサヒコは誰かに相談したかったのかアイと放課後に会う約束を
とりつけた。で、今がその時だ。
「俺、どうすればいいんでしょうね・・・」
マサヒコがコーヒーを飲みながら言う。その顔はやはり浮かない。
「そうだね・・・私は恥ずかしい事に未だに恋愛経験ないから参考にはならないかもだけど・・・」
アイも同じくコーヒーを一口入れるとマサヒコを正面に見据えて言った。
「マサヒコ君は自分の気持ちを貫き通すべきだと思う。ええっと・・・その先輩、ケイちゃんだっけな。
マサヒコ君はケイちゃんが好きなんでしょう?だったら、その気持ちを貫くべきだよ。
もし、マサヒコ君がその気持ちを曲げてミサキちゃんと付き合うって言うなら、先生は許さないよ。」
マサヒコは黙ってアイの話を聞いている。アイが続ける。
「それに、そんな事はミサキちゃんにも辛いだけだよ。心が自分を見てないって分かっちゃうのは
とっても辛い事。そうだなぁ・・・マサヒコ君はミサキちゃんの後ろに立って話してる感じ。
想像してみてよ・・・怖いと思わない?」
マサヒコの頭にケイの言葉がフラッシュバックする。『相手の顔が見えないのは怖いんだ。』
「確かに・・・今回の事でミサキちゃんとマサヒコ君の関係は妙な事になってるかもしれない。
でもね、人と人の繋がりって不思議なものでなかなか切れたりはしないんだよ。
マサヒコ君とミサキちゃんが幼馴染なのはずっと変わらない事。二人は繋がってるんだよ。」
そこまで言うとアイはコーヒーを飲み干した。
「まぁ、偉そうに色々言っちゃったけど・・・参考になったかな?」
「・・・正直、やっぱり難しい事は分かりません。でも・・・」
マサヒコはアイの目を見る。目が合ったとき少しだけアイが目を逸らしたのは相変わらずショタコンだからだろうか。
「俺はやっぱり、ケイさんが好きです。だから・・・俺もケイさんに気持ちを伝えます。
その結果がどうなろうと、それがミサキに対する贖罪だと思いますから。」
マサヒコがそう言うとアイはニッコリと笑った。二人はそのまま店を後にして、帰路に着く。
「それじゃあ、色々頑張ってねマサヒコ君。」
「はい、先生こそ今日はありがとうございました。」
マサヒコがペコリと頭を下げる。二人は手を振って別れた。




翌日の放課後、マサヒコは演劇部に部室前に来ていた。ケイに会うため、そして思いを伝えるため。
「おお?小久保少年じゃないの〜。どったの?入部希望?」
後ろから声がした。二年の立浪さんだ。
「ああ、ちわっす。ちょっとケイさんに用事があって。」
マサヒコがそう言うと立浪はニヤリとする。
「むほほほ、そうかそうか。いやいや、青春とは良き物よのぉ。」
「立浪さん、何か親父っぽいですけど。」
マサヒコのツッコミを拳で返す立浪。そのままマサヒコを部室の中へ入れた。
「ちゃーっす!おりょ?まだ川上先輩来てないね〜。まぁ、いいや。座って座って。」
立浪が椅子を進めてくれる。マサヒコはそれに座るとドキドキと鼓動を早める胸を押さえる。
落ち着けマサヒコ。大丈夫だ、家でシミュレートしたじゃないか。
マサヒコが椅子で汗をかいている間も徐々に時間が流れていく。まるで1秒が1分、1分は1時間。
果ては1時間は1日に思えるほどの時間の長さだった。しかし、未だにケイは現れない。
「おっかしいなぁ。電話してみるか〜。」
立浪が携帯を取り出してケイに電話をする。
「あ、もしもし。先輩、今日遅いですね〜。小久保君が待ち焦がれてますよ〜?え?
今日は来れない?ありゃりゃ、そうなんですか〜。は〜い。分かりました〜。」
電話を切る。立浪の声が大きいせいか、内容はマサヒコにも伝わる。
「ってことだけど・・・どうする?」
「あー・・・んじゃまぁ、今日の所は退散しますよ。邪魔になるといけないんで。」
マサヒコが椅子から立ち部室を出ようとする。
「ふふっ、目的がなければ用はない・・・か。いや、当てられるほどの惚れっぷりにムカツクわねぇ。
演劇部には川上先輩にも劣らない美少女が此処にいるのにぃ・・・って、おい!無視かよ!?」
とりあえずマサヒコは立浪を無視して部室を出た。まぁいいか。同じ学校なんだ。チャンスはいくらでもある。
そう思っていた。しかし・・・それから数日不自然な程自然にマサヒコはケイに会う機会はなかった。
それは意図して避けてるとしか思えない不自然さ。しかし、それを思わせない自然さ。
「何なんだよ・・・くそ、おかし過ぎるだろ。」
放課後、マサヒコは再びケイを探す。すでに演劇部には行った後だった。三年生の廊下を歩く。
時間はすでに夕方。オレンジの夕日が廊下を照らしていた。その先で、マサヒコは少女を見つけた。




間違いなかった。あの後姿は。どこにでも居そうな少女の後姿にマサヒコは妙な自信を持っていた。
こっちには気づいていない。いや、気づかないふりなんだろうか。マサヒコはその少女に近づくと
少女の正面に回った。
「あ・・・君は・・・」
その少女はやはりケイだった。いつもどおりのはずのケイ。しかし・・・マサヒコはそんなケイにどこか違和感を
感じていた。どことなく余所余所しい感じがした。
「ケイさん・・・・俺、ケイさんに聞いて欲しい事があるんです。」
マサヒコの言葉にケイがビクッと体を震わせる。しかし、マサヒコはそれに気づかないで続ける。
「俺、ケイさんの事が好きです・・・付き合ってくれないですか?」
マサヒコの鼓動が尚早く打たれる。言った。自分は気持ちを伝えた。後はケイの言葉を待つだけだった。
だが・・・ケイの口から出た言葉はマサヒコの予想を遥かに超えたものだった。
「うん・・・ありがとう。でも・・・ごめんね。私は、君とは付き合えない・・・」
マサヒコの目が大きく開かれる。確かにこんな予想もしていたはずだった。しかし、ショックは大きい。
「君にはほら・・・幼馴染の子が居たよね。彼女は君をとても想ってくれている。だから・・・
私みたいな子より彼女みたいな子が君には似合ってるよ?だから・・・私は君とは付き合えない・・・」
ケイが顔を伏せる。マサヒコとミサキは知らない、否知りえないがあの時、マサヒコとミサキを見て
ケイが出した決断はこれだった。自分が障壁となっているなら自分が消えればいい。
ケイにとって、自分が人の幸せの障害になるのは耐えられなかったんだろうか。誰よりも人の事を
思いやる優しい少女は、この決断が誰よりも自分を想ってくれている少年を傷つけるのに気づかなかった。
「そんな・・・そんな事って・・・そんな理由なんですか?」
ケイは俯いたまま何も言わない。ただ、ゆっくりマサヒコの隣を通り過ぎるとこう言った。
「もう・・・会わないほうがいいと思うんだ。だから・・・さようなら・・・・マサヒコ君。」
廊下にケイの足音だけが響く。マサヒコは廊下に立ち尽くしたまま動けないでいた。
ただ、最後に想い人が久しぶりに呼んでくれた自分の名前が悲しかった。

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