作品名 |
作者名 |
カップリング |
「オレンジの夕日」 |
そら氏 |
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初めて出会ってどれくらいだったろうか・・・窓の外の夕日はあの日と同じ、オレンジ色をしているだろうか。
さかのぼる事若田部アヤナが渡米する3日前。アヤナはほとんど整理の終わった部屋に中村リョーコと居た。
「いや、悪いわね。押し掛けちゃって・・・ど〜してもあんたに聞きたい事があってね。」
リョーコがアヤナから出された紅茶を口につけながら言う。
「いえ、お姉さまが会いに来てくれたのはとても嬉しいですから。」
アヤナも心底嬉しそうだ。この中学生活で手に入れた宝物の一つ・・・尊敬できる人。
高い紅茶なんだろう。流れてくる香りで分かる。外は香りを流すほど程よい風が吹いている。春・・・だ。
「それで・・・お姉さまが私に聞きたい事とは?」
カップを口につけてアヤナが言う。リョーコはう〜んと頭をかくと言った。
「回りくどい事は好きじゃないから単刀直入に言うわよ。あんた、マサ好きよね?」
「ぶふっ!?」
アヤナの口に入っていた紅茶が若干逆噴射する。それでも派手にやらないのはお嬢様の嗜みだろうか。
「んなっ・・・お姉さま一体何をーー」
「あんたは後3日でアメリカ行くんだろ?いいの?ケジメつけなくて。」
アヤナの言葉を遮ってリョーコが続ける。その目は真剣そのもの。いつものふざけた目ではない。
アヤナもリョーコの真剣さを悟り、目を瞑る。マサ・・・小久保マサヒコ。
アヤナの頭の中をマサヒコに関することが浮かんでは消えていく。
「ケジメもなにも・・・彼は天野さんと付き合い始めたんでは・・・」
アヤナの言うとおり、受験後マサヒコとミサキは付き合い始めていた。その話を聞いたとき胸が苦しくなった
のを思い出す。圧迫されるような・・・とにかく苦しかったのを覚えてる。
「そうねー。まぁミサキもあれで積極的だから今頃キスどころかイクトコまでいってるかもね〜。」
アヤナの胸が再びズキンと痛む。思い浮かべるつもりはなくても、思い浮かんでくるマサヒコとミサキのキス
するシーン。妄想にすぎない・・・しかし、その妄想がアヤナを苦しめていた。
「そんなの・・・私には関係・・・ないですから。」
精一杯強がってみせる。完全に嘘だ。きっとバレてる・・・それでもアヤナは強がるしかなかった。
自分はアメリカへ行く。万が一・・・そう万が一彼と恋仲になったとしてもそうそう会えなくなる。
そんなのは嫌だ、辛いから・・・だから自分の気持ちを押さえ込んで。
リョーコは完全にアヤナの心の内を察していた。伊達に何年も長く生きていない。
マサヒコとミサキの仲を引き裂く気はない。というか、リョーコにも引き裂くのは不可能だろう。
ただ・・・ただアヤナを考えると放っておけなかった。
今後も頻繁に会えるなら今のままでもいいだろう。いつか、時間と人がアヤナの気持ちを別の場所へ向かわせて
くれる。だが・・・3日後にはアヤナはアメリカだ。比較的頑固な所があるアヤナが向こうに行ってすぐ気持ちを
切り替えて開放的になれるなんてリョーコは思っていない。ただ、押さえ込んだ気持ちを伝える・・・
すべて吐き出して伝える。それが例え敗れても大事な事だとリョーコは考えていた。
「そう・・・まぁ、あんたがそう言うなら構わないけど・・・あんたは今後マサ引きずっていくわけ?」
少々強めの口調でリョーコが言う。アヤナは顔を伏せる。しかし、すぐに上げると声高に言う。
「そもそも・・・私は小久保君なんて好きじゃーー」
「好きじゃないって言えるか!?あんたそこまで捻くれてたか!?もう少し・・・素直になってもいいんじゃない?」
強く反論しようとするアヤナを再び遮り、言うリョーコ。アヤナの目はどこか潤んでいる。
「アヤナ・・・あんたの気持ちは分かるよ。辛いよな〜・・・きっと初めて好きになった奴だった。
しかし、自分はアメリカに行かなくてはならない。親に逆らってここに住むなんて不可能。
もし付き合えてもすぐに離れる運命・・・だから毎日好きじゃないと言い聞かせる。本当は好きなのに・・・」
アヤナはひたすら顔を伏せてリョーコの話を震えながら聞いている。リョーコは続ける。
「アヤナ・・・あんた告白が悪い事って思ってない?あんたは優しい子だよ。誰かが悲しむくらいなら自分が・・・
そんな感じかね。でもね、あんたも幸せになる権利はあんの。振られたっていいじゃない・・・気持ちを伝える。
それが今後のあんたの人生できっと何かのプラスになるわよ。」
いつの間にかアヤナに寄り添ってリョーコが言う。リョーコが優しく髪を撫でてやる。
「・・っ・・・私は・・・私は彼が・・・好きでした。いえ、好きです・・・今も。」
体を震わせながら、小さい・・・それでもはっきりした声でアヤナは言った。マサヒコが好き・・・それは変わらない。
顔を伏せているアヤナから膝に置いてある手に水がこぼれてくる。それを見ると、リョーコは優しく・・・
それは母親のような温かさでアヤナを抱きしめた。
「ふふ・・・ありきたりだけど・・・私の胸で泣きなさい・・・」
「お・・ねぇ・・さま・・・ぁ・・・っぁあああああああ」
少し照れくさそうに言うリョーコ。リョーコの胸の中でアヤナは声を上げて泣き出した。
「よしよし、よく我慢したわね・・・もう自分に素直になっていいんだからね・・・」
ただひたすらに泣きじゃくるアヤナを母親のようにあやすリョーコ。それはただ、美しい光景だった。
「ちったぁ落ち着いたか?」
どれだけ時間がたったんだろうか。すっかりは日が傾いている。少し目をはらしているアヤナにリョーコが言う。
「はい・・・有難う御座います、お姉さま。」
乱れた髪を直し、手で目尻の涙を拭いて言うアヤナ。
「んで・・・どうするんだ?結局はあんた次第だけど・・・」
尚もアヤナの頭を撫でながらリョーコがアヤナに問う。アヤナは、もう迷いのないまっすぐな瞳で言った。
「伝えます・・・この気持ちを。やらずに悔やむより・・・やって悔やめですよね。」
そう言ってにっこり笑った。リョーコもそれを聞くとニヤリと笑った。
「よし・・・そうと決まればマサに連絡とりな。あんたには時間がないんだから。」
確かに残された時間は後3日・・・最早猶予はなかった。言われたとおりにマサヒコの携帯にメールを
送る。結果、明日会えるとの事だった。
明日、アヤナはマサヒコに気持ちを伝える・・・その事実がアヤナの鼓動をひたすらに早めた。
何て言えばいいんだろう。どんな顔をすればいいんだろう。
告白するなんて初めてだ・・・言えるだろうか。でも・・・このままアメリカに行くのは嫌だった。
私は我侭な女だ・・・天野さんを応援しておきながら・・・今の二人を知りながらそれでも彼に告白しようと
している。でも、どれだけ人に罵倒されてもいい。後悔だけはしたくなかった。大事な初恋、だから。
窓から差し込むオレンジの夕日。それは決意の秘めたアヤナを照らしていた。
夜、アヤナは布団に埋もれていた。考えるのは明日のことばかりだ。マサヒコの事を考えては消えていく。
ついつい枕を思い切り抱きしめてしまう。好きな人を思うとつい人間がやってしまう行為だ。
心当たりはないでしょうか?アヤナだって年頃の女の子。ましてや今頭の中は好きな人の事でいっぱいだ。
それは人間が持つ本能的な行動なのかもしれない。
「小久保君・・・話があるの。う〜ん・・・何か高圧的かも・・・小久保君、聞いてほしい事があるの。
こっちのほうがいいかしら。でも、緊張するときっと準備してた言葉も出ないかも。」
アヤナは布団に包まりながら独り言のようにリハーサルを繰り返していた。再び枕に顔を埋める。
「小久保君・・・やだな私ったら。」
暗闇で見えはしないがアヤナの顔は朱に染まっているだろう。かなり気持ちが落ち着いていたアヤナだったが
再びある不安が去来する。それは関係の終焉・・・今まではクラスメイトで仲のいい友達だ。
だが・・・告白すればどうなるだろう。いくらアメリカに行くとはいっても、これきり・・・っていうのは嫌だった。
だがそれもあり得るだろう。告白するということは良くも悪くも今の関係は壊れてしまう。
アヤナは体を震わせる。怖い・・・今の関係が壊れる・・・嫌だ・・・でも・・・
でも、それをしなくては私は前へ進めない。止まったままなんて御免だ。一歩でいい・・・前に進む。
告白前の恐怖。それは誰にも訪れるものだ。そこで止まってしまうか、恐怖に打ち勝つか。
それは恋愛だけじゃない。人が生きるうえで大事な事なんだろう。
アヤナも完全に恐怖に打ち勝ってるわけじゃない・・・少しの勇気。今のアヤナにはそれだけで十分だった。
アヤナは気持ちを落ち着けるとそのまま闇の中に意識を落としていった。
朝日が差し込みアヤナの顔を照らす。それにより意識が覚醒したアヤナは携帯に目をやる。
待ち合わせはお昼の2時。今はまだ朝10時。準備には相当余裕がある。だが、時間いっぱい
使うくらいの気合を入れよう。後でこうすればよかったと思わないように。
アヤナは部屋を出るとバスルームへ向かう。シャワーの取っ手を回すと少し暑めにお湯が出る。
そのお湯を頭からかぶる。アヤナの栗色の髪が水気を帯びていく。体温が上がっていくのが分かる。
髪と体を丹念に洗うと再び頭からシャワーをあびる。決してそういう事を期待してではなく、身だしなみ・・だ。
アヤナの体からシャンプーがすべて流れ落ちる。しかし、アヤナはシャワーを浴びるのを止めない。
「全部・・・流れないかな・・・」
ポツリと声を漏らす。アヤナが流したい物は何なんだろうか。それは本人にしか分からない。
ふぅ、と一息つくと首を少し振る。髪についていた水がバスルームの壁に当たり、落ちていく。
バスルームを出るとバスタオルで体を包む。季節はまだ春少し前。シャワーの後は少し冷える。
アヤナは手早く髪と体を拭くとお気に入りの香水を少量つける。
アヤナの鼻を心地よい香りがつく。その香りに満足すると下着と部屋着を着て部屋に向かう。
昨日考える余裕のなかった服のコーディネイト。パンツスタイルにするかスカートにするか。
上はやっぱり重ね着がよさそうだ。部屋で試行錯誤を繰り返すアヤナ。
アヤナの服のセンスは普通にいい。しかし、それでも最高の状態で臨みたいんだろう。
そんなこんなで時間は過ぎていき待ち合わせまであと1時間。アヤナの胸が高鳴ってくる。
鏡の前に座ると深呼吸をして気持ちを落ち着かせてから薄く化粧をする。
本当に薄く・・・だ。それでも丁寧にやれば結構な時間がかかる。
「これでよしっと。」
最後にルージュを引く。気持ち程度の化粧ではあるが、鏡は今までで最高の顔をしたアヤナを映していた。
もう一度深呼吸をしてよしっと手を強く握るとアヤナは玄関へ向かった。
「あら、アヤナお出かけ?」
玄関に少し前の部屋にいたアヤナの母親が顔をだす。
「うん、ちょっと出かけてくるね。いってきま〜す。」
そう言うとアヤナは元気にドアを開けて家を出て行った。向かうは待ち合わせ場所、中学校の校門。
アヤナが校門につくとまだマサヒコはそこに居なかった。アヤナは木の影に入るともう一度深呼吸。
今日はどれだけ深呼吸しても足りないくらいかもしれない。少しするとアヤナの前に人影が現れた。
「わりぃ、待ったかな?」
アヤナの鼓動が早まる。その人影は当然マサヒコだった。
「全く、女の子待たせるなんて。まぁ、今日は許してあげるわ。」
ついつい毒づいてしまう。マサヒコは、ははっと頭をかく。
「悪いな。さて、とりあえず飯でも行くか?ファーストフードくらいなら奢るぞ?」
「そうね、じゃあご馳走になろうかしら。」
マサヒコとアヤナはファーストフード店に向かって歩き出した。傍から見れば恋人同士だろう。
だが、実際は違う。マサヒコにはミサキという彼女がいる。その事実がアヤナの胸を締め付けた。
「そう言えば明後日アメリカ行くんだっけ?寂しくなるな。」
店内のテーブルにつき話す。当たり障りのない話だ。
「ええ・・・よかったら見送りに来てくれないかしら?お姉さま達も来るし。」
リョーコがくると言うのは付け足した理由。本当はただ、マサヒコに来て欲しいだけだ。
「ああ、もちろん行くよ。中村先生が豊田先生の車でみんな連れてってくれるしな。」
マサヒコが笑いながら話す。ふと、マサヒコの指に違和感を感じた。
「あら・・・小久保君、それ・・・」
アヤナが指差した先。そこには右手の薬指にしている指輪。
「ああ、これか?これは・・・あれだ。ミサキがしたいって言うからさ。」
「そう・・・うまくいってるのね・・・」
分かっていた事、知っていた事。それでも自分の目で見る事実というのは時に残酷な事だ。
アヤナの心が渦を巻いていく。嫉妬の心。自分の勝手と分かっててもどうしようもないこと。
ただ今は・・・その事実から少しでも目をそらしたかった。
「そうだ、何だかんだであなたとは会ってからもう2年になるのね。長かったのか短かったのか。」
無理矢理話題を変えてみる。マサヒコはう〜んと考えて言った。
「時間としてはそんな長くはなかったかもな。でも、色々あったよな。」
「そうね、小久保君にはたくさんセクハラされたわ。」
そう言って笑ってみせるアヤナ。マサヒコも思い出して笑った。
その後も思い出話が進み、気がつけば夕方になっていた。
「さて・・・そろそろ帰ろうか?たくさん話せてよかったよ。」
マサヒコがにっこり笑う。アヤナもたくさん話せて嬉しかっただろう。だが、今日の目的はそれじゃない。
「あ、あの・・・もう少し時間あったら・・・その・・・中学見て行っていいかしら?」
中学、出会った場所での告白。それはアヤナが決めていた事だ。
「ん?ああ、母校だもんな。いいよ、行こうか。」
マサヒコは料金をはらうとアヤナと学校へ向かった。
日は傾き始めている。二人の影は長く伸びていた。
「いよっと・・・結構簡単に開くもんだな〜。入るか。」
マサヒコが裏門を空ける。鉄のさびた色をした門はゴゴゴと音をたてながら開いた。
マサヒコに続いてアヤナも入る。今までで一番鼓動が早くなっている。
アヤナの頭の中をリハーサルの言葉が浮かんでくる。しかし、声が出てこない。
「俺ももうすぐで高校生かぁ・・・中学楽しかったよな。」
「へ!?え、ええ、そうね。本当に・・・楽しかったわ。」
アヤナの頭に去来するたくさんの思い出。その中心にいたのはマサヒコだった。
マサヒコの顔を見る。とても整った顔だ。そういえば結構女子にも人気があった。
私もそのうちの1人か、とアヤナは少々自嘲気味に笑う。
ふぅ・・・と深呼吸。落ち着きようのない気持ちを少しでも落ち着けようとする。さぁ・・・言うんだ。
声が喉で止まって出ない。あと少し、あと少しと自分に言い聞かせるアヤナ。
「あ、そうだ。今のうちに言っておかないとな。」
アヤナが悪戦苦闘していると急にマサヒコが口を開いた。アヤナは少しびっくりする。
「俺さ、若田部と会えて友達になれてよかったよ。初めは怖い奴だなぁとか、すぐ殴る奴だと思ってたけど
なんて言うか本当はすげえいい奴でさ。お前に会えてよかったと思ってる。帰ってきたら・・・またみんなで会おう。」
照れくさそうに言うマサヒコ。その言葉のせいだろうか・・・アヤナの胸を打っていた鼓動は今は驚くほど
静かに、ただ時を待っていた。
「小久保君・・・私もあなたに言いたいことがあるの。」
アヤナは胸に手を置く。大丈夫、言える・・・伝えれる・・・
「私・・・私ね・・・あなたの事が好きだった。ううん・・・今でも好き・・・私は小久保君が好きです。」
言った・・・想いを伝えた・・・そして私はーーー
「えっと・・・」
マサヒコがゆっくり口を開く。
「ごめん、俺気づかなかった・・・それに今俺はー」
マサヒコが言いかけるとアヤナがマサヒコの口に手をやる。マサヒコの言葉が止まる。
「言わないで・・・分かってるから・・・分かってる・・・分かってる・・・から・・・」
涙は出ていない・・しかし言葉が詰まる。聞かなくても分かっている言葉。
「・・・分かった・・・言わない。」
マサヒコはアヤナの言われた通り言葉を飲み込んだ。ただ、静かな時間が流れた。
それは一瞬だったのか、あるいは永遠なのか。ただ、ひたすらに時間が流れた。
アヤナは顔を伏せている。体も震えている。今にも壊れてしまいそうだ。
どうして人間はこうも脆いのだろう。分かっていても、覚悟していても、その現実を直視すると壊れてしまいそうで。
ふと、アヤナの体が動いた。アヤナの体は次の瞬間マサヒコに抱きついていた。何でこんな事をしたのか
分からない。ただ、勝手に動いた。少しでも好きな人の温もりを覚えておきたかったのかもしれない。
「若田部・・・」
「ごめんなさい・・・少しだけ・・・ほんの少しだけ・・このままでお願い・・・」
確かに感じるマサヒコの体温。それを少し感じれただけでいい。アヤナはマサヒコから離れた。
逆光になってマサヒコからアヤナの表情は見えない。
「小久保君・・・ありがとう。私本当に好きだった・・・これだけは嘘じゃないから・・・」
小さい声で話すアヤナ。マサヒコはただただそれを聞いていた。
「ごめんさないじゃなくて・・・ありがとう・・・明後日来てね・・?それじゃあ今日はありがとう・・・」
アヤナはマサヒコに背を向けて帰路についた。マサヒコは何も言わずアヤナの後姿を見つめていた。
帰路につくアヤナの顔を照らすオレンジの夕日。照らされたアヤナの顔はどこか満足げだった。
翌日、アメリカへ行く一日前。もう準備はすべて終わっていた。後は明日を待つだけ・・・
殺風景になった部屋にアヤナはリョーコといた。
「頑張ってきたか?」
リョーコがアヤナに言う。アヤナは少し微笑んで言った。
「はい・・・気持ちは伝えました。もちろん振られちゃいましたけど・・・満足・・・です・・・」
満足とは言っているがアヤナの体が震えている。昨日からアヤナは泣いていない。
「満足・・・か・・・それでも泣きたいときは泣いていいんだぞ?人は泣けるんだからな・・・悲しければ泣きな。
人間はそんな強くない・・・そんな強くある必要もないんだよ。」
リョーコがアヤナの髪を撫でる。すると、今まで堪えていたんであろうドンドン涙が溢れてきた。
「っあ・・うぐ・・・後悔は・・してないんです・・よ?でも・・・でも・・・涙が・・・」
堪えきれなくなりしゃくり上げながらアヤナが話し出す。リョーコはそんなアヤナを抱きしめた。
「そら・・・全部出しちまいな。私が受け止めてやるからさ。振られて泣けるなんて幸せじゃないか。
それは・・・あんたがマサの事本当に好きだった証拠よ。初恋は実らなかったけどいいじゃん・・・
あんた手探りでだけど人を好きになれただろ?泣けるほど好きになれるってのは・・・なかなかないわよ。」
自分の経験を元に言っているんだろうか。
「は・・っい・・・好きでした・・・本当に・・・誰よりも・・・うあぁ・・・うぐ・・あああああ・・・・」
アヤナは泣き出した。そんなアヤナをただ、リョーコは優しく抱きしめた。
「お姉さま、お願いがあるんです。」
しばらくリョーコの胸で泣いていたアヤナは落ち着いたのか、顔をあげた。
「髪を・・・切って欲しいんです・・・新しい世界へ飛び込むためのケジメです。」
アヤナの決意。それは古臭くも、一番の決意表明。リョーコも驚きながらもアヤナの決意を感じる。
「私は資格もないし上手くはないが・・・でもあんたがそう言うなら切ってあげるわ。」
リョーコはアヤナを椅子に座らせ、シーツを被せる。そして鋏を手に取ると丁寧にアヤナの髪を切っていった。
ジョキジョキと音をたてながら鋏がアヤナの髪を切り落としていく。
「あんた髪綺麗よね〜。もったいないわ〜。」
リョーコがアヤナの髪をいじりながら言う。
「でも・・・髪はいつか伸びますから。それにまた伸ばします。」
切り落とされていく自分の栗色の髪を見ながらアヤナが言う。
「そうね・・・髪も失恋のショックも時間がどうでもしてくれるわよ・・・髪が同じ長さに戻ったとき
あんたはきっと・・・今より強くていい女になってるわよ。」
どんどん切り落とされていくアヤナの髪。アヤナはどんな気持ちで自分の髪を見ているのだろうか。
「よし・・・こんなもんでどうかな?これでも可愛いわよ。」
リョーコは手鏡を持って後ろの切り具合を見せる。胸の下近くまであったアヤナの髪は肩の辺りまでしかない。
切り口は少々荒いが、リョーコが切ってくれたんだ。気に入らない訳がない。
「これで・・・今までの私とはサヨナラ・・・ですね。」
髪を触りながらアヤナが言う。軽くなった髪が風に吹かれて揺れている。
「そうね・・・そして新しいアヤナさんこんにちは・・・かしら?」
リョーコがニヤリと笑う。アヤナもそうですね、と笑った。
毎日アヤナを照らしていた夕日。それは、今日からはまた新しいアヤナを照らしていた。
「アヤナちゃん!絶対絶対帰ってきてね!手紙も出すから!」
渡米当日、アヤナは仲間たちと空港にいた。リンコが泣きそうになりながらアヤナに言っている。
「大丈夫よ、的山さん・・・また必ず会えるから・・・」
また会える・・・お姉さまとも、濱中先生とも、的山さんとも、天野さんとも・・・小久保君とも・・・
「アヤナちゃんが帰ってきたら私絶対教師になってるから!見ててね!再会を楽しみにしてるから。」
アイがアヤナの手を握って言う。アヤナも嬉しそうに笑顔を返す。
「若田部さんがいなくなるのはやっぱり寂しいよ・・・私もメールとかするから・・・ずっと友達だよ。」
「ええ、もちろんよ。ずっとライバルで・・・ずっと友達よ。」
ミサキとがっちり握手を交わす。しばらくは停戦・・・また会う日まで。
「若田部・・・その・・・髪・・・」
小声でマサヒコが申し訳なさそうに言う。アヤナはクスっと笑うと同じように小声で言った。
「あなたが気にする事ないわ。これはケジメ。私の意志だから。また・・・会いましょう?」
アヤナがそう言うとマサヒコもにっこり笑った。
「アヤナ、あんたの人生は長い。これから色々あるだろう。だが、忘れるなよ。あんたにはこんないい友達
がいる。困ったら友達を頼れ。私を頼れ。いつだって力になる・・・頑張りなよ。」
リョーコがアヤナの髪を撫でる。アヤナは嬉しそうにするとリョーコに抱きついた。
「はい・・・お姉さま・・・みんな・・・ありがとう。また、絶対会いましょうね!」
アヤナはみんなに笑顔を見せると振り返らずに飛行機に乗った。
さようなら・・・私の大事な人達・・・また会う日を夢に・・・その日まで・・・
夢をみていた。楽しかった中学時代の夢。忘れることのない思い出。楽しかった日々。でも、それは過去だ。
私はこれから前に歩いていかなくてはならない。そして・・・私は歩ける・・・少しずつ、一歩ずつでも。
アヤナは目を覚ました。頬に水分を感じる。泣いていたんだろうか・・・
「起きたか?お前器用な事するよな〜。寝ながら泣いたりしてさ。」
アヤナの隣に座っていたアヤナの兄がアヤナに言う。アヤナは袖で涙をぬぐうと兄に言った。
「泣いてたけど・・・だけど私は笑ってたんじゃないかしら?兄さん。」
アヤナがそう言うと兄は驚きながらも言った。
「ああ・・・泣いてたけど、笑顔だったよ。俺たち家族が見たことないくらいにな。」
それを聞いてアヤナはふふっと笑った。
窓の外を見る。オレンジの夕日は変わらずアヤナを照らし続けている。
また、会えるかな・・・未来の私たち・・・
END