作品名 | 作者名 | カップリング |
「Warp」 | 白帯侍氏 | - |
“ピンポーン” 安っぽいチャイムの音が部屋に鳴り響いた。 時計の針は夜の10時を示している。 誰かは知らないが少なくとも勧誘などではないだろう。 男はのそりと立ち上がって、ドアの方へと足を進めた。 床にはゴミやら雑誌やらが散乱していて、とても人が住んでるとは思えない有様だ。 が、男はいつもの通りの足の踏み場を利用し、すいすいとドアの前に辿り着く。 「はいはい、どちらさん?」 カギを開け、ドアの向こうに誰がいるのかも確認せずにノブを引いた。 「ん」 ドアを開けた向こう。そには———女が立っていた。 女は夜中だというのにサングラスをかけ、ニット帽を目深にかぶっていた。 その不審な女がなにやら手に袋を掲げて玄関の前で突っ立ていた。 (うわ・・・すご・・・) 最初は袋と女の顔に向けられていた男の視線は下に移動し、その胸部で止まった。 カーディガンの上からでも、女の豊満なバストがことさらに強調されていた。 男はしばらく呆然としてその場に立ち尽くす。 「ねぇちょっと!」 男の反応の無さに女は非難の声をあげた。 それを聞いて、男は正気を取り戻し、また女の顔に視線を戻す。 「あの・・・・どちら様?」 声の調子からすると強気な女性らしいということが感じ取れたが、誰かというのは思い出せない。 女に覚えが無かった男は、そのまま疑問を投げかけた。 それに女はがっかりしたように深いため息をつく。 「酷いわね・・・これなら分かる?小久保君」 そう言って、女はサングラスとニット帽を外して、男———小久保マサヒコに向き直る。 (あ・・・・) 記憶が、フラッシュバックしながら蘇る。 整った顔立ち。 (勝負よ!!) 気の強そうな目。 (責任取ってくれるんでしょーね!?) 背まで伸びている亜麻色のロングヘアー。 (馬鹿・・・) そして・・・・どこか勝ち誇っているように見える微笑。 (それじゃあね、小久保君) マサヒコはこの女のことをはっきりと思い出した。 「わか・・・たべ・・・・?」 マサヒコの言葉に女———若田部アヤナは改めて満足そうに笑みを浮かべた。 「本当に汚い部屋ね。よくここで生活できるわ」 「人間適応できればなんとかやっていけるもんだぞ」 「もう大学生なんだから。こんなことまで親御さんに面倒見てもらうわけにもいかないでしょ」 「はいはい、以後気をつけます」 アヤナの苦言に、マサヒコは飄々と言葉を返す。手はいそいそと動いて散らばるゴミを片付けている。 2人は背中を向け合って、マサヒコの部屋の清掃に励んでいた。 突然の、しかも予想だにしていなかった来客に、マサヒコは軽くパニック状態だった。 いつ日本に?何故ここに?聞きたいことがどんどん浮かぶ。 が、彼女は戸惑うマサヒコの横を通り抜けて、『こんな部屋に私をあげる気!?』とのたまった。 それで何故か部屋の掃除をするということに至ったわけなのだ。 (いくら流されやすいからっていって、これは無いよな・・・) 手を動かしながらそんなことを考える。流れのままに生きるマサヒコだったが、この状況は芳しいものではない気がした。 掃除が終わるまでは話は切り出せないだろうと思い、マサヒコは深く息をついた。 「あ・・・」 「ん?」 突然声を上げたアヤナの方にマサヒコは目をやる。 しばらく黙っていたアヤナはゆっくりと振り返った。 マサヒコを視界に捕らえると、彼女は意地の悪い笑みを浮かべて。 「な、なんだよ」 妙な気配にマサヒコは身構える。 「これ、な~んだ?」 アヤナが手にしているもの。それはマサヒコが度々お世話になる成年、もとい性年向け雑誌だった。 「なっ!何をするだァーーーッ!!」 アヤナの目の前を一陣の風が通り抜ける。 彼女が手にしていた本は、いつのまにかマサヒコの手の中へと移っていた。 「それにこれも」 「そぉぉぉぉい!!」 次にアヤナが手にしたDVD(内容は言わずもがな)も、これまたフリッカージャブのようなものを使って奪い取る。 「フフフ♪小久保君もこういうのに興味持つようになったのね~」 マサヒコを見て楽しそうに笑うアヤナ。 マサヒコは堪らずばつの悪い顔を浮かべた。 女性に、しかも中学時代の同級生であるアヤナに見られた。 当時の彼を知るものにこれを知られるというのは、マサヒコにとってかなりのダメージとなった。 「あの頃は女に興味なし、って感じだったのに。やっぱり男の子ね~」 「・・・・お前が原因でもあるんだぞ」 言ってしまってから、マサヒコはしまったと後悔した。 攻撃されっぱなしだったのが癪だったので言葉を返したものの、完全に言葉の選択ミスだった。 アヤナはマサヒコの言葉に息を呑む。それから気まずそうに視線を彼からそむけた。 時計が時間を刻む音だけが部屋に響く。マサヒコが下宿している一室は重苦しい空気に包まれる。 「掃除の続き、するか」 気まずい雰囲気に耐え切れず、マサヒコは作業を始めることを促す。 「・・・うん」 アヤナはそれだけ返事をして、目を合わさずにくるりと後ろを振り返った。 マサヒコはアヤナを数秒見つめ、また作業に戻った。 それから2人は掃除が終わるまで会話も交わさずに作業に取り掛かった。 その間マサヒコの脳裏には先ほどのアヤナの後姿が焼きついていた。 彼女の背中は、中学時代に最後に彼女を見送ったときの、小さな背中によく似ていた。 部屋の片づけが終わり、2人はテーブル越しに向き合って座った。 テーブルの上ではマサヒコが淹れたインスタントコーヒーの湯気が立ち昇っている。 「安ものだけど文句言うなよ。普段ならこんなの出さないんだから」 「フフフ、ありがとう」 マサヒコの言葉に微笑を返すアヤナ。 その笑みはとても自然なものだった。どうやら先ほどのことは、もう気にしていないといった感じだ。 (それにしても・・・・) 綺麗になったな、とマサヒコは素直に思った。 先ほどは彼女の特徴でアヤナだと判断したが、目の前にいる女は中学時代の彼女とはやはり違っていた。 顔立ちが大人っぽくなり、うまく言い表せないがいわゆる「大人の女」の雰囲気を醸し出している。 今はさぞかし言い寄る男がいるだろうな、とマサヒコは思った。 「いくつか聞きたいことがあるんだけどいいか?」 「答えられる範囲ならね」 アヤナはコーヒーを一口すする。テーブルにカップを置いたのを見てマサヒコは話を始めた。 「いつ帰ってきたんだ?」 「今日のお昼頃」 「どうやってここの住所を?」 「天野さんに挨拶しに行ったときにあなたの家にも寄ったの。 そしたら小久保君、もう家にいないって言うじゃない。 それであなたのお母さんに聞いたら、快くここの住所を教えてくれたってわけ」 「帰ってきたその日に挨拶に来るなんて律儀なヤツだな」 「お土産そんなに長持ちしないものだから。それに・・・・」 そこでアヤナは言葉を切る。 彼女は何かを言おうとする素振りを見せたが、結局その言葉を口にすることはなかった。 「なんでもない・・・気にしないで」 無理矢理に笑みをつくって話を終わらせる。 それにマサヒコは苦笑で答えるしかなかった。 「で、どれくらいこっちにいるんだ?」 アヤナが気まずそうにしていたので、すかさずマサヒコは次の話題を振る。 マサヒコの気遣いに気付いて、アヤナは申し訳ないような表情を浮かべた。 だがそれは刹那の時間で、次の瞬間にはいつもの微笑が戻っていた。 「私、もうあっちの方には帰らないの」 「じゃあ若田部の家族が戻ってきたってことか」 高校だけ向こうで暮らすということだったのだろう、とマサヒコは頭の中で解釈する。 が、彼女は目を瞑って首を横に振った。 「私だけよ。どうしても日本に戻りたいって言って来たの。はっきり言えば軽く勘当された、ってことになるのかな」 「え・・・・」 マサヒコは思わず目を見開いてアヤナを凝視した。 優等生であった彼女が勘当されたなどとは、思ってもいなかった。 「何か・・・向こうであったのか?」 「そんなに深刻な顔しないでよ。ただの私のわがまま。 昔、私保母さんになりたいって話したことあるわよね。 あっちの高校卒業するときに父にね、そのことを初めて話したの」 コーヒーをまたアヤナは一口すする。彼女の口元には自嘲的な笑みが浮かんでいた。 「そしたらもう大激怒。もう自分の中では娘の将来決めてたんでしょうね。 お前は誰々の息子と見合いして幸せになれ、って言うの。 それで頭にきてね。思いっきり啖呵きって飛び出してきたのよ。 『そんなことしてもらわなくても幸せになれるわよ』・・・ってね」 言いたいことを言って、ふぅと息をつくアヤナ。コーヒーをまた口に含む。 アヤナの言葉に流石のマサヒコも唖然とした。 さらりと言っているが実際はかなりの修羅場だっただろう。 それなのに目の前の女は、何とでもないようにそれを言ってのけていた。 とてもじゃないが真似なんか出来るものじゃない。 (でも・・・・) マサヒコは思わず苦笑を漏らした。 それに気付いたアヤナは非難めいた上目遣いでマサヒコを睨み付ける。 「な、何がおかしいのよ!!」 「いやさ・・・お前らしいな、って思って」 「はぁ?これが私らしい?あなた、どういう風に私を見てたのよ」 ジト目でアヤナはマサヒコを睨み付ける。 マサヒコはそれがおかしくて1人でケタケタと笑う。 不機嫌顔だったアヤナも、マサヒコの姿を見て次第に笑い声を上げ始めた。 (変わってないな・・・) そう、変わっていない。 日本を離れても、いくら大人になろうとも、やはり彼女は若田部アヤナその人だ。 アヤナが変わらずに目の前にいると思うと、自然と心が温かくなった。 春の強い風がまだ吹く夜。2人の男女は夜中だというにも関わらず、思いきり笑い合った。 「あら、もうこんな時間」 楽しい時間というのはすぐに過ぎるもので。時計に目をやると、すでに日付が変わってしまっていた。 隣人もいるというのに随分と騒いだな、とマサヒコは心の中で少し反省する。 「じゃあそろそろお暇するわ」 アヤナは立ち上がって玄関の方へ向かう。 もうゴミが散乱していないので真っ直ぐ玄関の方へと進んでいった。 「おい、お前帰ってきたばっかなのにどこで寝るんだよ」 慌てて出て行こうとするアヤナを、マサヒコは引き止めた。 若田部家は今知り合いに預けられているので、訪ねていけば泊めてくれるかもしれない。 しかしアヤナのことだ。勘当された自宅には意地でも行かないだろう。 第一こんな夜中に1人で出て行かせるような神経を、マサヒコは持ち合わせていなかった。 「迷惑じゃないならさ。俺の部屋泊まっていけよ」 思っていたことをさらりと言うマサヒコ。アヤナはギョッとした顔でマサヒコを見る。 (あ、やば・・・・) 今頃になって自分の不用意さにマサヒコは気付く。 (これって、めちゃくちゃ勘違いされたんじゃ・・・) 自分で言っておきながら自分の言葉に混乱する。 「あの!今のはそういう意味じゃなくてだな!?なんだったら俺が出て行くし!!」 部屋の主が出て行ってどうするのだろうと思うが、マサヒコはそんなことを気にする余裕も無い。 慌てふためくマサヒコを見て、アヤナは思わず吹き出した。 「ハハハハハ!こ、小久保君・・・あ、焦りすぎよ・・・フフフ・・」 おかしそうに目を細めるアヤナ。マサヒコは思わずそれに見とれてしまう。 「部屋が見つかるまではホテルに泊まるつもりだから」 「で、でも・・・やっぱり夜道を歩くってのは・・・じゃあさ、俺そのホテルまで送るよ!」 「家ならともかく、ホテルまで送るってあんまり聞かないわね」 「かもしないけど・・・もうこんな時間だしな、女が1人で歩くのは危ないって」 依然として引かないマサヒコ。意外に頑固な男だ。 アヤナはジーンズのポケットから黒い機械を取り出して、マサヒコの前にかざした。 「大丈夫。護身用にコレ持ってるから」 スイッチらしき所を彼女のしなやかな指が押す。 次の瞬間、マサヒコの目の前にバチバチッと青白い光と火花が散った。 「ひっ!!」 「ほらね。これ当てられるとどんな大男でも一発昇天。試してみる?」 「積極的に遠慮します!!」 出来る限りの力を込めて辞退する。 (昇天って・・・普通の人間なら文字通りになるんじゃ・・・) アヤナの準備の良さにマサヒコはもう何も言うことができなくなった。 いろいろ世話を焼いてみたものの、こう悉くかわされると極まりが悪い。 (なんか下心あったヤツが引き止めるのに失敗した、って感じだな・・・) あまりの自分の情けなさにマサヒコは肩を落とした。 「そういえば」 項垂れていたマサヒコは顔を上げてアヤナの顔を見た。 彼女はマサヒコのほうを見ないで視線を宙にさ迷わせていた。 「何?」 「小久保君。あなた今彼女いる?」 明日の天気でも尋ねるかのような何気ない質問の仕方。 実際は彼女なんていなかったのだが、素直にそれを口にするのは恥ずかしいと思われた。 マサヒコはアヤナの言葉に肯定して返してやろうとした。 「そ、それくらい・・・」 が、マサヒコはアヤナを見て思わず言葉を呑んだ。 視線をさ迷わせていたアヤナの瞳がマサヒコに向けられる。 表情こそ何気ないといった感じだったが、彼女の目は明らかにその表情に相応しくないものだった。 アヤナのこんな目をみるのは、マサヒコにとって、2度目のことだった。 行き場所がない捨て犬が見せるような・・・すがるような眼差し。 「・・・いないよ」 マサヒコは動揺を悟られまいと出来るだけしれっと、 そしてこれが本当のことだと分かってもらえるように、真摯な思いを込めて言葉を口にした。 アヤナの眼差しは真っ直ぐとマサヒコの瞳に注がれる。 まるで、マサヒコの真意を確かめるように。 マサヒコも自分の言葉に偽りがないことを分かってもらうために 目を逸らさずにアヤナの目を見つめ返した。 その時間は実際には数秒だというのに、2人の時間を埋めるようとするような、とても濃密な時間に感じられた。 しばらくしてからアヤナの方から視線を逸らした。心なしか顔が赤いように見える。 「なんか顔立ちも男っぽくなったし変わったな~、って思ったけど」 そこで言葉を切って、アヤナはマサヒコを見つめる。 その瞳には、もう弱々しい光は灯っていない。 「そんなことなかった。昔のままの・・・小久保君ね」 「 !!! 」 アヤナは背伸びをして、マサヒコの唇にそっとキスをした。 触れるだけの、しかし想いが注ぎ込まれていくような口付け。 アヤナはマサヒコから離れて、今日見せた中での最高の笑顔を浮かべた。 「フフフ♪アメリカ風のさよなら」 呆然として立ち尽くすマサヒコ。頭の配線が完全にショートしてしまっているようだ。 そんなマサヒコに、アヤナは得意げな笑みを浮かべて手を振る。 「今日は楽しかったわ。それじゃ、また」 そう別れを告げて、アヤナは足取り軽く帰っていった。 その場には、放心したマサヒコだけが残された。 春のまだ少し冷たい風が街を通り抜ける。 その寒さでマサヒコはようやく正気を取り戻した。 『昔のままの・・・小久保君ね』 唇には未だにアヤナの柔らかい唇の感触が残っている。 マサヒコの鼓動は今さらながら、速いピッチを刻み始めた。 (アメリカ風さよなら、ってか・・・) 思わず苦笑を漏らす。まったく、いいように遊ばれてる。 「う~~さみ~~~・・・」 強い風に吹き付けられて、マサヒコは身を震わせる。 たまらず部屋の中に戻った。ドアを閉めて、鍵をかける。 テーブルの方に歩いていき、2つのカップを手にする。 全く手を付けていないカップと空っぽになったカップ。 (よっぽど動揺してたのかな、俺) 苦笑を浮かべ流し台に立つ。 中身を捨てようかどうか迷ったが、結局マサヒコは冷め切ったコーヒーを口にした。 「まずっ・・・・」 一口飲んで思わず顔をしかめる。半分くらいまで飲み込んで、残りは流しへと捨てた。 2つの空になったカップを流し台に置く。それを見てマサヒコは、別れ際にアヤナが口にした言葉を思い出した。 「それじゃ、また・・・か」 マサヒコの顔には———困ったような、嬉しいような、複雑な笑みが浮かんでいた。
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