作品名 作者名 カップリング
「ホントにホシイモノ」 白帯侍氏 -

いつからだろう、自分に正直でいられなくなったのは。
小さい頃、周りの子よりもの分かりが良かったので
よく大人から偉いと褒められていた。
幼かった私にとって、その言葉は非常に甘美だった。
私はそれを誇らしく思って、常に『良い子』であり続けようとした。
しかし、どこでだろう。優等生でいることが誇らしくなくなったのは。
『ミサキちゃんを見習いなさい』
『じゃあ・・・ミサキちゃん。あなたなら解けるでしょう』
『天野に任せれば大丈夫だな』
いつのまにか私の思いは優等生でいたい、ではなく
優等生でいなければならない、というものに変化してしまった。
そのせいで様々な我慢を強いられたり、欲しいものを諦めてしまうということがしばしばあった。
しかし別にそれを苦に思ったことはない。
そこまで執着するようなものなんてほとんど存在しないのだから。
だから、よく人に『欲しいものとかないの?』と聞かれる。
欲しいものは、ある。———ひとつだけ。
物心ついたときから想い続けてきたもの。
とても近い場所にいるというのに、いまだに・・・・いや、これからも手に入れられるか分からないもの。


それは全くの偶然だった。
放課後、ミサキは委員長の仕事をし終え、家路に就くべく教室に向かっていた。
教室の近くまでくるとなにやら男子の話し声が聞こえる。
何人かの生徒が残っているのだろう。
ミサキは教室の中に入ろうとした。が、中にいる1人の男子の言葉に足を止めてしまった。
「なぁ、小久保ってさ。結局誰と付き合ってるんだ?」
ミサキはその言葉に驚いて思わず教室の外に隠れた。
思わぬ話題に胸の鼓動が高まった。
「誰って・・・お前なぁ」
ミサキの鼓動はその声を聞いて更に鼓動のピッチを上げる。
(中に、マサ君もいる・・・)
自分の想い人の・・・小久保マサヒコの声だ。
ここで立ち去ってしまうことも出来た。
しばらくしてから戻ってくれば、話題も変わっているだろう。
しかしマサヒコの存在がミサキをこの場に押しとどめさせた。
実際、マサヒコと付き合ってる女性はいない。
よくマサヒコと行動を共にするミサキはそれを知っている。
が、彼女の心中にはある思いがあった。
もしかしたら、誰が好きなのかは分かるかもしれない・・・
ミサキは中の声を聞き逃さないよう、神経を集中させて耳を澄ました。


「的山だろ。普通なんでもない男子にあんなにベッタリするか?」
「いや、若田部だって。若田部、他の男子にあんな態度とらねぇもん」
「わからんぜ。もしかしたら小久保の家庭教師って可能性も。
前学校来たときに見たけど、なんかただの生徒と教師って感じじゃなかったぞ?」
口々に予想を言い合う男子たち。
「バーカ。全員そんなんじゃないっての。ただの友達。
 先生もあくまで先生でしかないよ」
その予想をなんとでもないというように簡単に一蹴してしまうマサヒコ。
これを聞いて、ミサキはいくらか安堵した。
彼女がいないことはともかく、マサヒコが誰かに好意を寄せているかというのは
正直測りきれていなかった。
だがマサヒコの口調からは少なくとも妙な感じは感じ取れない。
(私はどうなのかな・・・・)
ミサキがそう思っていると、中の1人が口を開いた。
「じゃあ普通に考えて天野だよなぁ〜」
!!?
「うんうん」
「やっぱそっちかぁ・・・・」
1人の言葉に残りの2人も同意する。これにはミサキも中にいるマサヒコも動揺した。
「なっ!?お前らさっきまで違うこと言ってただろ!」
「一応他の可能性無いかなって思って言ってみただけだよ。
つーかクラスのヤツもほとんどこう思ってると思うぞ」
ミサキは自分の顔が熱くなってきたのを感じた。今の顔は人に見せられるもんじゃない。
「前から仲良かったけど、最近名前で呼び合うようになったじゃん」
「それに前よりも親しみアップ、って感じするし」
「つーかさ、『小久保君』から『マサ君』って・・・こんなに変わって何も無いはずないだろ?』
「そ、それは・・・」
言葉に詰まるマサヒコ。
事の顛末を説明してしまうと、今度はミサキが家に泊まりにきたということが知られてしまう。
何も無かったとはいえ、この話をすれば誤解を与えることは間違いない。
そんな理由が存在したのだが男子たちはそれを知るはずも無く。
彼らはマサヒコの反応から、彼の図星をついたと思い込んだ。
「もう吐いちまえよ。天野とは、ど・う・な・ん・だ・よ?」
更に強く問い詰められるマサヒコ。
ここまできて妙な言い訳は利かないだろう。
彼の言葉を聞こうと中の男子と、ミサキが耳を立てた。
「ミサキは・・・その・・・・幼馴染み、だから・・・」
(あ・・・・)
マサヒコの言葉を聞いてミサキは心に暗いものに覆われていくのを感じた。
胸の動悸も元に、いや、心なしか先ほどよりも静かになっていく。
はぁ〜〜〜?と中の男子たちが呆れている。
ミサキは黙ってその場を立ち去った。




しばらくしてから教室に戻るとそこには誰の姿も無かった。
ミサキは自分の通学鞄を持って1人家路につく。
家までの道中、彼女は先ほどの教室での会話を思い出していた。
『ミサキは・・・その・・・・幼馴染み、だから・・・』
幼馴染み。
この言葉にミサキは、言いようの無い不安を覚えた。
今まではこの立場が他の娘よりも有利なものであると思っていた。
常に彼の近くにいれて、彼のことを誰よりも理解できる立場だったから。
だが、本当にそうなのだろうか?
むしろ幼馴染みという名目は、私たちの関係を縛り付けているんではないだろうか。
友達以上、恋人未満という関係に。
ミサキは目を細め正面に見える夕日を見つめた。
夕日の赤が、やたらと寂しく見えた。

「ミサキちゃん来週の日曜日、誕生日だよね?」
次の日の昼、ミサキが昼食を食べ終わった直後に
リンコとアヤナがやってきて急にそう切り出した。
そう言えばそうだった。自分の誕生日だというのにすっかり忘れていた。
「うん、そうだけど」
「あのね、もしその日用事なかったらアヤナちゃんの家で誕生日パーティーやらない?」
リンコがとろけそうな笑顔をしながら話す。
「嬉しいけど、若田部さんの家に迷惑かけるんじゃ」
「その点は心配しないで。月曜日も祭日だからみんな泊りがけで家空けるから」
ミサキが心配事を全部言い終える前にそれを一蹴するアヤナ。
どうやら用意周到らしい。
「ん、それじゃお言葉に甘えて」
ミサキがOKを出すと二人とも安堵の表情を浮かべた。
「よかった〜。断られたらどうしようって思ってたよ〜」
「もうお姉様と濱中先生、それと小久保君にも話してたから」
アヤナの口から想いを寄せている少年の名前が出てきてドキッとする。
ミサキは動揺を顔に出さずに会話を続けたが心中穏やかではなかった。
マサヒコが自分の誕生日を祝いにくる。
そんなことがあったのはいつ以来であろうか。
まだ小学校にも上がらない頃に家族ぐるみでパーティーをした、という記憶しかない。
(マサ君が私を祝ってくれる・・・)
それを思うと嬉しさと、少しの悲しみが心から湧き上がってきた。
マサヒコが来てくれるのは素直に嬉しい。
だが彼は、私を幼馴染みとして祝うのだ。
それ以上でも、それ以下でもない、ただの幼馴染みとして。




土曜日、ミサキはリンコと街へと来ていた。
リンコがミサキに、誕生日のプレゼントを選ぶから一緒に来てくれと誘ってきたのだ。
普通そういうのは本人に聞かないのでは、とミサキは思ったが、
リンコのことだ、本人が喜ぶものを買ってあげたいという思いからの行動なのだろう、と思い
こうしてプレゼント選びに付き合っているのであった。
リンコと一緒にアクセサリー店に入り、何か良いものがないかと物色する。
(あ、これ可愛い・・・)
シンプルなオープンハートのネックレスを手にとって眺める。
(これにしようかな・・・・)
そう思ってミサキは値札を見る。が、ミサキはそれを見て仰天した。
(うわぁ、高い・・・)
とてもじゃないがリンコに買ってもらうのは悪い。
「何か気に入ったものはありましたか?」
するとそこに店員が愛想のいい笑顔を浮かべてやってきた。
「あ、いや、その〜・・・・」
ミサキはそそくさとネックレスを元の場所に戻して引きつった笑みを浮かべる。
「こちらですか?」
「あの・・・み、見てただけです」
ミサキはそう答えて逃げるようにしてその場から立ち去った。
店の中をうろついていると、別々にものを見ていたリンコがいた。
「何か良いもの見つかった?」
「ん〜〜、まだ探してるとこ」
「なんでも好きなもの選んでね。値段も気にしなくてもいいから」
「え?でも・・・・」
そうは言われても高価なものを頼むのは憚られる。
ミサキが逡巡の表情を見せると、リンコは得意げに胸を張った。
「大丈夫だよ。前に中村先生がね、言ってたの。
『アンタくらいの器量あれば、すぐに稼げる仕事あるから』って」
(何言ってるのよ、あの人は・・・・)
純粋無垢な少女の言葉にミサキは軽い眩暈を覚えた。
そんなことさせる気が欠片もないくせに
そういう下品なことを言うのだから困ったものである。
ミサキは大切な友人が身を汚さないためにも
手ごろな値段のブレスを持ってリンコとレジへと向かったのであった。

店を出た後2人でいろいろな店を冷やかしながら歩く。
そして少し疲れたのでカフェに入ってケーキを2人で食べることに。
ケーキをほお張るリンコはとても幸せそうだ。
「今日ね、ホントはアヤナちゃんも誘ったんだけどね」
ケーキを食べ終えたリンコは飲み物を頂きながら話を始めた。
「自分は別に用意するからって断られちゃった」
「そうだったんだ。でもリンちゃんが今日誘ってくれて嬉しかったよ」
ミサキが感謝の気持ちを述べると、リンコは本当に嬉しそうに微笑んだ。


ミサキもケーキを食べ終えてジュースを口にする。
そして何気なく店の先に視線を向けた。
休日だけあって、街はたくさんの人で賑わっている。
カップルもちらほらと見受けられた。
人の群れをボーっと見ていると、ミサキがよく見知った人物が視界に映った。
(若田部さんだ)
なにやら手に袋が提げられている。どうやら買い物に来てるようだ。
1人で来てるのかなと思っていると、後ろから誰かが小走りで近づいきて彼女の隣に並んだ。
その人物を見てミサキの目は大きく見開かれる。
(マサ君・・・?)
そう。それはアヤナの倍以上の買い物袋を手にしたマサヒコの姿だった。
何か不平をアヤナに漏らしているようだ。彼女はそれに意地悪な微笑で答えていた。
2人の雰囲気は街中を闊歩しているカップル達のそれだった。
軽い眩暈が彼女を襲う。
だんだんと風景が色を失っていく。喧騒も次第に小さくなっていく。
そして私の心も・・・
・・・ちゃ・・・・・・サ・・ちゃん・・・・ミサ・・・ちゃん・・・・
「ミサキちゃんってば!」
名前を呼ばれるのに気付いてミサキはハッとした。正面には心配そうなリンコの顔。
街は相変わらずの機械的な色彩を取り戻し、喧騒もミサキの耳に戻ってきた。
「どうしたの?急に顔色悪くなったけど」
「大丈夫・・・ちょっとボーっとしてただけ・・・」
無理矢理笑みを作って答える。リンコはまだ心配そうな顔をしている。
ミサキがまた外に目を向けるともうそこに彼らの姿は無かった。
だがミサキの脳裏には、マサヒコとアヤナの姿がしっかりと焼きついていた。


誕生日パーティー当日。
ミサキは若田部家の玄関の前で立ちすくんでいた。
約束の時間はもう少し過ぎている。外も大分暗くなってきた。
中に入ればマサヒコと・・・アヤナが待っているだろう。いつも通りの態度で。
正直ミサキは2人の前で平静を保っていられる自信が無かった。
彼らは私に内緒で付き合っているのだろうか。私が傷つかないように。
だとしたら昨日の仕打ちは残酷すぎる。
あれならいっそ、知らせてくれた方が気が楽だったのに・・・・
と、不意に目の前のドアが開いた。
「! ミサキ今来たのか」
中から現れたのは今会いたくない人物の1人、小久保マサヒコだった。
「マサ君?」
「迎えに行けって言われたんだけど・・・まぁ中に入れよ」
屈託の無い笑みを浮かべるマサヒコ。ミサキの胸に鈍い痛みが走る。
ミサキはマサヒコに促されるままに中へと足を進めた。



パーティーは実に充実したものになった。
アイはほとんどの料理を食べ、リョーコは下ネタを飛ばし。
リンコはドジをやり、アヤナは何故かミサキに勝負を仕掛けたりして。
マサヒコは相変わらずそれらをフォローしたりツッコみを入れたりしていた。
「ミサキちゃん誕生日おめでとう!」
手に皿を持ったままアイがミサキのところにやってきた。
「ありがとうございます。アイ先生」
にっこりと微笑むミサキ。アイに褒められるのは、何故か嬉しかった。
「これであんたも一つ大人になったわけね。どうよ?これを機に大人の階段も上っちゃえば?」
つられるようにリョーコがやってきた。ほんのりと顔が朱に染まっている。
「マサに『マサ君、あなたを頂戴!』ってさ、押し倒しちゃうってのは?」
アクションをつけて説明をするリョーコ。どうやら結構酔っているらしい。
「先輩、何やってるんですか!ミサキちゃん気にしないで・・・・」
苦笑いしながらミサキを見やる。そこでアイは思わず言葉を噤んだ。
いつものミサキなら呆れた顔を浮かべていただろう。
彼女はただ微笑を浮かべていた。それは、とても悲しげなものに見えた。
「ミサキ・・・ちゃん?」
「え、何ですか?」
ミサキはアイに顔を向ける。そこにはすでに悲しみの色は残っていなかった。
(気のせい、だったのかしら?)
「いや、あの・・・楽しんでね?」
「??? はい」
それだけ言って、アイはリョーコを引っ張ってミサキの所から遠ざかっていった。

ミサキはパーティーを心から楽しんだ。
皆が自分を祝ってくれることに言いようの無い感謝の気持ちが溢れてくる。
しかし度々、ふと意識がマサヒコとアヤナに向かってしまうことがあった。
2人の様子は別におかしいところは無い。いつも通りだ。
しかし不意に昨日の事がフラッシュバックし、その度に彼らのことを確認してしまうのだ。
マサヒコとアヤナ。
彼らはこの場にいるというのに———とてつもなく遠くにいるように感じられた。


パーティー開始から数時間後、自然と宴の幕は下りた。
マサヒコ、ミサキ、アヤナはパーティーの片づけをしている。
アイとリョーコは酔い潰れて、ソファーの上ですやすやと吐息をたてていた。
リンコはやたらと眠そうにしていたので、先に部屋で休んでもらうことにした。
ミサキとアヤナは黙々とそこらに散らばっているものを掃除する。
マサヒコはキッチンで1人食器を洗っている。
アヤナと2人っきり。今なら・・・・聞けるかもしれない。
「若田部さん・・・・」
「何?」
働く手を休めてアヤナが答える。
「昨日・・・どこに行ってたの?」
「どうしてそんなこと聞くの?」
質問に質問で返される。当然の反応だ。
質問の真意がどこにあるのか分からないのだから。
ミサキは一瞬たじろいだが、決意を固めて口を開く。
「昨日ね、リンちゃんと街に買い物にいったんだ。
 そのとき私・・・若田部さん見かけたの」


「あっ・・・」
ミサキの言葉を聞いてアヤナは小さな声を漏らす。
どうやらミサキが聞きたいことを悟ったらしい。
「天野さん、私とちょっと来てくれる?」
「え?どうして・・・・」
アヤナはミサキの言葉も聞かずに、そのままリビングを出て行ってしまう。
慌ててミサキは彼女の後を追った。
アヤナは階段を上っていき、廊下の一番奥にある部屋に入っていった。
ミサキは戸惑いながらその部屋に足を踏み入れた。
そこはベッドと少しのインテリアがあるだけのシンプルな部屋だった。
おそらく来客専用の寝室なのだろう。
ベッドに腰を下ろすアヤナ。
彼女は自分の隣をポンポンと叩く。どうやら隣に座れということらしい。
ミサキはおずおずとアヤナの隣に腰を下ろした。
「さっきの質問だけど」
ミサキが座ったことを確認してアヤナは口を開く。
「昨日は小久保君と買い物に行っていたわ」
ストレートに事実だけを述べるアヤナ。妙な言い回しをしないところが彼女らしい。
(やっぱり・・・・)
改めて事実を突きつけられてミサキは頭を垂れる。
目の前が真っ暗になっていく感覚に襲われる。
自分は彼をずっと思い続けていたのに・・・・
・・・・・一体、誰が悪かったのだろう?
自分の思いに気付いてくれないマサヒコ?
マサヒコを奪っていったアヤナ?
いや、違う。
想うだけでいつまでも踏み込んでいけずにいた自分の責任だ。
ミサキは自分の行動をいくら後悔してもしきれなかった。
「天野さん、どうしてそんなに落ち込むの?」
ハッとして顔を上げる。そこにはどこか侮蔑の色を含んだアヤナの顔があった。
「あなた達はただの幼馴染みでしょう。私が小久保君と何をしようと勝手じゃない」
アヤナの言ったことは全くの正論だった。
確かにただの『幼馴染み』が口を出すことじゃない。
でも・・・・
それでも・・・・
「小久保君だって・・・」
「私はっ!」
アヤナの言葉を遮るミサキ。アヤナはミサキを睨み付ける。
「・・・・何よ」
「私は・・・・・マサ君のことが好きなの」
ミサキは小さな声で、しかしはっきりとした口調で思いを告げる。
思えば他人に気持ちを打ち明けるのは初めてのことだった。
「マサ君が好き。誰よりも・・・若田部さんよりも」
キッとアヤナを見据えながら、ミサキははっきりと自分の気持ちを口にした。
そう、誰にも負けない。このことだけは、絶対に譲れない。
それに対してアヤナは、目を背けずに自分を睨み付ける少女を睨み返す。
まるでミサキの真剣さを推し量るように。
何秒かの沈黙。その場の空気は極限まで張り詰めている。


と、アヤナの顔に突然微笑が浮かんだ。ピリピリしていた空気も霧散していく。
「その気持ち、彼にもぶつけてみなさいよ」
えっ・・・・
アヤナは先ほどとは打って変わって、優しい口調でミサキに語りかける。
「もっと自分に自信を持ちなさい。あなたは私の、ライバルなんだから」
そう言ってすくっと立ち上がるアヤナ。
ポケットから一枚の折りたたまれた紙を取り出してミサキに渡す。
「ここで待ってなさい」
それだけ言ってアヤナはさっさと出て行ってしまった。
ばたんと閉められるドア。ミサキは1人だけ部屋に置き去りにされてしまった。
ミサキは彼女の出て行ったドアをポカンと眺める。
一体なんだったのであろう?状況が全く理解できない。
さっきまで対峙していた彼女の変わりよう。
自分を応援しているかのような口ぶり。
そして、“成功したら開くように”と書かれた一枚の紙。
一体なにがどうなっているのかミサキにはサッパリだった。

何分くらい待っただろうか。あれこれとミサキが思考を巡らせていると不意にドアが開いた。
中に入ってきたのは———マサヒコだった。
「マサ・・・君?」
驚きで目が見開かれる。どうして彼がここに・・・・
マサヒコはドアを閉めてミサキの前にやってきた。
彼はおもむろに何かの袋を取り出して、それをミサキの目の前に差し出す。
おずおずとそれを受け取るミサキ。手に取った袋を開けて中を見る。
「これ・・・・」
「誕生日プレゼント。ミサキ、誕生日おめでとう」
それは・・・昨日ミサキが欲しいと思っていたオープンハートのネックレスだった。
「どうして・・・」
「若田部にな、プレゼント選びに付き合ってもらったんだ。女の意見ってのが欲しかったから。
 それで昨日ぶらぶらしてたら、お前と的山があの店の中から出てきてさ。
 それで店員さんに『さっき出て行った娘、何か欲しがってませんでしたか』って聞いたらそれだったわけ」
照れくさそうにマサヒコは頬を掻く。
「でも、何でそんなこと聞いたの?もう欲しいもの買ったかもしれないのに・・・」
それは当然の疑問だった。普通そんなことを聞くはずが無い。
するとマサヒコはさも当然のような口ぶりでそれに答えた。
「お前、昔から他人に遠慮するようなとこあっただろ?
だから本当に欲しいもの買っていったのかな、って思ったんだ。
 まぁ結構値は張ったけど・・・せっかくの誕生日だからな。
お前が欲しいもの、プレゼントしたかったんだ」
言った言葉の恥ずかしさに気付いたのだろうか。
最後のほうはおどけた口調で語るマサヒコ。
ミサキは・・・温かいものが心の奥から湧き上がってくるのを感じた。
自分だけが幼馴染みじゃない。彼も、私の幼馴染みなんだ。
私だけが彼のことを知っているわけじゃない。彼も、私のことを知っている。
私だけが彼のことを大切に思ってるんじゃない。私も・・・彼に大切に思われている。
そう思うとミサキの心を覆っていた暗いものがすぅ、と無くなっていった。
今なら・・・・長年できなかったことができるような気がした。
『もっと自分に自信を持ちなさい』
(ありがと、若田部さん)


「マサ君、ちょっと屈んで」
妙な要求をするミサキ。マサヒコは怪訝顔をしながら身を掲げた。
「なんだよミサ・・・・・・っ!!」
不思議と恥ずかしさはなかった。
ミサキは顔を突き出してマサヒコの唇に自分の唇を重ねた。
触れるだけの、短いキス。
離れるとミサキの目の前には呆然としたマサヒコがいた。
ただただ・・・・彼への愛しさだけが胸に満たされていた。
「私、マサ君のことが好き。この世の誰よりも」
意外なほどすんなり、それを言葉にすることが出来た。
だがその響きには、誰にも揺るがせない真剣な想いが込められていた。
ただの誇張なんかじゃない。小さい頃から温め続けてきた言葉。
「マサ君はどう?やっぱりただの・・・・幼馴染み?」
少女の言葉に少年は息を呑む。逡巡の色を見せて視線をミサキから逸らす。
「正直に言って。さっきのは、私のありのままの気持ちだから。
 だからマサ君、あなたも真剣に答えて。どんな答えでも構わないから」
この言葉に偽りは無かった。
自分の気持ちを素直に伝えたのだ。どんな答えでも受け止められる。
ミサキの心には強い何かが宿っていた。
彼女の真剣な想いを受け、視線をさ迷わせていたマサヒコの顔がミサキに向けられた。
その瞳に刹那の逡巡があった。だがそれは次の瞬間、固い決意を抱いたものになった。
「俺な・・・・正直お前の気持ち、薄々気付いてた。でも俺は気付かない振りしてた。
それはミサキの気持ちが迷惑ってわけじゃなくて・・・・
幼馴染みっていう関係を壊したくなかったからなんだ」
ミサキはマサヒコの告白に黙って耳を傾けた。彼の嘘偽りの無い真摯な気持ちを。
「今のみんなと過ごせる時間が・・・少し疲れたりもするけど・・・・・すっごい居心地よくて。
 だからいつまでもこんな関係が続けばいいと思ってたんだ」
「だから、私の気持ちも?」
「ああ。でもそれは、結局は逃げなんだよな。
 いつまでも続く関係なんかあるはず無いのにな。
それにお前との関係も・・・・」
自嘲を含んだ笑みを浮かべるマサヒコ。
「俺もお前が好きだ。濱中先生でも、若田部でも的山でもなく、お前だけが。
 ずっと自分の気持ちに気付かない振りしてたけど・・・今は、素直にそう思える」
マサヒコはミサキの背中に腕を廻す。
ミサキもそれをしっかりと抱きしめ返した。
ミサキの瞳から自然と涙が零れて彼女自身と、彼女を抱きしめるマサヒコの頬を濡らした。
「ホントに・・・私でいいんだよね?」
「バカ。お前じゃなきゃ駄目なんだよ」
更に強く抱きしめるマサヒコ。この温もりがどこかに行ってしまわないように。
「一番、欲しかったもの・・・やっと・・・・手に入った・・・・」
そう、やっと。
そしてこれからはずっと手放すことも無い。
2人きりの部屋でミサキとマサヒコはただただ抱きしめあった。
お互いが抱いていた気持ちは、抱きしめる腕の力からひしひしと伝わっていた。




「あ・・・・」
抱き合っている最中、ミサキはあることを思い出した。
「ん、何?」
マサヒコはミサキから離れて不思議そうな顔を彼女に向けた。
ミサキはアヤナから貰っていた紙のことを思い出したのだ。
「これ、若田部さんから」
アヤナから貰った紙をマサヒコの前に差し出す。
「成功したら開くように・・・何だコレ?」
「きっと私たちのことだと思うけど・・・・ね、開けてみよう」
「俺も見てもいいのか?」
ミサキが貰ったものなのに、いきなり一緒に見てもいいものなのだろうか、と
マサヒコは思ったのだが、構わずミサキは折られた紙を開いていった。
その中身はどうやら手紙——ほんの4,5行だったが——のようだった。
2人でそれに目を通す。
それを同時に読み終える。だが、どちらも何も反応を起こさない。
しばらくするとマサヒコ・ミサキの両名の肩が小刻みと震えだして・・・・
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・プッ・・・・・・」
「・・フフ・・・・」
「くくく・・・」
「「アッハッハッハッハッハ!!」」
突然笑い出す2人。先ほどの雰囲気はどこへやら。
「わ、若田部が・・・ぷっ・・・こ、こんなこと書くなんてな」
「笑っちゃ・・・フフ・・・わ、悪いよ・・・・」
耐え切れずに再び笑い出す2人。目尻に涙まで浮かんでいる。
「まるで中村先生だな」
「ちょっと思ってもみなかった。だから『成功したら』だったんだ」
しばらく馬鹿笑いをしてから、2人そろって息を整えた。
向かい合う2人。自然と顔が緩む。
「でも、若田部もこう言ってるからな」
「うん。せっかくだから、お言葉に甘えさせてもらおう♪」
そうして彼らは自然に唇を重ねて、抱き合ったままベッドに倒れこんだ。
投げ捨てられた手紙が、開いたまま床にはらりと落ちた。

“私からのプレゼント。
貴方たちに客室貸切の権利を与えます。どうぞご自由に!
 p.s. そこ防音はしっかりしてるはずだから・・・その・・・気にしないでね?
更にp.s. あとシーツは・・・・私が交換するから・・・って何言わせてるのよ!
     だから何も気にするなってこと!”

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