作品名 作者名 カップリング
ずっと、ずっと… さくしゃ氏 -



 ずっと、胸にしまっておこうと思っていた。

 だけど、運命は残酷。

 いっそ後悔するならば。

 この想い、あなたに伝えてもいいでしょうか。






「……」
 只今の時刻、午前3時。
 眠ろうとしても、眠れない。
 目を閉じても、寝返りをうっても。
 されどこの意識、夢へと旅立たず。
「…眠れない…」
 そう呟いたのは、若田部アヤナ。
 眠れないのには、理由がある。その、理由とは。
「……明後日…か…」
 そう、明後日。アヤナが、アメリカへ旅立つ日だ。ちなみに両親は一足先にアメリカへと発っていた。兄はこのまま日本に残るらしい。
「…もう…簡単には会えなくなるのね…」

 リョーコ。

 アイ。

 ミサキ。

 リンコ。

 アメリカへ発ってしまえば、皆とは長期の休みでない限り会えなくなる。
 寂しい。が、一番会えなくて寂しいのは。
「…小久保…くん…」
 そう、マサヒコだ。
 自分でも、なぜ彼を愛してしまったのか分からない。
 最初はなんとも思ってなかった。
 だけど、少しずつ打ち解けていって、彼の優しさ、彼の魅力が分かってきた。

 好き。

 好き。

 大好き。




 この想い、彼に伝えたい。

 でないと、胸が張り裂けそうで。

 だけど。

 伝えられない理由が、ある。

 伝えてしまえば、多分、彼を傷つける。

 ……それは自分も同じだ。

 …でも。

「…苦しいのよぉ……このまま、伝えられないのは…」

 自然と、涙が溢れた。

 自分の情けなさと。

 彼を傷つけるかもしれない罪悪感と。

 自分が傷つく恐怖に。

「小久保くん……小久保くぅん…!」

『怖い?』

 ―――うん…。

『傷つくのが、怖い?』

 ―――えぇ…。

『本当に?』

 ―――怖いわよッ! だって、彼に拒絶されたら…私…。

『本当に?』

 ―――違う。

『何に対して、怖がるの?』

 ―――…私は…。

 そうだ。

 一番怖いのは…。

 「後悔」すること。







 次の日の昼過ぎ。
 アヤナは、小久保家の前まで来ていた。
 五分……十分…。
 玄関の前で、ウロウロする。
 そして、意を決して、呼び鈴を押す。

 ピンポーン♪

「はーい」
 中から女性の声がした。マサヒコの母だ。
 母はドアを開けると、アヤナを観て少し驚いた顔をする。
「あら、アヤナちゃんじゃない」
「こんにちは」
「こんにちは。じゃなくて、確か出発は明日よね? 準備とか、しなくていいの?」
「えぇ、もう片付いてますから」
「あらそぉ。今日はなんの用事かしら?」
「えっ…と、こく…マサヒコくんにちょっと…」
「あら、息子なら部屋にいるわよ。さ、あがってあがって」
「お邪魔します」
 小久保家へ入ると、母は「お茶いれるからねー」と台所へ消えていった。自分は階段を昇り、マサヒコの部屋へ向かう。
「…」
 部屋の前まで来ると、深呼吸をひとつして、ドアをノックした。
「はい?」
 中からは、当然だがマサヒコの声。
「あの…私だけど」
「若田部? どうしたんだよ。ま、入れよ」
 そう言われ、ノブを握りドアを開ける。部屋には、ゲームを中断してこちらを向いているマサヒコの姿があった。
「まぁ、座れよ」
「…うん」
 テーブルを挟んで座ると、マサヒコが不思議そうな顔をする。
「どうしたんだよ? 出発の準備とか、しなくていいのか?」
「…うん、もう片付いてるから…」
「ふーん、そっか」

 間。

「あ、あのね、小久保くん…」
「ん?」
 心臓が、張り裂けそう。

 しかし、今…伝えなければ。

 後悔するのは、嫌だ。




「私…」
「?」
「小久保くんのことが、好き…」
「……え?」
 あまりにも唐突な告白に、マサヒコは頭の中がまっしろになる。
「あの…えっと…」
「あ、あの、へ…返事は今すぐじゃなくていいわ。明日……返事、聞かせて」
「明日…って、お前出発の日だろ?」
「うん……だから…」
 じっと、マサヒコを見つめる。
「もし、私と…付き合ってくれるなら、明日のお昼12時までに空港に来て」
「…えと…」
「…嫌なら、そのまま来なくていいわ」
 困るマサヒコ。だが、アヤナの瞳は真剣だ。
「………分かった。じゃあ明日…返事をする」
 マサヒコの言葉を聞くと、アヤナは胸を撫でおろした。そしておもむろに立ち上がる。
「ありがと。じゃあ私、行くから」
「え? もう帰るのか? もう少しゆっくり…」
「ごめんなさい、今日はこれだけを伝えに来たの。…それじゃあ」
「あ…あぁ。じゃあな」
 アヤナはそれだけ言うと、足早に部屋を出た。独り残されたマサヒコは、そのまま床に倒れ込んだ。



 アヤナが部屋を出ると、ちょうどおぼんにお茶と菓子を乗せた母が階段を昇りきったところだった。
「あら、アヤナちゃん…もう帰るの?」
「あ、はい。大した用事じゃなかったので……お茶とお菓子、わざわざご用意して下さったのにすみません」
「いえいえ、別にいいのよ」
「では、失礼します」
「はいはい。向こうに行っても元気でね」
「…はい」
 アヤナを玄関まで送り、笑顔で手を振る。ドアが閉まったのを確認すると、母は一変、真剣な顔になる。



「マサヒコ、入るわよ」
 言うと母は返事も聞かず、マサヒコの部屋のドアを開けた。
「あのな…せめて返事ぐらい聞けよ」
「…」
 ここでマサヒコは母の様子がおかしいことに気付く。こんな顔は、初めて見る。
「な…なんだよ」
「マサヒコ、あんた…どうする気?」
「…何が?」
「何って、アヤナちゃんのことよ」
「……!? かっ、母さん! また盗み聴きして…!」
「いや、それは謝るけど…。あんたの気持ちは、どうなのよ?」
「……どう…って…」
「きちんと考えて、しっかりと答えを導きなさい。…後悔、しないようにね」
「……」







 その日の、深夜。

「後悔…しないようにね…って…」
 マサヒコは昼間の告白のおかげで、眠れずにいた。じっと、天井を見つめる。
「俺…どうしたらいいのか分からないよ…」
 確かに、アヤナには好意を抱いている。
 だがそれは、果たして本当に「恋」と言えるのだろうか。
 それに…好意ならアイ、リョーコ、ミサキ、リンコにも抱いている。アヤナだけに抱いているワケでは、ない。
「人を愛する……って、なんなんだろ…。恋って、なんなのかな…」
 考えても、答えは出てこない。と、その時。

 ピーロ〜ロ〜ピロリ〜ロリピロリ〜ロ〜♪

 携帯電話が、鳴った。電話を開き、通話ボタンを押す。
「…はい」
『あ、マサ君。ごめん…寝てた?』
 電話の相手は、ミサキだった。
「いや、起きてたけど…どうしたんだよ、こんな夜中に」
『えと…ちょっと、寝つけなくて…』
「で、俺に電話してきたと」
『うん…少し話そうと思って』
「俺も寝つけなかったし…少しなら付き合うよ」
『ありがとう! あ、もうすぐ私たち、高校生だね』
「まぁ、そうだな」
『だから、これを機に今まで以上にもっとお料理を頑張っていこうと思って…今日もね、料理本を片手にカレー作ってみたんだ』
「カレーね…。お前のことだから、ルー入れ忘れたんじゃねぇか?」



『あーっ、ひどーい! いくら私でもルーは忘れないよ!』
「はは、わりぃ。で? 本当は何を忘れたんだ?」
『………具…』
「は?」
『…具がね、煮込んでる間に全部溶けちゃって……具なしカレーになっちゃった』
「……ぷっ」
『あーっ! 今笑ったでしょお!』
「だっ…だってよ……あっははは! ルー忘れるよりタチわりぃ…く…くくっ…」
『そんなに笑わなくてもいいじゃんかぁーっ!』

 …あれ?

 なんだろ、この気持ち。

 ミサキと話してると、なんだか…心が安らぐ。

 そういえば、他のメンバーと違って、こいつとだけは気を使わずに喋れるんだよな…。

 幼馴染みだから? いや、違う…。

 俺は、ミサキを…。

 ………そうだ。

 ……そうだよ。

 俺の想いは―――…。





 翌日。アヤナが出発する日だ。
 場所は空港。アヤナは椅子に腰かけていた。
「…」
 腕時計に目をやる。時刻は、午後1時。
「……やっぱり、来なかったか…」
 呟くと、荷物を持ち搭乗口へと向かった。
(やっぱり、敵わなかったわね…彼女には)
 マサヒコは来ない。それは、分かりきっていたことだった。



 そう、最初から、分かっていたのだ。
 だって、一番彼を愛してるのは、自分じゃない。
 一番彼を愛してるのは、彼の幼馴染みで、自分にとっては親友(ライバル)の、元クラスメイト。
 彼女は、いつも彼を見ていた。自分が彼を愛してしまったずっと、ずっと前から…それこそ、まだ幼かった頃から。
 彼も、無意識だろうが彼女と話している時は、心から楽しそうだった。
 彼と彼女の間に、自分が割って入る余地はないのだ。
 初めから分かりきっていたことだ。初めから、諦めていた恋だった。

 なのに。

 なのに。

 …なのに。

 何故、涙は流れるのだろうか。

 指で、涙を拭う。
(ねぇ、二人とも…)
 そして、しっかりと前を見て微笑む。
(私たち…ずっと、ずっと……『親友』だよね…)





(…ごめん、若田部…)
 ベランダで空を仰ぎながら、マサヒコは心の中でアヤナに謝った。
(俺、気付いたんだ。誰が好きなのか…誰と一緒にいたいのか。……なぁ、若田部…? お前、もしかして気付いてたんじゃないのか? 俺の気持ちに。そうだとしたら、傷つけてごめん……俺、お前とは付き合えないけど…でも…でもさ…)
「マサくーんっ!」
 突如聞こえた声に、マサヒコは視界を下ろす。見ると、ミサキが家の前に立ってこちらに手を振っていた。
「なんだよ、どうしたーっ?」
「ちょっとヒマだから、マサ君の部屋に遊びに来ていーいっ?」
 微笑む、マサヒコ。
「あぁ、あがってこいよ!」
「それじゃあ、お邪魔しまーすっ!」
 そう言いながら玄関の方へ消えていった幼馴染みを目で追い、再び空を仰ぐ。
(…でもさ、俺たち……ずっと、ずっと『親友』だよな…?)
 その問いに答える声は聞こえるはずもなく。
 少年は、間もなく訪れるであろう少女の為に、床に散らばってた雑誌を片付け、座布団を置いた。




     終劇

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