作品名 |
作者名 |
カップリング |
「偶然=必然」 |
さくしゃ氏 |
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そうだ。
きっかけは、「なんとなく」だった。
「ねぇ、君、今ヒマ?」
その声に、リョーコは振り向く。見るとそこには、高校生らしき青年が、笑いながら片手を上げていた。
「…はぁ。ヒマと言えばヒマですけど…」
「マジ? じゃあさ、一緒にお茶でも飲まない?」
これは……俗に言う、ナンパ。まだ中学生といえど、リョーコは今まで数回ほどナンパを体験していた。その度に「急いでるんで」「用事があるので」などと言い訳をし、断ってきた。
しかし、今目の前にいる青年……今まで声をかけてきた男たちより、顔は良かった。
…少しだけなら、付き合ってもいいだろうか。
「…はい、いいですよ」
「待ってました! んじゃさ、俺の行きつけの店でいいかな?」
「あ…自己紹介がまだだったね」
アイスコーヒーを一口飲むと、青年が思い出したように手を叩いた。
「俺は、豊田セイジ。セイジでいいよ」
名乗られたのでこちらも名乗らなければ失礼だと思い、リョーコも自己紹介を始めた。
「私は中村リョーコ。リョーコでいいです」
「じゃあ…ぇと、リョーコちゃんは、高校生?」
「いえ、中学二年です」
「ちっ、中学!?」
学年を聞くと青年…セイジは顎に手を当てた。
(マジか…てっきり高校生かと思ってた…。う〜ん…さすがに中学生はまずいかなぁ…いやでも、他の娘に比べたら断然可愛いし、この機会を逃すともう二度と会えないかも…)
「あの…セイジさん?」
リョーコの言葉に、セイジは我に帰る。
「え!? あ、ごめん。ちょっと考え事してただけ」
「…そうですか」
「…あのさ、その敬語やめない? 俺のことも、呼び捨てでいいよ」
「でも…」
「俺も君のこと呼び捨てにするからさ。な、リョーコ?」
「…っ」
何故だろう。名前を呼ばれた瞬間、リョーコはドキッとした。
「ぁ…うん、分かったよ、セイジ」
あの日、二人は電話番号とメルアドを交換し、解散した。
初めてセイジから来たメールは、メルアドを交換したその日の夜。リョーコが部屋でくつろいでいた時だった。内容は、『電話してもいいですか。』だった。「敬語は使わないんじゃなかったっけ?」と笑いながら『OK』メールを返すとすぐにセイジから電話がかかってきた。
たわいない話。しかし、家庭環境があまり良くなかったリョーコにとって、そんななんでもない話はすごく楽しかった。
いつしか、二人は付き合うようになった。最初は歳の差で悩んでいたセイジも、リョーコに会う度に、話す度に、彼女に惹かれていくのが自分でも分かった。その内、歳の差など気にしなくなり、セイジから交際を申し出たのだ。
リョーコ自身も徐々にセイジに惹かれ始め、交際を求められた時は無意識に首を縦に振っていた。
幸せな日々が、続いた―――。
「…ん?」
リョーコは目を覚ました。ぼんやりと、天井を見つめる。
「……夢…か。これまた懐かしい夢だね…」
ベッドを下り、冷蔵庫からパックのカフェを取り出すと、コップに注ぐ。
「…あの時は、アンタも私も、まだまだガキだったね…」
そう呟きカフェをぐいっと飲み干すと、リョーコは洗面所へ向かった。
「なぁリョーコ」
「ん?」
声に振り向くと、セイジが何やら照れ臭そうに頬を掻いていた。
「…なに?」
「いや、お前今日…誕生日だったよな?」
「そうだけど…」
「あ、あのさ、コ…コレ、俺からの誕生日プレゼント」
そう言いながらセイジは綺麗に包装された箱を差し出した。
突然のプレゼントに、戸惑うリョーコ。
「え…あの」
「…受け取って…くれないのか?」
少し残念そうな顔をするセイジに、リョーコは慌てる。
「あ、違うのよ。えと…私、こんな風にプレゼント貰うのって、初めてだから…」
言いながら、リョーコはプレゼントを受け取った。
「何かな…? 開けてみていい?」
「どうぞ」
セイジの言葉に、リョーコは包装紙を破ると、箱を開けた。
そこには、シンプルながらどこか魅力を感じるシルバーのネックレスが入っていた。
「これ…」
「あ、あはは…小遣い全部なくなっちまったけど……気に入らなかったか?」
「うぅん…すっごく、綺麗…」
「つけてやるよ」
「あっ…」
リョーコの返事も聞かず、セイジはネックレスを箱から取り出し向き合いながらネックレスをリョーコの首に合わせた。
「…普通、後ろからやるもんじゃないっけ?」
「…嫌か?」
「嫌じゃないけどさ…」
ネックレスをつけ終わると、リョーコは少し照れたように顔を赤くする。
「に、似合う…かな?」
「…うん、すげー似合うよ…。綺麗だ、リョーコ…」
そして、当たり前のように二人は唇を重ねた。
セイジがくれた、最初で最後のプレゼントだった。
「先輩?」
アイの声に、リョーコは我に帰る。
「なに?」
「いえ、何か顔がにやけてたので…」
「…思い出し笑いよ、思い出し笑い」
そんな甘酸っぱい時期もあったっけ。
今思えば、こっちが恥ずかしい。
でも。
「なんとなく」で始まった恋は、「なんとなく」で終わった。
二人は、喫茶店にいた。あの日、初めて二人で入った喫茶店だ。
「俺たち…もう別れるか」
切り出したのはセイジだった。
「…うん」
反対する理由はなかった。
誰が悪いでもなく。
何も間違ってもなく。
知らぬ間に、お互い疎遠になっていた。
「…もう、会うこともないね」
「…あぁ」
紅茶を飲み干すと、リョーコは席を立った。
「……じゃ、今までありがとね、セイジ」
「……俺の方こそ。ありがとな、リョーコ」
その言葉を最後に、リョーコは振り返りもせず店から出て行った。
独り残されたセイジは、苦味が増したアイスコーヒーを一口飲んだ。
家に帰る途中、リョーコは川に差し掛かった。いつも通る川なのに、今はなんだか違う川に見えた。
橋の上からしばらく川の流れをぼーっと見つめ、リョーコは首に手を回した。
そして、誕生日にセイジからプレゼントされたネックレスを外した。
しばしの間手の平でもてあそび、おもむろにギュッと握りしめる。
そのまま、川に向かってネックレスを投げた。
「さよなら…セイジ…」
ぽつりと呟くと、リョーコは再び家路についた。
(はー…なんで今日はアイツのことばっかり思い出すんだろ…)
そう思いながら、教え子であるリンコの教室の戸を開けた。教室には既に、いつものメンバーが揃っていた。
「やー、みんな揃ってるわね」
リョーコがそう言うと、みんなが言葉を返す。
「あ、先輩。遅かったですねー」
「お姉様ー」
「こ、こここんにちは、先生」
マサヒコ、ミサキ、リンコの態度が気になった。妙にギスギスしている。
「なに?」
「いえ、別に……」
刹那。
「おーい」
聞き覚えのある声がした。
忘れるはずがない。
だって、この声は―――。
「お前たち、いつまで教室に残って―――……」
そう言いながら戸を開けた人物も、リョーコを見て目を見開いた。
思いがけない、再会。
もう二度と、会うことはないと思っていたのに。
再び、出逢った二人。
「リョーコ……」
「セイジ……」
偶然はある意味必然で。
出逢うことから離れることも、筋書き通りなだけ。
離れてみて初めて、分かることがある。
あの日、偶然出逢って、なんとなく付き合って。
あの日、必然に離れて、なんとなく別れて。
そしてまた、この二人は。
偶然という名の必然のもと。
日々を過ごして行くのだろうか。
終劇