作品名 作者名 カップリング
No Title さくしゃ氏 -



「えっ……引っ…越し?」
 マサヒコの言葉に、全員が驚く。
「えぇ…親の仕事の都合で…」
 マサヒコ本人も、悲しそうな顔をする。
 と、読者の皆様には説明が遅れて申し訳ない。何故、こんな会話をしているかというと、マサヒコの父親の急な都合により、引っ越しが決まってしまったのだ。
 ちなみに場所は沖縄である。
「そんな…せっかく英稜高校、受かったのに…」
 アイが呟く。そう、マサヒコは既に英稜高校を受かっていたのだ。無論、一緒に受験したリンコも合格している。
「でも、仕方がないわね。アンタどうせ、一人暮らしなんて出来ないでしょう?」
「うっ…まぁ、正直言って自信ないです」
 リョーコの言葉に、マサヒコは苦笑する。
「…で、マサ君、いつ向こうに行くの?」
 今のはミサキ。その問いに、マサヒコは俯く。
「……もう、一週間後にはここを発つよ」
 その言葉に、場は静まり返る。


 一週間……。

 あまりにも唐突。

 あまりにも……。

「……んじゃ、その時にパーッとやらないとね」
「…何をですか?」
「決まってんじゃない、お別れ会よ」
「いや…別にいいですよ、そんなの」
「ガタガタ言わない。せっかく私たちがしてあげようって言ってんのよ。人の好意は素直に受け取りなさい」
「はぁ…」
「あ、でもしてあげるって言ってもご奉仕じゃあないわよ?」
「アンタとは一刻も早く別れたいよ」




 お別れ会当日。
 いつものメンバーが、小久保家に集まっている。皆、料理に舌鼓を打ったり、お酒を飲んだり……いつもと変わらない、風景だった。
 その光景をぼんやり眺めながら、マサヒコは物思いに耽る。

 いつもと変わらない、風景。

 しかし、もうその風景を見ることは出来ない。
「……っ」
 マサヒコは溢れそうになる涙を堪えた。どうっ てことない……いつかまた会える。そうは思っていたが、やはり辛かった。
 と、そんなマサヒコの様子に気付いたのか、アイが席を外し、マサヒコの側へと近寄る。
「どうしたの、マサヒコ君?」
「先生…」
「…やっぱり、悲しい?」
「……はい…」


「そっか、仕方ないよね」
「…もうこいつらとこうやって騒ぐことも、出来ないんですね…」
「…」
「先生」
「なに?」
「今まで…ありがとうございました。色々と…」
「な…なぁに、急に…」
「いえ、今の内に言っておこうかなと」
「なんか照れるな…」
 その時、二人の間にリョーコが割り込む。
「なぁに、マサ。アイにはお礼を言っといて、私には無いってぇの?」
「正直、無いです」
「なんだとー!!」


 夜渡り。
 お別れ会はお開きとなり、アイ、リョーコの二人が酔いつぶれてしまった事もあり、みんなはそのまま小久保家へ泊まることになった。
 リビングで雑魚寝しているみんなを起こさぬ様、マサヒコは静かにリビングを出、自室へと向かった。なかなか寝つけなく、まだ少し残っている引っ越しの準備を片付けようと思ったからだ。
 部屋へ入ると、ほとんど私物が無くなっていた。代わりに、ガムテープで口を止められたダンボールが数個……。
 マサヒコが残りの私物をまとめていると、ドアがノックされた。
「…はい?」
 こんな時間に、誰だろうか。みんなは寝ている筈だが…。
「マサ君…入るよ?」
 そう言ってドアを開けたのは、ミサキだった。



「ミサキ…どうしたんだよ。寝てたんじゃなかったのか?」
「…マサ君が出ていくの、気付いたから…」
「あ…起こしちゃったか? ごめんな」
「うぅん…別にいいよ」
「……」
「……」

 間。

 時間にして、約十秒程度。しかし二人には、その十秒が数時間に感じられた。
「あのさ…」
「あのね…」
 二人は同時に口を開いた。
「あ…いいよ、なんだ?」
「うぅん、そっちからどうぞ」
 譲り合う二人。このままだとラチがあかないので、マサヒコは溜め息をついて話しだした。
「あのさ…向こうに着いて、連絡先が分かったらメールなり電話なりするから…」



「う…うん」
「真っ先に、お前に伝えるから…」
「…え」
「幼馴染みのお前に…」
「あ……ぅん…」

 「幼馴染み」。

 ミサキは、少し悲しくなる。昔はそうでもなかったが、今はこの言葉が恨めしい。

(幼馴染み以上には……見てくれないのかな…)
 ミサキはうつむく。
「ミサキ?」
「あっ…な、なに?」
「いや、なんか急にうつむいたから…具合いでも悪いのか?」
「別に…大丈夫」
「そっか」

 再び、間。

「で…?」
 マサヒコが先に口を開く。今度はハモらなかった。



「え?」
「さっき、何か言おうとしてただろ?」
「あ…あぁ…」
「なんだよ?」
「あのね…」
 ミサキは胸の前でぎゅっと自分の手を握る。
「わ…私、あのね…!」
「うん?」
「マ…マサ君のこと…!」
「…」



 「好き」。



 たったそれだけの言葉。たった二文字の言葉。
 しかし、ミサキには云えなかった。
 …伝える、勇気が足りなかった。

「あ…」
「?」
「う…うぅん! 何でもない。私も、マサ君と同じこと言おうとしてたから。連絡先教えてねって」
「なんだ、そっか」
 無理に作られた笑顔に、マサヒコは気付かない。
「向こうに行っても…元気でね」
「あぁ…ミサキもな」
 そう言って、二人は手を握った。
 手を離すと、ミサキは頭を掻きながら後ろ手にノブを握る。
「あ…じゃあ私、家に帰るね。自分の家の方が眠れるし…」
「あぁ。お疲れ」
「…うん、お疲れ様」
 手を振りながら、ミサキは部屋を出る。

 バタンッ

 ドアを閉めると、ミサキはそのままドアにもたれかかった。それはまるで、自分と彼を遮る、壁。
 うつむきながら、悲し気に笑う。
「馬鹿だな……私…」
 ミサキはそう呟くと、玄関へと向かった。



 あれから、数日後。

 朝未き。

 ミサキは朝日と共に目覚めると、窓から外を眺めた。
 二つ真向かいの、幼馴染みの家。しかし、もうその家の主人はいない。
 彼が沖縄へ行ってしまってまだ数日しか経っていないのに、もう何年も会ってない様な気がした。
 彼から、約束通り連絡先を伝えるメールが先日届いた。しかし、一言二言メールを交わすだけで、終わってしまう。
「…今度…会ったら……必ず、云うから…」
 誰に言うでもなく、独り呟く。
 彼女は顔を洗うべく、洗面所へと向かった。



 そして物語は、十年後へ移る―――。




「久しぶりだな、この街も」
 そう言いながらネクタイを緩めたのは、小久保マサヒコ。
 あれから十年。彼も社会人になり、現在はサラリーマンをしていた。
 彼は、帰ってきていた。かつて、住んでいた街に。理由は、俗に言う「異動」である。彼の入社した会社は元々こちらに本社があり、彼は今まで沖縄にある支社で働いていた。そしてこの度、本社へと異動となったのだ。
 十年前は親の異動でこの街を離れたが、こうやって自分が異動…しかも、かつて住んでいた土地に帰ってくるとは、なんとも不思議な気分だった。
(…まさか、自分が異動を体験するなんてな…)
 そんなことを思うと、否が応にも自分が社会人で、サラリーマンだという事実を認識させられる。
「そうだ…金、おろしとかないと…」
 そう呟いて、マサヒコは銀行へと歩き始めた。



 銀行へ着くと、真っ先にATMを目指した。
「うわ……混んでるな」
 しかし、ATMはどれも満員で、後ろには列ができていた。沖縄では、あまり見ない光景だ。ふと窓口を見ると、ATMよりは空いていた。
(しょうがないか…多少面倒でも、あっちの方が早いよな)
 鞄から通帳を取り出すと、窓口へ向かう。
「すいません、お金おろしたいんですけど」
「あー、はい。ちょっとお待ち下さい」
 向こう側に座っている女性は、そう言うと手元の書類を乱暴に横へとどかした。
「はい、お待たせしま…し……た…」
「………? ……!?
 顔を上げた女性を見、マサヒコは驚く。同時に、女性もマサヒコを見て驚いていた。
「…アンタ、ひょっとして……マサ…?」
「…やっぱり、中村先生…?」
 そう、その銀行員の女性は、十年前によく振り回されていたアイの大学の先輩、中村リョーコであった。



「久しぶりねぇ。帰ってきたの?」
「いや、異動で…」
「異動〜?」
 リョーコはマサヒコをじと目で眺める。と、いきなり立ち上がり、マサヒコの肩をバンバンと叩いた。
「あっはっはっ、な〜によぉ、いっちょまえにスーツなんか着ちゃって。サラリーマンにでもなったつもり?」
「いや、サラリーマンなんだが」
 久しぶりにツッコんだ。
 リョーコは笑うと、腕時計に目をやった。
「アンタどうせ暇でしょう? 私、もうすぐ休憩だから少し話さない?」
「…拒否権は?」
「無い」
 やっぱり、この人には何年経っても振り回される運命なのだろうか。



「しっかし、まさかアンタがサラリーマンだなんてねぇ…この間まで身長もナニも小さかったガキだったくせに」
「ナニって…見たこと無いだろ」



 歩きながら、話す二人。
 しばらく話して、リョーコがマサヒコに問いかける。
「…マサ、さっきから気になってたんだけど、アンタまさか…」
 リョーコの言葉は途中で途切れた。その理由は、目の前の道路から女性の悲鳴が聞こえてきたからだ。二人がそこを見ると、なんとベビーカーが独りでに道路を横断しているではないか。その中には勿論、子供が乗っている。先程の悲鳴は、この子の母親だったのだ。
 考えるよりも早く、マサヒコは鞄を放り、ベビーカーに向かって全速力で走り出した。
「ちょっ…ちょっとマサ!?」
 リョーコの声も聞かず、マサヒコは道路に飛び出した。けたたましいクラクションの音が、一帯を支配する。
 マサヒコはベビーカーに追い付くと、子供を抱き上げ歩道へと戻ろうとした。

 刹那。

「マサッ!!」

 ―――え…。

 振り向くと、そこには猛スピードでこちらへ向かってくる鉄の塊。

 ドガッ!!

 鈍い音が響いた。その瞬間、マサヒコは意識を失った。



「っ!」
 マサヒコは目を見開いた。しばらくはぼんやりと焦点が合わなかったが、少しずつ鮮明に景色が見えてきた。そこに映るは、白い天井。
「何処だ……ココ」
 ボソッと呟く。目だけを動かし自分の右腕を見る。腕からは細い管が一本、伸びていた。その管を目で追うと、点滴に繋がっている事が分かった。
「あぁ…病院…か。俺、あの後どうしたっけ…?」
 必死に思い出そうとするが、記憶が無い。ただ覚えているのは、すぐ目の前に車が迫っていた事。
「…事故ったのか? カッコわりぃ…」
 そう考えると、頭と左足が痛いことに気付く。何か、怪我でもしたのだろうか。

 コンコン

 ふと、戸を叩く音がした。
「小久保さん、入りますよ?」

 ガラッ

 戸が開けられた。恐らく、看護師だろう。対して気にも止めずに、天井を仰ぐ。



 視界の隅に、ちらっと見えた人影。無意識の内に、マサヒコは目をそちらに向ける。
「あ、小久保さん気が付いたんですね? 先生の話じゃ、運ばれてきた時は既に意識が無かったって聞いてたので…安心しました」

 ―――あれ…。

 ―――この声、どこかで…。

 そう思い、その看護師の顔を見る。
 …目が合った。
「……あ!?」
「……え!?」
 二人は同時に驚きの声を発する。
 いわゆるナース服を身に纏い、そこに立っていたのは…。
「ミ…ミサキ…?」
 そう、幼馴染みの天野ミサキであった。
「マサ…君…?」
 ミサキは信じられないといった様子で、ただマサヒコの顔を見つめていた。
「元気だったか?」
 その声に、ミサキは我に帰る。
「あっ、う、うん! マサ君は?」
「…今は元気じゃないです」
「あ、ごめん!」
 思いがけない、再会。看護師になりたいとは言っていたが、まさか本当になっているとは。夢って叶うものなんだな、とマサヒコは思った。



 ミサキも話したいことは沢山あったが、いかんせん今は仕事中。ミサキは体温計を取り出すと、マサヒコに差し出す。
「とりあえず、体温…計ってね」
「あぁ」
 マサヒコは体温計を受け取ると、腋に挟んだ。
「十年ぶりだね」
「そうだな…」
 せめて体温を計り終わるまでと、ミサキは話し始めた。
「ごめんね…色々と忙しくて、連絡もずっとしないで…」
「いや…それは俺もだよ。ごめん」
 二人の会話の通り、もうここ五、六年は連絡を取っていなかった。
「そういえばさ…」
 マサヒコが問う。
「俺、なんで病院にいるんだ? 車が目の前まで来てたのは覚えてるけど…」
 その問いに、ミサキは彼の目を一瞬だけ見、視線を下に落とす。
「…マサ君は、車にぶつかって…吹っ飛んで地面に叩き付けられた時に、頭と左足に怪我をして…」




「そうだ…子供。俺、子供を助けようとして……その子供は…?」
「マサ君がしっかり抱いてくれてたおかげで、怪我一つ無かったみたい」
 その言葉を聞き、マサヒコは安堵の溜め息をついた。
「……そっか…よかった」

 ピピピピッ ピピピピッ

 体温計が、計り終わったことを知らせる。マサヒコは体温計を腋から取り出すと、ミサキに手渡した。受け取ったミサキは表示を見、紙に書き込んでいく。
「それじゃ、私仕事があるから…またね?」
「大変だな。ん、またな」
 お互い手を振りながら、ミサキは病室を後にした。




 マサヒコが入院して、五日が経過した。この五日の間に、次々と懐かしい顔ぶれがお見舞いに来てくれた。
 十年前にマサヒコの家庭教師だった濱中アイは、現在は中学校の数学担当として、教師になっていた。もちろん、「給料をもらう方」の教師である。
 十年前にクラスメイトだった的山リンコは、プロの下で、ファッションデザイナーの卵として頑張っているらしい。
 同じく、クラスメイトだった若田部アヤナは、幼稚園の保母さんをやっている。
 十年前にリンコの家庭教師だった中村リョーコ、そして十年前はクラスメイトであり幼馴染みでもあった天野ミサキの現在は、読者の皆様も知っての通りだろう。
 みんな、十年前と全然変わっていなかった。変わったことといえば、アイが結婚して一児の母となり、また同じくリンコも結婚していた(今回、マサヒコが一番驚いたこと)。子供はまだらしい。
 みんな、騒ぐだけ騒いで帰って行く。この空間だけが、十年前に戻った気がした。



 そして、マサヒコが入院してから六日が経った―――。

 この日が、ミサキにとって生涯忘れられない日となった。



「ふぅ…やっと明日に退院か」
「元々大きな怪我じゃなかったから…」
 病室には、マサヒコとミサキ、二人っきりだった。この日、ミサキは休みで、朝からマサヒコの病室に居る。
 慣れない手つきでリンゴを剥きながら、ミサキは頬を赤らめる。
「ふ、二人っきりなんて…久しぶり、だね」
「あぁ…あの夜以来か」

 あの夜。

 そう、ミサキが想いを伝えようとして、伝えられなかった夜。

 そして、あの朝、自分は誓った。

 「今度会ったら、必ず想いを伝える」と―――。

 それを思い出すと、ミサキの鼓動はどんどん早くなっていった。



(い…今なら…!)
 病室には二人っきり。今日という日を逃すと、明日には退院してしまう。そうなれば、会うことが難しくなる。
 リンゴを剥いている手を止め、ミサキは意を決した。
「あ…あの…マサ君…」
「ん?」
 僅かに、手が震える。
「私…」
「なんだよ? どうしたんだ?」
 十年前と同じ、言葉が出てこない。心臓は張り裂けんばかりにその存在を誇示していた。
「わ……私、あのっ…十年、前に…マサ君に云えなかったことが…あ、あるんだ」
「え?」
「私…私……っ!」
 ミサキは目を瞑った。
「私、マ…マサ君のこと、す…!」

 ガラッ

 ミサキの言葉を遮る様に、病室の戸が開いた。ミサキがそこを見ると、見慣れない女性と五、六才ぐらいの男の子―――。



 そして、次の瞬間、ミサキは自分の耳を疑った。
「あなた!」
「パパ!」
 そう叫びながら、二人はマサヒコに駆け寄る。

 ―――え…。

 ―――「あなた」…?

 ―――「パパ」…?

 ミサキは、何が起きたのか分からなかった。確かに今、この二人はマサヒコのことを「あなた」「パパ」と呼んでいた。
 それは、つまり―――。
「あ」
 固まっているミサキに気付き、マサヒコは二人の紹介をした。
「紹介するよ。俺の妻の、アズサ。こっちが、息子のヒロキだ」
 その言葉を聞いた途端、ミサキは目の前が真っ暗になった。思わず、果物ナイフを落とす。
 ミサキの様子がおかしいことに、マサヒコは気付く。

「ミサキ?」
 マサヒコの声に、ミサキは我に帰る。
「あっ…なに?」
「いや、急に黙っちゃったからさ」
「あ、うん…ごめん」
 マサヒコは、今度はミサキのことを紹介し始めた。
「紹介しとくよ。俺の幼馴染みの天野ミサキ。こっちで看護師もしてるんだ」
「あら、そうだったんですか。初めまして、マサヒコの妻のアズサです」
「あ、えと、あの…あ、天野ミサキです…」
 急に挨拶されたので、慌てる。よく見ると、マサヒコの左手の薬指に指輪が存在していた。今の今まで、気付かなかったのだ。
 ミサキの生涯の中で、一番ショックな出来事だった…。



 時間は過ぎて、夕食後。アズサとヒロキは、引っ越しの後片付けの為、先に帰ってしまった。
 再び、病室にはマサヒコとミサキの二人だけとなってしまった。二人っきりと言っても、昼間のそれとは違う。気まずい、雰囲気だった。マサヒコもこの空気に言葉が出てこない。



「………」
「………」

 沈黙。

「………なんで…」
 ミサキが、かすれた声を出す。
「なんで…言ってくれなかったの?」
「…何が?」
「その…結婚…してること」
 その問いに、マサヒコは自分の左手を見る。
「いや、気付いてると思ってたんだ。…みんなは、気付いてたみたいだし」
 マサヒコの言葉の通り、他のメンバーは指輪を見て分かっていたらしい。一番最初に気付いたのは、リョーコ。例の事故の直前、尋ねようとしたのはそのことだ。
 一人だけ気付かなかった事実に、ミサキは悲しくなる。
「そんな…」
「…黙ってるつもりは無かったんだ、ごめん」



 ミサキの初恋は、終わりを告げた。

 二十年間、想い続けていた日々が、音をたてて崩れていった。

 リョーコの言葉が、蘇る。

『彼にも相手を選ぶ権利はあるんだから、もたもたしていると彼女作っちゃうかもよ?』

 本当に、その通りだった。

 後悔と自己嫌悪がぐるぐると頭の中を回る。

「…あのさ」
 マサヒコが口を開く。
「昼間、何を言おうとしてたんだ?」
「あ…」
 もう、どうでもよかった。
「私…マサ君のこと、ずっと好きだったんだ…」
「え……」
 昼間はあんなに躊躇していたのに、今は自分でも驚く程すんなりと云えた。
「昔っから…ずっと、好きだったんだ……」
「……」



 マサヒコはどう答えていいか分からず、無意識に謝罪の言葉をミサキにかけた。
「………ごめん…」
「な…なんでマサ君が謝るの? 悪いのは、私の方……ちゃんと、云っておけばよかったんだ。十年前に…」
 ミサキの想いに気付かなかったとはいえ、彼女の気持ちを裏切ってしまったことに、マサヒコは罪悪感を感じていた。
「ねぇ、マサ君…」
 不意に、ミサキがマサヒコの手を握る。
「なっ…なんだよ」
「…ほんのちょっとだけ、恋人になって…」
 そう言うと、ミサキはマサヒコの唇に自分の唇を合わせた。一瞬、何が起こったのか分からなくなるマサヒコ。
 唇を離すと、ミサキはマサヒコの胸にもたれかかった。
「ちょっ…ミサキ…」
「…お願い…ほんの少しでいいの……」
「……」
 マサヒコは、何も言わずミサキを抱き締めた。
「マサ…君」
「…分かったよ、ミサキ」



 マサヒコはそれだけ言うと、ミサキの首筋にキスをした。ミサキの体が、ぴくんと反応する。
 そのまま右手で服越しに控えめな胸を撫でる。
「んぅ…っ!」
 マサヒコはミサキの服を脱がせると、下着をたくし上げ胸に吸い付いた。
「ひっ…あぁ…!」
 思わず声が漏れる。マサヒコは秘部へと手を伸ばした。
「あ…! マサ…君っ…そこは…ぁ」
 指で下着をずらし、指を侵入させる。
「あぁッ! …ん、ふぁあッ!」
「…ミサキ…もう、こんなに濡れてる…」
「や…だぁ……そん…な…ことぉ…」
 指を一本から二本に増やし、出し入れする。
「ひぅ! んぁッ!」
「…ミサキ…」
 ミサキは潤んだ瞳でマサヒコを見つめる。
「マサ君…私……もう…! マサ君の、頂戴…」



 その言葉に、マサヒコはミサキを抱いたままくるりと回転した。これで、上にマサヒコ、下にミサキといった構図ができあがる。
「……いいのか?」
「………ぅん…」
 確認すると、マサヒコは自身を取り出した。そして、ミサキの秘部へ当てがう。
「…いくぞ?」
「うん…!」
 ミサキが頷くと、マサヒコはゆっくりと腰を沈めていった。
「う…あぁ…!」
「キツ…」
 ミサキはシーツをぎゅっと握りしめた。
「や…い…痛っ…!」
「え…痛い!?」
 ミサキの言葉に、マサヒコは初めて秘部から鮮血が流れていることに気付く。
「ミ、ミサキ……もしかして、初めて…?」
 その言葉に、ミサキは唇を噛み締めながらこくんと頷いた。
「なんで……言わなかったんだよ」
「…だって…」
 目に涙を浮かべながら、苦しそうに声を出す。



「初めて……って言ったら、マサ君…抱いて…くれないって…思ったから…」
 マサヒコは、胸が痛むのを感じた。自分を想い続け、純潔を守り通してきたこの少女を、自分は裏切ってしまった。更にはこんなカタチで、純潔を奪ってしまった…。
「…最低だ、俺って…」
「…マサ君?」
 繋がったまま、うつむくマサヒコの首に、ミサキは手を回した。
「マサ君…して」
「でも…」
「なに?」
「…俺で、本当にいいのか…?」
 その言葉を塞ぐ様に、ミサキはマサヒコにキスをした。
「いいの…マサ君だから、いいの」
「ミサキ…」
「だから、お願い…」
 そう言われ、無言のまま腰を動かす。
「はぁっ! あ…! くぁあッ!」
 いやらしい水音とミサキの声だけが、病室にこだまする。



「ぅんっ! ひぁっ! んぁああ!」
「ミサキ…」
 マサヒコが、腰の動きを早くする。限界だろうか。
「ミサキ…俺、もう…!」
「わた…しもぉ…! マサくぅ…ん……一緒に…一緒にぃ!」
 限界を突破するとマサヒコは自身を秘部から抜き、ミサキの腹部へと放出した。
「あ…あぁぁぁッ!!」
 それと同時に、ミサキも果てた。



 情事の後、ミサキはのろのろと服を直し、立ち上がった。マサヒコに背を向け、病室を後にしようとする。
 マサヒコも、ただ白い壁を見つめているだけだった。
 ぽつりと一言。

「ごめんな…」
「ごめんね…」

 いつかの様に、二人の声が合わさる。それ以上は何も言わず、ミサキは病室を出て行った。独り残されたマサヒコは、頭を抱えてうつむいた。



 ミサキが病室を出ると、すぐそこにアイとリョーコが立っていた。どうやら、マサヒコのお見舞いに来たようだ。
 軽く会釈だけして、二人の前を通り過ぎようとする。
「ミサキちゃん…」
 悲し気にアイは呟く。
「…馬鹿なコ…」
 そのリョーコの言葉に、ミサキは振り返りはせずに立ち止まる。
「いくらカラダを重ねても、ココロの隙間はカラダじゃ埋まらないわよ」
 リョーコは慰めるでもなく、叱るでもなく、ただ小さく言い放った。
 ミサキの瞳から、涙が溢れる。

「…本当……」

 二人には見せずに、悲しく笑う。

「馬鹿ですね……私…」





     終劇

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